2. 鋼鉄の薔薇は、いかにして咲くか (1967年 秋~冬)
文化大革命の嵐は、1967年の後半になると、新たな段階に入っていた。それは、「闘私批修(自己の私心を闘い、修正主義を批判する)」という、より内面的な闘争だった。敵は、もはや外部の「牛鬼蛇神」だけではない。自分自身の心の中に潜む、「私」という名の敵を打倒することが、すべての革命戦士に求められた。
星火農場の毎晩の政治学習会は、そのための、相互批判と自己批判の場と化した。
「私は昨日、作業中に上海の母が作ってくれた肉まんを思い出してしまいました。これは、ブルジョア的な生活への未練であり、断固として批判されるべき『私』の心です!」
「李同志は、配給の際に、他の者より少しでも大きい饅頭を取ろうとしていた。これは、利己主義の表れだ!」
誰もが、自らの心をこじ開け、些細な「私」の感情を告白し、他人の「私」を暴き立てることを競い合った。そうすることでしか、自らの革命への忠誠を証明できなかったからだ。
この陰鬱な空気の中で、京海と梁の密やかな関係は、いつ摘発されてもおかしくない、危険な「毒草」だった。
紅は、意を決して京海に忠告した。
「京海、最近、あなたと梁同志は、少し親しすぎるんじゃないかしら」
二人が、いつものように洗い物をしている時だった。紅の声は、硬かった。
「彼は、良い同志よ。話し相手になってくれるわ」
京海は、こともなげに答えた。
「友情以上のものを感じるわ。それは、危険な兆候よ。恋愛は、革命の敵だということを、あなたは忘れたの?それに、彼の家柄は…」
「家柄が何だというの?」
京海の顔から、笑顔が消えた。
「人の価値は、その人の行動で決まるのであって、親が誰であるかで決まるものじゃない。そうでしょう?」
「理屈ではそうよ!でも、現実は違う!過激派の連中が、特に雷が、あなたたちのことを嗅ぎ回っているのを知らないの?彼らは、あなたを失脚させるための、格好の材料を探しているのよ!」
紅の言葉は、友情からの、必死の警告だった。
京海は、黙り込んだ。紅の言うことは、すべて正しかった。自分たちのこの感情は、この時代、この場所では、許されない。それは、自分だけでなく、梁の、そして、自分たちを庇ってくれるかもしれない仲間たちの未来さえも、危険に晒す行為だった。
その夜から、京海は、意識して梁を避けるようになった。洗い場の時間も、休憩時間も、彼のそばには近寄らなかった。梁もまた、京海の意図を察し、苦しそうな顔で、彼女の姿を遠くから見つめるだけだった。
二人の間に、見えない壁ができた。それは、恋の終わりを意味する壁ではなかった。むしろ、互いを意識すればするほど、その壁は、会いたい、話したいという、抑えがたい渇望を増幅させた。それは、まるで磁石の同じ極を無理やり近づけようとするような、苦しく、切ない反発力だった。
彼らは、言葉を交わす代わりに、視線で会話するようになった。
作業中、京海が重い石を運ぶのに苦労していると、梁が、さりげなく別の男に声をかけ、手伝わせる。その男に礼を言う京海の視線が、一瞬だけ、遠くにいる梁に向けられ、かすかに頷く。それだけで、二人の心は通じ合えた。
政治学習会で、過激派のリーダーである雷が梁の父親の問題を持ち出し、彼を攻撃しようとした時、京海がすっと立ち上がり、全く別の話題で雷の言葉を巧みに遮り、議論の方向を変えてしまう。梁は、俯いたまま、誰にも気づかれないように、拳を強く握りしめた。その拳の中には、京海への感謝と、自分の無力さへの怒りが、込められていた。
この、声なき恋は、二人を鋼のように強くした。彼らは、感情を、言葉を、表情を、完璧にコントロールすることを学んだ。そして、その抑圧された感情のすべてを、労働へと叩きつけた。京海は、ますます模範的な働き手となり、梁もまた、肉体的な弱さを、驚異的な精神力でカバーし、誰にも文句を言わせないほどの成果を上げた。
彼らの姿は、まるで、極寒の大地に咲く、二輪の鋼鉄の薔薇のようだった。その花びらは、決して開くことはない。しかし、その棘は、時代の嵐から身を守るために、鋭く、硬く、研ぎ澄まされていく。その美しさは、華やかさではなく、決して屈しないという、悲壮なまでの決意の中にあった。
しかし、雷は、その薔薇を、どうしても引き抜きたかった。彼は、京海のような労働模範が自分になびかず、梁のような「黒五類」の男に心を寄せていることが、自らの権威への挑戦だと感じ、許せなかった。彼は、執拗に、二人を陥れるための罠を仕掛け続けた。




