低治安星系にようこそ
「悪いな後輩!」
「船を除く全財産で許してやるよ!」
「儲けたのに身を隠さなかったのは失敗だったな!」
ガチビルドの戦艦が二隻と巡洋艦が一隻、宇宙港のすぐ近く居座っている。
三隻とも、パイロットは五年間コピー不使用の化け物たちだ。
俺とドローンとカノンが死ぬ気で頑張っても、一人生き残って勝てたら奇跡ってレベルの凄腕たちだ。
そんな奴等に向かって、宇宙港から船が打ちだされる。
「来たぞ、フリゲートだ!」
「捨て駒か? 俺たちが容赦すると思ってんのか!」
「また来たぞ、フリゲートがいっぱいだ!」
「おい待て何隻いるとっ」
宇宙港から次々にフリゲートが出港する。
俺にとっては見慣れた、最近では宇宙港側から「マザーボード型フリゲート」と呼ばれるようになった船だ。
ガチ戦艦に搭載された複数の大砲が火を吹く。
オートキャノンとは違って連射性能より一撃の威力重視の質量弾が、次々にマザーボードを打ち砕く。
まあ、人間を乗せない代わりに操縦室を頑丈にしているので、パイロットであるAI搭載の人型機械たちは全員無事だが。
「後二十五隻だよ、先輩方」
「おまっ」
「ふざけるな!」
大砲は威力がある代わりに再装填に時間がかかる。
生き残りの五隻と追加の二十五隻のマザーボードが、五✕六の長方形の隊列を組んでから、一斉にレーザーキャノンのチャージを始めた。
「奴も連続超短距離ワープ中だ。探せ!」
「そこだぁ!」
使用するエネルギーを限界まで下げて見つかりにくくなっている俺の船に、おそるべき精度の砲撃が集中する。
再装填して即座に撃ってこの精度か。
こいつらの腕は、俺の予想よりさらに上だな。
『アーマーが最大値の七割まで減少したよ!』
「アーマーの修理費だって安くはないんだぜ? 勘弁してくれよ先輩」
三人組の表情が、呆れと恐れでひきつった。
「艦隊指揮艦だとぉ!?」
「その構成、低治安星系の火力艦隊じゃねーか!」
「後輩……。お前、どこかの勢力の工作員だったのか」
酷い言われようだ。
『マスターそうなの!? でもマスターはマスターだから! 僕はマスターについてくよ!』
「ありがとう相棒、でも全然違うよ相棒」
アダム・オンラインの知識と経験を持っているだけの、2020年代出身の一般人だよ。
俺は新しい船の動力を通常状態に戻し、マザーボード型艦隊の背後に指揮艦を移動させる。
重装甲巡洋艦以上、戦艦以下のサイズなので、巡洋艦と比べると動きは鈍い。
しかし、その装甲の厚さと性能はとんでもない。
『アーマーが最大値の五割まで減少』
三人組の総力をあげた攻撃に耐えられるほどに守りが固いんだ。
「てめぇ、その砲塔は飾りかっ」
「対空砲だけは本物だよ。……迎撃してるのになんでこれだけ当ててくるのかねえ」
『アーマーが最大値の四割まで減少! そろそろ本体にダメージがあるかも』
「修理費の請求が今から怖いな」
俺は、支援装置を通じてできるかぎりの情報と指示を出し終えた。
「平均命中率三割以上で攻撃開始」
それから主観時間で二秒後。
マザーボード型艦隊が一斉に緑色の閃光を放つ。
二隻の戦艦と一隻の巡洋艦は巧みな操縦で回避しようとするが既にロックオンは完了している。
距離が離れているので多少減衰はしているが、レーザーが各所のアーマーを破壊しその破壊は本体装甲まで到達する。
緑の閃光が消えても、三隻の宇宙船の各所が熱で激しく輝いていた。
「隊列そのままで回避運動を開始しろ。レーザーキャノンへのチャージより回避が優先だ」
口頭で指示を出してから、次の一斉射撃のためのデータ送信を開始する。
もっとも俺の予想通りなら、そろそろ戦闘は終わりのはずだ。
「やりやがったな!」
「殺してやるぞ後輩っ!」
「儂は勅任艦隊司令のワンオ下級部隊長である!」
来た。
「攻撃止め!」
『攻撃やめてー!』
俺と相棒が必死に指示を出す。
マザーボード型艦隊の動きが激しく乱れてしまうが、ワンオ氏やその部下に誤射するよりはずっとマシだ。
「貴様等か。暴れるなら腕の維持はしておけ!」
ワンオ氏は鼻を鳴らす。
操縦しているのは高性能とはいえ巡洋艦のはずなのに、戦艦を含む集団相手に「推進装置にだけ」攻撃を当てていく。
アダム・オンラインじゃ無理でも、現実にであるここでなら理屈の上では可能……なんだが、自分の目でリアルタイムで見ているのに信じられん。
『ワンオさんすごーい』
相棒は既に観戦気分だ。
『親分は凄いんだお!』
『親分を、あがめよ!』
ワンオ氏のAIであるシロとクロが、訳の分からない速度で高速フリゲートを動かしている。
人型機械でも壊れそうな異様な高加速なのに、その軌道は非常に滑らかで、宇宙港に向かっていた砲弾を打ち落とすことまでしている。
「そこの馬鹿三人。今なら特別に降伏を許してやる」
「おっさん……」
「クソッ!」
「分かったよ畜生!」
勝敗はつかず無効試合ってところか。
「相棒、戦闘の記録はとれたか?」
『ばっちり! 強いパイロットを相手にしたら貴重なデータがとれまくるから最高!』
相棒が嬉しそうで俺も嬉しいよ。
「よし。中破以上の船は宇宙港へ戻ってくれ。それ以外は味方パイロットの救助と船と残骸の回収だ。うちの船だけだぞ!」
一部のマザーボードが先輩連中の船に近付こうとしたので釘を刺す。
そのとき俺は、治安維持艦隊から強制的に繋がれたままの回線を通して、ワンオ氏が俺をじっと見ていることに気付いた。
「……何かご用でしょうか」
ワンオ氏がシロに視線を向けると、シロが口を開く。
「これは独り言ですが、金属相場が大きく変動するのを好ましく思わない者は多いです」
「これまで以上に国家に貢献するのだぞ、若造!」
ワンオ氏の一党がワープして立ち去り、高額の罰金をむしりとられた三人組がとぼとぼと別の宇宙港を目指す。
ちなみに、国家に貢献ってのは、船を注文したときにかかる税金とかのことだ。
『回収おわったよー』
「了解。全員宇宙港に戻って反省会の後は臨時休暇だ。もう少しだけ頑張ろう」
おー! という歓声が、八十人分くらい響いていた。
☆
『『予想以上に壊されましたね』』
『予想以上なのはあの三人の腕だよ。あんなのチートだよチート』
「本当にチートであれば、僕たちも落とされているのでは?」
連続超短距離ワープ中でなければ人間を圧倒する知性たちと、人間の中でも特に優れた知性が議論を交わしている。
俺が口を挟まなくても話が進むのは楽で良いな。
最終的な判断と責任をとることは、俺がするしかないが。
俺は高速で交わされる会話を聞きながら、船の修理や新造のための手続きを進め、提示された額に顔面を引きつらせた。
「高くないか?」
シロの独り言という形式の警告は、これのことか?
『マザーボードを真似た船の建造があちこちで始まってるから……』
マザーボード型の模倣艦が大量に建造され始めたことで、特定の金属の需要と価格が爆発的に高騰しているらしい。
「良い船ですものね」
カノンは少し憂鬱そうだ。
俺たちはあの三人にも狙われるようになった。
その首に賞金をかけられているカノンは、普通の巡洋艦やフリゲートに乗ったら集中攻撃で撃破されかねないので今は戦闘に参加できない。
戦闘狂の傾向があるカノンにとっては、キツイ状況だろうな。
「しかし、初代マザーボードの量産と艦隊指揮艦の組み合わせが採用されるとは思わなかった。相互送電しながらレーザーやシールドでなんとかする案が有力と思ってたぞ」
『マスターはその案を推してたの!?』
『『専用の体を所有するAIが少数であれば、我々もその案を推していたと思います』』
ナニー達は、会議室の外で徹底した警備を行いながら回線越しに会議に参加している。
「艦隊指揮艦の支援と、一定以上の人型機械と、マザーボード型フリゲートがあればAIでも戦えるという計算結果が出ましたから」
実際に、圧倒的な数の差があったとはいえ、あの五年間コピー不使用を相手に優勢だった。
「計算以外でも結果が出た以上文句は言わんさ。ただ、船の優位がなくなったら使えなくなるかもしれないってことだけは覚えておいてくれ」
俺は、盛り上がっている面々に釘を刺す。
『儲けられるうちに儲けて、儲けられなくなったら撤退する?』
「そういうことだ。正式にパイロットになったAIには正規の給料を出す。撤退までにせいぜい稼いでくれ」
いくつもの視線が相棒、というより相棒の体に向いている。
理由はよく分からないが、この星系のAIにとっては専用の体は特別なものらしい。
「次の航行は二日後からだ。出発までに心身を回復させておくように。では解散!」
俺が閉会を宣言すると、全員が嬉々として遊びに出かける。
俺はもちろん相棒のダンスを応援しようとして、骨折の治療のための医療ポッドへ押し込まれていた。
☆
ワンオ氏の星系から二つ星系をまたぐだけで、治安維持艦隊が駐留していない星系に到着する。
ここにも巨大勢力の支配は及んではいるが、税も保護も薄く、実質的な支配権を巡っていくつもの小勢力がぶつかりあっている。
どの小勢力が勝ったとしても巨大勢力に税を払うしかないが、払っても十分に美味しいし、払うだけで巨大勢力と敵対せずに済むなら安上がりといえた。
『おっきい……』
相棒が感動している。
戦艦が小舟に見える大きさの宇宙船が、一つの小勢力の本拠地である重武装基地に、極太のレーザーを浴びせ続けている。
「あの距離であの威力かよ。どんな動力を積んでりゃあんな武器が使えるんだ」
「主力艦としては安物ですよ」
突然に、聞き覚えのある声が操縦室に響いた。
ついでに「窓」が開いて、一度しか会っていないのに主に恐怖で忘れられない顔が表示される。
『あー!?』
相棒、指は指さない方がいいと思うぞ。
「驚きました。オリジナルのままですか」
マザーボード型フリゲートの前の持ち主が、楽しげな笑みを浮かべて俺を見る。
「低治安星系にようこそ。歓迎しますよ」
極太のレーザーが重武装基地のアーマーを貫き、多くの兵士とそれ以外が立て籠もっていた基地を焼き尽くした。