巡洋艦と防衛戦
採掘作戦はかつてない大儲けで終了した。
生き残ったバイトはパイロットライセンスの有効期限を数ヶ月延長し、俺たちは宇宙港でバカンスを楽しむことができた。
まあ、バカンスといっても重力がある区画での運動くらいだけどな。
「やっぱり、三人一緒に乗るほうがいいと、思うんです!」
お洒落なトレーニングウェアを着こなすドローンが、息を弾ませながら俺に提案してくる。
俺はぜえぜえと息を切らしながら、手加減したドローンになんとかついていっている状況だ。
「最初は姉さん狙いだと思っていましたけど」
目を細めるドローンは何故か色っぽく、それ以上に無邪気さと殺意を感じる。
「ケースさんなら大丈夫だと確信しました! ケースさんはメモリさん一筋ですから!」
疲労困憊の俺は「何を当たり前のことを言ってるんだ」としか思えなかった。
☆
『マスター、操縦室で運動できる道具、買っとく?』
「頼む」
シャワーを浴びて着替えた俺は、予約した大部屋に入って相棒と姉弟と合流した。
「すまん、何かしてたか」
ソファーが大部屋の隅に寄せられて、何かをしていたような雰囲気も残っている。
『ダンス!』
相棒は楽しそうだ。
「メモリさんに、舞踊の練習につきあってもらっていました」
カノンが上品な所作で冷却用の飲み物を相棒に渡す。
こいつまさか相棒を懐柔するつもりか?
「そこのディスプレイをお借りしますね」
ドローンが武装輸送艦のAIたちと連絡をとっている。
数秒して、それまで和風の演奏者たちが映っていた画像が消え、見慣れない戦艦の設計図が表示された。
「先程の僕の発言は本気です。僕ら四人が一つの強力な船に乗ったら、戦力も安全も向上すると思うんです」
相棒も人数に入れているのは好印象だ。
万一相棒を無視していたら処分を考えていたかもしれん。
「ドローンとカノンのAIは……」
俺は、ドローンたちのAIについて聞こうとした。
『マスター! AIとマスターの関係に口を挟むのは野暮なんだよ!』
「……そうなのか?」
俺がドローンとカノンを見ると、二人とも曖昧に微笑んで誤魔化していた。
「悪い、続けてくれ」
「はい。武装輸送艦の皆さんの協力してもらって考えた、戦艦の発注内容がこれになります」
オートキャノンにレーザーキャノンにドローンを装備した戦艦か。
戦艦の割に軽武装なのは、パイロットの腕で補うつもりか。
「居住区画に金をかけてるのは長期航行のためか?」
「はい。この星系の外へ進出することを考えると自前の拠点は確実に必要になります。なら船の中に組み込んでしまえばいいと思って」
「すまんが却下だ」
俺の言葉を聞いて、ドローンは怒りではなく困惑の表情になる。
気持ちは分かるぜ。
本当に良い設計なんだ。
戦闘力も取得コストも維持コストも十分に考えられている。
ただ、致命的な欠点が一つだけある。
「俺たちより強い相手に狙われたとき、戦闘を回避できなくなる。この設計は戦艦としては速いがフリゲートと比べると遅いからな」
相棒をちらりと見る。
『言っていいの? じゃあ言うね。これまで、僕たちより強い相手を徹底的に避けて行動してきたんだ。これが証拠』
この星系の地図が別にディスプレイに表示される。
隠れた相手は分からないが、基本的にリアルタイムで敵味方の位置が分かる。
言うまでもなく、外からの監視の目は相棒と武装輸送艦の連中によって排除済みだ。
「えっ」
「素晴らしいです!」
ドローンは驚き、カノンは目を輝かせる。
『でしょー! でも、連続超短距離ワープ中の敵は本当に速いから、マスターが言うとおりに速度は重要だよ!』
得意げな相棒も可愛いぜ。
「これまでうまくいっていたのは幸運ではなくメモリさんとケースさんのお陰だったんですね。僕の提案を取り下げます。……ケースさん、なんで宇宙船パイロットしてるんです?」
ドローンが、心底不思議そうな目で俺を見ていた。
「俺は平均未満のサラリーマンだったんだ。国や大勢力相手のデカイ商売は無理さ」
アダム・オンラインの知識と経験という強みは最大限に活かすが、不得意分野で勝負しようとは思わない。
「平均未満?」
「平均値が高い組織であれば、そうなるのかもしれませんね」
ドローンもカノンも納得していないようだが、俺がここでうまくいってるのは相棒とアダム・オンラインのお陰だ。
「その設計は別の機会に使ってくれ。部下に戦艦を使わせるような立場になったら、多分役に立つさ」
相棒のお望みの体を購入する頃には、俺だけでなくドローンもそんな立場になっているはずだ。
だって本当に高いんだよ、あれ。
「この際だ。俺の次の船も見せておく」
設計図が表示される。
今使っているフリゲート「マザーボード」をそのまま巡洋艦サイズに拡大した設計だ。
『なんで拡大コピーでそのまま使えるのかな?』
「俺が知りたいよ」
フリゲートのときと比べると完成度は落ちてはいるが、平均的な価格の巡洋艦と比べれば相当な高性能だ。
「レーザーキャノンをオートキャノンと弾倉に変えても使えそうです」
「ドローンは無理かも。これ以上アーマーを減らすとバランスが……」
姉弟が、自分たちの船として使えないか考え始めた。
「各種ドローンは武装輸送艦に運ばせて、ドローンの船はドローン指揮に専念するって手もあるぞ」
「それはそれでリスクがありそうです。でもそれなら、ドローン用の装備と対空兵器の両方を載せることができそう!」
ドローンが目を輝かせている。
思った以上に好評だな。
「二人ともこの設計を少し変えて発注するか? 武装以外が同じなら、修理用部品を融通し合えるからいざというときに安心だぞ」
ゲームなら一クリックで直るダメージも、現実なら部品の確保や修理施設の確保なんかで大変なんだ。
姉弟は数分間話し合ってから俺の提案に同意する。
『三隻とも発注したよ! マスターはパイロットライセンスをアップグレードする手続きを早くしてよ。今のままじゃ駆逐艦までしか使えないんだから!』
「分かってる。巡洋艦を操縦するためのスキルも学習しておかないとな」
バカンスは終わり、次の戦いのための準備が始まった。
☆
「若い頃と比べて物覚えが悪くなってるな……」
俺はため息をついて机に突っ伏した。
『まだ今日のノルマ終わってないよ! 頑張って、マスター!』
「頑張る」
俺は即座に身を起こし、巡洋艦を使うためのスキルの学習を再開する。
シミュレーターでの操縦は問題ないんだが、どう判断してどう操縦したか他人に説明するってのが全くできない。
俺、戦闘中はアダム・オンラインのつもりで操縦してるからな……。
『マスター、説明を増やせば増やすほどわけわかんなくなってるよ?』
「そ、そうか」
困った。
俺の巡洋艦は既に完成していて明日には引き渡される予定だし、今週中には次の依頼を受けて出発するつもりだ。
リーダーの俺が船に乗れずに出発できないとなったら、ドローンやカノンだけでなく武装輸送艦の連中にも見限られるかもしれない。
『マスター、ドローンから緊急の連絡が来てる』
「繋いでくれ」
「ケースさん! ニュース見ましたか!」
「どのニュースだ」
「侵攻です。この星系が攻撃されてます」
あっ。
学習が全然進まないから、相棒にニュースとかをシャットアウトしてもらったんだった。
相棒が無音で肩をすくめてニュースをディスプレイに映す。
この星系で目覚めてからは見ていなかった意匠の艦隊が、十隻単位で艦隊を組んで進んでいた。
「防衛戦? PvEか!」
俺はアダム・オンラインでPvPばかりしていたが、アダム・オンラインはPvP専用のゲームではない。
プレイヤーキャラクターが単独で依頼や戦闘をこなして楽しむこともできたし、長大なキャンペーンシナリオも陣営ごとに用意されていた。
その「戦闘」の一つが防衛戦だ。
侵攻してくる敵艦隊と戦う、という背景で、難易度によっては強かったり弱かったりするモブ敵艦隊相手に戦うPvEだ。
「PvEって……」
ドローンが呆れて……いや、なんか察した顔をしてるな。
「いずれ詳しく聞かせてください。それより、かなり良い条件で戦闘依頼が公開されています。参加するなら早めに決めるべきだと思います」
『これだよ!』
必死に頑張って最近読めるようになった文字とアラビア数字で、数十の依頼が表示される。
巡洋艦用パイロットライセンスの取得条件緩和で検索してみると、いくつかの依頼が該当していた。
「ワンオ氏がいる安全地帯がなくなるとまずい。今の戦力でもいけそうな依頼を受けるぞ」
「はい!」
俺は内心ほっとして、取得条件緩和が前払いになっている依頼を受けた。
☆
オートキャノンの連射が、主観時間で三分近く続いていた。
『敵分艦隊旗艦が航行能力を喪失しました』
『撃破報酬が振り込まれました』
『予測と観測の乖離が深刻です。本船の整備を推奨します』
現場で見ているのに信じられん。
「頑迷固陋かただの無能かは分かりませんが、固いだけの的ですね」
カノンは上機嫌だ。
こいつは闘争は好きでも嫌いでもなくて勝利が好きだから、一方的な勝利は大好物なんだろう。
カノンの巡洋艦がオートキャノンを停止させ、近くにいる武装輸送艦から補給を受ける。
補給終了まで主観時間で後三十秒。
三十秒後にはまた、次の敵艦隊が餌食になるって訳だ。
「姉さんすごい!」
本当に凄い。
オートキャノンは、細かい説明を省略すれば「金属の塊を敵に向けて打ちだす」攻撃だ。
レーザーと違って遠くの敵にも有効なダメージを与えることが可能だ。
可能なだけで命中率は皆無に近いはずなんだが、カノンはアホみたいに遠くの敵に一割程度当ててやがる。
おかげで、参戦してから数時間しか経過していないのに、とんでもない額の撃破報酬が手に入っている。
「カノン、集中力は後どのくらいもつ?」
「そろそろ厳しいです。敵襲を警戒しないでよいのであれば一時間でも攻撃可能ですが」
「遠くに配置していた索敵ドローンが撃破されました!」
ドローンは報告しながら、武装輸送艦に指示して攻撃用ドローンを展開させている。
カノンも補給を途中で切り上げ、いつでも戦闘可能な状態へ移行している。
「ワープ妨害とECMが同時に飛んでくると思え!」
『敵ステルス艦を発見。フリゲートが四隻です』
ステルス艦ってのは、光学迷彩その他のお高い装備を搭載した船だ。
隠れることにリソースを使っているから速度も攻撃力も防御力も低い。
だがワープ妨害やECMのための装備なら搭載可能だ。
数を揃えてぶちかませば、相手が戦艦だろうと簡単に無力化できる。
無力化された船は、遅れて到着した非ステルス艦に襲われ撃破される訳だ。
「クソが!」
チャージ途中だったレーザーキャノンを使う。
以前のフリゲート用ではなく巡洋艦用のレーザーキャノンだから、チャージ途中での一撃でも操縦席ごとステルスフリゲートを打ち抜けた。
だが残り三隻が俺とドローンとカノンの船を狙う。
高速で巡洋艦の周囲を旋回しながら、電波とデータを猛烈な勢いでぶつけてきてロックオン完了までの速度を数倍かそれ以上にしてしまう。
無事なのは、パイロットとしてはポンコツなAI達が乗る武装輸送艦のみ。
「間に合った! ケースさん!」
それと攻撃ドローンだ。
ドローンは攻撃ドローンを俺の近くに集めて敵船一隻を大破に追い込みECMを中断させる。
『敵フリゲートAにロックオン完了。事前の命令に従い攻撃します』
ECMが途切れて秒もたたずにロックオンが完了。
爆散した敵の破片が、俺の船のアーマーにぶつかり最大値の一割近いダメージを与えた。
「いい判断だドローン!」
攻撃を分散しても、俺を狙った敵船以外を狙っていてもこっちが負けていた。
俺はカノンを狙うフリゲートに二代目「マザーボード」を突撃させる。
衝突したら俺のシールドとアーマーが消し飛ぶかもしれないが、相手は本体装甲も操縦室もぶっ壊れる。
だから敵フリゲートは逃げ、オートキャノンの有効射程に飛び込んでしまう。
「申し訳ありません。油断しました」
カノンは、敵のECM装置と推進器だけを狙って潰すという神業を、なんでもないことのようにやってのける。
『敵船二隻が接近中。高速戦艦である確率八割』
ひやりとした。
今、五年間コピー不使用の化け物に襲われたら打つ手がない。
『質量弾が連続で命中。敵船二隻が加速を停止』
助かった。
先輩達ならカノンの攻撃をある程度なら躱せるはず。
だからこいつらはただの敵兵だ。
「もう稼ぎは十分だ。宇宙港まで下がるぞ」
「追撃されるリスクを冒してまで、今離脱する必要がありますか?」
ドローンは反対の意見だが俺に追随している。
意見が割れて行動できないのが最も危険というのが分かっているんだ。
「俺が敵の指揮官なら数倍の増援を使い潰してでもカノンだけは殺す。今回のスコアを考えろよ」
「すぐ撤退しましょう!」
「もう少し撃ちたかったです……」
この生活、稼ぎはいいが緊張と興奮で体に良くないと思った。