7冊目 魅力的な黒(ケルス視点)
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俺――ケルシルト・ミュージ・ティベリアムは、その入り組んだ本棚の群れをぼーっと見ていた。
激務に疲れ、サボって寝ている時のことだ。
ふと目を覚ました時に目の前にいたあの女性。
女性に対して苦手意識があるが故に、寝起きのハッキリとしない頭で、意味もなく睨みつけてしまった。
だけど彼女はそんなの気にした様子はなく、やや鋭く見える目つきを柔らかく緩め、口元に人差し指を当ててふわりと儚く笑って見せた。
「図書館ではお静かに」
その仕草に射抜かれた気がした。
女性なんて面倒くさい存在だと思っていた自分が、思わず見惚れてしまったのだ。
綺麗な黒髪に、知性の輝きの強い黒瞳。
俺の見目だけを褒め、余計な自己アピールばかりして群がってくるような女性たちとは違う。
怜悧な風貌に、何かにもたれ掛かることなくしっかりと立っているかのような雰囲気。それなのにどこか儚さすらあって……。
ハッキリ言おう。一目惚れだ。
だが、寝ぼけていたのもまた事実。
「何がまた君に起こしてもらえるか……だ」
名前くらい聞いておけばよかった。
まぁ、本を借りたら帰ると言っていたし、待っていれば出てくるかもしれないが――
「ボス、こんなとこでサボってたんですか?」
「そのボスって呼び方はやめてくれと何度言ったら分かるんだ」
――そう反応しながらも、内心では思わず舌打ちをしてしまった。
明るいオレンジ色の髪をしたその男の名はエピスタン。
狐を思わせるような顔に軽薄な笑みを浮かべた男だ。
服を着崩し、どこかはしたなさとだらしなさを感じさせる彼は、俺の片腕として優秀であり、信頼できる男でもある。
彼に見つかってしまった時点で、この休憩時間も終了だ。
「仕事たまってるんですから、おサボりは勘弁してくださいよ。オレっちも限界なんで」
「……分かっているよ」
「?」
俺の返事に何か感じるものでもあったのだろう。
エピスタンは訝しげに訊ねてきた。
「そっちの本棚迷宮になにかあるんで?」
「いや……その、なんだ……少し気になる人物が入っていってな」
はぐらかし方がヘタだったのだろう。
エピスタンはそれはもう楽しそうに顔を歪ませ、ニマニマとしはじめる。
「女? 女でしょ? ボスが女に興味を持つなんて明日は雨かな?」
「悪いか……正直、自分でも驚いてるんだ」
「うっわ。なにこの素直なボス。ぶっちゃけ気持ち悪い。明日は槍か斧が降りそうですね」
「どういう意味だそれは」
好き勝手言いやがって。
――そう思うものの、自分でも普段とは全然違う顔を見せてる自覚はある。
「……少し話をしたんだが、名前を、聞きそびれてな……。
そこの本棚迷宮? にある本を借りたらすぐ帰るらしいので……」
「もうちょっと待って出てきたら声を掛けよう、と?」
「ああ」
遠慮がちにうなずくと、エピスタンはまたニマ~と笑った。
「よっし。オレっちがちょっと様子を見てきましょうか!」
「あ、お前……ッ!」
慌てて手を伸ばすが、やつの服を掴むことはできず。
エピスタンはそのまま本棚迷宮とやらへと入っていってしまった。
ややして、エピスタンは不思議そうな顔をして本棚迷宮から出てきた。
「ボス。本当に誰かがここに入っていったんですか?」
「間違いなく」
俺がうなずくと、エピスタンはますます困惑した様子を見せる。
「ここ迷宮だなんて言われてますけどね。本棚の配置が複雑なだけで、別に本気で人を惑わすつもりはない場所です」
「それで?」
「なので人が迷うコトはまずないんですよね。ぐるっと一周してきたんですけが、人の気配なんてモノはありませんでしたぜ?」
「そんなバカな……」
「ボスはずっとその席に?」
うなずくと、エピスタンは自分の下顎を右手の小指で撫で始める。
本気で思考を回転させる時の、こいつのクセだ。
「ボス、その女性の容姿とか聞いていいですか?」
「黒髪に、黒目で……大きめのメガネを……あ」
自分で言ってて、思い至ることがある。
「寝ぼけすぎっしょ、ボス」
「全くだ。返す言葉もない」
エピスタンの言うとおりだ。
この国において、黒髪と黒目を持つ人物は限りがある。
「肌は色白で?」
「そう……だな。しっかりと見たわけではないが、白い方だったと思う」
「なら確定でしょう」
「なるほど。ライブラリアの姫君だったか。司書の姿をしていたのですぐに結びつかなかったようだ」
我ながらなんとも抜けていたものだ。
エピスタンも俺の答えにうなずいている。
「相手がライブラリアのお嬢様ならば、本棚迷宮から出てこない理由も想像はつきますよね」
「王家とライブラリア家しか知らない隠し通路や不思議な仕掛けが、どちらの図書館にも多くあると聞くしな。それを使ったのか」
「でしょうね。待っててもたぶん出てきませんよ」
エピスタンの言葉に俺は盛大な息を吐き出す。
彼女に会えないというのは、思いの外ショックだったようだ。
そして、彼女に関する一件が終わってしまい、ここにエピスタンがいる以上、逃げられない事実が一つある。
「エピスタン」
「なんです、ボス?」
「働きたくない」
「オレっちも同じです。ですがボスが働いてくれないとオレっちはサボれないので屋敷の執務室に連行します」
「理不尽では?」
「ボスがいなくて仕事が滞ってる部下がたくさんいるのは理不尽じゃないんですかい?」
「ぐ……それを言われると……」
エピスタンの手が俺の襟首を掴む。
「それじゃあ十分サボれたでしょうし帰りましょうかボス」
「うちは代々サボリ魔の家系なんだぞ。なんで俺の代はこんなにもサボれない仕事ばっか来るんだ!?」
「オレっちたちに仕事を投げてくるのは王家なんで文句は王家にお願いします」
「くっそー……」
「それにそろそろビブラテス伯爵がやってくる時間です。会談の約束があったでしょう?」
ビブラテス伯爵家は、ここ最近発生している問題に関する容疑者……ないし関係者ではないかと疑っている家だ。
そこの当主との会談ともなれば、情報収集として重要ではある。あるのだが――
「やだー仕事とはいえあのインテリ気取りの気難し屋と話するのやだー」
「子供みたいにだだこねたってどうにもならんので諦めてくださいよ」
ズルズルとエピスタンに引きずられていると、初老に差し掛かった感じの女性が近づいてくる。服装からしてここの司書だろう。役職的にも上の立場の人のようだ。
「そちらのお二人……図書館ではお静かにお願いします」
有無いわさぬ女性の迫力に、俺とエピスタンはそろって素直にうなずくのだった。
――図書館ではお静かに
細く綺麗な指を口元にあてた、薄くはにかむような笑顔が素敵だった、黒の君。
俺は彼女の魅力的な顔をどうにも忘れられないようだ。
なので、今度の社交パーティの時には、彼女を捜すべく、サボらず顔でも出してみるのも悪くないかもしれない。
夜にももう一話更新予定です٩( 'ω' )وよしなに!