シーン5:空白の意味
制度盤に、三つ目の語が刻まれた。
「減免」
それは、これまで存在しなかった言葉ではない。
帳簿の隅に、
欄だけは、あった。
誰も触れない。
誰も使わない。
説明も、定義もない。
ただの空白。
だが今、その空白が、正式な項目として浮かび上がる。
減免対象
減免理由
適用期間
文字は淡く、強調もされていない。
制度盤は、誇示するような光を放たなかった。
静かに、
空欄を、空欄として認めただけだ。
帳簿が変わる。
これまで数字だけが並んでいた行に、
余白が生まれる。
減っていない。
消えていない。
適用された記録も、まだ一件もない。
それでも、違った。
税目官が、その欄を見て、手を止める。
「……ここは」
言いかけて、言葉を選ぶ。
「必要があれば、使う欄です」
市民は頷く。
安心した顔ではない。
だが、拒絶もしていない。
街では、すぐに何かが変わるわけではない。
税額は同じ。
徴収も続く。
免除された者はいない。
それでも、
人々は帳簿の一角に、目を向けるようになった。
「使われていない」
「けれど、ある」
その事実だけが、
重さを持つ。
卓也は、制度盤を見つめていた。
減免制度は、救済ではない。
優しさでもない。
ただの選択肢だ。
使われるかどうかは、分からない。
使われない可能性の方が、高い。
それでも。
世界は初めて、
「払えない」という事態を、
想定の中に置いた。
減免は、まだ起きていない。
だが、
起きうるものとして、
制度の中に、存在していた。
それだけで、
空白は、意味を持ち始めていた。




