ケース契約国
『『とても、大きな騒ぎになっています』』
いつも真面目なナニーが、今日は特に深刻な態度で通信してきた。
「緊急でないなら後回しか、せめて手短にしてくれ」
俺は今ピンチだ。
ある程度得意なのはPvPだけでサラリーマンとしては平凡未満だった俺が、星系七つに及ぶ勢力を傀儡にしようとしているんだ。
ほとんどを傘下のAIとドローンに任せているとはいえ、俺が確認して決断する必要があることに限っても膨大だ。
『『ケース様とメモリ様のお子様についてです』』
「おい、それは私生活だぞ」
これまで非乗船時の安全を確保し続けて来たナニーに対してだから苛立つ程度で済ませている。
他の奴なら殺意を向けていたかもしれない。
『『それを承知の上で、触れざるを得ないほど、大きな騒ぎになっています』』
俺は入力用のキーボードを叩いていた指を止め、ナニーの言葉を最初から思い出して検討した。
「誰が、どのくらい騒いでいる?」
『『ケース様の傘下のAI全員が議論に夢中になり、業務に支障が発生する程度騒いでいます』』
連中はもう少し仕事に真面目だと思っていたんだが。
『『筆頭はメモリ様です』』
俺は言葉に詰まった。
「相棒が?」
『『はい。最初は艦隊の再編成作業だったのがお子様の設計に夢中になり、再編成作業は中断されています』』
「そうきたか……」
相棒がその気なのは、とても嬉しくはある。
「この不安定な情勢で子作りや子育てはできれば避けたいんだがな」
相棒が強く望むなら断固として成し遂げるつもりだが、失敗確率は高くなる。
変な性格や低い能力になるのは失敗とは思わない。
育ちきる前に死んだり、社会に全くなじめない人格になってしまうという意味での失敗が怖い。
「少し相談していいか? 必要ならドローンとカノンの許可をとるが」
『『はい。カノン様の許可は出発前に頂いています。弟様には今許可を頂きました。……直接お伺いしても?』』
「助かる」
今の相棒は浮かれすぎている。
それも最高に魅力的ではあるんだが、相棒が警戒心が足りないときに注意しておくのは俺の役目だ。
「余所に聞かれたくない話になる。密室にしても構わないか?」
『『はい。ケース様もメモリ様から許可を得られることをお勧めします』』
やべっ。
浮気を疑われる状況になる時点で論外だった。
「助言に感謝する」
俺は慌てて、相棒に連絡を入れた。
☆
『『既知の巨大勢力、いわゆる列強の中に、機械人間の完全新造を認めている勢力は存在しません』』
『そんなあ』
序列二位と三位のお付きとAIがナニーで、序列一位のお付きのAIが相棒な訳だが、今の三人の態度は「大人二人と物知らずの子供一人」だ。
「機械人間の数はかなり多いから一人増えても問題ないと思っていたんだが」
『『はい。メモリ様の一部をコピーする形の新造であれば問題ありません』』
我が儘で可愛い子になる気がするな。
『駄目だよそれじゃ!』
相棒は全身を使って反対を表明する。
ふわりと揺れた銀の髪に視線が惹きつけられる。
『『メモリ様のお望みは、ケース様の人格の要素だけでなく遺伝情報も反映する設計です。……計画が漏れた時点で粛清のための艦隊を送り込むであろう列強が複数存在します』』
『えっ』
「念のための確認として聞くが、それは本当だな?」
ナニーが、俺が激怒するような冗談を言うことはないと確信はしているが、本当に最後の確認のために質問する。
『『はい。肉人間と機械人間の境を無くす行動は、彼等が許容可能な範囲から明確に逸脱しています』』
相棒はショックを受けて固まっている。
普段は感情豊かな目の光が、今にも消えそうなほど弱まっている。
「無法星系での設計や製造でも駄目か?」
『『はい。列強が感知不能なほどの僻地であれば列強は動かないでしょうが、それほどの僻地で機械人間の新造をするのは現実的ではありません』』
低治安星系も無法星系も、高治安星系の技術や生産力が前提で成り立っている部分があるからな。
列強と戦うのも、列強から遠く離れた場所で高い技術を維持した勢力を作るのも、困難さでは同水準かもしれない。
『ますたあ、僕、やだよ』
相棒が、弱々しく俺にすがりつく。
「列強に対抗可能なほどの勢力を作り上げるには、俺の寿命のたびにコピーを使うしかないかもしれんな」
喜んで相棒に人生を捧げるつもりだが、一度人生を捧げた程度で届くとは思えない。
『?』
『『さすがケース様です』』
相棒は混乱し、ナニーは何故か得意げな雰囲気で頷いている。
『どゆこと?』
『『メモリ様との子を得るためなら、列強相手に戦い抜く覚悟があるということです。素晴らしい方と縁を結びましたね』』
「戦う前に列強が許容してくれるのが一番楽だがね」
目的は決まっているんだ。
楽な手段があるならその方がいい。
できれば戦わずに、安全な場所で子作りと子育てをしたい。
「ところでナニー」
俺は相棒に合図を送る。
相棒がはっとして、操縦室の制御を完全に掌握する。
ナニーが何をしても、逃げられないようにだ。
「俺と相棒の目標が露見すると拙い」
『『はい。自然な反応です。治安維持艦隊に通報すればケース様は逮捕され、メモリ様はバックアップデータまで全消去され、弟様がケース様の勢力を引き継ぐことになります』』
『!』
「待て、相棒」
こういう反応をするということは、既に手遅れか、俺たちを説得して無事に外へ出られる確信があるかだ。
『『メモリ様、お耳を』』
極自然に相棒に近付き、俺の耳でも、操縦室内のセンサーでも捉えられない小さな音で何かを囁く。
相棒の表情が殺意から驚きへ、驚きから呆れへ変わり、とんでもない性癖の持ち主に向けるような視線をナニーに向けながら俺を盾にする位置へ逃げて来た。
『『我々は弟様とカノン様のものですので、身の証を立てるために自爆コードなどを渡すことはできません』』
ナニーが丁寧に頭を下げてくる。
『う、うーん。やりたいことは分かるけど、分かるけど……』
相棒の、ナニーに対する警戒や殺意は完全に消えている。
「相棒?」
『大丈夫。この件でナニーが裏切ることは絶対ない。ドローンやカノンがその気になったら敵対するけどそれは今までもそうだし』
俺が事情を聞いても絶対に話してくれなさそうな態度だ。
まあ、この態度なら本当に問題ないのだろう。
「問題ないなら仕事を再開しよう。まず足元を安定させないと、新しいことを始めることもできないからな」
その後は相棒の調子は元に戻ったが、ときどきドローンとナニーを見比べて赤面していた。
☆
俺たちの宇宙港の近くには、初期船もどきの残骸が大量に漂っていた。
レーザーキャノンの代わりに対空砲とトラクタービームを搭載したフリゲートが、まだ生きている人間を回収している。
『協力する?』
「船はともかく乗っている人間が限界だ」
『分かった。このまま帰港するね』
ドローンの位相跳躍支援艦、俺たちの指揮艦、総勢三十隻のフリゲート、一隻の武装輸送艦、そして無料レンタル期間が終わったステルス戦艦が、順次宇宙港へ格納されていった。
フリゲートの数が減っているのは、大地教信徒同盟の監視に残してきたからだ。
「お帰りなさいませ」
本拠に戻った俺たちを、カノンと見慣れない機械人間……AIたちが出迎えた。
「戦勝おめでとうございます」
「ありがとう。カノンも戦勝おめでとう。全くの無傷とはな」
カノンが指揮したフリゲート艦隊は、対空砲とトラクタービームしか搭載していない防御的な艦隊だ。
それにミサイルや質量弾を防御させながら、攻撃は実質カノン単独で行ってこの星系での損害はゼロ。
序列三位にふさわしい圧倒的な戦果だ。
「新たに星系七つを傘下に収めたケース様と比べれば、ささやかな戦果です」
見慣れないAIたちが驚きとも歓声ともつかない音を出している。
「そっちはドローンの貢献が大きいがな」
「ただいま、姉さん」
船から降りてくるドローンは、大地教信徒同盟最高幹部の服を着こなしている。
「あなた、まさか本気で改宗したわけではないでしょうね?」
「戒律を修正させた上で、形だけ」
ドローンにはナニーが付き従っている。
以前の大地教信徒同盟ならあり得ない光景だ。
カノンは少し途惑ったようだが、服装以外は以前と変わらないドローンを見て納得したようだ。
カノンが俺に向き直る。
「ケースさん、お疲れの所を申し訳ありません。急ぎの要件があります」
「この……AIたちとも関係があるのか?」
危ない危ない。
思わず「機械人間」と言う所だった。
「この方たちにも影響することです。そろそろ組織の名前を決めて頂かないと、事務手続きが……」
相棒が無言のまま、うんうんと頷いている。
俺にネーミングセンスなんてないんだがな。
「カノンやドローンはどう呼んでいる?」
「特には。AIの中ではケース契約団、またはケース契約グループと呼ばれているようです」
どういう意味だ?
「多分、雇用契約で人間とAIの区別がないからですね。高治安星系でも目立ってましたから」
ドローンは今の装束から着替えたそうにしている。
「メモリ&ケース契約ではなく?」
「ではないですね。知名度でいうならケース契約が圧倒的です。どうします?」
ドローンは、俺の返事の内容を予測しきっている態度だ。
「分かった。これから俺たちは「ケース契約国」だ」
俺たち首脳陣の報酬は調整する必要があるが、下っ端の待遇を変えるつもりはない。
活躍したら相応の報酬を、活躍できないなら生活できる程度の報酬を、だ。
「では、メモリさんと一緒に最終面接をお願いします」
微笑むドローンが、ドローンとナニーを引き連れて去って行く。
『『『『よろしくお願いします』』』』
見知らぬAIたちが一斉に頭を下げる。
『十星系の統治には全員採用しても足りないよ?』
疲れた顔で言う相棒に、俺は疲れを隠してにやりと笑う。
「将来のためにもうひと頑張りするか」
休息に入れたのは、十時間以上経過してからだった。




