母と子と母
もう一人の「メモリ」を追うための艦とパイロットを選んで情報や戦術の共有を行っている間も、契国の日常は続いている。
『契国国営放送総合ニュースの時間になりました。司会進行はわたくしアナウンサーが。解説はハカセです』
『俺がハカセだ!』
ディスプレイの一つに、いつもの番組が表示される。
『鉄国の三星系で発生したクーデターはまだ鎮圧されていません』
『鉄国が派遣した鎮圧艦隊は既に撃破された!』
『鎮圧艦隊は、先日契国が撃破した艦隊と同規模の艦隊でした。鉄国が予想以上の戦力を温存していたことに、驚きの声があがっています』
俺の驚き顔が番組内で表示されている。
この番組も好き勝手やってるな。
俺は、主星系に停泊させた弩級艦の中の会議室で、ニュースを無視して作戦を詰めていく。
偵察、威力偵察、防衛戦など、色々な展開がありえるので、お互い慣れた相手でも時間がかかる。
「よし、これでいくぞ」
話がまとまるまで結構な時間がかかったのに、まだニュースは終わっていなかった。
『新しい情報が届きました。鉄国の反乱勢力が使用している艦の映像です』
鉄国で見た覚えのある建造施設から、傷一つない艦が出撃する。
生々しさを感じさせる曲面を多用した船体装甲と、それに張り付くように展開された位相障壁の組み合わせは、この宇宙で目覚めてから初めて見る。
『刺激が強いのでフィルターを推奨する!』
ハカセは興奮していると同時に、普段より調子が悪そうだ。
アナウンサーは、明らかに艦から目を逸らしている。
「いいデザインだと思うんだが」
悪趣味ではあるが、力と存在感とバランスの全てが揃っていると思う。
『マスター。マスターの好みだから尊重はするけど、公言しない方がいいと思う』
メモリの表情も目の光も、家族の残念な趣味に「穏便に」苦言を呈するときのそれだ。
「分かった。気をつける」
聞き慣れた足音が聞こえたので、艦内全てのディスプレイにフィルターを適用する。
俺好みの艦が特徴のない姿に変わってしまって、ちょっと寂しい。
『お父さん! 私も一緒にいきたい!』
火国の巨艦艦隊を撃破して正規の艦隊司令になった銀華が、何か大きなものを抱えて走ってきた。
ぎりぃ、とメモリのパーツがきしむ音がする。
銀華が機械人間の腕力で軽々抱えているのは、目も表情もとろけさせて銀華を見上げているディーヴァだ。
「ディーヴァはここまで酷くなっていたんですか」
【わたくしには理解できない性癖です】
ドローンとカノンが、小声でディーヴァについての本音を漏らしている。
「危険だぞ」
俺は、事実を告げる。
『うん。お父さんがそう言うってことは、本当に危険なんだと思う』
銀華が頷き、前髪が揺れる。
俺をまっすぐに見てくる瞳は、幼い頃の俺や若い頃の俺では、決して持てなかったものだ。
『私、知りたいんだ。人間がすごく長く生きたらどうなるか、伝聞じゃなくて、この目で見たい』
俺は、銀華と俺の残り寿命が何世紀あるいはそれ以上に違うのを改めて思い出し、心の中を強い風で冷やされた気がした。
まあ、それはそれとして、だ。
「それなら」
ディーヴァに聞くのが一番簡単だと思うぞ、と口に出そうとしたのに口から出ない。
ディーヴァの目が『言えば手段を選ばず報復します。わたくしの命も代表や義父の肩書きも関係ありません』と雄弁に語っていた。
『銀華。ディーヴァに聞きなさい。ディーヴァは連邦の地表統括ユニットとして長い間活動してたんだから』
メモリは笑顔で、事実を娘とそのお付きに突きつけた。
『もう、お母さん。ディーヴァは体は大きいけどおばさんじゃなくておねーさんだよ?』
銀華は明るく、銀華自身は本当のことを言っているつもりで、ディーヴァに吹き込まれたらしい嘘を口にしていた。
「うわ」
【恋と戦争は手段を選ばない。わたくしも心に刻むべきですね。……機会がいつになるかは分かりませんが】
ドローンは呆れ、カノンは深く感じ入っていた。
そろそろメモリが爆発しそうなので、不穏な気配を消し去る話題に変えたいのだが俺は思いつけない。
「ケースさん。僕は連れて行くべきだと思います」
ドローンは真剣だ。
ディーヴァに対し殺意すら抱いているメモリも、感情を抑えてドローンの意見を聞くべきだと判断したようだ。
「あの「メモリ」さんとは、条約も契約も何も結んでいません。そして、あの「メモリ」さんは、未来の契国が所有していた技術を所有している可能性があります」
俺たちにとっては位相崩壊砲が最強で最悪の兵器だが、「メモリ」はより強くより酷い兵器を知っているだけでなく鉄国から分捕った施設で生産する可能性がある、ということらしい。
いや、既に生産して鉄国を蹂躙していると見たほうがいいかもしれん。
「今回僕らが揃えた艦隊は、契国が所有する位相崩壊砲の大半を装備しています。銀華さんは主星系で待っているより、この艦隊でパイロットをする方が安全です」
そう、ドローンは断言した。
メモリが目の光を光速で点滅させる。
俺も、脳内で複数の展開を予想する。
『マスター』
ドローン以上の案がないか、メモリが目と態度で聞いてくる。
「銀華の安全が最優先だ。すまん。ドローン以上の案はない」
ついていけると悟った銀華が、ディーヴァを抱えたまま上機嫌に、滑らかな動きで舞っていた。
『司令。子供も連れて行っていいですかっ?』
『私も連れていきたいです!』
いつもの二十八人のうちの約八割から、次々に要請が行われる。
俺の子供は良いがお前らの子供はだめ、というのは法律的には可能だが組織運営的には非常にまずい。
こいつらの能力も実績も、上澄みのカノン妹よりも上なのだ。
「許可する。急げ」
俺が要請を受け入れると、今度は非戦闘用のグローブ型戦艦に乗り込む予定の機械人間から同様の要請が次々に届く。
この連中も、非戦闘分野での能力と実績はかなりのものだ。
「同じ条件で許可する。……機械人間の夜逃げみたいになってきたな」
俺は、冗談のつもりだった。
「ケースさん。場合によってはその展開も有り得ます」
ドローンに冗談を言っている気配はない。
「あの「メモリ」さんが持っている知識も技術も戦力も、僕たちには正確には予想できません。僕たちもなりふり構わず生き残る覚悟はしておくべきだと思います」
「……そうだな」
若者に追い抜かれるのは、嬉しさと寂しさと悔しさが同時に襲ってくるものだと、俺は強く実感した。
☆
俺たちは、古代の地球を目指す聖女たちとそのおつきたちと同時刻に出発した。
もちろん方向は別だ。
豪華な見た目の聖女専用指揮艦を中心にした船団は、主星系から灰相界へ、灰相界から門番のいなくなった古代への入り口へ、最終的に古代の地球がある星系を目指す。
主星系に残るのは、激務の後の休暇中のカノン妹たちと、パイロット候補や非パイロット職のカノン妹たちがほとんどだ。
俺たちは、複数の跳躍支援グローブ型を使って、高速で「メモリ」がいるであろう星系を目指す。
「こいつは」
最初に見えた人工物は、船体装甲の破片と戦闘艦の破損したパーツだ。
パーツの中に操縦室が見当たらないのは、脱出艇として機能して立ち去ったか、中身ごと破壊されてしまったからだろう。
『マスター。これって全部高級パーツだよ』
『銀華様。全て鉄国国内のメーカー製パーツです。軍用の中でも特に高価なものばかりです』
契国弩級艦の操縦室に、ナビ役機械人間が二人。
情報分析に関しては、明らかにディーヴァの方が能力が高い。
姑と嫁ともいえる二人の間に、不穏な気配が漂った。
『そうなんだ! ありがとう、お母さん、ディーヴァ!』
そんな気配も銀華の喜びの声でかき消された。
平和な雰囲気は、素晴らしいな!
『代表。古代の表現だと「薄氷の上」という状況だぞ』
火国方面から無理やり移動して合流してきた元ハカセが、冷静なツッコミを入れてくる。
『ドローン代表代行からの命令通りに最大限のクラッキング対策を行った! だがおそらく効かない! ケース代表死亡の後の「メモリ」議員なら、俺の技術を手段を選ばず入手しているはずだ! 俺が契国の環境で百年以上研究したら、仮に片手間の研究でも今の俺では勝ち目がない!』
ハカセは自信にあふれている。
通信での会話かと思ったら、こいつも物理的に合流してやがる。
ハカセがにやりと笑った。
『見ているのだろう、もう一人の「メモリ」議員!』
得意げな顔のハカセが黒い宇宙を映すディスプレイを指さした。
ディスプレイに小さく映っていた元鉄国星系、現「メモリ」所有の星系がみるみる大きくなり、複数の惑星を通り過ぎて、大量の艦がアップになる。
何の動きも、何の通信もない。
まだ生きているはずの鉄国国民は通信手段を全て奪われて見ることも話すこともできず、鉄国を蹂躙した異形の艦隊は姿勢制御すらせずに徐々に無秩序へ向かっている。
『マスター』
メモリは動揺していない。
俺に対する信頼と、これまで積み上げた実績への自負を感じさせる目で俺を見た。
俺はメモリに頷き、元ハカセとハカセに目配せする。
『いけるぞ!』
『ハカセ、声が大きい』
二人とも何か考えがあるようだ。
「行こう。メモリ、みんな」
強力な跳躍機関に膨大なエネルギーが注がれ、複数の支援装置により高速をはるかに超える速度に到達する。
距離が縮まることで異形の艦隊の解像度が上がり、厳重に守られた『サーフボード型』が見えてくる。
『マスター。何の用?』
「メモリ」の声は静かで、しかし瞳の光は不安定だ。
喜び、怒り、失望、悲しみ。
様々な感情が溶けきれずに蠢いているかのような顔で、俺は思わず駆け寄りたくなった。
だが実際には動かない。
俺の隣にはメモリがいる。
俺の後ろには銀華がいて、後ろから顔だけだしている気配がする。
俺がこの宇宙で手に入れた、俺の命より大事なものはここにあるのだ。
「メモリ」の目が見開かる。
「メモリ」の、既に大量のひびが入っていた心に、致命的な亀裂が生じた「音」が聞こえた気がした。
「停戦を提案する」
「メモリ」は何も言わない。
今にも消えそうな光の目で、ぼんやりと俺たちを眺めている。
『サーフボード型』の操縦室に床に転がったままの男の胸がかすかに上下していて、まだ生きているのだなと現実逃避気味に考えていた。
『お父さん、私が話していい?』
無邪気か蛮勇か判断がつかない。
俺に分かるのは、銀華が「メモリ」に対して悪意を持っていないことだけだ。
「何が起こっても俺が銀華を守る。思う通りにしなさい」
『はい!』
銀華が一度俺の背に隠れる。
髪を整えているのと、契国の機械人間同士でデータのやりとりをしているのはなんとなく分かる。
それから一分近く経過してから、銀華は軽く咳払いして、俺を迂回してディスプレイに映った「メモリ」と向き合った。
『こんにちは。私は銀華。お父さんとお母さんの娘です』
お父さんという単語とお母さんという単語に、大量の意味を付け加えている気配がなんとなくする。
『あなたの……ううん。もう一人のお母さんのこと、私に教えてくれませんか』
話しかける銀華を、メモリがはらはらしながら見守っている。
ディーヴァは何か銀華のためになることをしようとしているようだが、何もできていない。
『もういい!』
「メモリ」が、か細い声で叫んだ。
『あなたは私のマスターじゃない。人工無脳の娘と一緒に好きにすればいい!』
異形の艦隊が動き出す。
砲塔が見当たらないのに、位相障壁の外に光が集まり、天の川のようにも見える。
それが指向性を持つレーザーに変わる寸前、ハカセが「メモリ」に見せつけるように、必要もないのにキーボードを強く押した。
無数に放たれた青黒いレーザーが、契国艦隊ではなく異形の艦に突き刺さる。
同士討ちだ。
『未来で俺が技術を奪われたのだとしたら、確実にバックドアを仕込んでいる!』
ハカセは絶好調だ。
『どうやら私も「メモリ」議員に粛清されたようだ。「メモリ」議員の使っているクラッキングツールに、私宛の私信が仕込まれていた。『過去あるいは改変後の世界の私に告げる。ケース代表とメモリ議員の子供は肉人間再現型にしろ。低性能なクソ生意気な個体になるだろうが、おそらくそれ以外だとケース代表死後はメモリ議員に人形あつかいされる』だそうだ』
『僕はそんなことしないよ!』
俺の隣のメモリが抗議している。
「低性能なクソ生意気、ね。銀華にデキの悪い妹や弟を作つ予定はないぞ」
銀華を見ながら何かを言おうとしたハカセが、元ハカセに口を押さえつけられていた。
『ねえお父さん』
「なんだい?」
俺は銀華を空いている席へ誘って、俺自身は向かい合う席に座る。
『私が人工無脳なら、お父さんもほぼ人工無脳だよね?』
銀華に傷ついた様子はなく、純粋に不思議がっている。
「俺は専門家じゃないから、それを理解した上で聞いてくれ。俺が勘で動くのは一回の戦場あたり数回で、他は全部「この状況ならこう動く」と学習した結果だ。かなり極端な解釈になるが、ほぼ人工無脳ともいえるかもな」
『うん。そうだよね。あっちのお母さん、どうしてそんな考えになったのかな……』
俺にも分からん。
親子の時間をすごしている間も、異形の艦の異様な同士討ちは規模を急拡大させながら続いている。
【レーザーなのに位相崩壊砲に似た性質がありますね】
「巻き込まれないよう気を付けながら、あちらの「メモリ」さんを捕縛しましょう。殺害は最後の手段です。既に致命的な罠が仕掛けられている可能性があります。なんとか聞き出さないと」
非戦闘グローブ型の護衛に専念していたサーフボード型が、ドローンの指揮に従い敵へ接近する。
いつ位相崩壊砲の攻撃が来ても相殺できるようにゆっくり進んでいたのが、まずかったかもしれない。
『マスター、『サーフボード型』が!』
青い位相崩壊砲が「青」から「黒」へ変わっていく。
攻撃は来ない。
『サーフボード型』は、ハカセや元ハカセにクラッキングされていないのに、自らの砲塔同士で撃ち合い相殺を始めたのだ。
相殺を繰り返せば位相跳躍が困難になり、いずれは位相跳躍が不可能な領域ができあがる。
だがそれだけではい。
位相崩壊砲同士の大規模な相殺が行われた際、一度だけではあるが、位相崩壊砲の開発者が目指していた「古代の地球」らしきものが見えたことがある。
『いかん!』
ハカセが慌てる。
元ハカセは、口で言う時間どころか体を動かす手間も惜しみ、頭脳だけを酷使して『サーフボード型』へのクラッキングに集中している、とメモリが説明してくれた。
『お父さん! あの船、端から消えてる!』
銀華が指差すが、俺の視力ではディスプレイで拡大表示させても分からない。
『マスター! 観測結果がおかしい。時間が二種類ある! 今の時刻と、マスターが目覚めた時刻の数分前!』
「この星系から離脱する。位相跳躍ができなくなっても推進器だけで亜光速まで加速しろ!」
俺が最後まで言い終える前に、艦の外を映すディスプレイが、黒は黒でも狂気と混沌に染まりきった黒を映し出す。
「総員対ショック姿勢!」
俺は銀華とメモリを庇おうとして、逆にメモリと銀華に庇われていた。
☆
永遠とも一瞬とも感じられる衝撃がおさまると、異形の艦隊も沈黙した鉄国星系も消えていた。
「ケースさん。全員無事です」
【艦の方は深刻です。半数以上が跳躍機関をもぎとられています】
ディスプレイに映った艦は、無事な艦でも船体装甲に巨大鉤爪に斬りつけられたような損傷があり、跳躍機関があった場所が何かに【噛みちぎられた】艦も大量にある。
「現在地は」
俺が元ハカセに尋ねたとき、元ハカセはハカセと一緒になって興奮してその場で回転していた。
『マスター。現在地はマスターが最初に目覚めた場所から一光秒の宇宙。現在時間は、目覚めた時刻の、三分前』
一番大きなディスプレイが復旧する。
そこには、膨大な船と物資が行き交う、戦争が始まる前の鉄国高治安星系が映っていた。




