9話 華やかな王都
「ミストラル帝国へ行く前に、王都でロッティのドレスを買いましょうね!」
決してジスランに、煽られたからではない。
身分のある相手を訪問するのに、平服では失礼だからだ。
(港町でもドレスは買えるけれど、布地にこだわりたいなら、国中から一流品が集まる王都が一番よね)
抱き上げたロッティは、毎日のように重さが増していて、アビゲイルを喜ばせる。
くるりとカールした紺色の髪も、最近は結べる長さになった。
「ドレスを着て、今よりロッティがかわいくなったら、私の目がつぶれてしまうかもしれないわ……」
「どれすって、なあに?」
ロッティはアビゲイルの首に腕を回す。
こうしたほうが、アビゲイルの負担が少ないと、知っているのだ。
「お姫さまが着ている、レースやリボンがついた服のことよ」
「ろってぃ、えほんでみた! ひらひらのすかーと!」
「ちょっと歩きにくいかもしれないけど、着ている間は、お姫さまになりきって我慢してね」
「おひめさまをたすける、どらごんのふくはある? とげとげがついた、つよそうなの!」
そういえば、最近ロッティに読み聞かせた絵本には、ドラゴンに姿を変えられた王子さまが出てきた。
「どうせオーダーするのなら、強そうなドラゴンの服も作ってもらいましょうか」
「やった~! ろってぃ、どらごんだいすき!」
こうして数日のうちに、アビゲイルとロッティは王都へと向かった。
◇◆◇◆
王都には、『昼と夜』で調理を担当しているドロシーを含めた数名の女性従業員も、研修として同行してもらう。
ほとんどの者が、生まれ育った港町から出たことがなく、鉄道に乗るのも初めてだった。
王都のきらびやかさに目を奪われている従業員たちを、アビゲイルは庶民向けのレストランへと引率する。
円になって座れる丸テーブルに案内されると、さっそくメニュー表を開いた。
「みんな、気になった料理はどんどん頼んでね!」
「へ~、王都は港町と違って、魚料理が少ないですね」
「いい着眼点だわ。『昼と夜』では主に肉料理を出しているから、ここで食べた味を、新たなメニュー作りに活かして欲しいのよ」
経費で落とすから料金は気にしないで、とアビゲイルは付け加える。
ここに連れてきたドロシーたちは、そもそもが料理人ではない。
手料理がおいしいと近所で評判の、ふつうのお母さんたちだ。
その手腕をアビゲイルが買って、『昼と夜』で働いてもらっている。
天候に稼ぎが左右される漁師や船乗りを夫にもつドロシーたちにとって、安定して収入が得られる仕事はありがたかった。
とくに小さな子どもがいる場合は、家でやれる内職くらいしか、お金を稼ぐ手立てがなかったのだが、アビゲイルが店舗と同じ建物内に保育園を設けてくれたおかげで、心置きなく『昼と夜』の仕事に励むことができる。
そうした経緯もあって、アビゲイルに恩を感じている従業員は多い。
そんな従業員の一人が、手を挙げて質問をする。
「オーナーはどうして、肉料理にこだわるんですか? 単価が高くなるのに……」
港町では、新鮮な魚介が手に入る。
しかも安いため、家庭料理によく使われていた。
ふるまう相手が観光客ならば、それで喜んでもらえるかもしれない。
しかし『昼と夜』がターゲットとするのは、もとから住んでいる地元民だ。
「いつでも家で食べられる料理を、店で食べようとは思わないでしょう? 『昼と夜』の常連さんには、漁師や船乗りも多いわ。贅沢な話だけれど、彼らの舌は新鮮な魚介に慣れていて、食べても感動は生まれないのよ」
「うちの旦那も、陸に上がったら肉が食べたいって言いますね。船に乗っている間はずっと、釣った魚ばかり食べてるから」
ドロシーの言葉に、ほかの従業員たちも笑いながら頷く。
どこの家も、同じような状況なのだろう。
(バイオレット先生が教えてくれた通りね。差別化を図らないと、抜きんでることは難しいって)
薬膳シロップに頼り切るのではなく、メニューも工夫してよかった。
おかげで『昼と夜』は、地元民たちに受け入れられた。
今では、港町で知らぬ者はいない、有名店に育っている。
「たとえ割高だったとしても、『昼と夜』がここまで繁盛しているのは、港町では珍しい肉料理を、手軽に食べられるおかげよ」
自分たちの作る肉料理が、『昼と夜』を支えていると分かって、従業員たちはことのほか喜んだ。
そして運ばれてきた肉料理を分け合いながら、味付けに使われている調味料が何かを一緒に考える。
港町なりのアレンジができそうだとか、王都は盛り付け方がおしゃれで参考になるとか、みんなで囲む食卓は楽しいものになった。
その日以降も、ドロシーたちには人気のレストランを、食べ歩いてもらう。
別行動となるアビゲイルは、さっそくロッティと買い物へ繰り出した。
「私たちは、服飾店を回りましょう」
「どらごんのふく~!」
ドラゴンが描かれた絵本を、大事に抱きかかえたロッティと手をつなぎ、アビゲイルは貴族たち御用達の店を見て歩いた。
ショーウインドウには、季節を先取りしたドレスや帽子、バッグや靴が並んでいる。
問題はどこにも、ドラゴンの服など売っていないことだ。
(なんとかドレスと一緒に、頼み込むしかないわね!)
何軒かはしごした結果、「面白そうだ」とオーダーを引き受けてくれる店が、やっと見つかった。
ドラゴンの服に手間がかかるため、その他のドレスに関しては、すでに店にあるデザインを、ロッティのサイズに仕立て直すだけにした。
「とげとげがね、せなかにあるの。こうやって、ずら~ってね」
ロッティがデザイナーへ、絵本を見せてドラゴンのかっこよさを伝えている。
デザイナーがしきりにスケッチにペンを走らせているところを見ると、珍しい注文に創作意欲をかきたてられているようだ。
靴や帽子、肌着も合わせると、かなりの金額になったが、アビゲイルはチップも含めて小切手をきる。
気前のいい支払いに店長は感激し、なるべく早く製作すると約束してくれた。
「出来上がり次第、発送させていただきます」
「よろしくお願いしますね」
これで、ミストラル帝国へ行く準備は整った。
しゃべり疲れて眠ってしまったロッティを抱いて、アビゲイルが服飾店を出る。
すると、大通りを挟んで反対の歩道から、聞き馴染んだ金切り声がした。
「オーガスト! 横につれている女は誰なの!?」
「ヘレン……!? どうしてここに……」
オーガストとは、アビゲイルの父の名前で、ヘレンとは、継母の名前だ。
嫌な予感がして、声のする方に視線をやる。
急に始まった男女のいさかいは、周囲の注目を集めていた。
その的になっているのは、間違いなくアビゲイルの元家族だった。
久しぶりに見た父のオーガストは、亜麻色の髪に白いものが混じっている。
ヘレンに責められて、あわてて連れの女性を背中に隠すが、それでは愛人だと丸わかりだった。
「まさか、その女に、男児を生ませようとしてるんじゃないでしょうね?」
「……ダレルの瞳は赤い。顔つきだって、ハウエル侯爵家の誰にも似ていない。このまま両親に認められないと、爵位は甥のものに……」
「ダレルは正真正銘、あなたの子だと言ったでしょう!」
「当時のヘレンには、儂の他にも男がいただろう。そいつの種じゃないと、どうやって証明できる?」
「なんですって……!」
ヒートアップしていく二人の様子に、アビゲイルはうんざりした。
(ダレルも報われないわね。必死に母と妹を護ろうとしているのに、本人が醜聞をまき散らしているのだから)
この様子は、明日の新聞のゴシップ欄にでも掲載されるだろう。
それを読んだ祖父母が、二人を叱りつける様子まで想像できた。
(ダレルの婚活の邪魔にならないといいけど。さっさとハウエル侯爵家と縁を切っていて、助かったわ)
ロッティもいる今、ごたごたに巻き込まれるのはごめんだ。
アビゲイルは足早に、ホテルへの道のりを歩いた。
これで予定していた王都での用事は済み、あとはジスランからの連絡を待つばかりとなった。
◇◆◇◆
「カルノー男爵から返事がきた。ぜひともドナ嬢の遺髪を、自領の墓地に埋葬したいそうだ」
神妙な顔つきのジスランが『昼と夜』に来たのは、アビゲイルたちが王都から戻って数週間後のことだった。
「分かりました。ジスラン卿はいつ出発できますか?」
「いつでも。荷物は常にまとめてある」
ジスランの旅慣れた様子は、兄を探し続けた過去を偲ばせる。
「じゃあ、ミストラル帝国行きの船便を予約して――」
「いや、それには及ばない」
「もしかして、馬車で行くんですか?」
それなら、相当な長旅になるはずだ。
アビゲイルはロッティと自分のお尻を心配する。
しかしジスランは、首を横に振った。
「ホロウェイ王国からヴァイツ王国までは鉄道だが、そこから乗り継いで、ミストラル帝国へ向かおう」
「鉄道が繋がっているのは、ヴァイツ王国までですよね?」
ヴァイツ王国はミストラル帝国を敵対視しているため、簡単に出入りできる鉄道を繋げなかった。
だからそこからは、どうしても馬車に頼らざるを得ない。
ホロウェイ王国からミストラル帝国へ向かうのに、直通の船便が選ばれる理由はそれだった。
「母上にロッティを連れていくと伝えたら、運転手付きの車を寄越すと言われた。だから鉄道の終着駅からは、車で国境を越える」
「車!? ミストラル帝国では、貴族が車を所有しているんですか?」
アビゲイルは驚愕した。
ホロウェイ王国では、車を見る機会はめったにない。
なぜなら、王家が所有する1、2台しか、国内に存在しないからだ。
王族の結婚式など、大掛かりなパレードのときにしか、車の出番はやってこない。
アビゲイルも実物を知らず、新聞の記事で読んだだけだった。
「うちには10台ほど、あったはずだ。馬車のほうが格式が高いと言う者もいるが、車のほうが速度が出るから――」
モンテスキュー公爵家だけで、ホロウェイ王国の所有数の何倍もある。
どうもアビゲイルが思っていた以上に、ジスランの実家は裕福なようだ。
「急がせるようで申し訳ない」
謝るジスランだったが、好奇心が抑えられないアビゲイルは、二つ返事で頷いた。
きっとロッティも、初めて乗る車に喜ぶだろう。
「では、明日にでも出発しましょうか」
そして次の日、アビゲイルはジスランが予約した寝台列車の豪華さに、またしても驚愕するのだった。




