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14話 巨万の富

「申し訳ありませんが、客人はこちらへ」


 ロッティを抱いたジスランが、案内された部屋へ入った瞬間、続こうとしたアビゲイルは、執事のハンスに引き止められる。

 

「どういうことでしょう?」

「旦那さまが別室でお待ちです」


 ハンスが静かに閉めた扉の向こうでは、ロッティが自己紹介をする声がした。

 ほかに女性の声が聞こえるので、ここにジスランの母や妹がいるのかもしれない。

 ジスランもそちらに気を取られて、アビゲイルが入室していないのに勘付いていないようだ。


「わかりました。内密ということですね」


 ハンスは物分かりのいいアビゲイルに頷くと、先へと促した。

 ジスランとロッティがいる部屋から、少し離れた部屋に連れていかれる。

 そして、そこに待ち構えていたのは、ジスランによく似た年配の男性だった。


(間違いないわ。モンテスキュー公爵ね)

 

 一人がけのソファにどっしりと腰をおろし、アビゲイルへ鋭い視線を投げる。


「挨拶はいい、率直に答えるんだ。いくら欲しい?」


 立ったままのアビゲイルへ、着座を勧めることもなく、モンテスキュー公爵はそう言い放った。

 後ろに控えているハンスも、それについて何も口出ししない。

 出会って早々だが、アビゲイルの中で戦闘開始の合図が鳴った。


「レディに対する態度として、褒められたものじゃないですね。庶民だから立たせたままでも、いいってことですか?」


 アビゲイルの言葉に、これまで無表情だったハンスが、ぎょっとして目をむく。

 若い女性だからと侮り、ぞんざいに扱うつもりだったのだろう。

 今日の服装ならば、アビゲイルは大人しそうに見える。

 そんなアビゲイルから礼儀を正され、モンテスキュー公爵の眉根も寄った。


(モンテスキュー公爵は、どうやら庶民が嫌いみたいね)

 

 モンテスキュー公爵がいきなりお金の話を持ち出したのも、さっさとこの屋敷からアビゲイルに立ち去ってもらいたいからだ。

 そんな主人の気持ちを忖度して、迎えの乗用車を2台手配したのはハンスかもしれない。


(でも、負けないわよ! ロッティの親権をお金で買おうとするなんて、腹が立つけど予想していたことだわ)


 モンテスキュー公爵が、おもむろに自分の前のソファを指さす。

 そこへ座れという意味だと解釈して、アビゲイルは静かに腰を下ろした。


「儂と価格交渉をするつもりのようだな。金に汚い、商人らしいやり口だ」

 

 あごひげを触りながら、モンテスキュー公爵が低い声でなじる。

 アビゲイルが商売を生業としていることは、すでに調査済みらしい。

 

「ジスランの手紙には、間違いなくフレデリクの娘であると書かれていたが――」


 ジスランの兄の名前は、フレデリクというらしい。


「――半分は男爵家の血だ。それを踏まえて、値段をつけるんだな」


 これが孫に対する物言いだろうか。

 カルノー男爵とのあまりの違いに、怒りがこみ上げる。


(ジスラン卿のお兄さんが、ドナ嬢と一緒に家を飛び出す訳だわ)


 愛した相手が、たまたま男爵家の出身だった。

 なんとか父親を説得しようとしたが、耳を貸してくれない。

 モンテスキュー公爵の血統至上主義に、二人は追い詰められたのだ。


(上位貴族でなければ人にあらず、みたいな考えなのかしら。だったらこうして、庶民の私と対面しているだけでも、不機嫌になるのは頷けるわ)


 アビゲイルが思考していると、ハンスがしびれを切らす。


「旦那さまをお待たせするんじゃない! さっさと答えろ!」

「……この屋敷を土地ごとくれると言われても、ロッティの親権は譲りませんわ」


 アビゲイルの返答に、モンテスキュー公爵が鼻を鳴らす。


「商人のくせに、目利きもできないのか」

「ロッティは物ではありません!」

「こうして交渉の場にいる今が、お前の人生の頂点かもしれんぞ。庶民には夢のような巨万の富を、得られる機会などそうはない」

 

 煽るモンテスキュー公爵だったが、アビゲイルには通用しない。

 

「巨万の富? それくらい、自分の手でつかみますわ」

「虚勢を張るな。小さな食堂を経営している程度では、稼ぎと言っても、たかがしれているはずだ」


 モンテスキュー公爵の後ろでは、ハンスがにやりと口元をゆがめた。


(あらあら、主従そろって見下してくれるわね。私が事業経営しているのが、『昼と夜』だけだと思っているのね)


 くすり、とアビゲイルは微笑を浮かべる。


(簡単に身辺調査をした程度では、わからないでしょう。表沙汰にはなっていないものね。ホロウェイ王国にある、ソーダ水の瓶詰め工場の8割が、すでに私の管理下にあるなんて)


 これは相談役のバイオレットがいたから、成し遂げられた偉業だ。

 アシュベリー公爵と離縁したとき、アビゲイルの手元には50億ルネという大金があった。

 それは、不便ではない場所にある屋敷を買い、世話をしてくれる使用人を数名雇い、食うに困らず一生涯を暮らせる金額だった。

 しかしアビゲイルは、そんな静かな余生を過ごすつもりは毛頭ない。

 

『せっかくですから、投資をしてみませんか?』


 バイオレットから持ち掛けられたとき、アビゲイルが思い浮かべたのは株だった。

 しかし、バイオレットの投資は、規模が違った。


『残念ながら株では、数年で元手が倍になればいいほうです。アビゲイルさんには、これから成長する国が分かっているのですから、思い切って国そのものに投資してみましょう』


 秘伝の薬膳シロップ作りに欠かせない、原材料を生産する国に――。

 勝ちが確定している出来レースだ、とバイオレットが宣言した通り、アビゲイルの資金は数年で10倍になった。

 そこから、大量生産へ向けたソーダ水の瓶詰め工場の獲得へ動いたのだ。


(若い女性が社長だと侮られる、というバイオレット先生の助言に従い、いかつい顔をした社長代理を立てたのが、功を奏したのよね)


 おかげで大した非難を浴びずに、順調に事業は展開している。

 

(だけど本当の社長が私だって知られていないから、こうして舐められているんだわ)


 アビゲイルはモンテスキュー公爵をにらみつける。

 真正面にいる相手は、それくらいでは不遜な態度を崩さない。

 

「私はロッティの未来について、話し合えたらと思っていたのですが、そんなことはお望みではないようですね」

「孫の未来は儂が決める。余所者が口を出すな」

「ロッティの保護者は私ですよ? 決して余所者ではありません」


 口答えばかりのアビゲイルに、ついにモンテスキュー公爵がいらだった口調になる。


「いい加減にしろ! 血のつながりもない者が、出しゃばる場面ではない。早々に金を受け取って、この屋敷から立ち去れ!」

「……血のつながりがないからこそ、私たちは家族という愛でつながっています。先に家族を見放したのは、そちらだということをお忘れなく」


 アビゲイルは立ち上がると、さっさと部屋を出た。

 モンテスキュー公爵やハンスと、同じ空気を吸っているのも嫌だった。


(絶対に親権は渡せないわ。モンテスキュー公爵が現役でいる限り、ロッティをここへ連れてくるのは、考え直さないといけないわね)


 ロッティの幸せどころか、意思すらもないがしろにされてしまう。

 したいことも望めず、やりたいことも出来なかった、アビゲイルの少女時代の記憶がよみがえった。


「ロッティをそんな目には合わせない。不幸はもう、お腹いっぱいなのよ!」


 憤りもあわらに、足早に廊下を歩いていく。

 最初に案内された部屋の前にたどり着くと、アビゲイルがノックをする前に、いきなりその扉が開いた。

 今にも飛び出そうとしていたのは、ロッティを腕に抱いたジスランだ。

 

「よかった……あなたを捜しに行こうとしていた」

「あびー! さきにかくれんぼ、はじめてたの?」


 ジスランとロッティの二人が、同時に手を伸ばして話しかけてくる。

 そのおかげで、アビゲイルの気分は上昇した。


「ちょっとしたことに巻き込まれちゃったの。でも、大丈夫よ!」


 ロッティのふくふくとした頬に、ちゅっちゅとキスをする。

 くすぐったさに体をくねらせて笑うロッティを、ジスランが落とさないようしっかりと抱きかかえた。


(もし、ロッティが貴族になりたいと言ったら、親権はモンテスキュー公爵ではなくジスラン卿に渡しましょう。誰の介入もさせないために、きちんとした契約書を交わしてね)


 アビゲイルの頭の中で、モンテスキュー公爵とハンスの顔に、大きなバツ印がつけられる。


「ジスラン兄さま……もしかして、その人が?」


 ロッティとたわむれるアビゲイルを指さし、部屋から誰かが出てくる。

 ジスランと同じ黒髪に、緑色の瞳、先ほどまで相対していたモンテスキュー公爵にも似ていた。

 背丈はアビゲイルよりも低く、見た目や服装から、いくつか年下だと分かる。


「そうだ、ロッティを今まで育ててくれた、恩人だ。リュシー、挨拶を――」

 

 ジスランの言葉に、アビゲイルも会釈をしようと、頭を少し下げたときだった。


「やっぱり庶民じゃ、この程度よね。地味で野暮ったくて、華がない。あのソランジェ姉さまと、比べるまでもなかったわ」

「リュシー! 失礼なことを言うんじゃありません!」


 部屋の奥から、暴言を吐いたリュシーを咎める声がした。

 長椅子から立ち上がったのは、ロッティと同じ紺色の髪を、優雅に結った年配の女性だった。

 そばに控える使用人へ、アビゲイルのためのお茶の準備を言いつけると、どうぞと手招きをする。


「娘のリュシーの不敬を、お許しください。孫を助けてくれたあなたに、かける言葉ではありませんでした。私の名前はタチアナ、モンテスキュー公爵夫人です」


 タチアナが美しい所作で、アビゲイルへカーテシーをする。

 ロッティがそれを見て、ぱちぱちと拍手をした。


「おばあちゃん、きれい! おひめさまみたいよ!」

「うふふ、ありがとう。ロッティにも、教えてあげましょうか?」


 先ほどの部屋とは違い、ここの雰囲気は温かい。

 ただ一名を除いて。


「お母さま、どうして庶民なんかに頭を下げるの!?」

「いい加減にしろ、身分なんて関係ない」

「ジスラン兄さままで! 何を望んでこの屋敷にあがりこんだのか、わかったものじゃないのに!」

「そんな人じゃないと、何度も言っただろう」


 ジスランがロッティを腕から下ろし、アビゲイルへ預ける。

 こんな話を、聞かせたくないのだ。


「リュシーは部屋へ戻れ。そして反省しろ」


 ジスランに背を押され、リュシーが部屋から追い出される。


「この屋敷で大きな顔をしようったって、私が許さないんだから!」


 扉が閉まる最後まで、リュシーは威勢がよかった。

 だが、あまりに発言が子どもっぽくて、アビゲイルは傷つきもしない。

 むしろ妹の無礼に、ジスランが謝罪し続けるのを、止めさせるほうが大変だった。

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