人のいる星
大型輸送艦周辺の警備は厳重だ。
マザーボード型とマザーボード型の模倣艦の人気は高く、その材料の価格は不自然な程の高額になってしまっている。
『投機もすごいらしいよ』
「投機か。宇宙港の中だけで儲けられるならそれが一番なんだがな」
相棒と俺がシリアス顔で会話をしていると、後ろから咳払いの音が聞こえてきた。
「そろそろいいですか」
ドローンの声は苛立ちを隠しきれていない。
相棒は恐る恐る、俺は「少しくらい休ませてくれねえかな」という顔で振り返って、ドローンにじろりと睨まれた。
「戦力の拡充の件ですが」
「ナイアTECの星系で新造したフリゲートががあれば足りるはずだが」
足りるよな?
今回の航行に失敗してたらマジでやばくなるくらいに金を注ぎ込んだんだし。
「現状の輸送業と交易業を続けるのであれば戦力は十分ですが、その場合は儲けがほとんど出なくなります」
ドローンとAIたちが計算して何度も検算した結果であり予測だ。
外れる可能性はもちろんあるが、大きく外れる可能性は小さいはずだ。
『マスターの予想通り?』
「外れて欲しかった予想だがな」
頭が痛い。
「無法星系への侵攻……んんっ、開拓計画の草案がまとまりました。確認してください」
「了解」
俺の頭でも理解できる程度に分かりやすく書いてくれている。
俺とディスプレイの間に相棒が割り込んでディスプレイを見ているので、相棒の頭頂部が気になって草案の内容が俺の頭に入ってこない。
『今のままの戦力で足りるのっ!?』
「開拓初期段階に限れば足りる見込みです。正面から侵攻するのではなく「地図」を使わせてもらって長距離ワープで奇襲しますから」
ドローンの態度はいつも通りに冷静だ。
この年齢でこの能力なら鼻っ柱が強くて当たり前なのに、たいしたもんだ。
「その作戦でいくならかなり特殊な艦が必要にならないか?」
俺が計画して経験したPvPは、高治安星系と低治安星系までだ。
無法星系でのPvPの経験は下っ端としての経験しかなく、WIKIで書かれていた内容しか知らない。
だから具体的なノウハウを持ってないんだよな。
「ワープ支援装置を積める艦が必要になります。必要なスキルは僕が既に習得済みで、後はケースさんの許可が出れば艦を発注する予定です」
ドローンは具体的な作戦を提案してくる。
専用艦のスキルからワープ支援のためのスキルまで全部習得したのか。
俺なんてスキルが足りずに、艦隊指揮艦にレーザーキャノンを載せるのを諦めたくらいなのに……。
相棒がもぞもぞと体を動かし、背中を俺の体に密着させる。
それで、俺の動揺はなんとかおさまった。
「無法星系への侵攻は避けられないか」
俺は、最終確認のつもりで口にする。
ドローンは俺をじっと見てから、一度視線を落として相棒と目をあわせてしまって目を瞬かせ、再度俺と目をあわせる。
ドローンの顔も肌も幼いくらいだが、知性も覚悟も既に一人前だ。
「無法星系の開拓を目指すか、艦隊を売り払ってパイロットを引退するかの、どちらかです」
「艦隊の規模を縮小してやっていくのは、無理か」
「ケースさんは短期間に知名度をあげすぎ、姉さんは短期間に戦果をあげすぎました。艦隊の規模を縮小すれば襲撃者に負けて、コピーを使うことになります」
『マスター……』
いつもは明るく柔らかい声が、少し曇ってしまっている。
「ありがとうな、ドローン。おかげで勘ではなく計算で動ける」
俺とドローンは頭を撫でたり撫でられたりする関係性じゃない。
対等の仕事仲間に対する態度で、俺はドローンの仕事を親指を立てて称賛する。
ドローンがくすりと笑い、口元が柔らかくなった。
『なんかずるい!』
相棒がぐりぐりと押し付けてくる後頭部に幸せを感じる。
「開拓してたっぷり儲けたら相棒の目標の体も買えるようになるさ」
『うん!』
「えっ」
機嫌を直した相棒とは対象的に、ドローンは「こいつ大丈夫か?」という目で俺を見てきた。
『大丈夫! マスターならできるよ!』
「確認のために質問します。ケースさんとメモリさんが購入予定の体は、以前話していたものですよね?」
そういえば、相棒と一緒に雑談したときに話したこともあったか。
すごい額だが、俺は既に覚悟を決めている。
だがドローンは、俺が覚悟の範囲外について指摘してきた。
「あのグレードだとお金だけでは買えませんよ」
『えっ』
「えっ」
相棒と俺の動きが停止した。
「考えてみてください。あの体を購入するなら、無法星系を何個か領土化して利益を出すくらいに儲ける必要があります」
艦隊や基地の維持費を考えると、そのくらいは必要かもしれない。
「そんな人間が、連続超短距離ワープ中でも人間の理論上の上限近くの性能を発揮可能なAI用の体を購入するんです。巨大勢力からも警戒されますよ」
「それを複製、量産して、AIの国を作って人間を排除するとかそんな感じか?」
相棒が最高なのは事実で宇宙の真実ではあるが、最高だけがいてもつまらないだろ。
『そんなことしたら観客が減るじゃん!』
相棒が勢いよく体を動かし、相棒の頭頂部と俺の顎がぶつかり二人とも涙目になる。
「ケースさんとメモリさんならしないでしょうけど、しないと信じてもらう方法がありません」
「いてて。購入するより自力で開発して作る方が早いかもしれんな」
もちろん、とんでもない金と技術と、長い時間が必要になる。
『そんなぁ』
相棒の機嫌が直るまで、一日全力で付き合う必要があった。
☆
「悪いな、時間をとってもらって」
相変わらず人相の悪い顔が俺に頭を下げた。
五年間コピー不使用のパイロット三人組だ。
一度は優勢っぽい引き分けに持ち込んだ相手ではあるが、甘く見て良い相手ではない。
「いえ、先輩方ならいつでも歓迎しますよ」
体力を使い果たした俺は、心は晴れ渡っているが体力的には気絶する寸前だった。
「なあ後輩。お前、無法星系に攻め込む気か?」
いきなり斬り込んできたな。
「どこからそんな話を?」
図星を突かれても、不思議そうな顔をするのも交渉術って奴だ。
「AI連中があれだけ騒いでたら誰でも分かる」
「いや、分かるのはパイロットとして経験を積んでいる奴だけだと思うぞ」
シリアスに決めた一人が、仲間からツッコミを入れられていた。
嘘を言うのも誤魔化すのも、成功するかどうかはともかく試みるのは簡単だ。
だが、この三人は最低でも敵にならないようにしておきたい。
面倒でも情報収集と懐柔をする必要がある。
「無法星系への進出も、選択肢の一つとして考えています」
三人の気配が変わる。
敵意と断言するには複雑すぎる。
……さっぱり分からん。
「なあ、後輩は、無法星系に人間が暮らしているのは知っているか?」
防衛基地や採掘基地には住んでいるはずだが、おそらくそのことではない。
「地表にも、人間が暮らしているんだよ」
艦の操縦に関しては俺よりはるかに上にいる男が、酷く疲れた顔をしていた。
☆
無法星系にも恒星はあるし惑星もあるし一定の秩序すらある。
ないのは、巨大勢力による治安維持だけだ。
五×六の長方形の隊列が出現する。
その全てがレーザーキャノン搭載フリゲートであり優れた火力を持つ。
次に出現したのは一列になった武装輸送艦が六隻。
続いて、四×五の長方形の隊列が一つと、巡洋艦一隻と艦隊指揮艦一隻が出現して長距離ワープが完了した。
「連続超短距離ワープ開始」
『連続超短距離ワープスタート! かかってこい!』
相棒が勇ましくも可愛らしいポーズを決めているが、星系内の敵の動きに変化はない。
「治安維持艦隊が一隻もいないってのには、慣れるまで時間がかかりそうだ」
「時刻通りの到着ですね」
ドローンからの通信が入る。
少し疲れた様子だが、目の光は強いだけでなく安定している。
「現地勢力の基地は探索用ドローンで確認しました。「地図」の通りです」
『よかったー! 更新が遅れるからちょっと不安だったんだ』
「一月前の状況が分かるだけでも十分ですよ。ケースさん、早速ですが」
促された俺は、この作戦に参加した全ての船に対して通信を繋ぐ。
「敵のワープ支援装置の破壊が最優先だ。場所は今送信した座標にある基地だ。この基地を破壊した後、居住可能惑星の静止軌道上に基地を建設して安全地帯を確保する」
『ドローンの船を落とされたら大損害だからみんな気を付けて』
相棒が真顔になっている。
実際に高価な艦だし、ワープ支援という本来なら基地が必要な装置を無理やり艦船に乗せている船だから戦闘艦としての性能はポンコツだ。
「カノンは四×五の部隊を率いて武装輸送艦とドローンの護衛を頼む」
「承知いたしました」
俺たちの中で個艦最強のカノンが抜けるのは痛いが、隊列を構成するフリゲートが半分落とれても作戦は継続可能だがドローンが落とされたり武装輸送艦が複数落とされるだけでこの作戦は破綻するのだから仕方がない。
「奇襲の効果があるうちに占領できるだけ占領する。いくぞ」
俺は三十隻のフリゲートを率い、荒れ果てた惑星めがけて加速を開始した。