スコップを売る女
輸送艦から射出されたコンテナ群が、花開くかのように展開していく。
居住区、商業区、倉庫。
有効範囲が星系全体に及ぶセンサー、戦艦以下なら何十隻襲って来ても打ち落とせる巨大レーザー砲、それら全てにエネルギーを供給する高性能巨大エンジン。
それら全てがトラクタービームで導かれ、一つの基地として組み立てられていく。
一介のSF好きとして、俺は体が震えるほど感動していた。
「現実で見るとこうなるのか」
アダム・オンラインで表示されていたのはゲーム的に簡略化された表現だったのに、俺の目に映るのは壮麗としか表現しようのない光景だ。
『マスター! ひま!』
相棒の笑顔の方がずっと上だけどな!
声は満点。
性格は最高。
容姿は細身緑髪の伝統的スタイル。
気を抜くと全てを捧げたくなってしまうのが唯一の欠点だ。
『『ケース様。ご覧の基地の所有者から招待状が届いています』』
ナニーが一切空気を読まず、俺と相棒がいる部屋に通信を繋げてきた。
「俺は不在ということで頼む」
『『居留守は非推奨です』』
『だよね。この星系の最大勢力のトップなんて超大物だもん』
肩を落とす相棒を見て、俺はさらなる成り上がりを誓った。
☆
俺を招き入れた美形は、かなりの薄着だった。
体型だけでなく肌もすごいな。
遺伝子から形状まで全て設計して生産した体と言われたとしたら確実に納得する美しさだ。
「なんとお呼びすれば?」
「そうですね。ナイアCEOとお呼び下さい」
その微笑みは神々しくすら感じられ、相棒と出会う前なら魅了されていたと断言できる。
しかしナイアってのは、元ネタが物騒すぎるだろ。
「それほどの美形でその名前というのは、正直、心臓に悪いのですが」
「古代の文化に詳しいのですね」
くすくすという笑い声も、相棒に迫る良い声をしている。
しかしCEOか。
国ではなく企業ってことは、一般的なMMOでいう「ギルド長」みたいなもんだ。
ギルドに参加するパイロットの数と腕でその戦力は大きくも小さくもなるが、建造も維持も大変な主力艦を最低一隻運用しているんだから十分に強大だ。
「我々が運搬してきた荷がこれです」
俺がいきなり仕事の話をしても、ナイアCEOは余裕の態度を崩さない。
安全な星系でないと設置許可が出ない工場で生産された、低治安星系だと高価なパーツばかりだ。
「大変結構」
値段交渉もなく高額で買い取ってくれる。
でも全然嬉しくない。
俺はナイアCEOから高性能のフリゲートを買い取って、そのコピーを量産して、ナイアCEOの勢力圏までやって来て会談までしている。
どこからどう見てもナイアCEOの手下だよ。
このままだと、ナイアCEOからの助けもないままナイアCEOの敵から襲われることになりかねない。
「この星系で商売する許可を頂きたいのですが」
「あら。わたくしの許可などなくても取り引きは可能ですよ」
「勘弁してください。星系をほぼ実効支配している方の許可なしで商売なんて怖いですよ」
相棒の地図を見る限りでは、この星系におけるナイアCEOの戦力は他を圧倒している。
高治安星系を支配している巨大勢力がいきなり襲ってくるなんて荒唐無稽な展開がない限り、敵勢力の拠点を一つ一つ確実に潰して完全に制圧できるはずだ。
「わたくしの傘下に入りたいと?」
「俺はPvPはある程度できますが、継続的に上納できるほど稼ぐ才覚はないですよ」
これは本気の発言だ。
この宇宙で目覚めて最初にした単艦での輸送業も、採掘作戦も、今やろうとしても赤字になるのは確実だ。
ナイアCEOが少しだけ俺に近付き、俺の目を覗き込んでくる。
ここはSF世界じゃなくてホラー世界だったのかもしれない。
「ケースさん」
「はい」
「低治安星系より治安の低い星系があるのをご存じですか」
とても嫌な予感がする。
「予想はしていますが、その予想が正しいかどうかは分かりません」
アダム・オンラインにおける、治安がゼロもしくはマイナスな無法星系。
実効支配ではなく、本当にプレイヤーが所有できる星系群のことだろう。
「わたくしは、真に開拓を志す方の力になりたいのです」
翻訳すると「最も危険な仕事を他人にさせて自分は安全に儲けたい」ってことじゃねーか!
「金を掘るよりもスコップを売りたい、と」
ナイアCEOが満面の笑みを浮かべ、俺は冷や汗を流しながら必死に営業スマイルを維持していた。
☆
『マスターおかえりー』
『『お帰りなさいませ』』
『『『ませー』』』
口しか動かしていないのに疲労し尽くした俺を、相棒とナニーと専用の体持ちのAIたちが迎えてくれた。
「無事で良かったです」
ドローンは複数のディスプレイから情報を得ながら計算を進めている。
「ほぼ無制限の行動の許可が出ています。……どんな契約を飲まされたんですか」
ドローンが俺を見る目は、悪徳業者の被害者に向けるものに近い。
「辺境の星系を開拓しろ、って暗に促されただけだ」
「えっ」
『『非推奨であると意見具申させて頂きます』』
ドローンとカノンのAIであり、護衛も兼ねているナニーが強く主張する。
「僕たちじゃ戦力が全く足りないのでは?」
ドローンは冷静に悲観的な判断を伝えてくる。
「戦力を揃えて無法星系に侵攻しろってことだろ」
俺はドローンに締結済みの契約書を渡す。
代表者である俺と、ナイアCEOが支配する企業「ナイアTEC」との間で結ばれた契約についての奴だ。
条文はアホみたいに多いが、内容は「物資もパーツも売ってやるし造船設備も貸してやるよ。ただし自分の身は自分で守りな!」と要約可能だ。
「相棒ー」
『はい地図』
この星系を中心にした星系が、大型のディスプレイに映し出される。
無法星系の数は多い。
だが、どの無法星系を目指す場合でも、補給や補充をするならこの星系が一番良い位置にある。
「巧いな」
ドローンが唸っている。
『マスターが開拓を進めれば進めるほど、この星系って関税だけでも大儲けしそう!』
「埋蔵資源もすごいですよ。マザーボード型建造に必要な資源が全部揃っています」
「この星系を獲る予定があるからマザーボード型フリゲートを設計したとか?」
俺は冗談のつもりで言ったのに、ドローンだけでなく、前職が行政機関勤務だったAIも深く頷いている。
ナイアCEOって何者だよ。
「とりあえず、マザーボード用の資源を購入してワンオ氏の星系に運ぶぞ」
「ここでは資源が安いですから、かなりの儲けが期待できますね」
「その分襲ってくる船も多くなりそうだがな。……出発前にここでフリゲートを発注しておくか」
俺は被害が出るのを予測して、マザーボード型フリゲートを多めに発注する。
資源が安い分かなりのお買い得だったが、口座の残高が悲惨なことになっていた。
☆
大きさだけなら主力艦級の大型輸送艦が進んでいる。
巨大な船倉にみっちり積まれているのは、ナイアTECの星系で購入した各種資源だ。
『マスター、これ、まずいよ』
武装輸送艦の半分の速度も出ていない。
最高速でこれだから、襲撃も既に二度目だ。
『アーマーは最大値の八割残ってるけど……』
「サイズがサイズだから、無傷の箇所とダメージを受けた箇所の差が大きいよな」
もっとあからさまに弱音を吐きたいが我慢する。
敵が放つ質量弾とレーザーの威力と密度を表現した音を耳で聞き、戦場全体を映し出す立体映像を目で捉えて情報を脳へ渡す。
「十七番は早く下がれ。一番、次に突っ込むなら船から降ろすぞ」
口からは個々の艦への指示を出し、両手の指先はキーボードを介して艦隊全体への指示を出す。
四×五の長方形に並んだマザーボード型フリゲートが、敵船からレーザー照射を受けながら緑の閃光を発射する。
当たるのはせいぜい三割。
だが同時に当たる。
シールドは回復する間もなく消滅し、アーマーは一箇所だけが融解して本体装甲まで被害が及ぶ。
高性能のパーツを使った敵船は沈みはしないがこれ以上の戦闘は船の喪失に繋がると判断し、即座に艦隊全体で撤退した。
『敵艦隊B撤退!』
「隊列を崩すな。大型輸送艦はまだ耐えられる」
長方形隊列に参加していないフリゲートに、敵艦隊A残余へ突っ込ませる。
個艦射撃なので命中は期待していない。
敵艦隊Aの生き残りが大型輸送艦に向かう邪魔ができれば十分だ。
カノンの巡洋艦のオートキャノンが射撃を再開した。
ナイアTEC製のそれは本体価格が高いだけでなく専用弾も必要なお高い兵器だ。
しかしそれを操るのは射撃の名手であるカノン。
味方フリゲートには当てず敵艦にだけ当てて、かけた金に数倍する戦果をあげていく。
『敵艦隊A残余が撤退開始! やったぁ!』
「大型輸送艦は移動を継続しろ。二十六番から三十番、主観時間で二分だけ残骸を漁ってから合流しろ。他は大型輸送艦の護衛を継続だ」
ワンオ氏の星系に到着するまで、一瞬も気を抜けなかった。