第七章:大地に刻む誓い
その緑色の列車は、まるで慣れ親しんだ道を走る老馬のように、上海の心臓部から東南へと向かった。轟音と喧騒に満ちた北駅を出て、いくつもの馴染み深い駅を過ぎ、車窓を流れる景色は、密集した石庫門の家並みから、次第に灰色の壁を持つ工場地帯へと姿を変えていく。そして、それもやがて途切れ、見渡す限り、空と水と葦だけが広がる、広漠とした風景に取って代わられた。
旅というには、あまりに短い移動だった。ほんの数時間。しかし、列車が終着駅のプラットホームに滑り込み、扉が開いて溢れ出た数百の若い魂にとって、それは世界と世界の境界線を越えるのに十分な時間だった。彼らの腕には革命の赤が巻かれ、その瞳には、まだ見ぬ理想郷への純真な光が宿っていた。
ここが、星火農場。
上海市の南東の果て、杭州湾の潮風が直接吹き付ける、広大な塩類アルカリ土壌の土地。ほんの十数年前までは、満潮時には海水が流れ込む、ただの干潟だった場所。彼らが夢見た、社会主義の新しい楽園。
しかし、その楽園は、彼らを歓迎しなかった。
目の前に広がっていたのは、ロマンチックな名前とはあまりにかけ離れた、剥き出しの大地の現実だった。空は、海からの湿気を含んだ重い雲に覆われ、まるで巨大な鉛の蓋のように低く垂れ込めている。地平線の果てまで続くのは、塩分を含んで白く粉を吹いた、痩せた大地と、人の背丈ほどもある葦の原。時折吹き抜ける海風は、鋭い刃物のように冷たく、塩の匂いと泥の匂いを容赦なく彼らの顔に叩きつけた。彼らの革命的熱情など、この大自然の圧倒的な無関心の前では、まるで薄っぺらいコートのように無力だった。
「これが…星火農場?」
誰かが、呆然と呟いた。その声は、風にかき消された。彼らの住まいとなるはずの「宿舎」は、土を固めて作った壁に、茅葺きの屋根を乗せただけの、原始的な長屋だった。窓にはガラスなどなく、ただ風雨を防ぐためであろう、粗末な木の板が打ち付けられているだけだ。上海の、たとえ古くても洋式のレンガ造りのアパートで暮らしてきた彼らにとって、それは家というより、家畜小屋に近い代物だった。
彼らを整列させたのは、農場の責任者である、王場長と名乗る男だった。年の頃は五十代半ば、人民解放軍の軍服を纏ってはいるが、その顔は、長年の風雨と苦労によって、大地そのもののように深く皺が刻まれている。彼は、都会から来たひ弱な若者たちを、値踏みするように、厳しい目で一人一人見回した。
「同志たちよ、ようこそ星火農場へ」
その声は、錆びた鉄が擦れ合うように、低く、乾いていた。
「だが、勘違いするな。ここは、お前たちが夢見ていたような、詩や歌に満ちた田園ではない。ここは、戦場だ。我々の敵は、この不毛の大地そのものだ。お前たちは、その手で、この大地から食料を、未来を、勝ち取らねばならん。泣き言は聞かん。怠慢は許さん。お前たちのその細腕と、その頭でっかちな革命理論が、この土地で何の役に立つか、その身で思い知るがいい!」
歓迎の言葉など、一言もなかった。それは、挑戦状であり、最後通告だった。青年たちの間に、動揺が走った。上海駅で見送りの家族に手を振っていた時の、あの高揚感は、冷たい潮風と共に、跡形もなく消え去っていた。
京海は、そのすべてを、黙って見て、聞いていた。彼女もまた、その過酷な現実に息を呑んだ。だが、彼女の心には、他の者たちのような絶望はなかった。むしろ、その逆だった。この、あまりに巨大で、あまりに厳しい現実を前にして、彼女の魂は、奇妙な静けさと、そして燃え立つような闘志を感じていた。
そう、これでいい。
生半可な優しさなど、いらない。中途半端な理想郷など、求めていない。
私は、逃げてきたのだ。あの息の詰まる家から、狂気の街から。魂の自由を求めて。ならば、この大地と、真正面から戦おう。自分の力を、試そう。張先生、見ていてください。私は、ここから始めます。
彼女は、足元の白っぽい土を、ぎゅっと踏みしめた。大地は、硬く、冷たかった。それは、彼女がこれから向き合う、運命そのものの感触だった。




