13話 ドラゴンと一緒
いよいよ、モンテスキュー公爵夫妻と、会う日がやってきた。
ホテルの鏡台の前にロッティをちょこんと座らせ、くるくるとうねる髪をアビゲイルが結ってやる。
ロッティはドラゴンの服を着たがったが、なんとか話し合って、それをお披露目するのは別の機会にしてもらう。
「これがいちばん、かわいいとおもうけどな~」
納得がいっていない様子のロッティだったが、モンテスキュー公爵家には数週間ほど宿泊する予定だ。
「今日じゃなくて、明日にしましょう。いきなりだと、びっくりするかもしれないわ」
「そっか! さいしょはみんな、どらごんをこわがるもんね! ほんとうはやさしいって、おひめさましかしらないもんね!」
ドラゴンに変えられた王子は、みんなから恐れられ、ずっと山奥で一人ぼっちだった。
「そうよ、お姫さまと会うときも、少しずつ正体を見せたでしょう。心優しいドラコンは、ちゃんと気配りができるんだから」
「わかった! ろってぃも、そうする!」
そんないきさつの末、ロッティは黄色のドレスを選んだ。
紺色の髪や灰色の瞳がよく映えて、とても可愛らしい。
アビゲイルは揃いのカチューシャを、ロッティの頭につけてやった。
「完璧よ! これ以上のお姫さまなんて、どこにもいないわ!」
「準備はできただろうか?」
コンコンとドアをノックする音に続き、ジスランの声がする。
時計を振り返れば、約束の時間になっていた。
「今、行きます」
アビゲイルは、さっと自分の身支度を整えると、ロッティを連れて部屋を出た。
すると、ジスランがちらりと、アビゲイルの格好に視線をやる。
「その……本当に侍女の手伝いは、いらなかったのか?」
「あら、ご心配いりませんわ。舞踏会でもないのですから、私が目立つ必要はありませんもの」
落ち着いた色のアビゲイルのドレスには、ほとんど装飾がついていない。
髪もかんたんに結い上げただけで、巻かれてもいなかった。
さらには縁の太い変装用のメガネが、やぼったさを上乗せしている。
日頃から目にする年頃の令嬢とはかけ離れた佇まいに、ジスランは不安げな顔を隠せない。
「大丈夫ですよ。相手の本音を引き出すには、大人しい女性と思われるのが最適なんです。さあ、遅れないように急ぎましょう!」
アビゲイルの言葉は嘘ではない。
(若い庶民の女性に対して、モンテスキュー公爵はどう出るかしらね)
内なる闘志を、穏やかな微笑みで覆う。
(無理やりロッティを奪おうとするのなら、私だって黙っていないわ。さんざん可愛いところを見せびらかせて、さっさと連れ帰ってやるんだから!)
ジスランからは、できるだけ長く滞在して欲しいと言われている。
(ロッティが貴族の生活を体験することと、血のつながった親族と顔合わせをすること。この二つが、今回の旅の目的よ。それらを達成してしまえば、長居する必要はないのよね)
モンテスキュー公爵との対立によっては、明日にでも引き返す可能性もある。
ホテルを出て車に乗り込むと、ロッティが嬉しそうにジスランの膝に乗った。
「これから、おじさんのうちに、とまりにいくんだよね? おじいちゃんとおばあちゃん、ろってぃとあそんでくれるかな?」
ロッティの中では、優しかったカルノー男爵夫妻が、おじいちゃんとおばあちゃんの代名詞になっている。
やや困りながらも、ジスランは返答した。
「ロッティのドラゴンごっこは特殊だからな。おじいちゃんとおばあちゃんには、厳しいかもしれない。屋敷に同じ年ごろの子どもがいれば、よかったんだが……」
ジスランには、18歳になる妹がいるが、まだ未婚だ。
父方の親族は皇族だから城にいるし、母方の親族は遠い領地にいる。
一緒にドラゴンごっこをしてやれるのは、ジスランだけだろう。
このままではロッティが、暇を持て余すかもしれない。
う~ん、と悩みだしたジスランへ、アビゲイルが助け舟を出す。
「使用人の子どもたちがいるでしょう? 遊び相手に、ちょうどいいのではないですか?」
公爵家ともなれば、使用人は家族ぐるみで、住み込みで働いている。
親のしていることをそばで見せて、覚えさせるのが一番早いからだ。
アビゲイルが2年間過ごしたアシュベリー公爵家の屋敷では、仕事中の庭師がよく子どもを連れていたのを思い出す。
「ロッティの血筋は貴族ですが、今は庶民と同じ暮らしをしています。ロッティが子どもたちと遊びたがれば、遊ばせてもいいのではないでしょうか?」
「……父上が許さないだろう。俺が小さいときに、使用人の子どもと遊んでいて、叱られたから……」
すでにジスランは、経験済みだった。
3歳年上の兄は、後継者として厳しい教育を受けていて、ジスランと遊ぶ暇などなかった。
7歳年下の妹は、年が離れていて性別も違ったから、一緒に過ごした時間は少ない。
「基本的に同格の相手としか、交流させてもらえないんだ。こうして振り返ってみると、あなたの言うように貴族は自由が少ないな」
当たり前と教えられたことが、アビゲイルの指摘で瓦解していく。
元貴族のアビゲイルが庶民的な自由を満喫しているのを、少しだけうらやましいとジスランは感じてしまう。
「私がロッティを、そんな枠にはめたくないと願うのが、わかりましたか?」
「ロッティが元気に遊べないのは、かわいそうだ」
ジスランはかなり、こちらの味方になっている。
(ロッティの可愛さに、打ちのめされた結果ね! ジスラン卿の家族も、こうだといいのに……)
モンテスキュー公爵家には、モンテスキュー公爵夫妻と、ジスランの妹が住んでいるらしい。
女性陣だけでも、味方になってくれないだろうか。
(そうしたら、多数決で勝つもの!)
アビゲイルがそう考えている間に車は門扉をすぎ、モンテスキュー公爵家の敷地内へと入っていった。
「広大な敷地ですね」
門扉をすぎてしばらくしても、屋敷が見えない。
美しく整えられた並木道を、車は走り続けた。
「馬車だった時代のなごりだ。どれだけの庭師をやとっているのか、訪ねてきた者に見せつけるための長い道なんだ」
食卓に銀食器を並べて、それを磨く使用人の多さを誇る貴族がいるが、その比ではない。
アビゲイルは改めて、モンテスキュー公爵家の権力の強大さを知った。
「住んでいる身にしてみれば、ただ遠いだけで、あまり快適とは言えないんだが」
家に帰りついたと思ったのに、まだ先がある。
そんなのは苦痛でしかない。
ジスランの表情は、そう物語っていた。
「ここでロッティとかくれんぼをしたら、探し出せる気がしませんね」
アビゲイルの軽口に、ジスランが噴き出す。
きらきらした目で窓の外を見ていたロッティが、嬉しそうに返事をした。
「ろってぃ、かくれんぼじょうずだもんね!」
「隠れている間に寝てしまって、呼びかけに答えてくれなかったときは焦ったわ。ジスラン卿のお庭は広いから、するときは部屋の中だけと決めておきましょう」
「このおにわでは、あそべないの?」
しゅんとしてしまったロッティに、ジスランが慌てて付け加える。
「中庭だったら、区切られているから大丈夫だ。小鳥がくる噴水があったり、リスの形をした樹があったり、生け垣の迷路もある」
「めいろ?」
「隠されたヒントを見つけて、出口を探しながら歩くんだ」
「おもしろそう! ろってぃ、めいろやりたい!」
ロッティはさっそく、遊ぶ約束をとりつけている。
ジスランが覚えたての指切りをしていた。
(こうして見ていると、親子のようだわ。もしモンテスキュー公爵が、ロッティの親権を手に入れたら、ジスラン卿の養子にするかもしれないわね)
直系の長男の血が流れているのだ。
ロッティを蔑ろにはしないだろう。
(ロッティのお母さんも、男爵家とはいえ貴族だもの。今は庶民的なロッティも、ここで生活をするうちに、令嬢に早変わりするかもしれないわ)
それがロッティの希望ならばいい。
庶民の自由よりも、貴族の格式を欲するならば、アビゲイルも反対はしない。
「それでも、ロッティが政略結婚を無理強いされるのは、嫌だわ! 大好きな人と、相思相愛で結ばれて欲しいもの!」
「いきなり、どうした?」
急に大声を出したアビゲイルに、ジスランが驚いていた。
きょとんとしているロッティを、大事に腕に抱いているから、もしも花嫁の父親役をやらせたら、式では泣くかもしれない、などと失礼な妄想をする。
「ロッティが嫁ぐ日のことを、考えていたんです。私みたいに、父が勝手に相手を選んで、式で会うのが初めてなんて状況は、最悪ですから」
ジスランはアビゲイルの告白に息を飲む。
政略結婚は貴族の常識だが、それでも式の当日が初対面なのは異常だ。
「ロッティに、そんな真似は――」
させないと言う前に、ロッティが手を挙げた。
「ろってぃね、おひめさまとけっこんしたい!」
ドラゴンごっこに真剣に取り組むロッティらしい答えに、アビゲイルは微笑む。
「素敵ね! ドラゴンの姿にされた王子さまを、愛してくれたお姫さまね」
「のろいがとけたどらごんは、おひめさまとしあわせにくらすんだよ」
愛の力で人間の姿を取り戻した王子だったが、たまにドラゴンの姿に変身しては、妻となったお姫さまを背中に乗せて空を飛んだと締めくくられていた。
王子さまが完全に人間になっていたら、ここまでロッティの心をつかまなかっただろう。
自在にドラゴンになれるところが、魅力的なポイントなのだ。
そこへジスランが、面白くないとばかりに割って入る。
「ロッティが結婚するのは、ずっと先の話だ」
「呑気に構えていられませんよ。港町では、初恋の幼馴染とそのまま結婚するなんて、よくあるパターンなんですから」
「まさか、ロッティにはもう……?」
ジスランが顔を青くする。
やはり父親役がはまりそうだ。
「ロッティはどうか知りませんが、男の子のほうは案外――」
そんな話をしていると、ようやく屋敷にたどり着いた。
玄関前には使用人たちがずらりと並び、久しぶりに帰還するジスランを出迎える。
その中から、最も格式高い服装をした30代くらいの男性が、車に近づいてきた。
「お帰りなさいませ」
「久しぶりだな、ハンス」
ジスランがハンスと呼んだ男性は、青色の髪をピシッと後ろへ流し固め、冷たい印象の銀縁メガネの奥には、真っ黒の瞳が鎮座している。
アビゲイルはその佇まいから、使用人のトップに立つ執事だと判断した。
「旦那さまと奥方さまがお待ちです。どうぞこちらへ」
大きく開かれた扉の向こうには、玄関ホールとは思えない豪奢な空間が待ち構えていた。
きらめくシャンデリアの光とは裏腹に、なんとなく歓迎されていない空気を感じながら、アビゲイルはそこへ足を踏み入れるのだった。




