66冊目 恥ずかしがる令嬢 と うち震える公爵
陛下たちとのやりとりを終えた私は、一度王都の屋敷へと戻る。
それからケルシルト様へお手紙だ。
ゴートさんの雑な計画についての報告がしたいという内容を書く。
手紙だけでも良いとは思うんだけど、ケルシルト様を不安にさせちゃった負い目もあるので、顔くらいは見せようかな……みたいな。
うん。思いついた時は良い案だと思ったけど、いざ実行しようとするとなんか恥ずかしいな……。
いやでも、うん。自分が会いたいという欲求がなくもないわけで……。
なんか、自覚するとめちゃくちゃ変なテンションになっちゃんだけど!?
「お嬢様、白紙の手紙を前に何を百面相してるんですか?」
「な、なんでもないから……!」
「あー……わかりました。アレですね? 公爵閣下のコトを思い浮かべて変なテンションになってましたね? お嬢様ったら本当に恋する乙女化してるんですから、もー!」
エフェがうっざい弄り顔しながら寄ってきた。
こういう時のエフェは相手にしないに限る。
そんなワケで、照れと恥ずかしさを乗り越えて、ちゃんと真面目な文章をメインに手紙を書いて封をしたモノをエフェへと手渡すのだった。
返事はわりとすぐに帰ってきた。
明日のお昼に会うことになったんだけど、場所が指定されている。
それが『踊るサウリーパイク亭』だ。
……つまりお忍びスタイルで食事しながらってこと?
ちょっと驚いたけど、別に問題はない。
エフェに明日の予定を伝えて、今日は就寝だ。おやすみなさい。
そして翌日。約束の時間。
前回と同じ待ち合わせ場所。
ちょっと早く来すぎてる辺り、私はだいぶ浮かれているのかもしれない。
そして前回同様に、遠巻きに見られて何か言われてる感じはする。
うーん……エフェに見繕ってもらったから変な格好ではないと思うんだけど……。
あ、でも。お忍びだし良いかな――と思い切って付けてきた、魚と本の首飾り……今になってちょっと恥ずかしくなってきた。
他の人からすれば、これに関して知る由もないことだろうに、脳内の被害妄想が、勝手に周囲の聞き取れない声を『ケルシルト様とおそろいじゃない。どういうコト?』という妙な嫉妬に変換してしまっている。
考えすぎなのは分かってるんだけど、落ち着かない……。
ケ、ケルシルト様……早く来ないかな……。
そわそわしているうちに、髪とか服までもこれで良かったかな……という気分になってくる。
エフェにやってもらっているから、変な格好にはなってないはずなのに……。
「なぁ声を掛けてみないか」
「明らかに待ち合わせだろ」
「ダメで元々だ」
ふいにそんなやりとりが聞こえて顔を上げると、こちらへと向かってくる男性が二人。
もしかしてナンパってやつ? そういうのどうリアクションしていいか分からないし、来ないで欲しいんだけど!?
内心であたふたしていると、彼らよりも先に一人の男性が声を掛けてくる。
「イスカ、すまない遅くなった」
「え? あ、ケルスさ……ん」
危ない危ない。ケルス様って言いかけた。
「いえ、こちらが早く来てしまっただけなので」
「そうか」
そう小さく笑ったあと、なんか冷徹公爵の顔で、二人組を一瞬睨む。
いや、一般人相手になんでそんな恐い顔してるんですか。二人がめっちゃ慌てて逃げていってるじゃないですか。
「さて、いくとするか」
「え。あ、はい」
何事もなかったかのような笑顔だ。
どう反応すればいいんだこれ?
そんなことを考えていると、ケルシルト様は私の手を握った。
「あ」
「……手ぐらい、良いだろ?」
「えと、はい……」
なんか、この間のパーティでエスコートされ時より恥ずかしい……!
いや、嫌ではないんだけど……ないんだけど……!
なお私は気づいてなかったんだけど、この時のケルシルト様はどうにも照れくさかったのか、少し顔が赤かったらしい。
なんでそんなことを知ってるかって? 後日、エフェから教えてもらうからだよ! どこかからこっそりと盗み見してたらしいよ! 暇なのかな?
さておき。
ケルシルト様と手を繋ぎながら……手を繋ぎ、ながら、『踊るサウリーパイク亭』へとやってきた。
もはや顔見知りとなっているお店のお姉さんは、私たちを見て「いらっしゃいませー」と迎えつつ、ニマニマしている。
なんか、逃げ出したいくらい恥ずかしくなってきたんだけど……!
ともあれ、席に着いて注文だ。
名物のチキンと、それが提供されるまでにつまむ、サラダなどの前菜をいくつか。
お仕事の話もする予定なので、お酒は頼まず果実酒やお茶を頼む。
すぐに飲み物が届いたので、これで喉を湿したところでケルシルト様が切り出してくる。
「楽しいおしゃべりをしたいところだけど、本題は愚かなうちの親の話からかな?」
手紙にも書いてあったし――と言われて私はうなずく。
「そうですね。ゴートさんの考えに関してはある程度の調べが付きました。すでに陛下とは共有してありますが、ケルスさんとも共有しておきますね」
「助かる」
そんなワケで、手元にある情報を伝える。
「シンプルに言ってしまえば宴の場への乱入です。ゴートさんが集めたチンピラ同然の冒険者や傭兵なんかがやってくるようですね」
「簡単に言うがな。そんな簡単にいかないだろ、それ」
「もちろんです。陛下も出席する宴の警備が柔いワケないですからね。
ただ口車に乗せられたアンチ密約同盟の面々や、交代したばかりの若い当主、野心を持つ次男や三男などが手引きするようなので、単純に防ぎきれるかは分かりません」
「ああ。身なりを整えさせて護衛として連れてきたり何なり……という手段を取るのか。周到なコトだ。だがそれでどうにかなるほど、人数は連れてこれないだろう?」
「内側で混乱を起こし、騒ぎに乗じて外に待機してる連中も暴れる……みたいなやり方をする予定のようです」
「ふむ」
どこか懐疑的な様子でケルシルト様は自分の口元に手を当てる。
私の話を疑っているというよりも、作戦としては杜撰ではないか――という思考によるものだろう。
私も聞いた時はそれで本当に騒動起こせるのか? とも思った。
けど、この間の図書館で出会った何も考えてないでアンチ密約同盟やってるようなヤツが他にも多数いるだろうことを思うと楽観視ができない。
もしかしたらケルシルト様にはそちらの発想が無い可能性があるので、口に出しておこう。
「常識的に考えれば上手く行かない可能性の方が高いです。
でも、いつぞやのオウボーン家のブラック君みたいな人って、別に彼だけではないんですよ」
「…………嫌な説得力だ」
本当にね。私もそう思う。
届いたサラダをつつきながら、お互いに苦笑を向け合った。
「そうなると未然に防ぐのはやや難しそうだな」
「そうですね。ゲストが居る中で発生するのは問題ですが、どうしても発生後に処理していく形になるかと」
陛下は陛下で、事前にそういう輩を排除するような根回しをするだろう。
けれど、全員が全員言うことを聞くわけがない。聞くようであれば、アンチ密約同盟なんぞにはならないだろうしなぁ。
「――とまぁ共有したかった情報はこれですね」
「短い期間でこれだけの情報を得られるとは流石だね。でも、それだけなら手紙で良かったんじゃないかな?」
あー……それ、聞いてきちゃいますか……。
「それは、その……」
ここでさらっと返せれば良い女感を出せたかもしれないけど、馴れないことなので、しどろもどろになってしまう。
らしくなく、もじもじするような感じになってしまった。
「この間、ケルスさんを、その……不安にさせちゃったので」
なんていうか、本当に人と話すのが馴れてないって感じになってしまって、恥ずかしい。
「報告とお詫びを兼ねて、顔くらいは見せておきたいな、って……」
「…………」
え、待って。なんで急に固まるの?
固まったと思ったら口元抑えて震えだしてるんだけど……?
それ、どういう意味のリアクションなんですかーッ!?
A:俺の嫁(仮)が可愛すぎる




