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4話 物知らずはどっち

 ロッティの母親が隠していたブローチを見たときから、ロッティの父親は貴族ではないかと想像がついた。

 保護者としてアビゲイルが名乗りを上げた日に、いつかこんな場面がやってくるのは分かっていたことだ。


 ジスランがロッティを見つめる瞳には、懐かしさがこもっている。


「この店に来る前、警備隊の詰め所を訪ねた。そこで容姿の特徴を聞いて、兄上の子だと確信したんだ」


 ジスランの言葉通りならば、ロッティにはミストラル帝国モンテスキュー公爵家の、長男の血が流れている。

 アビゲイルも元貴族だったから、この先の展開が難なく読めた。

 

(ロッティの親権を譲れ、と言うつもりなんだわ)

 

 それでロッティが幸せになるのなら、アビゲイルに否やはない。

 しかし貴族社会では、女性の自由はかなり制限される。

 それが嫌で距離を置いたアビゲイルにとって、貴族であることと幸せは結び付かない。

 これからのロッティの未来を思うと、小さな体を抱いた腕に、知らず力がこもった。


「あびー?」


 ロッティがアビゲイルの愛称を、舌足らずな声で呼ぶ。

 見上げてくる灰色の瞳は、水晶のように美しい。

 これを大人の都合で曇らせてはいけない。


(私が不安がってどうするの。ロッティを護ると決めたのに!)

 

 アビゲイルはジスランに向きなおった。

 そもそも、本当にロッティの親族なのか。

 3年以上も放置していたのに、急に迎えに来たのはなぜなのか。

 もっとロッティに関する事情を、ジスランから聞き出さなくてはならない。

 親権について考えるのは、その後だ。


「あなたのお兄さまの子どもだと、証明できますか?」

「その子が持っていたブローチと、同じブローチを俺も持っている」


 ジスランは懐から色違いの宝石がついたブローチを取り出す。

 そしてかぎ爪のいくつかを外し、ブローチの内側をアビゲイルに見せた。


「ここに、モンテスキュー公爵家の紋章がある。警備隊に保管されていたブローチを確認させてもらったが、やはり同じ紋章があった」


 宝石の裏側に隠されていたから、そこに紋章があるとは、今まで誰も気づかなかった。

 同じデザインのブローチを所有していて、さらに紋章という新事実まで明らかにされては、警備隊もジスランの主張を認めざる得ない。

 それでロッティの養い親となった、アビゲイルの居場所を教えたのだろう。


「……確かに。このブローチとロッティのブローチの、共通性は認めます」

「では、親権を譲ってくれるな? その子もこのまま庶民として育つよりは、貴族として育ったほうが――」

「それには賛成できかねます」


 ジスランの話を、アビゲイルはぴしゃりと遮った。

 まさか拒否されるとは、思っていなかったようだ。

 ジスランは目を開いたまま固まった。


「庶民でいたいか、貴族になりたいか、決めるのはロッティ本人でしょう? 3歳に決断を迫るのは、どうかと思いますわ」

「いや……常識的に考えて、わかるだろう? この世に、貴族になりたがる庶民はいても、庶民になりたがる貴族はいない」

「いますけど?」


 物知らずはどっちだ、と言わんばかりのアビゲイルに、ジスランは黙り込んだ。

 そして落ち着いた態度のアビゲイルを、今さらながらに観察する。


(もしかして、この女性は元貴族か? 庶民になりたがる貴族というのは、本人のことだろうか?)


 多くの庶民は、貴族を相手にすれば委縮する。

 なんなら目を合わせることすら、恐れ多いと思うだろう。


(だが彼女は最初から、俺をまっすぐに見ている)


 何事かを考えているジスランへ、アビゲイルはかねてからの疑問を口に出した。


「どうして今なんですか? ロッティが孤児になったのは、3年も前ですよ」


 アビゲイルの口調にはとげがある。

 それだけ長いこと放置していたのに、今になって親族面をするのか、という心の声がジスランには聞こえた。

 

「捜索が遅れたことは否定しない。家を飛び出した兄上は、ミストラル帝国にいるものと思い込んでいて……ホロウェイ王国まで調査の範囲を広げたのは、最近なんだ」

 

 ロッティの父親は、家を出ただけでなく、国すらも出ていた。

 アビゲイルの脳裏には、ロッティの母親の最後の言葉がよぎる。


『どうか……ロッティを、私たちのいとし子を……お願いします』


 もしやロッティの父親と母親は、許されぬ愛を貫くため駆け落ちしたのか。


(これ以上は、ロッティに聞かせられないわね。どんな過去があろうと、ロッティにとっては大切な両親なのだから)


 アビゲイルは従業員にロッティを預け、ジスランを応接室へと案内する。

 ロッティが心配そうにこちらをうかがっていたので、大丈夫よ、と微笑んで頷いて見せた。


「ずいぶんと、あなたに懐いているようだ」


 応接室へ着くなり、ジスランがこぼす。

 その声には、少しの驚きが込められていた。

 ソファへの着座をすすめながら、アビゲイルは返答する。


「この2年間、ロッティとは家族として、仲良く過ごしてきましたから」

「……あの子の母親は、この店の前で倒れて、亡くなったと聞いた。だからあなたは義務感から、養子縁組をしたのだと思っていた」


 ジスランの考えはもっともだ。

 アビゲイルがブローチを受け取っていないから、金目当てでないのはわかる。

 残るのは、義理や人情といった、個人的な感情だろう。


「義務感というよりは……私も早くに、母を亡くしたので……」

 

 自分の味方がいない状況は、つらく悲しい。

 母を亡くした12歳のときから結婚して家を出る18歳まで、アビゲイルはそんな環境に身を置いてきた。

 だから独りぼっちになったロッティを、そのままにしておけなかったのだ。

 ふむ、と考え込んだジスランが、なお問いかける。

 

「だったらなおのこと、あの子には強い後ろ盾が、必要だとは思わないか?」


 ジスランの言葉に対して、アビゲイルはムッとしてしまう。

 その強い後ろ盾とやらのせいで、ロッティの両親は不幸になったのではないか。

 

「最初にロッティから両親を奪ったのは、誰ですか? モンテスキュー公爵家がミストラル帝国でどれほどの威光を放っているのか知りませんが、ジスラン卿のお兄さまはそこを自ら飛び出たのですよね?」


 ジスランの兄にとってモンテスキュー公爵家は、居心地の良い場所ではなかったということだ。

 ロッティの母親との関係を、両親に認められなかったのか。

 だから生活に困窮しても、戻ろうとしなかったのか。

 想像でしかないが、それが答えのような気がする。


「今さらロッティがそこへ行って、幸せになれるでしょうか?」


 むしろ心無い誰かが、亡くなったロッティの両親について、あることないこと吹き込む可能性もある。

 貴族社会は怖いところだ。

 子どもでも容赦なく、邪魔であれば蹴落とすのだから。

 アビゲイルはそんな敵意から、ロッティを護りたいと思っている。

 

「ロッティが自分で判断できる年齢になるまで、私は親権を渡すつもりはありません」

「あなたは見かけによらず、頑固なところがあるようだ」


 ジスランが大きなため息をついた。

 そのわざとらしさに、かちんときて言い返す。


「ロッティの気持ちを、優先させたいだけです!」

「紫色の髪も、オレンジ色の瞳も、野暮ったいメガネがなければ、社交界では注目されるだろう。それらを捨てて庶民のふりをしている変わり者に、あの子を託すのは不安だ」

「庶民のふりをしているのは、お互い様では? 変わり者というのは、ジスラン卿の自己紹介でしたか?」


 からかいを含むアビゲイルの返答に、今度はジスランがかちんときた。

 

「可愛げがないな。そうやって何にでも噛みつくのが、あなたのやり方か?」

「可愛いと思ってもらいたくないので、ちょうどいいですね」

「そんなことでは、嫁の貰い手がないぞ」

「ご心配なく、すでに嫁いだ経験はあります」


 ハッ、とジスランが口元を押さえる。

 

「独身と聞いていたが……もしかして、ご夫君とは死別を?」


 うっかり言葉にしたのを後悔するように、ジスランの眉尻は心痛で下がっている。

 だがアビゲイルは、そんな可哀そうな寡婦とは対極の存在だ。


「円満離婚でしたから、私に苦労はありません。お気遣いなく」

 

 使い切れなかった公爵夫人としての年間予算を、執事がアビゲイル名義の銀行口座に入れてくれた。

 さらには2年間だけの夫だったキースから、びっくりするほどの手切れ金までもらってしまった。

 それは別れた後に、金の無心に来てほしくないという、キースの心情の表れだったのだろう。

 おかげで爵位も買えるほどアビゲイルは裕福だが、あえて庶民でいる。

 しかし、ジスランにとって、それは理解しがたい。


「円満……離婚……?」

「信じられないでしょうが、事実です」

「離縁された女性は、身をひそめて暮らすものだと思っていたが……ホロウェイ王国では違うのか?」


 店のオーナーとして、大手を振って生きているアビゲイルに、悲壮感はみじんもない。

 ジスランは奇妙なものを見る目をしていた。

 

「語弊があるようですね。離縁されたのではなく、離縁したのです」


 アビゲイルが捨てられたかのような言い方は、しゃくに障る。

 ここはきっちりと、訂正しておかなくてはならない。


「離婚前提で契約結婚したのですから、期間満了とともに関係を解消するのは当然です!」

「契約……結婚……」


 またしてもジスランは、衝撃をうけた表情をした。


「俺とあなたの間には、相容れぬ文化の差があるようだ。ますますあの子を託すのが、心配になってきた」

「自立している女性を見るのは、初めてですか?」

「自立がどうとかじゃない。離婚前提の契約結婚をする人に、家族愛を語って欲しくないということだ。貴族に政略結婚が多いのは認めるが、それでも夫婦になれば共に子を育み、家門のためにお互いを支え合う。だから家同士の力関係を考えて縁組みを――」


 話が長くなりそうだったので、アビゲイルは手を挙げてそれを制した。


「だから貴族って嫌なんです。しがらみばかりで、自由がないから。女性は他家との懸け橋になって、跡継ぎを生むだけの道具じゃないんですよ」

「誰もそんなことは言ってない」

「でもジスラン卿の話の中には、そういう女性しか登場しないじゃないですか」


 アビゲイルはやれやれと首を横にふる。


「結婚相手を決めるのは父で、後継者を生むのは夫のため。そこに娘や妻の意向はないでしょう?」

「名のある家に嫁いで、その家が繁栄すれば、それが女性の幸せにつながる」


 バン!

 あまりの暴言が許しがたく、アビゲイルはテーブルを叩いた。

 

「そんな考えの人には、ロッティを任せられませんね。どうぞ、お帰りください!」

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