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私は死んだ。けど生きていた。

作者: 七八
掲載日:2026/03/14

人生は夢である。死がそれを覚まさせてくれる→ホ

ジヴィリ

私はあと24時間後に死ぬ。

齢35歳。


これは覆らない。


何故なら私は24時間後の自身の死を見届けているからである。


心筋梗塞。

私の命を奪った病の名である。




私の人生は語るにはつまらない人生であった。

その責任は他者には無い。


こんな私であっても、

夢と欲というものに

例外なく呪われていたのである。


どうせ死ぬのならばと、私は天使の囁き(ささや)を受け入れ

再び最後の24の刻を生きることを、許された。





12月24日(クリスマスイブ)土曜日、世間が浮立つ日の朝8時3分、私の最後の刻が始まった。


そう、私が死んだのはクリスマスの朝だった。


クリスマス特番で賑わうテレビで私(中年男性)の死が注目されるはずもなく、私は静かに死んだのだ。



まず私は欠かせないルーティンへ向かう。

死ぬと知っても尚、私の中に染み付いたそれからは離れられないのだと思いながらトイレへ向かう。


冷たい冷水で顔を洗い、爽快なミント味の歯磨き粉をたっぷりとつけ歯を磨く。

少し伸びた髭を丁寧に剃る。

キッチンへいきコップ一杯の水をごくごくと飲み干す。

そして服を着替える。


昨日の私は着心地の良い上下グレーのトレーナーを着ていたが今日は違う。


最後の日なのだから、私の中の一番お気に入りの服を着ることにした。


白の長袖のシャツに腕を通し、臙脂(えんじ)色のネクタイを結ぶ。そしてシワひとつない真っ黒なスーツに手足を通し、グレーのコートを着る。


サラリーマンコーデの完成だ。


私が働いていたのは土日休みの会社であったから、今私は休みの日にわざわざスーツを着ているのだ。

これがお気に入りというと変に感じるかもしれないが、これが人に貰った唯一の服であった。


私がまだ20歳の新入社員(フレッシュマン)であった頃、私は母にこのスーツ一式を貰った。

そのすぐ後に母が他界した私にとって、これはお守りのような形見のような、はたまた愛蔵の品であった。


今思えば辛い時、このお守りに私は励まされていたことを思い出す。


父もおらず、母は死んだ。

私は人付き合いが苦手であり、人と距離をとる節があった。

そうして私の周りには結局、誰一人残らなかった。


若い時抱いた夢のように順調な人生では無く、私の人生は流れるように過ぎ去り、あっという間に35年が過ぎてしまった。





「さて」

私は夢を叶えることにした。


私は財布と家の鍵のみをを鞄にいれて、家を後にした。

時刻は9時を回っていた。



「今日世界が滅亡するとしたら何食べる?」

この問いを経験した人はきっと多いだろう。

昔の私は母の餃子と答えた。

しかし母亡き今私は萬福楼の麻婆豆腐と答える。


昔、母と横浜中華街で食べた麻婆豆腐。

大きくて熱々な豆腐とひき肉が絡み合うその味に感動したことを覚えている。


私は電車に乗り、中華街へと向かった。

ここからだと1時間程度の場所にある。


車の免許は勿論持っているが、私はひとりで乗る車に魅力を感じない。


大きな車窓からの景色を見て多くのことを思い出す。


中学生の時に打ち込んでいた野球倶楽部へ向かうあの景色、満員電車に乗る時は景色を見る余裕なんて無かったけれど、(たま)にひとつ早い電車に乗れた時は早朝の朝焼けが見えたりしたものだ。


横浜中華街につき、萬福楼(まんぷくりゅう)の看板を潜る。

私の目の前にはあの時と同じ、熱々の麻婆豆腐があった。

変わらない大きな豆腐とたっぷりのひき肉をかき込むように、最後の味を噛み締めるように食べ、鼻水をかんだ。


これが私の夢である。

なんともお粗末な夢だと思うかもしれないが、本来日常の中でポックリ死ぬはずだった私にとっては十分な夢であった。


時刻は11時手前、

最後の麻婆豆腐に手を合わせ、店を出た。




私はそれからさらに電車を乗り継ぎ湘南へ向かった。

湘南の海。

寒いというのに人がかなりいる。

この人混みと騒音が心地よい時もかつてあった。


私はこれ以上ここにいると色々考えてしまいそうだったので、さっさと後にした。



そして帰りは長い時間、電車に揺られた。

様々な人がいることに気付く。

家族旅行に行く人、帰ってきた人。

楽しそうに最近の流行(はやり)を話す女の子たち。

本を読むおばあちゃん。

クリスマスイブにもスーツを着こなす人もかなりいるようだ。


この人達は明日があるのだ。

明日も仕事に行き、家に帰り、クリスマスを楽しむのだろう。


帰りは何もしなかった。

どこにも寄らずに家に帰った。


最後の日なのだから高級料理店に行ったり大好きなプラモデルを爆買いしたりしても良かったのかもしれないが、私はしなかった。




家に帰り部屋着に着替える。


もう着ることもないスーツだが感謝の意を込めてシワを丁寧に伸ばす。

じっくり、じっくりと時間をかけて。


いつの間にか時刻は17時を過ぎていた。


風呂にゆっくりと浸かり、冷凍餃子と冷凍チャーハンをチンして食べ、

21時、床に就いた。

こうして私は夜をこえ、朝を迎えた。


寒空にはまだ夜が残っていた。

私は窓を全開にした。

朝の空気が部屋に流れてくる。

時計の針は7時40分を指している。あと30分もせず死ぬというのに、私はどこか落ち着いていた。


ぼぉっと外を眺め、時間は流れる。

朝というのは不思議だ。

もうひとりの知らない私が姿を現す。


私の人生は、

もっと人を大切にすれば、仕事にも日々にも欲を出していたら、感謝を忘れていなければ、

違ったのだろうか。

40歳になった私は、還暦を迎えた私は、一体どんな私になっていたのだろうか。

今夢が無いだけで、未来の私は夢を追っていたのかもしれない。

()()()が溢れてくるのを感じたこの瞬間、時計の針は三分を指した。



ドックン。

あの時と同じ痛みがはしった。

痛みというよりも苦しみに近い。

息ができない。

あぁ、ついに私は死ぬのだ。


この瞬間私は自身の最大の過ちに気付いてしまった。

あの時ただ死んでいればこれに気付くことも無かったのだろうか。

死んだら何も出来ないじゃないか。麻婆豆腐を美味しいと思うことも、クリスマスソングを聞くことも。

しかし私は天使の囁きに負け、

自分の浅はかな欲に負け、

そして

私は。


私は

死を(もっ)て生を理解してしまった。


しかしそれはとても悲しいことだと、私はようやく知ったのだ。

最後までご覧頂きありがとうございます。


小説書きたい!

そう思って今日、唐突に書いてみました。

これから先も多くの作品を書いていきたいです。

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