3. 嵐の前の静けさと、突然の裏切り(1957年)
「百花斉放」の季節は、しかし、あまりにも短かった。1957年の夏、風向きは急激に変わる。党への批判は「毒草」と断じられ、「反右派闘争」の嵐が全国に吹き荒れた。昨日まで自由な発言を讃えられていた人々が、一夜にして「党に反逆する右派分子」として、人民の敵に仕立て上げられていった。
学校の空気は、鉛のように重くなった。生き生きと授業をしていた先生たちは青ざめた顔で口を噤み、ある日、京海が大好きだった国語の張先生が、全校集会で自己批判をさせられた。彼は「ブルジョア的思想を生徒に植え付けた」罪で、涙ながらに自らの過ちを告白した。その姿を見て、京海は生まれて初めて、世界そのものへの恐怖を感じた。正しいことを言っていたはずの人が、なぜ罰せられるのか。彼女の小さな頭では、到底理解できなかった。
養父の建国も、変わってしまった。彼は工場から帰ると、何もしゃべらず、ただ黙って強い酒を飲むようになった。彼の同僚にも「右派」のレッテルを貼られ、地方の農場へ送られた者がいたのだ。党への忠誠と、目の前で起きている理不尽との間で、彼の実直な心は引き裂かれていた。
家庭内の空気は、息が詰まるようだった。こんな時、唯一勝ち誇ったような顔をしていたのが、秀英だった。
「だから言わんこっちゃない。余計なことを考えたり、口にしたりするから、ああなるんだ。党の方針に黙って従っていれば、間違いないのよ。京海、お前もよく覚えておきなさい」
その言葉は、京海には何の慰めにもならなかった。
そんな重苦しい日々の中、京海にとって唯一の救いは、路地裏の子供たちとの時間だった。大人たちの世界が嘘と恐怖に満ちているのとは対照的に、子供たちの世界はまだ真実の光を宿していた。
しかし、その光にも、やがて影が差し始める。
ある日のこと、京海が中心となって計画していた、子供たちだけの「中秋節のお月見会」の計画が、どこからか大人たちに漏れてしまったのだ。配給以外の食料を持ち寄ることは「資本主義的な浪費」とみなされ、計画は中止。子供たちは、それぞれの親から厳しく叱られた。誰かが、大人に密告したのだ。
子供たちの間には、気まずい沈黙が流れた。誰もが、裏切り者は誰だと互いに疑心暗鬼になっている。かつて明るかった路地裏の空気は、大人たちの世界と同じ、不信と恐怖の色に染まりつつあった。
京海は、その犯人が誰であるか、薄々気づいていた。それは、かつてガキ大将だった虎だった。京海にトップの座を奪われ、そのことを根に持っていたのだ。京海は、虎を責めなかった。彼を問い詰めれば、子供たちのコミュニティは完全に崩壊してしまうだろう。
彼女は一人、屋根裏部屋の丸窓から、欠けた月を見上げていた。張先生の涙、父の沈黙、そして友の裏切り。世界は、なんて理不尽で、哀しいのだろう。彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。その時、彼女の脳裏に鮮やかに蘇ったのは、孤児院の門の前で、泣きながら手を振っていた明の姿だった。
――明、会いたい。会って、このどうしようもない気持ちを話したい。明なら、きっと分かってくれるはずだ。
再会への渇望が、彼女の心の中で、かつてないほど強く燃え上がった。この暗く、息の詰まる世界で、明の存在だけが、彼女を照らす唯一の星のように思えた。




