第8話 文字通りの
第8話 文字通りの
<血の盟約、だっけか? それを結ぶならやらなきゃいけない決まり事があるんだが>
相棒になったばかりのでかい目玉、いや、古代の暴龍がそんなことを言ってくる。
確かに、先程私はこの目玉に向かって血の盟約を結ぶと宣言していた。
「そうだったな。……すまん。言ったは良いが具体的に何をするのかは知らないんだ」
カッコイイ単語をそれっぽい雰囲気の時に適当に言ってみただけで実際には儀式の内容などは全くもって知らない。
目玉は驚いたのか大きな目玉をぱちくりとさせたあと、説明を始める。
<あァ? そうだったのか。まァ、血の盟約っつうのは簡単に言ったら名付けだな。結んだ対象に名前をつける、それだけだ>
「なんだ、定番通りの流れじゃん。それならちゃっちゃっと終わらせよー」
古代の龍と契約するもんだからてっきりもっと複雑な手順を踏むものだと思っていたが、ここは定番の名付けだけでいいらしい。
確かに、コイツのことを今後も目玉、だとか暴龍だとか言うのは相棒だと言うのに距離が縮まらない気がする。あと咄嗟の時にシンプルに呼びにくい。
「ここは私の腕の見せどころかな☆」
袖をまくった両腕を組み、あぐらをかいてどすんと座り込んで思考を巡らす。
これから苦楽を共にする相棒に付ける名前がコイツの納得のいかないものだったならば、それは後々私たちの間の関係性にも響いてくるだろう。なんとかしてカッコイイ名前を付けてやらなくては。
頭に当てた両手の人差し指をぐりぐりとさせ、思いつく限りのカッコイイ単語の組み合わせを考えていると
<お、お前。一応俺のこれからの名前が決定する大事な場面だからな? 頼むからくれぐれもカッコイイ名前にしてくれよ? ……な、なァ、考えてることが何となく分かるんだが……その『Xx_黒龍神闇帝_xX』やら『終焉T_t神t_T悪零龍』みたいなヘンテコなやつだけは絶対にやめろよ!? なんだか所々に見たこともない記号があるのがすごく気になるんだが?!>
私の体内に封印されているからか、私の思考を読み取った目玉が大暴れで抗議してくる。とはいっても、目玉以外の実体がないので、超至近距離で目力のみのアピールしてくる他に抗議の手段はないようだが。
「なんで? カッコイイじゃん! 私の世界では一般的にありふれたユーザーネームだったよ?」
<お前の世界の一般論なぞ知らん! ゆーざーねーむ? とやらも知らんから却下だ、却下!>
ふふんと鼻を鳴らす私に対し、暴龍は目力でゴリ押しの講義をしてくる。
ちぇっ、せっかくかっこよくしてやろうと思ったのに。
一切瞬きをせずに血管を浮かび上がらせ、真っ赤に染められた目玉は、私が先の名前を付けることを諦めたのを感じ取ったか、数十秒開きっぱなしだったことで乾ききった目を再び潤すように何度もまばたきを繰り返す。
何度も話し合いを重ね、この古代の暴龍の目玉の名前は、アポカリプスに落ち着いた。
強そうな名前を考えていた時にふと思いついたこの単語をコイツは気に入ったらしい。
世界の終末を意味するものと説明してみると、余計気に入ったのか大きな目玉をきらきらと輝かせていた。
「我、血の盟約に従い、彼の者に命名する。汝、暴虐を司る古代の暴龍よ。今この瞬間より、"アポカリプス"と名乗るがよい」
<了承する。我、血の盟約に従い、今後はアポカリプスと名乗ろう>
巨大な目玉と対面し、血の盟約の儀式を執り行う。
名前さえ付ければ儀式はどんな形式で執り行っても構わないらしいが、せっかくならそれっぽい雰囲気でやりたいものだ。
左腕から包帯を解き、拳を上に向ける形で肘を曲げ、腕を目玉、改めアポカリプスの方に向ける。
「……ッ!?」
瞬間、左腕に軽い衝撃が走り、アポカリプスに向けた左手の甲から白煙のようなものが上がる。
その衝撃は一瞬のもので、数秒後には痛みも白煙もすぐに引いた。
恐る恐るその跡を確認してみると、先刻まではなかったはずの龍の形を模した紋章が腕の中心部に刻まれていた。
どうやら儀式は成功したらしい。
日本でも1人で何度か悪魔召喚の儀式は行ったことがあるが、実際に契約を結ぶ形の儀式は初めてだったので少し緊張した。
初の儀式成功にほっとしているのも束の間、アポカリプスが衝撃の一言を言い放つ。
<……よし。第1段階は無事終わったなァ。じゃァ、血、もらおうか>
「……は? 血? なんで? 今ので儀式は終わりじゃないの?」
腕に龍の紋章も刻まれたし、アポカリプスも名付けの了承を行った。
辺りを漂っていた不気味な風も儀式の終了と共に吹き終わった。
それなのにまだ続きがあるだと?
頭に ? を浮かべる私に何を言ってんだというばかりに大きな目を見開いたアポカリプスは
<なに言ってんだ? 当たり前だろ"血"の盟約なんだから。血つってんのに血の要素なかったら意味ねェだろ。一滴でいいから。ほら、サクッといっちまえ>
理解できないという顔をする私にド正論をぶつけてくる。
確かに、雰囲気で流されてたけど血の盟約って言ってたわ。血の要素はどこにあるんだろとか今まで考えもしませんでした。
でも血かぁ、血、血……
「自傷行為は行ったことがないのだが、他に何か方法は無いのか?」
一滴ばかりの血を出すだけでも大丈夫らしいのだが、なにせ今までの儀式は血糊オンリーで執り行っていたため自身の指に傷をつけ採血するという経験は0に等しい。
1度だけ試しに紙の端っこで指を切ってみたが、思いのほか深く切れすぎて血が止まらなくなったことがトラウマになってしまい、指を意図的に切ることはしなくなったのだ。
アポカリプスはまるでやれやれと言わんばかりに大きな目玉を横に振り、ため息をつきながら話し出す。
<はァ……お前ってこういうのは嬉々としてやる女だと思ってたんだがなァ。俺の勘違いだったか? もういい、俺がやってやるから指だせ。……チクッとするぞ>
「あ、ちょ、待」
アポカリプスは私の制止も聞かずに近づいてくると見えない何かを使い私の手をとり、指だけを器用につまんで先端に浅い切り傷をつける。
トラウマ時のような深い傷はつかなかったが、それでも少し怖かった。
<……契約完了だ>
指から滴る一滴の血をその身に吸収し、不敵なを浮かべたアポカリプスが言う。
腕に刻まれた紋章を再度見てみると、先程までは全てが黒かったはずが、血を吸収したせいか、龍の部分が赤く染まっていた。
どうやらこれで、本当の意味で血の盟約は交わされたらしい。
<そういえばお前、この階層に雑魚敵しかいないことがどうとか言ってたよな?>
「あ、そうだよ。結構深いところまで来たと思うんだけど、なんでスライムとかゴブリンとかしかいないわけ? リザードマンとかオークみたいな中盤ボスみたいなやつはいないの?」
トレインダンジョンに潜ってかれこれ数時間は経っている気がする。もしこのカリスの先の発言の通りならば、数日経っているのかもしれない。
あ、ちなみにカリスっていうのはアポカリプスの愛称で、アポカリプスのカとリとスの部分から取ってきている。
いちいちアポカリプスと呼ぶのも長いし、咄嗟の時に噛んでしまいそうなのでアリスかポリスかカリスかの3択で選ばせたのだ。
カリスは消去法的にカリスを選ばざるを得なかったことに不服そうにしていたが、選んだ後はすっと姿を消し、今は私の体内から念話を使い会話をしている。
……話を戻すが、このダンジョンはやたら一本道が続いている。
普通ダンジョンは階層ごとに区切られていて、下の階層に潜れば潜るほど強い敵が出てくる……なんてことを想像していたが、ここまで一本道が続いているだけだと、以前考えていたようにまだ未探索なだけでこの暗闇の先に下の階層へと続く階段があるのか、はたまた……
「トレインダンジョンだけに、一本道しかないって
オチは……ないよな?」
そんな寒いオチが異世界にあるとか、考えただけでも嫌すぎる。
ひとまず、このひたすらに続く暗闇の先に下の階層へと続く階段があると信じて進む他にないだろう。
<リザードマンかオーク……か。前まではここら辺に居たはずなんだがなァ。見ないうちにここもすっかり変わったもんだ>
歩き出すとカリスが懐かしむような声で語り出す。
「ん? カリスは前までこのダンジョンに居たことがあるの?」
<あァ、そうだ。数百年前だと思うが、一時期この場所を住処にしていた時期があってなァ。あの時から既にこの奥にいたドラゴンとほぼ互角になるぐらいにまで弱っちまってた。懐かしいなァ>
「当時を懐古しているところ悪いけど、このダンジョンって2階層とかあるよね?」
さらっとボスモンスターのネタバレをされたが、そんなことはともかく、このダンジョンは私の思い描くものなのかを確かめる必要がある。
思い出に浸っていたカリスの話を遮ったことで、先程までの会話を思い出したか、カリスは<そうだった>と言いながら話を戻す。
<2階層? だっけか、んなもんねェよ。このダンジョンは珍しい形でなァ。ひたすら一本道が続いてるだけだ。なんでかって? そんなもん俺にもわかんねェよ。>
………………
<ん? どうした急に縮こまりやがって>
......となると、ボス部屋は文字通り先頭車両ってか。
舐めんな。
予想通りの寒いオチに肩を震わせ、身をくすめながらも前へと続く一本道に足を踏み入れた。
最後まで見て頂いてありがとうございます!(´▽`)
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