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12話 おじいちゃんとおばあちゃん

 ジスランとロッティの距離感は、一緒に飴を食べた日からさらに近づいていった。

 今ではアビゲイルがいなくても、二人で仲良く過ごしたりしている。

 そんな二人が窓の外を見て、終着駅が近づいてきたと教えてくれた。


「すでに、うちの車が待機しているはずだ」

「かなりの荷物がありますが、車に乗りますか?」


 ジスランの荷物に加えて、アビゲイルとロッティの荷物もある。

 

「トランクルームがあるが、そこには予備の燃料を積んでいると思う。車の屋根に積めば、なんとかなるかもしれない」


 そんな話をしていたが、無用な心配だった。

 なぜならば、駅のロータリーにはぴかぴかに光る3台の車が並んでいて、そのうちの1台は荷台つきの貨物車だったからだ。


「お帰りなさいませ、ジスランさま。お迎えにあがりました」


 運転手や世話をする使用人たちが、手際よく荷物を貨物車へ積んでいく。

 手持ち無沙汰なアビゲイルとロッティは、勧められるままに、乗用車の後部座席に腰を落ち着けた。

 ジスランは何やら使用人たちと会話をしていたが、車のドアが閉まってしまったのでよく聞こえない。


(ジスラン卿の顔つきからして、いい話ではないみたいね。なにか問題でも起きたのかしら?)


 そのうち、ジスランが使用人を振り切って、アビゲイルたちと同じ車に乗り込む。

 出発してもしばらくジスランは、いらだちを含んだ空気をまとっていたが、初めての車に興奮しているロッティを膝の上に乗せて、その歓声を聞いているうちに穏やかな顔つきに戻った。

 ヴァイツ王国の国境を抜ければ、道が整備されているから揺れは少なくなる、と説明する運転手に頷きながら、アビゲイルはこの状況を冷静に観察する。


(荷物用に貨物車があるのはいいとして、後部座席に3人が座れる乗用車が2台ね。ジスラン卿はもう1台の乗用車を使うように言われたのかもしれないわ。……私が貴族ではないから)


 庶民と同席するのはよろしくない。

 誰かがそんな判断をして、乗用車を2台手配したのだろう。


(面倒くさいわね。せっかく可愛いロッティを見せてあげようと、ここまで来たのに)


 ため息が出そうになるが、我慢する。

 すでにアビゲイルの代わりに、ジスランが憤ってくれた。


(この旅の道中で、ジスラン卿はロッティの味方になってくれたわ。そのついでに、私のことも顔なじみくらいには、認識してくれたみたいね)


 誰も知り合いがいないミストラル帝国の中で、アビゲイルが頼れるのはジスラン卿だけだ。

 しかし、そこまで考えて、慌てて首を横にふる。


(いいえ、なにを弱気になっているの! いつだって、頼れるのは自分だけ。だから今まで、必死に頑張ってきたんじゃない)


 アビゲイルは反省する。

 

(ジスラン卿に甘えるのはよくないわ。ここはもう、温かい港町とは違うんだから)


 近づいてきた国境を見つめ、アビゲイルは気を引き締めた。


 ◇◆◇◆


「先に、カルノー男爵夫妻に会おう」


 ミストラル帝国に入ると、高級ホテルをはしごしながら、車は帝都を目指した。

 

「ドナ嬢の遺髪を受け取るために、領地からこちらへ向かってくれている」

 

 ジスランの口ぶりからすると、カルノー男爵夫妻は、普段は帝都にはいないようだ。

 それもこれも、モンテスキュー公爵家と絶縁したのが、原因かもしれない。


(公爵家と男爵家ならば、割を食うのは男爵家よね。カルノー男爵は、失踪した娘をすぐに探すほど、愛情深かったのに。身分の差に支配された貴族社会は、残酷だわ)


 ロッティの養い親になったから、アビゲイルにもわかる。

 ふたりの失踪時、モンテスキュー公爵家とカルノー男爵家の、どちらがより親として相応しい行動をしたのか。


(なんだか会う前から、モンテスキュー公爵家への反感ばかり覚えるわ。大事なロッティが、選ぶかもしれない未来のひとつなのに……不安ね)


 アビゲイルは隣に座るロッティを、そっと抱き締める。

 今日は「おじいちゃん」と「おばあちゃん」に会うため、新調したドレスを着ていた。

 

「きょうはろってぃ、おひめさまやく! ごあいさつのしかた、ちゃんとおぼえてるよ!」

「ロッティは何をしても可愛いから、きっと大丈夫よ」


 ロッティを溺愛するアビゲイルの親バカぶりに、ジスランもだいぶん慣れた。

 最初はもっと小言が多かったが、今はまったく口をはさんでこない。

 言っても無駄だと思っているのか、もしくはジスランに親バカが感染したのか、定かではない。

 アビゲイルはひそかに、後者ではないかと考えている。


「カルノー男爵夫妻とは、ゆっくり食事でもしたかったのだが、俺と一緒にいるのを見られるとあまりよくない。レストランを貸し切ったから、せめてお茶だけでもとお願いしている」

 

 それに応じてくれるかどうかは、相手次第のようだ。

 事務的に、遺髪の受け渡しをして終わるのは、もったいないとアビゲイルは感じる。


「ロッティを見たら、離れがたく思うはずですよ。外見はお父さん似ですけど、内面はそうじゃないのでしょう?」

「……兄上は、もっと静かだった。ロッティの性格は多分、ドナ嬢に似ている」


 これまでの旅路で、ジスランもロッティの日常を把握している。

 ドラゴンのしっぽを振り回す令嬢などいないだろうが、ドナ嬢は帝都から遠く離れた男爵領で、はつらつと元気に育ったに違いない。

 

「あそこが目的地だ。どうやらカルノー男爵夫妻は、先に到着しているようだな」


 ジスランが数軒先の店舗を指さす。

 支配人らしき老齢の男性が、入り口前で待ち構えていた。


(貸し切ったと言うから、こじんまりしたレストランなのかと思ったら、支配人がいるような大きなレストランだったのね。アシュベリー公爵家も、お金の使い方が桁違いだと思っていたけど、上には上がいるんだわ)


 考えてみればカルノー男爵夫妻との密会が、アシュベリー公爵にバレてはいけない。

 そして口の堅い従業員がいるのは、こうした最上級のレストランに限られる。

 ジスランはお金の使いどころを、正しく知っているのだ。


(私も学ばなければいけないわね。いくらお金を稼いでも、上手な使い方を知らなければ、宝の持ち腐れだもの)


 ジスランのエスコートを受け、アビゲイルとロッティは店内へ入る。

 奥まった個室へと案内されると、そこにカルノー男爵夫妻がいた。

 疲れた顔つきをしていたふたりだったが、ロッティを見ると表情を変える。

 

「もしかして、その子が……!?」


 ゆっくりソファから立ち上がり、夫婦そろって近寄ってきた。

 動作が緩やかなのは、高齢だからだ。

 どうやらドナは、遅くできた子どもだったようだ。


「おじいちゃん、おばあちゃん、はじめまして! ろってぃのなまえはね、ろってぃっていうんだよ。よろしくね!」

「ロッティ……よい名前だね」

「小さいときの、ドナを思い出すわ」


 泣き出したカルノー男爵夫妻を、ロッティがよしよし撫でている。


「きょうはいっしょに、おかしをたべるんでしょう? ろってぃ、たのしみにしてたんだ」

「そうだった、たくさんのお菓子が用意してあるんだ」

「私たちと一緒に、食べましょうね」


 すぐに打ち解けたロッティとカルノー男爵夫妻を、ジスランが促して席につかせる。

 しばらくはロッティを中心に時間が流れたが、思い出したようにカルノー男爵がアビゲイルへ頭を下げた。


「私どもの娘の最期を、看取っていただいたと聞きました。その節は、本当にありがとうございました」

「いいえ、私は結局、なんの力にもなれませんでした」

「とんでもない、アビゲイル嬢は恩人です。孤児になったロッティの、養い親にもなってくださった。なんと感謝を申し上げればいいのか――」

 

 カルノー男爵は、アビゲイルとの身分差など、ないかのようにふるまう。

 アビゲイルはできるだけ詳細に、これまでにあったことを話した。

 そして、束ねられた遺髪を、カルノー男爵へ差し出す。

 カルノー男爵は自身と同じ茶色の髪を、愛おしそうに手のひらで包んだ。

 

「ドナの死因は、栄養失調でしたか……それだけ困窮していても、私たちを頼ってくれなかったのが、寂しいですね」

「ご実家へ迷惑がかかると、考えたのでしょう。それに……」


 ロッティをつれてミストラル帝国へ戻れば、モンテスキュー公爵に奪われるかもしれない。


(許されない恋の末に、生まれた子だもの。放っておくはずがないわよね)


 公爵家の前では、男爵家の力など、ないに等しい。

 モンテスキュー公爵によって、ロッティと離ればなれにされれば、後悔してもしきれないだろう。

 だからドナは、ぎりぎりまで困窮に耐えたのではないか。


(少しでも長くロッティを、ミストラル帝国から遠ざけたくて。……こうして私が、ロッティを連れてきたのは、間違いだったのかしら?)


 しかし瞳に涙をためて、ロッティを見ているカルノー男爵夫妻の姿が、その考えを打ち消す。


(できることならばドナ嬢だって、カルノー男爵夫妻に、ロッティを会わせたかったはずよ。愛情を注いで育ててくれたご両親を、これ以上、自分たちの件に巻き込みたくなかっただけだわ)


 予想した通り、ロッティの自由奔放ぶりは、ドナ譲りだったようだ。

 カルノー男爵夫妻は、昔を懐かしんで頬をほころばせている。

 あらかたのお菓子を食べつくし、ロッティがうとうとし始めたあたりで解散となった。


「さあ、ロッティ、お別れのご挨拶をしましょう」

「おじいちゃん、おばあちゃん、またあおうね。ろってぃ、じをおぼえたら、おてがみだすよ!」

「ああ、待っているよ」

「いつまでも元気でね」


 名残惜しみながら、カルノー男爵夫妻が先にレストランを出た。

 無事に遺髪を渡すことができて、アビゲイルはホッと胸をなでおろす。

 眠ってしまったロッティは、ジスランが横抱きにしていた。

 少し時間をおいて、アビゲイルたちも席を立つ。


「ロッティなりに緊張をして、ロッティなりに頑張ったのだと思います。初めてのおじいちゃんとおばあちゃんだったから」

「カルノー男爵夫妻と、たくさん話をしていたな。とても嬉しそうに」


 アビゲイルとジスランの慈愛に満ちたまなざしが、惜しみなくロッティに注がれる。

 車に乗り込み、ホテルへ向けて走っていると、ぼそりとジスランがこぼした。


「明後日には、俺の両親と面会するが……今日のように、穏やかには終わらないだろう。父上は昔ながらの考えの持ち主で、頑迷なところがあって……」


 ジスランの兄とドナの結婚を認めなかった経緯からも、それはうかがえる。

 アビゲイルは、実父を思い浮かべた。

 権力ばかりを振りかざし、自分以外の者を駒としか思わない。

 古き良き歴史をもつ貴族ほど、そうした傾向にある。

 まるでそれを失うと、自分でいられなくなるかのように。


「大方の貴族なんて、そんなものでしょう? 気にすることはありませんわ」

「……ロッティの親権を、あなたから取り上げようとするかもしれない」


 ジスランの目的も、最初はそうだった。

 だが、楽しそうに毎日を過ごすロッティを見ているうちに、アビゲイルと引き離すのは間違っている気がしてきた。

 

「ミストラル帝国において、父上の持つ権力は絶大だ。ホロウェイ王国の庶民など、どうにでもできると思っているだろう」

「その鼻を明かしてやるのも、面白いですわね。庶民の代表として、頑張りますわ!」


 アビゲイルの返答に、ジスランは目を見開く。

 モンテスキュー公爵にけんかを売ろうなど、ミストラル帝国では誰も考えはしない。

 危険だ、と注意することもできた。

 しかしジスランは、思いとどまる。


(俺の小さな心配など、吹き飛ばす強さが彼女にはある。ロッティを護るためなら、怒れる獅子にもなるだろう)


 だから別の言葉を口にした。


「あなたを信じている。ただし、助けが必要なときは、俺を頼って欲しい」

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