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路 金色の星―京海物語(青木家サーガ第2作)  作者: 光闇居士


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3. 金色の星、見上げれば

ガタン、と、一際大きな揺れと共に、列車が速度を落とし始めた。窓の外の景色が、変わっていた。見渡す限りの葦の原から、灰色の壁を持つ、巨大な工場群へ。そして、その向こうに、霞んで見える、無数の家々の屋根。

上海だ。

六年間、夢に見続けた、私の故郷。

胸が、高鳴った。

明に、会える。あの、飢饉の冬の日に、「必ず迎えに行く」と誓った、私の半身。私たちは、手紙のやり取りを、ずっと続けてきた。彼女もまた、「上山下郷運動」に志願し、別の農場へ行ったと聞いていた。しかし、二ヶ月前、彼女から届いた手紙には、こう書かれていた。「病気のため、上海に戻ることを許可されました」と。

彼女は、待っていてくれるだろうか。あの頃のままの、優しい瞳で。

養父母は、どうしているだろう。養父の建国は、私の帰りを喜んでくれるだろうか。養母の秀英は、どんな顔で、私を迎えるだろう。「童養婿婦」としてではなく、労働模範として胸を張って帰る私を、彼女は、認めてくれるだろうか。

そして、弟の旻。病弱だった彼は、もう、青年になっているはずだ。私のことを、まだ「姉さん」と呼んでくれるだろうか。

列車が、上海駅の、見慣れたプラットホームに、ゆっくりと滑り込んでいく。六年前、ここから旅立った時とは比べ物にならないほどの、静けさ。文化大革命初期の、あの狂気のような熱狂は、今はもう、どこにもない。人々の顔には、熱狂の代わりに、疲労と、どこか諦めに似た、無関心の色が浮かんでいた。

私は、ゆっくりと、列車を降りた。

背筋を伸ばし、胸を張って。

私の手の中には、農場での功績を示す、一枚の赤い紙。私の首には、張先生が遺してくれた、魂の羅針盤である、小さな布袋。そして、その中には、私の出自と、未来への誓いを秘めた、片割れの、金の腕輪。

私は、決して、無力な少女ではない。

私は、この六年間で、戦う術を学んだ。知恵という盾で身を守り、沈黙という鎧を纏い、そして、人間への信頼という、最後の剣を、心に隠し持っている。

駅の雑踏の中に、私は、一つの人影を探した。

そして、見つけた。

柱の陰に、寄りかかるようにして立つ、一人の、痩せた女性。六年の歳月と、そして病が、彼女の顔に、深い影を落としていた。しかし、その瞳が、私を捉えた瞬間、私は、時が、一瞬にして巻き戻るのを感じた。

「…明」

「京海…!」

私たちは、言葉もなく、駆け寄り、そして、強く、強く、抱きしめ合った。彼女の体は、驚くほど細く、脆くなっていた。しかし、その背中に回された腕の力は、あの頃と少しも変わらない、確かな温もりを持っていた。

「おかえりなさい、京海」

「ただいま、明」

涙が、溢れて止まらなかった。それは、悲しみの涙ではなかった。再会の喜びに、そして、私たちが、この地獄のような時代を、生き延びて、再びここに立つことができたという、奇跡への感謝に、魂が震えていた。

明の隣には、一人の青年が、少し戸惑ったように立っていた。たくましい体つき、日に焼けた顔。その顔には、見覚えがあった。

「…董さん?」

それは、明が手紙の中で、時々、その名を綴っていた青年だった。彼女と同じ農場にいた、労働模範。病気の彼女を、ずっと支え続けてくれた人。

彼は、はにかむように、しかし、誠実な目で、私に頭を下げた。

「初めまして、董紀軍です。明さんから、いつもあなたの話を聞いていました」

その瞬間、私は、すべてを理解した。明は、もう、私だけの明ではない。彼女は、彼女自身の人生を、彼女の隣に立つ、この誠実な青年と共に、歩み始めているのだ。私の心に、ほんの少しだけ、ちくりと、針で刺されたような痛みが走った。しかし、それはすぐに、温かい、心からの祝福の気持ちへと変わっていった。

よかった、明。あなたは、一人じゃなかったのね。

私たちは、三人で、駅の外へと歩き出した。

上海の空は、相変わらず、灰色に濁っていた。街は、活気を失い、まるで重い病を患っているかのようだった。

しかし、不思議と、私の心は、晴れやかだった。

牛棚の賢者たちが遺した、絶望的な真実。この国を覆う、巨大な嘘。そのすべてを知った上で、それでも、私の心の中には、確かな光が灯っていた。

それは、明と、その隣に立つ董さんの、互いを思いやる眼差し。

それは、梁に託した、金の腕輪の、ずっしりとした重み。

それは、紅の、友情のためにすべてを投げ打った、あの日の叫び。

それは、私の帰りを、きっと待っていてくれる、養父の、不器用な笑顔。

革命は、嘘だったかもしれない。社会主義は、幻想だったかもしれない。

しかし、人と人との間に生まれる、この温かい絆だけは、決して、嘘ではない。

私は、顔を上げた。灰色の雲の切れ間から、一筋の、金色の光が、差し込んできた。それは、まるで、夜空に輝く、一番星のようだった。

私の旅は、まだ終わらない。

これから、私は、この嘘だらけの世界で、どう生きていくのか。

答えは、まだ見つからない。

でも、路は、私の足元に、続いている。

私は、もう、迷わない。

この手で、この足で、私自身の道を、切り拓いていく。

そして、いつか、この空の下で、すべての人が、心から笑い合える日が来ることを、信じて。

金色の星が、見上げれば、そこにある。

私の心の中に、そして、私が愛する人々の、その瞳の中に。

列車は、もう見えない。

私の前には、新しい「路」が、どこまでも、どこまでも、続いていた。

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