表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第8話 邁進!秋葉原おもてなしプロジェクト(第1部最終話)

 『話し合い』は文化部棟の三階にある、料理部の部室――というか、調理室にて行われた。

 それなりの人数がおさまる部屋で、落ち着いて話が出来る場所、なおかつお茶の一杯も出せるところと言う条件で、とっさに浮かんだのがここだった。

 そんな、いかにも学校の教室と言う殺風景な部屋の中、いかにも学校の椅子と言うチープな木製の椅子に腰掛けているローハンの父は、口をへの字に曲げて見るからに不機嫌である。

「ちょと、待っててネ~」

 沸騰したヤカンを危なっかしい手つきで操りながら、シュエランが茶壷と呼ばれる茶器――小さい急須のような陶器の茶器である――で、茶をいれ始める。

 茶碗に湯を入れて温めながら、茶壷の中に茶葉を入れお湯を注ぐ。その際に、ふたをして茶壷の上からお湯をかけて茶器全体を温めている。

「これで、葉っぱが開くまで待つノネ」

 シュエランはそう言いながら、お茶菓子の準備をする。しばらくすると、微かに緑茶の香りが漂ってくる。

 ぱか、と。シュエランは茶壷のふたを開け中をのぞき込む。その横で、ころねがすうっと、香りを吸い込みながら笑顔を見せる。

「あ、良い香りだね~。おいしそう」

「じゃ、捨てマスネ~」

 言い置いて、なんのためらいもなく。シュエランは茶壷の中のお茶を、ジャバーっと流しに捨ててしまう。

「えー!? 捨てちゃうの、シュエラン!?」

 驚くころねの大声に驚いたのか、シュエランはあいや、と目を丸くして驚きの声を上げる。

「最初のは、雑味もあるし、茶葉を綺麗にするので捨てるダカラ」

 そう言って、シュエランは再び茶壷に溢れんばかりのお湯を注いだ。


 実は、みつばも以前、中国茶の店に行った際、同じコトをされて驚いたことがあった。

 今のころねと同じくおどろいたみつばだったが、店員のお姉さんが、ケタケタと笑いながら。

「お茶、綺麗にするから最初は捨てマス。茶葉も広がるシ、美味しく飲めマスヨ」

 と説明してくれたので、みつばは何の気なしに浮かんだ疑問をぶつけてみた。

「綺麗にって……無農薬、ですよね?」

 なにせ看板に『有機栽培茶』と書いてあるのだし、聞いても問題なかろうと思ったみつばだったが。

 お姉さんはビックリしたような顔でみつばの顔を見て。

「農薬、たくさん使いますヨ! 使わないと虫付くからダメですヨ!」

 即答とはかくやという反応をもって、言い放ったのであった。

(『たくさん』使うのっ!?)

 と、自分の中の『有機栽培』の定義が崩れるのを感じながら飲んだそのお茶は、実に美味しかったのをみつばは覚えている。


 まあ、残留農薬ばかりが理由ではあるまいが。

 一杯目、というか最初に入れたお湯は捨てるべしと言う鉄則に則り、シュエランも2杯目のお茶を暖めた茶碗にいれる。

「どぞ」

「あぁ、すまないね」

 なにやら、リラックスしている風に見えなくもない風情で。

 ローハンの父は、シュエランから茶碗を受け取り、口をつける。

 ややあって、ほおと感心したような吐息をついた。

「なるほど、旨いな」

「アリガト」

 それを聞いて、皆の分をいれながらシュエランがにっこりと笑った。

 そして、軽いため息を吐きながら、ローハンの父は一同を見回した。

「しかし、君たちの考えがわからんな」

 君たち、のところで目が合ったみつばは、居住まいを正して話を聞く体勢になる。

 その横で、硬い表情を見せるローハンに視線を移して、父はなおも続ける。

「確かに、日本は凄い国だ。だが、秋葉原は……よく知らんし、知ろうと思ったこともない」

 ここで、父は再びみつばに視線を戻して、ため息混じりに話した。

「街中に漫画が描かれた、くだらない街と言う印象は依然として変わらない」

 むっとした表情になったみつばだったが、相手が話をしようとしていることを感じ取っていたので、衝動的に反論することをグッとこらえた。

 他の人間も硬い表情になるのを確認しながら、父は声を荒げるでもなく侮蔑の響きを含ませるでもなく、至ってストレートにこう訊ねた。


「一体、何が君たちをそこまで惹きつけるんだね?」


 理解できないから、教えてくれ――そんな口調だった。

 その質問は望むところと、みつばが表情を引き締める。

「それは……」

 言おうとして、口ごもった。


 ――自分は、その答えをまた得ていない。

   そして、その答えを求めて、日々葛藤をしている。

   そのことに、今更ながら気がついてしまったのだった。


 漠然としたイメージを形にできずに、ただ戸惑って言葉を失った。

 そんな、みつばの肩にそっと手を置いて、エリーズは言葉を選ぶように話し始めた。

「いろいろと魅力はあるのだけど、ね」

 何から話そうか、と。

 エリーズはゆっくりと話し始める。

「この街は『電気の街』――世界有数の電化製品の専門店街なのよ」

「いつからだ?ここ十年とかそういうことではないのか?」

 いつから、って言われても……

 そんな感じで戸惑うエリーズの横に、思案顔のころねが

「おじいちゃんから聞いた話なんだけど……」

 と、遠い記憶を引っ張り出すように、視線を空中に泳がせた。

「大正の終わりから昭和の初めのころ――だから、今から90年くらい前かな?――には、この辺りにラジオを扱うお店がいくつも出来てたんだって」

 いきなり出てきた『90年くらい前』と言うフレーズが『電気の街』と言うフレーズから想像できなかったものか、ローハンの父は目を丸くする。

 90年前といえば、インドはいまだ『イギリス領インド帝国』として、イギリス植民地からの独立を求め、マハトマ・ガンジーなどが活動を盛んにしていたころであるから、驚きも大きいのかもしれない。

 その頃から日本は豊かな国だったのか、と言うローハンの父の考えは、しかし、次のころねの一言で覆されることになる。

「で、日本が戦争に負けて、この辺りは空襲で、一面の焼け野原になったんだって。ここから上野まで見渡せちゃったって言ってた」


 東京大空襲。

 『帝都』東京において、大量に民間人の被害者を出すことで戦争継続の意思をくじくという目的で、木造住宅が建ち並ぶ、人口密集地下町を中心に行われた空襲である。

 300機以上の米空軍所属のB-29爆撃機から投下された焼夷弾は、実に38万1300発。『絨毯爆撃』――上空からみる爆発や火災がまるで絨毯の模様のように地面を埋め尽くす程の密集爆撃――が行われた結果、東京の市街地は50%以上が文字通りの焼け野原になった。

 その結果、主に民間人――多くは老人、女性、子供といった非戦闘員――からなる死亡・行方不明者は実に10万人以上という、未曾有の被害を被った。


 むろん、ローハンの父も東京大空襲の映像や終戦直後の東京の写真を見たことがあり。今、自分がいるこの場所が70年ほど前は一面焼け野原であったことを思い、瞠目する。

 まして現在の繁栄している秋葉原の街並みから、そんな大惨事が降りかかったことを知るよすがはない。

 ころねは、話の筋を思い出しながら、ゆっくりと語る。

「それからJR……国鉄?……に、沿って人が集まって物も集まって、いわゆる闇市が出来たの」

 物資統制下の配給制度が戦後の物資不足の影響で麻痺している時に、焼け跡に屋台を建て、どこからか仕入れてきた物資を不法に販売する大規模な屋台村――それが、闇市である。

 上野から秋葉原を抜けて神田までのラインは、戦後間もない頃はそうした闇市のバラックや屋台が並び、大変盛況であったという。

「そして、戦前からラジオ屋が多かった秋葉原に、いろいろな電気屋さんが出来はじめて……今みたいな『電気屋さんの街』に成長するのに、二十年もかからなかったんだって」

 祖父から何度も聞かされた『この街は、昔は……』で始まる話を、ころねは思い出しながら語り続ける。

 東京が戦争で焼け野原になった、と言うことは知識では知っているものの、今の繁栄っぷりからとても導き出せず。みんな、いつしか無言のままころねの話に耳を傾けていた。

「昔はタライと洗濯板だったのが、普通の家に洗濯機があるのが当たり前になって。テレビも街に数台だったのが、一家に一台が当たり前になり、家電屋さんは大忙しになったって」

 『もはや戦後ではない』と言う言葉で称された1950年代の終わり頃には『白黒テレビ』『洗濯機』『冷蔵庫』が俗に『三種の神器』と呼ばれて、飛ぶように売れていた。

 持てば確実に生活に変化が生じることと、価格も安くはないが頑張れば買えるという、いわば『手の届く夢』として人々の購買欲を高めていった。

「それで、今まで白黒だったテレビがカラーになって、デパートや銀行とかにしかなかったエアコンが普通の家にあるのが当たり前になって……日本が豊かになるのと同時に、秋葉原で扱うものも増えて、街がどんどん大きくなっていった……」

 祖父の口調をまねるように、目をつむってころねは話す。

 今年17歳で、思いっきり平成生まれのころねである。この時代を知るはずがないが、端から見ていると高度成長期と呼ばれた60年代から70年代を思い出そうとしているように見える。

 ちなみに、カラーテレビは64年の東京オリンピックを境に売れ出したと言う。その後も、オリンピックきっかけでワイドテレビになったり、薄型液晶テレビになったりと、やっていることは平成になってもそれほど変わらない。

 60年代の『新・三種の神器』――カラーテレビ、自家用車、クーラー以外にも、購買欲をそそる家電製品はどんどん発売され、それにともない『電気の街』秋葉原が活気づいていくのは自然な流れであると言えよう。

 そして、日本がすっかり豊かになるのと同時に、秋葉原も大きくなっていった。

「戦後60年。日本の復興と共に歩んできた、戦後復興の象徴の様な街だ――って、おじいちゃんは言ってたよ」

 当時、秋葉原で扱っていた家電製品は、必ずしも生活に必須なわけではない。

 むしろ、贅沢品に属する製品が多い、が――それが売れるということは、生活にゆとりが出来てきたということ。

 秋葉原が発展すると言うことが、そのまま日本が豊かになることとイコールであると言う意見も、あながち間違いではないのだろう。


 ローハンの父は、ころねの話を聞いて何事か考えている様子だった。

 しばらくして、ゆっくりと窓の外に見える景色に視線を移す。

「電気屋ばかりが集まる街――これが、分からない。ライバルになる同業種の店は、少ない方が良いのではないか?」

 同じメーカー、同品番のものであるならば、どの店で買っても同じ物が手に入る。

 であるならば、それを扱う店が少ない方がお客の取り合いにならず『ひとりじめ』ができることになる。

 いわゆる『商売敵』は少ない方が良いのではないかという考えをするのは、商売人として当然だと言えよう。

 そして、それを聞いてエリーズがニヤリと笑い、そして語り始めた。

「ミシュランガイドの第6代社長、ジャン=リュック・ナレが東京――今、世界で一番ミシュランの星付きレストランが多い都市なのよね――その魅力について尋ねられた時の話なんだけど」

 秋葉原の電気屋と、世界でもっとも権威があるレストランガイドのミシュランガイドとの関連が今ひとつ思いつかず、ローハンの父は怪訝そうな表情を浮かべた。

 だが、そんな様子を恐らくは予測していたのだろうか、エリーズは語り続ける。

「『特に高く評価したのは、その専門性だ』って言ってたわ」

 一拍おいて、エリーズは遠くを見るような目になった。

「『パリの日本飲食店では、寿司、刺し身、焼き鳥などメニューがたくさんある。てっきり、日本でもそうだと思っていたが、ほとんどの店が寿司店、焼き鳥店、うどん店など専門店に細かく別れていて、そこが非常に印象的だった』……って」

 もしかしたら、自分も同じ印象を抱いたものか。

 うんうん、と頷きながらエリーズは語る。

「もちろん、フランスにもブイヤベース専門みたいなお店はあることはあるけど、自分が提供できる料理の数を誇っているお店は少なくないわ」

 フランス料理には伝説の料理人オーギュスト・エスコフィエが出版した『料理の手引き(Le Guide Culinaire)』なるレシピ集がある。

 1903年に出版されたこの本に書かれたレシピは実に5000種類もの膨大なもので、今なおフレンチシェフの間で古典料理の教科書として使われている素晴らしい書籍だ。

 現代のフレンチシェフは、このいわゆる『エスコフィエ』を基本として、さらに研鑽を積んで新しいレシピを模索するため、膨大なレシピの引き出しを持ち、数多くの料理を提供している。

「でも、日本の食べ物屋さんは何かの専門店であることが普通なのよね。うどんとお蕎麦とラーメンが、それぞれ専門店で……それも庶民的な価格のお店で成り立つのって、凄いことだと思うのよ」

 日本では『蕎麦が置いていないうどん屋』とか『醤油ラーメンしかないラーメン屋』みたいな非常に狭い範囲の専門店は枚挙に暇がない。

 もちろん麺類だけではなく『どじょう鍋屋』『天ぷら屋』などの和食から『カレー屋』『スパゲッティ専門店』など、本国では他の料理も置いているであろう舶来料理の専門店も多い。

 そして、おそらくはそういう店が存在出来る土壌のコトを言っているのか。

 エリーズはなおも、語り続けた。

「ナレ社長はこう締めくくったわ。『そうした誰も追いつけないレベルの専門性を持つ店は、当然、高い評価につながる』ってね」

 ここまでくると、話の流れが読めたものか。ローハンの父は静かに頷いている。

 エリーズもそうした相手には話しやすいのだろう。他の人たちも聞いているのを認識しながら、なおも話を続けた。

「ひとりの料理人が、その生涯を他の料理には目もくれずに、ただ一つの料理の腕を磨くことに費やす――それが、素晴らしくならないワケがないわ」

 まとめるならば『広く浅く』と『狭く深く』の差だ。

 無論、『広く浅く』は突き詰めていくと、いろいろな料理が相互に連携し合う為に『広く深く』になっていくものだが。それとても、一生涯をかけてとことん突き詰めた『一点に深く』の深さには及ばない。

 いろいろな料理をまんべんなく作る定食屋のうどんと、うどん専門店のうどんではどちらが美味しいか?

 というよりも『美味しいうどん食べたいときに、どちらを選ぶ』のか?

 ――答えは、明白である。

 エリーズはにっこりと微笑みながら、ローハンの父に向き直った。


「この秋葉原も同じよ。『電化製品』と言うものを専門的に扱う『街』」


 普通の街にある電気屋さんと、電気屋ばかりが集まる街にある電気屋さん。

 自分の欲しいものが手に入りそうなのは――どちらだろうか?

 『他のものはともかく、電気関係なら秋葉原に行けば間違いない』と思えるのは、歴史のある電気街だからに他ならない。

 そして、いきなり前触れもなく。

「ナズバールシャ・グルスデョーム、ポリザーイ・フ・クーゾフ」

 今まで黙って聞いていたリューシャがロシア語で何かを呟くのを聞いて、みんなの目が丸くなる。

「あ……ロシア語なのよ」

 思わず口から出ちゃった感がある自分の言葉に、ちょっと赤面しながら。リューシャは補足説明を試みる。

「『きのこと名乗ったからにはかごに入れ』って、意味なの」

 まったく説明になっていない意味不明な直訳に、さらに首をかしげる一行に、リューシャはマイペースにゆっくり話し続ける。

「『やるなら徹底的にやれ』『中途半端はやめろ』って意味の言葉なのよ」

「そうね、秋葉原は徹底的にやった結果、素晴らしい専門性を手に入れた街と言えるわね」

 ようやく言いたいことがわかったエリーズは、リューシャの肩に手を置いて笑顔で話をまとめた。

 そして、まだ腑に落ちないような表情をみせているローハンの父に、にっこりと微笑みながら。

「『電化製品』――日本を代表する製品の一つよ。その扱いに特化した街は、やがて時が流れコンピューターを扱うようになり、最先端技術であるIT機器を世界のどの街よりも、集中して取り扱う街になったわけね」

 と、家電の街からITの街へと変貌を遂げる秋葉原についての説明をはじめる。

 その話を聞いたころねは、数回頷いて肯定の意を示した。

「おじいちゃんはオーディオマニアだったから、あれよあれよと言う間にPCのお店ばかりになってビックリしたっていってた。それまで家電が中心で、PCショップは細々とやっていたのがWindows95フィーバーで一気に出てきたみたいだね」

 そう語るころねは、1995年生まれの17歳である。

 1995年11月23日に発売されたWindows95のフィーバーを覚えているワケもないが、『PCを持っていないのにOSを買って帰る人』などもいたほどの騒ぎになったこの一件から、PCは一般家庭にも普通に普及するメジャーなアイテムになったというエピソードは知っていた。

「そして、そのIT機器と親和性の高い『オタク文化』と呼ばれる、アニメ・漫画・ゲームなどのジャパニーズ・ポップカルチャーを扱うお店が、この秋葉原に集まってきたのよ」

「昔の秋葉原って、歩いてるのは男の人ばっかりだったけど、今は普通の人たちばかりだよね」

 エリーズの発言に、そんな風にころねは相づちを打った。

 言わんとすることは分かるのだが、『今は普通の人たちばかり』と言うのならば、昔はどういう人たちが歩いていたのか気になるところである。

 そんな疑問はさておいて、エリーズは自信に満ちた笑顔を見せる。

「秋葉原はそうした日本発ポップカルチャーの『聖地』として、世界中から注目を集めているのよ」

「そうだな。この街が持つ独特のエネルギーは強力だ。シリコンバレーだ中国のドコソコだとか、似たような都市も無いことはないが。インターネットで見ただけのこの街に、テキサスなんて遠いところから『絶対に来てやる!』と思うほど、ハートにぶちかましてくれたのは、俺にとっては秋葉原だけさ」

 エリーズはアンドリューの、実に彼らしい言葉にクスっと笑いを漏らす。

 そして、軽く肩をすくめながら補足説明を試みる。

「確かに、中国の深センみたいに大きな電気街が他の国にも出来たけど――ハードのみならず、コンテンツまで生み出すパワーを持つのが、秋葉原が世界中から注目される魅力の源よね」

 アンドリューやエリーズの言う通り、中国の深センや香港、広州、また韓国の龍山などにも秋葉原に似た電気街がない訳ではない。

 だが、そこに並ぶ人気の品物――とりわけアニメなどの『ジャパニーズ・ポップ・カルチャー』を生み出している国が誇る電気街。

 それは、日本以外の人々に『本場』であることを言外に、そして雄弁に主張する。

 『Made in Japan』のブランド力は、ハードもソフトも未だ強力な物であるからだろう。


「あと、秋葉原にきて思ったのは、旅行者にとって優しい街だと言うことかな」


 それまで、黙ったまま頷いて聞いていたジョンスが口を開く。

「僕は、今まで何度も日本に観光旅行で訪れていたけど、秋葉原は必ずコースに含んでいたよ」

 アンドリューのテキサスから日本に来るには、成田直行便で14時間弱。

 エリーズのパリからは12時間弱……いずれもうんざりする程の飛行時間である。

 それに比べて、ジョンスの故郷ソウルからは2時間ちょっと――しかも、成田ではなく羽田便がある――という、国内旅行+αの距離であり、渡航のハードルがかなり低い。

 今までも皆で雑談しているときに――主にヨーロッパ組から――『簡単に行き来できて、ずるい!』とよく分からないクレームを入れられていたようだ。

「秋葉原からは皇居だって、すぐそこだし。日本の伝統的な繁華街である銀座にも近い……銀座は有楽町で降りていけば、すぐだからね。山手線であっと言う間だよ」

 あまりに発達して、初見の人にはまるで見方が分からないとまで言われる東京の路線図を、完璧に読むことが出来るほど東京に親しんでいるジョンスは、まるで先生のように話をしていた。

 まあ、そんなジョンスにも日本に来始めたころ、東京駅から秋葉原へ行こうと山手線に乗って

(もしかして……逆まわりに乗ってしまったのか?)

 と、恵比寿のあたりでようやく気がついたという失敗談があることは、彼の名誉のために伏せておくことにする。

「なんと言っても、秋葉原は巨大なターミナル駅である東京駅から近い。それは新幹線で日本の各地へと迅速に移動出来るということ。秋葉原で買い物もしたいけど、それはそれとして京都などの伝統文化に触れたいと言う人も、安心だ」

 ちなみに、山手線で二駅。あっという間である。

 このあたりの話は、海外組にとって『あるある』ポイントなのか、ころねとみつばを覗く全員がうんうんと頷いている。

「隣町は上野。そこから電車一本で、世界遺産日光にも行けるよね」

「ウチ、日光行ったヨ! ゆば、美味しかったネ」

 シュエランが満面の笑顔で相づちを打つのを、ジョンスも笑顔で答えた。

「僕も食べたよ。おいしいよね、ゆばまんじゅう」

「あいや!? ウチが食べたの、ゆばそばだったヨ!」

 なんだか、変なところで齟齬が生じているアジアふたり組を、エリーズは面白そうに見た。

「『日光を見ずして、結構と言うなかれ』って言うくらいだから、良いところなんでしょうね。行きたいわ」

 いわば『ナポリを見てから死ね』の日本版だろうか。

 相変わらず通な日本語知識を披露するエリーズに微笑みを向けて、ジョンスは続きを語る。

「秋葉原は観光拠点としても優れた街だと思うよ。何日の滞在プランであるとしても、秋葉原をベースに組めば、楽にプランが組めるからね」

 そのジョンスの言葉に、こくこくとリューシャが頷く。

「わたくし、最初に観光に来たときはそういうツアーに参加したわ……」

「俺は初日と最終日以外が自由行動のツアーだったけど、宿泊が東京駅の近くでほとんどの日程を秋葉原で過ごしたな」

 アンドリューはそう言って、ちょっと苦笑する。秋葉原に猪突猛進した彼は、日光に行こうなどと考えたことがなかったからだ。

 その後ろで苦笑いしているローハンも、きっと同じクチだろう。

 ジョンスは微笑みを絶やさぬまま、遠い目で中空を見上げた。

「僕の祖国では、電気屋は特別楽しいところと言うイメージはなかった。でも、不思議なことだけどこの街では――みんな楽しそうに歩いている。世界のどこからか来た観光客が、アトラクションを巡るようにきょろきょろしながら歩いているんだよね」

「一見、同じ電気屋さんダケド、みんな個性がある電気屋さんダカラ」

 シュエランのその一言に、みんなは秋葉原の街を脳裏に浮かべた。

 延長コードばっかり置いてあったり、みたことのない電球が置いてあったり、何に使うのか分からないリモコンが、カゴに山積みになっていたり……確かに全部『電気屋さん』なのだけれど、置いているものが結構違ったりして、結局街中くまなく歩いてしまうのは良くあることだ。

 エリーズは、シュエランの肩に手を置いて得心の表情を浮かべた。

「その一つ一つを巡って、良い買い物が出来るかどうか冒険するジュブナイル――そんな体験が出来る街よね」

 欲しいものを探すだけではなく、買おうと思ってもいなかったけど、見つけたら欲しくなって買った――そんな経験を恐らくした事があるのだろう。少し苦笑するような、でも、何か納得したような微笑みを皆が浮かべていた。

 ジョンスは顎に手を当て、誰かの顔を思い浮かべるような顔で話しだす。

「もし、僕の友人が日本に旅行にくると言うのなら、真っ先に薦めるのは秋葉原だね。ここには日本の『現在』がある。それを知るからこそ、奥深い日本の伝統的な文化が楽しめるんだ」

 そのジョンスの言葉が、何かのトリガーを引いたのか。堰を切ったように、皆が話し始めた。

「世界にいっぱい街があるケド、秋葉原みたいな街はないダカラ」

「いろいろな魅力がある街なのよ……」

「だから、世界中からこの秋葉原へ集まってくるんだね」

「少なくとも、俺たちジャパニーズ・ポップカルチャーやジャパニーズ・テクノロジーに興味がある人間にとって――ここが『日本』なんだ。『聖地』なんだ!」

 そして、それぞれ語ったことをまとめるようにエリーズは、ただ瞠目して座っているローハンの父に告げた。


「貴方の言う『こんなくだらない街』の『くだらない』と切り捨てた部分こそが、21世紀の世界を動かす文化の原動力なのよ」


 正直、ここまで盛り上がる話題だとは思っていなかった。

 みつばという日本人――秋葉原が故郷だというやかましい娘の話を少し聞く程度だろうと。

 ところが、実際は予想したみつばはまるで語らず。

 フランス人のエリーズが、韓国人のジョンスが、アメリカ人のアンドリューが、中国人のシュエランが、ロシア人のリューシャが、そして日本人のころねが――それぞれの思いを熱く語り、世界中から集まった若者の考えがローハンの父にぶつけられた。


 およそ一世紀弱の歴史を誇る、電気の街。

 日本のテクノロジーと繁栄の象徴。

 世界中から観光客が訪れる、ジャパニーズ・ポップ・カルチャーの聖地。


 秋葉原へのあまりの熱い想いに、ただ圧倒され。

 言葉を返すことすら忘れ、瞠目するばかりだった。


 そして、ふと。

 思い出したかのように、父は自分の息子――ローハンに視線を移した。

 故郷では、言葉少なくいつも伏し目がちで表情が乏しかったローハン。

 親子の会話も少なく、少ない会話の中に『友達』の話が出てきた記憶はなかった。

 だが、この秋葉原では。

 危険を顧みずローハンを、父親である自分の手から連れ戻した『友人達』に囲まれて。

 頬を紅潮させ、うれしそうにそんな『友人達』の話を聞いている。


 また、不意に。

 まだ、ローハンが子供の頃……仕事で行ったデリーで、たまたま目に付いたアニメのDVD――タイトルは覚えていないが、日本製の――を、ローハンに買い求めたことを思い出した。

 いつも静かにひとり遊びをしていたローハンが、いかにそのロボットが格好良いかを頬を紅潮させて父に説明した――同じことを何度も何度も――そのうれしそうなローハンの顔を不意に思い出して、父は目を見開いた。


 確かに、あの時ローハンは――5歳くらいのローハンはこう言ったのだ。

『僕が大きくなったら、このロボットを作ってお父さんにあげるよ』

 厳格だった父親の自分に、ローハンは頬を紅潮させたまま、ローハンは夢を語った。

『そうしたら、お父さんのお仕事をロボットが手伝ってくれるから――』

 それは、子供ならではの夢。

 是非もないことと聞き流した、ローハンの夢。

『――お休みをとって、僕を日本に連れて行って!』


 ローハンの父は、ゆっくりと目を閉じて長いため息を吐いた。

(ここが――ローハンにとっての『聖地』だったんだな)

 そして、父は目を開く。

 ローハンを囲む友人達――グルカを含む傭兵達をことごとく退けて息子を『奪還』した、様々な国の友人達を眺め。

「ありがとう――よく、分かった」

 と、椅子から立ち上がった。


 ローハンは我が目を疑った。

 ここ数年、まともに会話をしていなかった父。

 その父が――自分に向かって、微笑んでいた。


 父は黒服の傭兵達に車を回すように指示を出すと、ふうと短くため息を吐く。

 そして、緊張の面持ちで自分をみる息子に、こう告げた。

「お前の好きにしたらいい。ただ、たまには連絡をよこせ。母さんや兄さん達が寂しがっているぞ」

 わっと、歓声が上がり友人達に――とりわけ大きなピンクの影にもみくちゃにされるローハン。

 そのうれしそうな、照れくさそうな顔でされるがままになっているローハンに、父は背を向けて歩き出す。

 その父の背中に、ローハンの声がかかった。

「父さん――ありがとう!」

 その響きには、もはやいささかのおびえも萎縮もない。

 父は振り向かず、肩越しに軽く手を上げて返事に代えた。

 そして、バラックの外に止まっているファントム・ドロップヘッドクーペに乗り込み、秋葉原を後にしたのだった。


「これで、証明は終了?」

 ローハンの父を、無言で見送った後で、ころねはみつばに笑顔で訊ねた。


『私が、この街が素敵だってことを証明してみせる!!!』


 みつばが壇上で大見得を切った、それに対しての問いかけである。

 それに対して、みつばは一拍の間を置いて、うーんと思案顔になると。

「答えの大きなヒントは貰ったけど――まだまだ、不十分かな」

 と、言葉を探すように話し始めた。

 ローハンの父親に対して、皆が入れ替わり立ち替わり語った秋葉原の魅力。

 それは、なまじ『生まれ故郷』と言う近い距離にいるみつばが、肌で感じても理屈で説明できないところだった。

 でも、漠然と感じていた秋葉原の魅力はやはり本物で。

 外から訪れて来た人たちが語ることで、よりハッキリとした形が見えてきた。

 そんな思いを感じながら、みつばは昔なじみのころねに、そして頼もしい友人達に、助け出すことが出来たローハンに向けて話し始めた。

「この街が魅力的であることが、これで良く分かったよ。きっとこれからも全国各地から、そして世界中から秋葉原にいろいろな人がやってくると思う」

 みつばは、自分の言葉に頷いたみんなを見回した。

 世界中から集まった友人達――その意味を充分に噛みしめながら、みつばは語り続ける。

「私がやらなければいけないことは、この街の魅力を証明するだけじゃないと思うんだよね」

 それは、もちろん大事なこと。

 でも、もっと大事なことがある。

「その魅力を知って、実際にこの街に来てくれた人たちが――この街を心の底から楽しんでくれることが、本当に大切なことだと思う」

 あ、と。

 何かに気がついたような声を、ころねは上げた。

 その横で、ローハンもころねと同じような表情になっている。

「私たちが本当にしなくちゃいけないのは、そういう人たちが『また来よう』って、思ってくれるように……秋葉原で暮らす私たちが、世界中の人たちを精一杯迎えるために頑張ることだとおもうんだよ」

 みつばの髪飾りが、光り輝いていた。

 『逆切れ超説教モード』――怒りで興奮するあまり、感情のボルテージが上がって髪飾りの機能にブーストがかかる現象を、ころねが名付けた。

 ところが――今は怒りではない何かの衝動に駆られて、みつばの髪飾りは光り輝いている。

 そこには、子供の頃のころねが髪飾りを作ることを思い立つほどに気弱だった――そんな、みつばの姿はなかった。

 髪飾りは輝いているが、決してその力を借りているわけではない。

 真っ直ぐに彼方を見つめて、みつばは友人達に向かって力強く言い放った。


「あとは行動すること!

 全国各地から、そして世界中から秋葉原に来てくれる人たちが、秋葉原を楽しむための力になる――

 名付けて『秋葉原おもてなしプロジェクト』を成功させるって、秋津みつばの名のもとに宣言するわ!!」

 そう言って、友人達に最高の笑顔をみつばは見せた。

 その笑顔の意味を瞬時に理解して、ローハンは相変わらずの苦笑いを浮かべる。

「しかたないな……僕に手伝えって言うんだろ?」

「当たり前だぜ、相棒」

 まるで台本があるように、見事な間で。

 アンドリューの太い腕がローハンの細い首に回され、ガッチリとロックされる。

 ニワトリがしゃっくりをしたような奇妙な声を上げるローハンを見て、ころねは笑う。

「色々作ったりしなくちゃだから、頑張ろうねローハン」

「キミもな……」

 息も絶え絶えに言うローハンを見て、ころねはころころと笑う。

「まかせといてよ、ローハン」

 一体何を作る気なのか――と訊ねようとして、バラックの中のアレを思い出し、ローハンは首を横に振る。

(最終的には、アレをなんとかしたいんだろうなあ……)

 窓の外に見える、クロスフィールドの高層ビル群をみて、ローハンは深いため息を吐いたのだった。


 そして、不意に。

 エリーズは何かに気がついたのか、はたと膝を打って、みつばの前に立った。

 それから、おもむろに両手でみつばの手を取って、顔をぐいっと近づける。

(だから、近い近い近いーっ!)

 と、赤面するみつばにはまるで頓着する様子を見せずに、エリーズは瞳をキラキラと輝かせた。


「私、この街が素敵だってコトを伝えるために、物語を作るよ!」


 そして、エリーズはこの場にいる皆を見回して笑顔で言った。

「みんな、よろしくね!」

 ローハンが肩をすくめ、リューシャがこくこくと頷く。

 アンドリューが笑いながらローハンにヘッドロックをかけて、ジョンスがにっこりと微笑む、。

 そんな皆の様子を見て、みつばところねは顔を見合わせ、そして笑ったのだった。


 そして、しばらくして――エリーズの『物語』は完成した。

 無論、エリーズだけではなく、リューシャだったりローハンだったり、そしてもちろんみつばだったり……

 世界中から集まった、色々な人たちが関わって出来た作品である。


 秋葉原の歴史や魅力に触れて、秋葉原に興味をもって貰おうと。

 世界各地から集まったキャラクターが、いろいろな視点で秋葉原の見所を語る、そんな物語。


 タイトルは――『あきばスクランブル』。


 一体、どんなお話なのか……?

 その答えは、読者の皆さんのご想像にお任せしたいとおもいます。


―――――――――――――――おしまい

※この小説に関する著作権はHP:AKIHABARA OMOTENASHI PROJECTの著作権管理規約に則っています。 


URL: http://akiba-brand.com/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ