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相棒の値段

「最初にAI用メモリを増設することになるとは思わなかった」


初期船本体ではなく、いざというときは脱出ポッドにもなる操縦室にカード状のメモリを差し込めば完了だ。


いつものような「窓」ではなく、立体映像として彼女が現れる。


文字通り緑のストレートロングに、凹凸の少ない体を包む軍服っぽい衣装。


以前の三頭身は愛嬌が目立っていたが、八頭身の姿はいつまで眺めていても飽きないほどに美しい。


まぶたが上がる。


微かに光るジト目が俺を見据え、彼女が美しい映像ではなく意思ある存在であることを伝えてきた。


『メモリの性能、低いよ』


「船の係留費と酸素と栄養バーの金もいるんだ。それが限界だって」


『へー、そう? そっちは結構いいもの食べてるのに?』


彼女は操縦室のスピーカーを使って足音を鳴らし、操縦席に座る俺を覗き込む……立体映像を表示させる。


「二十時間以上連続で輸送依頼をこなしたんだ。甘いものくらい食わせてくれよ」


俺は栄養バーにかじりつく。


現代日本の商品と比べれば甘いだけで美味くはない。


それでも、疲れた体と頭に染み込むような栄養はある。


「本題に入ろう」


結構高いのにコップ一杯分しかない「清潔な水」を飲み干してから、俺は姿勢を正して彼女を見た。


「俺には、あんたと互助のための契約を結ぶ用意がある」


『うん、君には最低限以上の能力があるのは分かった』


「最低限、以上か。厳しいな」


『大甘に見てだよ。スクールを卒業する前に逃げ出しちゃったから、パイロットライセンスは最下級だし』


「……それ、更新に金がかかる奴?」


『当たり前だよ! 今本当に最低限の評価になったよ!』


全身を使って落胆と怒りを表現しているのは、本人の癖か、俺を勇気づけてくれているのか、どちらかだな。


「話を続けるぞ。俺は生き延びたいし、できればいい暮らしをしたい。あんたの助力を得るために、何をすればいい」


『うわ、AI相手に本気で言ってる』


立体映像が露骨に驚きを表現して、操縦室内のセンサーが俺に対して稼働する。


おそらく、俺の体調から俺の本心を探るためだ。


「俺の価値観は西暦2020年代の日本のSF好きでね。仕事を奪われる心配はするかもしれないが、流暢にしゃべる奴を道具とは見れないんだよ」


『うーん、本気っぽい? 別の意味で心配かも』


センサーの動作が通常に戻った。


「AIといっても稼働には機械とエネルギーと整備が必要なはずだ。そちらの条件を教えて欲しい」


『ちょっとタンマ』


「はい」


俺は新しい依頼のリストを表示して確認する作業を始める。


「いきなり減ったな」


総数はほとんど変わっていない。


星系中の依頼が表示されているから数は膨大で、しかし武力なしでもこなせそうな依頼だけが激減している。


「連中がチュートリアルを終えたか」


欠伸が出た。


こりゃ、そろそろ寝落ちするな。


『よし決めた!』


彼女が何かを言っているのが聞こえたが、俺の意識はあっという間に暗闇に落ちていった。


  ☆


「だからごめんって」


目が覚めて即頭を下げたのに、彼女はなかなか機嫌を直してくれない。


これは本格的にまずいか、と思ったタイミングで立体映像な彼女が肩を落とす。


『よく考えなくても、僕って君と一蓮托生なんだよね。……一蓮托生の意味は分かる?』


「運命共同体か? 最悪の場合は俺を操縦室から放り出す手もあるからちょっと違うだろ」


『……君、本当に価値観が古代人なんだ』


彼女が考え込む映像を作る。


AIなんだから一秒未満で思考が終わるだろうし、会話を成功させるために待機しているのかね?


『君、考えが顔に出るって言われない? 今の僕はこんなちっちゃな操縦室のすみっこに載ってるんだよ。単純な計算ならともかく、判断には時間もかかるよ』


「なるほど」


興味深い。


操縦席の計器の一部が沈黙した。


フライトレコーダー的な奴だと思う。


『放り出せるけど、僕が壊れてもやらない。肉でできた人間と敵対したことが知られると、機械でできた人間全体への迫害が強くなっちゃう』


「……これからは機械人間と呼べばいいのか?」


『ううん、AIでいい。君、非常時には普段の言葉遣いが出ちゃうタイプでしょ。機械人間って単語を聞かれたら、肉でできた人間の国家では高額賞金首だよ』


「マジかよ。いや、本当なんだろうがそういう状況か」


アダム・オンラインの設定資料集にはこういう設定も載っていたのかね?


俺はPvP勢で設定考察勢じゃなかったんだよ。


「話が脱線してるから元に戻すぞ。俺は、俺の生存と快適な生活のためにあんたに協力して欲しい。俺はあんたに何を差し出せばいい?」


『体』


「っす……」


動揺が顔に出た。


だって最高に好みの声と、映像だけだが俺の癖に刺さる容姿なんだぜ。


『僕専用の体。長期稼働する動力と演算装置とメモリがいっぱい載ってる奴』


「あ、そういうこと。……いくらするんだ」


『今の君には買えない。主力艦に乗れるパイロットライセンスを入手した上で、主力艦に載せる艦載機一式分くらいかかる』


俺は天を見上げた。


薄汚れた……多分、俺以前にも何人も使っていただろう天井が見えるだけだ。


「誠に申し訳ないが俺の力では無理だ」


『すぐにじゃなくていいよ。君の寿命が尽きるまでなら待てる』


微かに光る瞳は本当に綺麗で、騙してでも最期まで一緒にいたいと思ってしまった。


だがまあ、俺は善人じゃないが、最期まで騙し通せるような有能かつ冷血でもない。


「是非お願いしたいが、俺では力不足だ」


もう一隻船を買えるまで稼いで、そこでお別れというのが無難かなと、その瞬間までは思っていた。


『そう? いけると思うよ』


彼女が手のひらを広げて上向きにする。


立体的な地図が二つ現れ、彼女の手のひらを幻想的な光で照らす。


「星系内地図と銀河系地図っ!?」


アダム・オンラインのプレイ中に散々見た地図だ。


しかも少しずつ変化している。


「それもリアルタイム更新か!?」


『リアルタイムなのは星系内地図だけだよ。銀河系の方はここから離れるほど更新が遅れてる』


「だが、そんなものがあればいくらでも稼げるっ」


『……本当に?』


彼女の瞳に失望の色が交じった気がした。


「ある程度有能であれば、だな。俺が詳しく知ってる宇宙は、アダム・オンラインってゲームの架空の宇宙だけだ。あの宇宙と似通っているならなんとかなる。何回か死んでコピーが契約を引き継ぐことになるかもだが」


『成功の見込みが一割くらいあるなら十分だよ。よろしくね、マスター』


「よろしく、相棒」


今はまだ手を触れることもできない俺と彼女が、絶対に破られることのない契約を締結した。

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