2. 牛棚の賢者たちとの、最後の授業
豚小屋の清掃を命じられていた時期もあった。あの、絶望が物理的な形をとって澱んでいるような、牛棚での日々。そこで出会った、かつてこの国を動かしていた、老獪な「罪人」たちのことを思う。
鄧老、方司令、そして林書記。彼らは、私に、この世界の、本当の姿を教えてくれた。
党の神話の裏に隠された、血生臭い権力闘争。共産主義という、壮大な理想の果てに生まれた、人間性を破壊する巨大なシステム。彼らの言葉は、私が信じてきたすべてのものを粉々に打ち砕いた。あの頃の私は、その衝撃にただ打ちのめされ、彼らの言葉を、権力闘争に敗れた者の、歪んだ繰り言だと、必死に思い込もうとしていた。
しかし、この数年間、私は、彼らの言葉の意味を、自らの体で、魂で、理解していった。
雷が、いかにして「毛主席の思想」という名の鞭を使い、人々を恐怖で支配していくか。仲間たちが、いかにして、自らの保身のために、昨日の友を密告していくか。そして、私自身が、いかにして、生き延びるために、自らの心を偽り、知恵という名の盾を構えなければならなかったか。
牛棚の賢者たちは、私に、この世界のルールを教えてくれたのだ。
「嵐の前では、決して、立ちはだかるな。柳のように、頭を垂れろ」
「プライドなど、何の役にも立たん。生き延びるのだ。生き延びて、時が来るのを、待つのだ」
私は、彼らの教えを、忠実に実行した。
私は、誰よりも熱心に働き、誰よりも大声で毛主席語録を暗唱した。私は、自らの感情を完全に殺し、完璧な「革命戦士」を演じきった。そうすることで、雷は、私を、手懐けられた、無害な存在だと見なすようになった。
やがて、時代の風向きが、また少しずつ変わり始めた。1969年、ソ連との国境紛争が勃発し、「内なる敵」よりも「外なる敵」が重視されるようになった。過激な階級闘争は、生産活動を優先するために、少しずつ下火になっていった。そして、林彪の失脚事件。毛主席という、絶対的な太陽の周りを回っていたはずの惑星が、突如として墜落したこの事件は、人々の心に、拭い去ることのできない、巨大な不信の種を蒔いた。
権力は、永遠ではない。昨日の英雄は、今日の裏切り者になる。
牛棚の老人たちの言葉が、真実だったことを、歴史そのものが証明していった。
私は、彼らに、もう一度会いたかった。そして、聞きたかった。
「あなたたちは、この国の未来を、どう見ていますか?」と。
しかし、その願いは、叶わなかった。私が労働模範として表彰され、牛棚から解放された時、そこは、もぬけの殻だった。ある者は、病で亡くなり、ある者は、北京へと連れ戻され、またある者は、どこか別の、さらに暗い場所へと移送されたのだという。
彼らは、私に、歴史の真実という、あまりに重い十字架を遺して、消えていった。




