不人気艦と怪しい売り手
「地図を利用できるだけ利用して相場で稼ごうぜ。それで一気に戦艦に乗り換える」
『地図を使い過ぎると地図の存在に気付かれるかもだよ? 肉人間の国に知られそうになったらきか……他のAIに殺されちゃう』
「相棒が乗っているこの操縦室と俺ごと、か? 相棒みたいなAIが何人いるかとかは聞かないでおくよ」
『……僕、今、何も言ってないよね』
「言ってない言ってない。俺は何も聞いていない」
俺も他人のことは言えないが、相棒も結構ポンコツだな。
俺の内心を察してむっとした彼女を宥めながら、俺は受けたい依頼の条件をリストにまとめた。
『変な条件』
「同期の連中がそろそろ初心者狩り……つまり、即座に活動できなかった奴を狩り始める頃だと思ってね」
『この治安の高い星系で!? 宇宙船で犯罪したら治安維持艦隊がワープしてきて撃破されちゃうのに!?』
この世界を現実と考えればその通りだが、この世界をゲームだと思っていたり、この世界をゲーム盤にして遊ぶつもりなら話は別だ。
「自分は安全なまま他人を蹴落とすのは楽しいんだよ。治安組織と倫理がある程度機能している国ですら、合法の範囲で娯楽目的で他人を陥れる奴はいくらでもいた」
俺も、アダム・オンラインのPvPで発散していなければ確実に何かやらかしていたはずだ。
「初期船と一番安いコピーはかなり安いはずだ。他で稼いで初心者相手に嫌がらせってのは、アダム・オンラインではよくあることさ」
俺も一時期やっていたしな。
おそらく現実になった今、やろうなんて思いもしないが。
『古代の常識ってよく分かんないよ』
相棒は首を傾げているが、依頼の検索と選択はしてくれた。
「一番目の候補を受諾する。同時進行可能な依頼は受諾可能になった時点でそっちで手続きを頼む」
『りょーかい!』
宇宙港の片隅から、俺たちの初期船が再び宇宙へ飛び立った。
☆
『今のでパイロットライセンスの更新料が貯まったよ!』
「これで寿命が三十日延びたか」
パイロットになるまでは本当にぎりぎり最低限の社会保障の対象だが、パイロットになった後にライセンスを更新できなければ本人も船も国に差し押さえられるのがこの世界だ。
まあ、成功し続ければ巨大な主力艦を個人所有できたり、辺境なら星系を所有できたりするのもこの世界……おっと、俺の知っているアダム・オンラインだ。
この世界は完全に三次元なのに、気味が悪いほどアダム・オンラインにそっくりだけどな。
『更新する? それとも、僕に貢ぐ?』
「手堅くいこう。この設定の船はいくらか分かるか?」
俺は、PvPのときは絶対に使わなかった艦種と装備をリストにして「窓」に表示する。
『手堅く?』
小首を傾げ、緑のロングヘアがさらりと揺れるのは、とてもいい。
『おーい』
相棒に覗き込まれて、鑑賞に夢中になっていたことに気付いた。
「んんっ。いつまでも装甲の薄い初期船に乗ってるのも危ないだろ。相棒の地図が使えるうちは、避けられる危険は避けて輸送で稼ぐ。最低限の自衛能力は維持した上でね」
『最低限にしては重武装すぎない? 荷物の積載可能量が減っちゃうよ? 僕の専用ボディが手に入る時期が遅くなるよ?』
「戦闘で一度敗北すればオリジナルの俺は死んで相棒だって壊れる可能性があるんだ。このくらいが丁度良い」
『しかたないかー。不人気な設計だから中古が安く……あった。予約しておく?』
星系内地図にある、僻地の宇宙港が強調表示される。
次の輸送先の近くだ。
表示されている値段は……。
「相場の八割くらいか。受け渡しの場所が僻地だからか?」
『パイロットライセンス更新料が足りなくて、投げ売りしてるのかも』
「明日は我が身か。購入手続きよろしく」
『……もうしてる』
相棒の表情は変わらないが、相棒が消費するエネルギーが増大している。
今のはAIがやっていい範囲を明確に逸脱している。
国に今の状況を話せば、俺には更新料数ヶ月分の報奨金、相棒にはバックアップも残せず消去の刑が与えられるはずだ。
「仕事が早くて助かる。それじゃ行くか」
これから稼ぐ必要のある金を考えればその程度ははした金だ。
俺は、ディスプレイに再現された宇宙へ意識を集中させた。
☆
「助かりましたわ」
相棒の声が百点ならこっちは九十五点だ。
天然ならありえないレベルの美声なのに、この声の主は相棒とは違って天然物だ。
「どうかされましたか?」
不思議そうに俺を見てくるのはとんでもない美形だった。
異世界に転生して美少女にチヤホヤされたい、と思っていた頃にイメージしたキャラを劣化させずに三次元したレベルのな。
つまり、容姿だけでとんでもない金を稼げそうな奴ってことだ。
こんなのが直接出向いてくるなんて、ろくでもない事情か罠があるとしか思えねーよ!
「素晴らしい船を購入できて浮かれているんですよ」
このまま操縦室を移動させて乗り込んで出港して永遠におさらばしたい。
なのに怪しい美形は俺が離れた分近づいてくる。
「素晴らしい、ですか? わたくしが乗っていた船ですが、高く評価されたことはございませんよ」
演技か本音か、俺の頭では分からん。
「シールドが薄くて、外付けの装甲であるアーマーも厚くはなく、修理費が高い本体装甲に頼る船の割にDPS(時間あたりの与ダメージ)が低いですからね。戦闘が活動の中心の連中には不人気でしょう」
「けれどあなたは購入した。他にも選択肢はあったはずなのに」
こいつ、自分の怪しさを隠す気がないな。
「俺は基本的に商人ですから。襲ってくる可能性がある奴らに「攻撃したら損をするかもしれない」って思わせるだけの武装があれば十分なんですよ」
俺がそう言うと、怪しい美形が口角を釣り上げた。
表情の変化はほんの少しなのに、上品で世間知らずのお嬢様から、底知れない知恵と悪意を湛えた怪人物へ印象が変わる。
『マスター! なんかいきなり装備の所有権を譲渡されたよ! やったぁ! 高性能メモリだぁ!』
「あなたのような面白い考え方をするパイロットへの先行投資です。詳しく答えてください。答えてくれたらもう一つおまけをつけてあげましょう」
相棒、お前さんの話し方から正体がバレてる気がするぞ。
一般的なAIは定型的な表現以外ではぎこちないんだよ。
眼の前の美形もなんか楽しそうに笑ってやがるし。
ええい、まずは回答だ。
「DPSが低い代わりに一撃の威力は高めです。シールドは結構な速度で回復しますし、アーマーにはその場で回復する装備も、近くの船のアーマーを回復させる装備も存在します。短時間で決着をつける戦法を使うなら、この船は結構な性能ですよ」
一撃でシールドとアーマーをぶち抜いて本体装甲にダメージを与えるって戦法だ。
勝率が高い戦法ではない。
だがこれをされると襲った側は勝っても修理費がかさむことになるから、まともな頭を持っているなら襲ってこない……といいなぁ。
「宇宙での戦いを理解されているようでなにより。ああ、もう少し話したいのだけど……」
非現実的な美貌に不快感が滲む。
その不快の向きが俺だったらその日のうちに死ぬ、って確信できるヤバさがある。
「また会いましょう」
声も所作も完璧に近く、アダム・オンラインを除けば平凡以下の俺ではあっけにとられて見送ることしかできない。
『マスター、この宇宙港に接近中の船が変だよ。対艦特化の装備で、港の出入り口を塞ぐ動きしてる』
宇宙港を襲えば治安維持艦隊が即座にワープしてきて殲滅されるが、宇宙港を出たあとの船を襲っても治安維持艦隊の動きは鈍い。
『全部フリゲート級で四隻だよ。新しい船で勝てるかな……』
MMOならログアウトしてやりすごせるが、ここは現実で生きていくには生活費も係留費もパイロットライセンス更新料も必要だ。
「装備は分かるか?」
『軍用センサーを勝手に使うと怒られちゃうから光学的に分かることだけだよ。これで見える?』
「火力と装甲だけに金を使ったPvP船に見えるな。……ワープ妨害もエネルギー吸収もECMもなし?」
アダム・オンラインは数を集めて少数を叩くのが基本で、複数の役割の船を集めるのが当たり前だった。
「舐めてんのか」
『勝てるの?』
「これ以上増援がないなら余裕。……アホみたいに高性能の武装がこっそり装備されていたら諦めてくれ」
まずありえないとは思うが、ありえないはずの出会いの直後なので自信がない。
『分かった! そのときはマスターのコピーと一緒に仇を取るね!』
相棒は、輝くような笑顔で応援してくれた。
「おいおい、俺が生き延びるように頑張ってくれよ。……船を最大速度で射出してもらえるよう手続きを頼む」
『うん!』
俺と相棒は視線をあわせ、にやりと笑いあった。