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路 金色の星―京海物語(青木家サーガ第2作)  作者: 光闇居士


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2. 屈折した愛の形(1956年)

京海の「女王」としての名声は、すぐに養母・兪秀英の耳にも届いた。しかし、秀英の反応は複雑だった。彼女は、近所の奥さんたちに自慢げに語った。


「うちの京海は、本当に賢くてね。あの子がいると、路地裏の子供たちもみんな行儀が良くなるって、評判なのよ」


その口調には、確かに誇らしさが滲んでいた。自分の「作品」が、世間に認められていることへの満足感。だが、その満足感は、常にひりつくような嫉妬と背中合わせだった。家に帰った秀英は、そんな京海に対して、より一層厳しく当たった。


「外でちやほやされて、いい気になっているんじゃないよ。お前の仕事は、この家の中にあるんだからね。さあ、旻の薬の時間だ。早く用意しなさい」


1956年、毛沢東主席の提唱で「百花斉放・百家争鳴」のスローガンが国中に広まった。知識人や芸術家たちに、共産党への意見や批判を自由に発言することが奨励されたのだ。学校の空気も、目に見えて変わった。先生たちは、それまで教科書を読み上げるだけだった授業に、自分の考えを交えて生き生きと語り始めた。京海はこの新しい風を、乾いた土が水を吸うように吸収した。彼女の知的好奇心はますます刺激され、成績は常に学年のトップクラスだった。


養父の王建国は、そんな京海を心から誇りに思っていた。彼は党員として「百家争鳴」の風潮に一抹の不安を感じながらも、娘の聡明さが新しい中国で開花することを願っていた。彼はこっそりと、自分のなけなしの小遣いで京海に本を買い与えた。それは、夫婦の間の静かな、しかし確かな秘密だった。


秀英は、そのすべてに気づいていた。夫の裏切りも、京海の輝きも。彼女は、京海の成績表を見て、誰にも聞こえない声で「さすが、私の娘だわ」と呟いたかと思うと、次の瞬間には京海を呼びつけ、床の隅に埃が残っていることをネチネチと叱りつけた。


「勉強ができるからって、女としての務めを忘れてもらっちゃ困る。お前は、この家を支え、旻の世話をするためにいるんだ。それをゆめゆめ忘れるんじゃないよ」


それは、屈折した愛情表現だった。秀英は、京海が優秀であることを誰よりも認め、誇りに思っていた。だが、その輝きが、自分の手の届かないところへ彼女を連れて行ってしまうことを、病的なまでに恐れていたのだ。京海を叱りつけ、家の仕事や「童養婿婦」としての役割を押し付けることは、彼女を自分の支配下に繋ぎ止めておくための、必死の儀式だった。


京海は、そんな養母の複雑な心を、子供ながらに感じ取っていた。彼女は秀英に反発しなかった。反発すれば、この家での居場所がなくなるかもしれない。そして何より、養父の建国を悲しませたくなかった。彼女は、秀英の厳しい叱責を黙って受け入れ、完璧に家事をこなした。そして、養子の旻のことも、本当の弟のように面倒を見た。


病弱で学校にもろくに行けない旻にとって、京海は外の世界を教えてくれる唯一の窓だった。京海は、学校で習ったことや、路地裏での出来事を、面白おかしく旻に語って聞かせた。旻は、太陽のように明るい京海を心から慕っていた。


「京海姉さん、大きくなったら、僕のお嫁さんになってくれるんだよね?」


母に教え込まれた言葉を、旻は無邪気に繰り返した。京海は、その度に胸の奥がちくりと痛んだが、ただにっこりと笑って旻の頭を撫でるだけだった。「さあ、どうかな。そのためには、旻も早く元気にならないとね」


彼女は、決して運命に屈したわけではなかった。秀英の叱責を柳のように受け流し、課せられた役割を完璧にこなしながら、彼女は自分だけの世界を守り抜いていた。それは、建国がこっそり買ってきてくれた本を読む、屋根裏部屋での秘密の時間。そして、いつか必ず再会すると誓った、親友・ミンを想う時間だった。

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