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シーン10:別れの準備
評議場の空気が、わずかに歪んだ。
音はない。
光も派手に揺れない。
ただ、卓也の輪郭だけが、
紙ににじむインクのように薄れていく。
誰かが驚きの声を上げることはなかった。
制度盤も、書類も、静かなままだ。
卓也自身も、慌てない。
足元の感覚が遠のき、
床の冷たさが、少しずつ思い出になっていく。
ザイゼルは立ち上がらない。
執務机の前で、
ただ、その変化を見ている。
止める言葉も、
引き止める理由もない。
ここは、誰かに縋る世界ではなくなった。
卓也は一度だけ、周囲を見回す。
制度盤。
帳簿。
人の気配。
すべてが、動き続ける準備を終えている。
——もう、手を加える必要はない。
地の文:
世界は、続く。
彼がいなくても。
そして、それでいい。
空間が静かに閉じ、
卓也の姿は、完全に溶けた。
残ったのは、
変わった制度と、
変わりすぎなかった日常だけだった。




