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プロローグ ―納付書を握りしめたまま シーン1:卓也の日常
青木卓也、三十二歳。
都内の会社に勤める、特別なところのない会社員だ。
仕事から帰り、部屋の明かりを点ける。
テーブルの上には、朝から置いたままの紙が一枚あった。
自動車税納付書。
赤字で印字された文字が、やけに目に入る。
――納期限:三日後。
忘れていたわけではない。
後回しにしていただけだ。
払えない金額ではないし、特別な手続きもいらない。
コンビニに行って、バーコードを通して、終わり。
それだけのことだ。
ただ、少し面倒だった。
卓也は椅子に腰を下ろし、納付書を指先で押さえる。
紙は軽く、現実味も薄い。
だが、期限だけは守りたいと思った。
遅れれば延滞金が付く。
そういう仕組みだからだ。
「……今日、払っておけばいいか」
独り言は、特に感情を伴わない。
決意というほどのものでもない。
卓也にとって税金は、
腹立たしいものでも、理不尽なものでもなく、
ただ――払えば終わるものだった。




