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64冊目 マフィアのボスと本来の当主


 パーティ用とは異なるブラックドレス。

 それこそマフィアのボスの娘とかが着てそうな、シックで華やかなれど日常用に着れるモノだ。

 化粧も見目より年上っぽく、それでいてややキツく見えるようにしてある。


 一緒に居るエフェは、男性用のブラックスーツ。化粧などは最低限。

 声が可愛くナメられやすいエフェは、無口で無表情な男装の麗人的ボディーガードとして振る舞ってもらう。


 そんな格好に着替えて、私たちは真っ直ぐに王都の日影町(ひかげまち)と称される区画へと踏み込んでいく。


 メインストリートから外れ、貴族街や平民街のそれぞれからも微妙に外れ、過去に区画整理などが行われた時に、偶然的に発生したどこにも属さない空白地帯。


 そのせいで、意外と王城や図書館へもアクセスしやすい位置にある。


 最初こそ、様々な要素がごった返す区画だったらしいけど、闇市などの裏社会的なお店が増えていった結果、真っ当なお店がなくなっていき、犯罪者の暮らす町のようになってしまったという経緯がある。


 気がついた時には、後の祭り。

 すぐに解体や整理が難しい区画となってしまったそうである。


 悪貨が良貨を駆逐するとは良く言ったもんだ……。


 ……でもまぁ正直、王家なりティベリアム家なりがわざと空白地帯を作ったのでは? と思うところはあるがそれはさておく。


 ともあれ、そんな区画を私たちは歩いている。


 周囲からチラチラと伺うような視線を感じるけど、手は出してくる気配はない。

 それはそうだ。こんないかにもマフィアとかの幹部みたいな雰囲気の女とそのお付きに手を出そうとするやつは、この区画にはいないだろう。


 例え見慣れない女だったとしても、手を出したことで生じる面倒ごとや、今後の自分の扱いを天秤に乗せれば、今後の安全を取る。この辺りにいるのは、そういう連中が多い。


 王都にこんなところがあるのは問題だし、陛下も放置したくはないんだろうけど、ここにいる連中は排除するのが厄介なくらいにはチカラを身につけてるからね。


 まぁ――ジュリウス様の口ぶりからして、ティベリアム家はここの連中を利用する術を持っているようだし、やっぱ狙って作られた空白であり、犯罪者の温床な気がする。


 さておきだ。


 元々は大きめの宿屋として使われていただろう建物の元へとやってきた。

 私は入り口のドアを開いて中へと堂々と入っていく。


 ケルシルト様には筋を通す手段があるとかなんとか言ったけど、実際は堂々と乗り込んでいくだけである。

 意外とこれでなんとかなることが多いのよね。


「邪魔するわ。アンタたちのボスに会いたいんだけど?」

「なんだテメェは?」

「女が丸腰でここに来る意味分かってんのか?」


 当然、中にいる人たちは私たちを睨み付けてくる。

 でもまぁ、こういう場面でもだいたい一人くらいは冷静なヤツってのがいるものだ。

 むしろ、いないと短気な連中が面倒事を増やす場合もあるから、見張りとしておかれているとも言う。


「待て」

「でもガフさん!」

「待てと言った」


 静かに――けれど、威圧感のある声で周囲を黙らせて、ガフと呼ばれた男は私を見る。


「この辺りのモンじゃねぇな?」

「ええ。ナワバリは別の町。そこから、ちょっとクレームを言いにここまでえっちらおっちらやってきたワケよ」

「クレーム、ね。ナワバリでも荒らされて、それがウチの関係者だったというところか?」

「関係者かどうかは知らないわ。でも王都の日影町をナワバリにしてるって情報に辿り着いたから、手っ取り早く確認する方法としてココに来ただけ」


 私の言葉の真意を探るような様子のガフとは別に、周りにいる連中がキャンキャンと騒ぎ出す。


「どうせ口から出任せだろ!」

「そうだよガフさん! やっちまおうぜ!」


 口々に騒ぐ彼らに、ガフは小さく息を吐いた。


「黙れよ」


 大きくない――むしろ、小さめだ。けれど低く艶のある声が妙に部屋に響く。

 そんなガフの一声で、周囲の連中は息を飲んで黙り込んだ。


「十秒くらいか? お前の護衛。今この瞬間からそのくらいの時間で周りの馬鹿共全員を殺せるな?」

「どうなの?」


 私がエフェに訊ねると、エフェは勿体付けるようにロビーを見回し、それから低めで掠れた聞き取りづらい声を出して答える。


「……五秒――いえ、二秒あれば」

「だそうよ?」


 ガフへと視線を向けると、彼は大袈裟に肩を竦めた。


「ハッタリじゃなさそうだな。まぁナワバリを荒らされたクレームを入れに来たんだ。そのくらいの手合いは用意はするか。ついて来い。ボスの所へ行くぞ」

「話が早くて助かるわ」


 話について行けてない下っ端どもを尻目に、私とエフェはガフの案内でボスのところへとやってくる。


「地下なの?」

「便利だぜ。隠し通路とか作りやすい」

「違いない」


 つまりは、万が一の逃走経路が存在するということか。

 地下にいきなり作れるもんでもないし、元々あったのを利用している可能性は高そうだ。


 ……いやこれ、そうなると、もしかしなくても、王城とか王都を囲う城壁の外へと繋がってる可能性ない?


 そうして、地下通路を進むと、途中にある扉をガフがノックした。


「ボス。客です」

「客? ガフ、今日はアポはなかったはずだよな?」

「飛び入りですよ。でも邪険にするのはマズいと思ったんで」

「そうか。入れていいぞ」

「んじゃ、失礼しますよ」


 ガフがドアを開けて、私たちを招き入れる。


 その中は、どこか執務室のようで、私室という感じじゃあない。

 机に居たのは、神を後ろになでつけた、鷲鼻で彫りの深い顔をした男。

 いかにも、マフィアのドンという雰囲気の男だ。


「――で、アポ無しで何のようだ?」

「直球ね。話が早いのは嫌いじゃないわ」


 威圧するように睨み付けてくるボス。

 その威圧を無視して私は一歩踏み出して、笑みを浮かべてみせる。


「だからこっちも手っ取り早く、この名前を口にさせてもらうわね」


 そう前置き、私は告げる。


「ゴート」


 次の瞬間、ボスもガフも同時に嫌悪感たっぷりに顔を歪ませて、舌打ちした。


「クソが。またあいつのせいか。余計な仕事を増やしやがって」

「悪いがそいつはウチの人間じゃあない。ウチのナワバリに勝手にいついて、勝手に我が物顔してるだけの他人だ」


 どんだけ嫌われてるんだアイツ。


「それで私が『ハイ、そーですか』で帰ると思って?」


 とはいえ、それならそれで、その迷惑っぷりを利用させてもらうだけだ。


「嬢ちゃんとこのナワバリを荒らしたのがゴートとはな……どうします、ボス?」

「他人のところのナワバリを荒らしたのか。面倒な……」


 この手の連中は、貴族以上に領地(ナワバリ)意識が強い。

 

「ちなみに、さっき図書館で暴れてたらしくて、冒険者に取り押さえられ、貴族に回収されてたわ」

「…………なら、それでこの話は終わりに……」

「そちらがこっちの立場だったら、それで終わりに出来る?」

「出来るワケがないな」


 ボスとガフは頭を抱えてしまった。

 まぁ他人のナワバリを荒らし、騒動のキッカケを作ったやつが、貴族に捕まり早々にリタイアというのは厄介よね。


 ボスたちにとって、突然現れた別のナワバリの女との話の付け方として、手っ取り早い手段は、彼を捕まえることだったから。

 その首を私に差し出すとかすれば落とし前になったかもしれないけど、それが不可能になってしまったワケだし。


 ゴートの名前と顛末で頭を抱えている二人。

 けれど、先にボスの方が冷静になってきたようだ。


「……そういえばお前、どこの手の者だ?」

「ライブラリア領」

「ああ……今は腑抜け当主がやってる土地か……」


 ボスが小さくそう口にした時、ガフが首を横に振った。


「違いますよボス。腑抜けの裏に、本物の当主がいます。冷遇されてるらしいんですよ。腑抜けの当主とその愛人によって」


 ……ガフって人、詳しいな?


「女。お前……」


 目を眇めるボス。

 何か気づいたことがあったかな。


 私はボスの視線を不敵に笑って受け止める。


「このお使いは本物よ。でも、裏側にいる本物の当主に尻尾を振っておくのも悪くないの」


 まぁ、その裏側に居る当主ってのは私なんだけどね。


「うちのボスにはナイショね?」


 人差し指を口元にあて、挑発するような笑みを浮かべて上げれば、ボスは渋面を作りながら訊ねてくる。


「なら、このお使いは誰に頼まれた? お使いが本当でも、依頼人によってその目的が異なるはずだ」


 これには答えずに意味深に笑う。

 ボスもガフも、めちゃくちゃ頭を悩ませている様子が見える。


 もっと苦戦すると思ってたんだけど、ゴートの名前が強いのか、すごいこっちが優勢に話が進んでくな……。


「どこまでも迷惑な男だ。こんな厄介そうな女まで呼び込みやがって」


 心の奥底から漏れ出るような怨嗟のうめきをボスがこぼしたあと、顔を上げる。


「何を求めている? それを与えたら手打ちにする気はあるのか?」

「ゴートってやつについては報告しておくわよ。それで解決でいいわ。アンタたちからしてもクソ迷惑なヤツってのが分かったし。

 でも、それはそれとしてご主人様に褒めてもらえるチャンスみたいだし、そっち方面の何かが欲しいわね」

「こっちとしては別組織とやりあいたくはないからな。お前に問題ないならそれでも構わん」


 うんうん。

 ボスとしては心底から、ゴートが原因で余所と無駄な争いなどしてたまるか――って感じか。


 いやまぁその気持ちはよく分かるけど。


「ゴートのやつ、うちのナワバリを荒らしてた理由の一つが、貴族のパーティをぶち壊す仲間が欲しかったみたいなのよね」

「それは……ヘタしたらお前のところの組織も加担したコトにされかねんぞ?」

「でしょうね。ここで話をしててそれを感じてたところよ」


 大真面目に心配してくれているボスにそう返して、小さく嘆息。

 それから、改めて続きを口にする。


「そっちは自分らで対策するわよ。欲しいのは、ゴートがどういう手段を使うかという話ね。図書館での争いをこっそり見ていたけど、あいつ――自分が捕まったところで、何も止まらないぞとか言ってたから」

「ボス……これ、もしかしなくても、襲撃犯のメンバー次第ではうちの組織もやばいのでは?」

「貴族にツテがあるとはいえ、パーティ襲撃はな……見逃してもらい辛い案件ではある」


 そうよねぇ……。

 些細な犯罪は見逃せても、襲撃なんて堂々遣られると貴族側からしても、それとなくかばうのが難しくなる。


「うまく行くか分からないけど、同じゴートに迷惑をかけられたよしみよ。

 襲撃の情報次第では、そのパーティに参加予定のご主人様に掛け合ってあげてもいい」

「掛け合う、とは?」

「この組織――いえ、王都の犯罪組織とゴートは無関係。ゴートは勝手に犯罪組織関係者の顔をして好き勝手やっていただけ……という報告くらいするわ。その上で、組織を潰さずに済むなら、済ませて欲しいってね」


 実際問題、情報次第では多少の目こぼしされるように、うまいことやってあげても良いと思っているのは事実。


「なるほどな。お使いってのは事実でも、それそのものは建前。お前の目的は情報集めだな」

「それが分かったところで、何も変わらないでしょう?」

「違いないな」


 ボスがうなずき、笑った。


「見た目も良くて、(したた)か。頭もキレて、それでいて堅実さもあるし、裏表へ筋の通し方を知っている。お前、間違いなく良い女だな」

「ありがとう」


 ……最近、こうやって褒められることが多くて戸惑う。

 そして、各方面で見た目も悪くないと言われるんだよな……。


 もしかしなくても、私は本当に見た目悪くないのか?


「うちの組織に来ないか? と言いたいがダメだよな?」

「ええ。お出かけしてくる分にはいいけど、生活するならライブラリアが良いもの」

「組織でなく土地が好きとなると、説得は難しいか。残念だ」


 本当に残念そうにボスは笑い、顔を私に向ける。


「あっさり退くのね」

「表の人間であれ、裏の人間であれ、人や組織でなく土地に愛着を持ってるヤツってのは、そこから引き剥がすのが難しいってのを知ってるだけだ。

 人や組織は場所を移すコトが可能だが、土地は無理だろう?」

「なるほど。道理ね」


 後学になるな。覚えておこう。


「ところで、その貴族のパーティ襲撃はいつだ?」

「来週ね。貴族たちはそろそろ準備し始めてるし、遠方の領地に住んでる貴族たちはそろそろ王都に集まってくる頃合いよ」

「お前は?」

「しばらくは王都にいる。でも旅行者のフリをしてるから、分かりやすいのに接触されるのは迷惑ね」

「ならばどうすればいい?」

「王立図書館は利用してるかしら?」

「ん? ああ、オレもそうだしガフも時々使ってるな。もちろんカタギに見える格好でな」


 そのくらの道理は弁えている――と茶目っ気のある顔で言われ、思わず笑ってしまう。


「ならそれでいきましょう。図書館のカウンター……一部では密かな情報交換の手段として使われているわ」

「ほう?」

「といっても、使えるのはライブラリア伯爵家の関係者に限定されているのだけれど」

「それで?」

「ご主人様には伝えておくから、司書姫宛の手紙をカウンターに渡してちょうだい。差出人は……そうね、ブラックパーク商会とでもしておいて」

「いいだろう」

「対策準備も必要だろうから早めにね」

「ああ」


 ボスがうなずいたところで、目的達成、かな。

 そう思ったところで、ボスが不敵に笑った。


「しかしアレだな。随分と上手く化けたものだ。ライブラリアの本物のご当主様?」


 おっと。

 まぁこの手の組織のボスってのはカンがいいからな。


「……あら? バレバレだったかしら?」

「いいや。カマを掛けただけだ。当たってたようだがな」

「あらま。それは失敗したわね。とぼけそびれたわ」

「いいのか? オレらみたいのを情報源にして」

「大なり小なり貴族と繋がりはあるでしょ。ここに限らず」

「まぁそうだな」


 私の答えに、ボスは薄く笑う。ガフも興味深そうにこちらを見ている。


「それにね――」


 向こうが望む答えか分からないけど、これは言っておくべきだと思うのよね。

 だから、不敵に笑ってこう告げる。


「――図書館(ナワバリ)を荒らされたのは嘘じゃないの。だから落とし前を付けさせたいのよ。貴族式だけじゃなく裏社会式にも、ね? ああいう馬鹿には誰にケンカ売ったか、しっかり教え込まなきゃ……でしょ?」


 出来る限りの悪女スマイルを浮かべてそう口にすると、ボスもガフも一瞬だけポカンとしたあと――


「これはこれは! ボス、ゴートのやつってば、踏んじゃいけない火竜の尾を踏みやがったのかもしれないですね! いい気味だ!」

「まったくだ! そしてやっぱ良い女だな、ライブラリアの姫よ! 貴族なんぞやめて裏社会(こっち)に来る気はないのか、本気で?」

「ごめんあそばせ。素敵なお誘いですけど、土地と図書館に愛着がありますので」

「なるほど! 手強いな!」


 ガフもボスも何やら大笑いしながら、興奮するようにそう声を上げた。

 なんかよく分からんけど、気に入られたらしい。まぁ悪いことにはならないだろ。


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