第10話 本当の私
第10話 本当の私
「クッ.......アのニンゲン、確カ、ヤナギ ナグサ と言ッテイタ……。いずれ世界ヲ統ベルとモ……ソレにコノ"スキル"、相当ナ実力者ニ違いナイ……」
出血の止まらない横腹を抑えながら壁に寄りかかる。
ダメだ、あのニンゲンが去り際に放ったあの[スキル]、寸前でなんとか身を横にずらせることが出来たが、もし躱すことが出来なければ死んでいた……
かすっただけでこのザマだ。なんて強力な[スキル]持ちだったんだ……
俺は、見逃されたのか……?
「アノ御方に……アノ御方に早く伝エなケレバ……!」
世界を統べると言っていたあの物憂げな表情に、自分自身が何者かを自問自答する姿、かつてのあの御方と重なる部分がある。
「ゴフッ、ガハッ……!」
今まで受けたことがないような傷に体が痙攣し始め、口から血反吐が出る。
あのニンゲンの女にかつてのあの御方と同じ意志があるとしたなら
だとしたら、だとしたなら……
早く、一刻も早く伝えなければ……!
未だ出血の止まらない横腹を抑え、震える足を叩き、無理やりにでも歩み始める
待っていて下さい
「我ラが魔王サマ……!!」
――――――
「......?」
目を開くと、そこには永遠とさえ思えるほど
ひたすらに広がる草原があった。
かすかに髪を揺らす風はとても心地よく
伸びをして深く、呼吸をする。
鼻から入ってくる空気は今まで吸ったことのないくらい澄んでいた。
深呼吸を終え、そのままパタリと草原へ寝転ぶ。
そこには嫌な虫やちくちくしたような草の感触はなく、まるで羽毛のような柔らかさがあった。
寝転んだままもう一度伸びをし、五感全てで今、この地にいることを感じながら
「ここ、どこ.......?」
一人投げ出された草原の中、ただそう呟くことしか出来なかった。
――――――
「……で、実際問題此処は何処なわけ? 」
<俺に聞くな。全く、何の相談もなしにいきなり飛びやがって。気絶するかと思っただろ! ボケが!>
どのくらい眠っていたのだろう。
気がついたら全く見覚えのない草原に身を投げ出されていた。
相談もなしに脱出石を使ったことにカリスが怒号を飛ばしてくる。
確かに脱出石を使用した際、最初こそ心地良い感覚がしたのだが、その感覚は一瞬にして消え失せ、なんだかとてつもない感覚に襲われ私は途中から記憶が無いなってしまった。
例えるとするならば、羽毛布団から一気にフリーフォールへと瞬間移動させられたようなものだろうか。
どうやら、脱出石を使用した際のテレポート先は完全ランダムらしい。
「そ、それはごめんけど......アレは勝てないだろ!最後に『コラプサー』打ち逃げしたけどアイツ、アレに当たって死んでないかな……」
憤るカリスに一応は謝る。
最後の最後で悪あがきの『コラプサー』打ったけど運良く当たって倒せてたりしないだろうか。
現状の私の最強スキルだし、当たれば悪魔族だろうが木っ端微塵のはず! …...高レベルエネミー相手には使ったことがないが、恐らく通用する!……むしろしてくれないと困る!
……けど、経験値が入ってないことを見るに多分倒せてはいないんだろうなぁ、残念。
「んー、こんな場所で考えてても仕方ないな。とりあえず、街を目指そう! いちにちいっぽ みぃーっかでさんぽっ さーんぽすっすんで にほさがる〜」
<なんなんだその珍妙な歌は……>
運良く当たって70の高レベルエネミーの経験値が入るなぞ美味しい思いなんてできる訳もなく、私たちは街を目指して歩き出すことにした。
恐らくこの草原で十分な休息がとれたのだろう。目覚めた瞬間から活力がみなぎり、先程での足の疲労などが嘘みたいに足が軽い。
ダンジョンがボス部屋目前で踏破できなかったことだけが胸の辺りをむずむずさせ気持ち悪い気分にさせるが、それもまたご愛嬌。異世界にいると良くあることだと自分を納得させる。
<? ナグサ、一体何をしているんだ?>
「しーっ、少し黙ってて。今、風の精霊の声を聞いている」
人差し指の先を舌で濡らし、高く掲げて風向を確かめる。
街を目指すと言ったはいいものの、何せ知らぬ世界の見知らぬ土地に投げ出された訳だから方角なんて分かるわけもない。日本にいた時でさえ、見知らぬ土地に投げ出されればスマホなしに帰ることは困難を極めるだろう。
<ナグサ、お前……精霊とも話すことが出来たのか? はァ、一体何者なんだよお前……>
カリスは私の身体に宿っているはずなのに私の思考を完全に読むことは出来ていないらしく、もちろん精霊の声など聞こえない私の嘘を信じてしまっている。
本当は喋ったこともないし喋り方もわかんないけど……
うーん、今更嘘だと言うのもなんだか……
濡らした人差し指を風に当てたまま、カリスにどう言い訳しようか考える。
ていうか冷静に考えて私、素の状態で人と喋ったことないかも。
中学2年生の頃にこのロマン溢れる世界観に触れて以降、学校では勿論家族の前でさえ "柳 ナグサ" という仮面を被っていた。
それは、私の誇りである世界に干渉してこようとしてくる者は等しく皆、私に対して否定的であったことが原因でもある。
いくら暴言を言われても、いくら強く否定され続けても、"ナグサ" という仮面さえ被っていれば嫌な思いもすることない。それに "ナグサ" はいつでもソイツらを一蹴してくれるし、私は、本当の私 "凪冴" 自身は傷つかないで済む。
そうしている内にいつの間にか私は、本当の"凪冴" 自身を見失ってしまった。
<――グサ! おい、――グサ!>
本当の私は何処に行ってしまったのだろう。
確かにこのロマンを追求する心持ちは昔から変わっていないはずだし、そこに一切の偽りはない。
でもこのままで本当に良いのだろうか? いつまでも本当の私自身は押し潰して、傷つかないように取り繕って……
<――グサ! おい、聞こえてんのか?! ナグサ!!>
「ーッ?!」
当然私の左腕がほっぺたをつまんでくる。
自分では意図していないその刺激に思わずぼーっとしてしまっていた意識が覚醒させられる。
<ナグサ、大丈夫か? 何回も呼び掛けても返事無かったぞ>
私の意識を覚醒させた後は、左腕をその支配から解放したカリスが心配そうな声色で問いかけてくる。
もうすっかり乾いてしまった指を見るにどうやら私は、人差し指を風に当てていた状態のまま考え込んで固まってしまっていたらしい。
「……なぁ、カリス。私は、本当の私は何処にいると思う?」
<あァ? 固まったと思ったら急に何言い出すんだよ>
気がつけば、口から言葉が零れ落ちてしまっていた。
その問いかけに対する答えは、私自身も知らない。
<本当のナグサ? そんなの……>
気持ち悪い。死ね。迷惑。消えろ。
頭の中に今まで言われてきた罵詈雑言の数々が浮かび上がる。
私が夢を語る度に言われてきた言葉。
何故他の人と違う? 何故みんなと同じようにできない?
そんなの知らない。
私の夢は、みんなと同じじゃなきゃダメなの?
分からない分からない分からない。
本当の私は、いつになったら皆の前に出てこれるの…?
単に、自分の悩みを聞いて欲しかっただけのエゴに塗れた質問に
<ここに居るじゃねェか>
カリスは、さも当たり前かのように答えてきた。
「……」
<はァ……俺はドラゴンだからな。ニンゲンの繊細な心はよく分からねェ。お前が何かに悩んでいても、俺は正解を教えてあげることはできねェ。ただ、一緒に悩んで、話して、……そういったことは出来る。 何せ何千年も前から生きてる古龍だぞ? そんな俺が相棒で、そして相談にも乗ってやるつってんだ。こんな贅沢な処遇、他にないぞ!>
カリスはそう言うと、私の左手をもう一度支配し、頭をポンっと叩いてくる。
<だからな、まァ、その、なんだ。本当のナグサ? だっけか。それならこれからじっくりと探していけばいいんじゃないか? お前の納得のいくまで、何度も、何度でも。まァ、俺と一緒ならすぐ見つかると思うけどな! ガハハ!>
カリスの高笑いを聞きながら、自身の左手に頭をポンポンされている私は深く呼吸をすると
「なんか、自分の手に頭撫でられるのって、案外気持ち悪いね」
<えっ!?>
気持ち悪いと言われショックを受けたような声を出すカリスと共に、つっかえのとれたような胸の感覚を覚えながら、草原を走り出したのだった。
最後まで見て頂いてありがとうございます!(´▽`)
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