2. 赤い奔流と、孤立の島(1964年 - 1966年初頭)
1964年の秋、京海は優秀な成績を認められ、地域の重点中学校に進学した。真新しい制服に身を包み、希望に胸を膨らませて校門をくぐった彼女を待っていたのは、小学校とは全く質の異なる、冷たく硬質な空気だった。
中学校は、来るべき革命の尖兵を育成するための、思想の鍛錬所だった。教室の壁には毛主席の肖像画が掲げられ、その下には「造反有理(謀反にこそ理がある)」という、まだその本当の意味を誰も理解していないスローガンが、威嚇するように貼られていた。ここでは、学業の成績以上に、「階級成分(出身階級)」が絶対的な価値基準となっていた。
生徒たちは、入学と同時に、自らの家庭の階級成分を詳細に記した書類を提出させられた。貧農、労働者階級の子供たちは「紅五類」として胸を張り、地主、富農、反革命分子、悪質分子、右派分子の子供たちは「黒五類」として、常に罪人のように俯いていなければならなかった。
京海の立場は、そのどちらでもなかった。彼女の書類には「革命幹部(養父母)」と「孤児(本人)」と記されている。しかし、その出自の謎は、彼女の周りに常に不信の霧を漂わせた。「国民党の高級軍人の落とし胤だ」「上海の悪徳資本家が捨てた子供だ」――そんな悪意に満ちた囁きが、彼女の背後で交わされた。彼女の際立った美貌と、何物にも臆さない聡明さは、その噂に信憑性を持たせるには十分すぎた。
かつて路地裏で一緒に遊んだ仲間たちの関係も、この階級という名の赤い物差しによって、無残に引き裂かれていった。貧しい労働者の息子だった者は、急にクラスのリーダー格として威張り始めた。中でも、かつてのガキ大将だった虎は、その変化が最も顕著だった。彼は、労働者階級の出身であることを最大の武器に、党の文献を暗唱し、教師よりも過激な革命的言辞を弄して、生徒たちの間で新たな「権力者」となっていた。
虎は、京海に対して複雑な感情を抱いていた。路地裏で知恵によって打ち負かされたことへの屈辱と、彼女の抜きん出た才能への歪んだ憧れ。彼は、ことあるごとに京海に絡んできた。
「おい、京海。お前のようなブルジョアの匂いがする奴が、なぜ重点中学にいられるんだ?革命幹部の養女だからか?それは、革命への裏切りじゃないのか?」
京海は、そんな挑発を柳のように受け流した。
「私がここにいるのは、試験に合格したからよ。あなたこそ、人の出自をあげつらう暇があったら、もっと勉強したらどう?毛主席だって、学問の重要性を説いているでしょう?」
彼女の快活で、少しも動じない態度は、虎をますます苛立たせた。
孤立は、教室の中だけではなかった。政治の授業で、教師が「劉少奇主席の著作は、一部修正主義的な傾向がある」と教科書通りに説明した時、京海は純粋な疑問から手を挙げた。
「先生、劉主席は国家の主席です。その思想が間違っているとすれば、なぜ私たちは彼の指導に従わなければならないのですか?正しいか間違っているかは、誰が、どのように判断するのですか?」
教室は水を打ったように静まり返った。教師の顔は青ざめ、額に脂汗が滲んだ。虎が、待ってましたとばかりに立ち上がって叫んだ。
「京海は、党中央の決定に疑問を差し挟むのか!それは、ブルジョア的個人主義の、最も危険な兆候だ!」
級友たちの、非難に満ちた視線が京海に突き刺さる。その日から、彼女は「危険な思想を持つ、反動的学生」というレッテルを貼られ、ほとんどの生徒が彼女と口をきかなくなった。
その孤独を支えたのは、やはり張先生との秘密の交流と、読書だった。中学校に進学してからも、京海は月に一度、小学校を訪ね、張先生から本を借り続けていた。
「先生、学校は息が詰まりそうです」
「京海くん。嵐が来る前の風は、いつも強いものだ。だがね、どんな嵐の中でも、自分の頭で考えることだけはやめてはいけない。本は、そのための羅針盤になる」
張先生は、もはや古典や翻訳文学だけでなく、彼が密かに隠し持っていた、禁書に近い哲学書や歴史書まで京海に貸し与えるようになった。
屋根裏部屋の王国で、京海は貪るように読んだ。彼女は、もはや物語の登場人物に自分を重ねるだけではなかった。彼女は、作者の思想を、時代の背景を、そして行間に隠された真実を読み解こうとした。なぜ、プラトンは「哲人政治」を理想としたのか。なぜ、フランス革命は恐怖政治へと堕落したのか。本は、彼女に、目の前で起きている狂騒を、より大きな歴史の文脈の中で捉える視点を与えてくれた。彼女は、虎たちの叫ぶスローガンが、いかに空虚で、借り物であるかを見抜いていた。
家庭では、秀英からの圧力が日増しに強まっていた。京海が学校で孤立しているという噂は、すぐに彼女の耳にも届いていた。
「だから言わんこっちゃない。女だてらに、出しゃばった真似をするからそうなるんだ。お前の居場所は、学校なんかじゃない。この家だよ。もうすぐ旻も十五だ。お前も十六になる。そろそろ、二人の結婚を真剣に考えないとね」
秀英は、京海を支配するための最後の切り札として、「結婚」という言葉をちらつかせた。それは、京海にとって、屋根裏部屋の王国を完全に破壊され、魂の自由を永遠に奪われることを意味した。
病弱な旻は、母の言葉と、姉のように慕う京海との間で、心を揺らしていた。彼は、京海が自分のものではない、遠い世界へ行ってしまうことを恐れていたが、同時に、彼女をこの息苦しい家に縛り付けることに罪悪を感じていた。
1965年の冬、上海の新聞に、姚文元という文芸評論家が書いた「新編歴史劇『海瑞罷官』を評す」という論文が掲載された。それは、一見するとただの文芸批評だった。だが、その背後には、党中央の熾烈な権力闘争が隠されていた。この一本の論文が、やがて国中を焼き尽くす大火の、最初の火種となったことを、まだ誰も知らなかった。
街には、様々な党幹部を批判する大字報(壁新聞)が溢れ始めた。中学校の壁も、生徒たちが書いた告発やスローガンで埋め尽くされた。級友たちは、毎日のように集会を開き、毛主席への忠誠を誓い、見えない「敵」への憎悪を叫んだ。その目は熱に浮かされ、陶酔と興奮に満ちていた。
京海だけが、その熱狂の輪から一歩引いて、冷めた目で全てを見ていた。彼女は、屋根裏部屋の窓から、狂騒に沸く街を見下ろしていた。それはまるで、嵐の海に浮かぶ孤島から、難破していく船を眺めているような気分だった。彼女は孤独だったが、不思議と恐怖はなかった。本が与えてくれた知性の鎧が、彼女の魂を守っていた。彼女は、この嵐が過ぎ去るのを待つつもりだった。だが、彼女が想像していた嵐は、まだ序曲に過ぎなかった。本当の暴風は、すぐそこまで迫っていた。




