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63冊目 気術と魔法(ケルス視点)


 最後の笑顔はやばかった。

 駆け寄って抱きしめてしまいたくなるくらいには。


 流石にそれをやらないだけの理性はあったので、口元を押さえるだけでなんとか堪えることができたのだが。


 ここにエピスタンがいたら、イスカナディアとエフェの気配が感じなくなるまで遠ざかったところで、思い切りからかってきたことだろう。


 本当にいなくて良かった。

 ……そう思ったんだが……。


 そういえば、今日この場にはエピスタンの同類と思われる人間が二人もいるんだった。


「ジュリウス様、少しばかりお孫さんをからかっても?」

「もちろんだともピオ君。存分にやりなさい」

「本人を前になんの話をしてるんだ。やめろ! ラスク殿も止めてくれ!」

「ケルシルト殿も身内にこういうのがいるなら分かるだろう。無理だ」

「ここに味方はいないのか!」


 思わず頭を抱えてしまうも、誰も止めるやつはいないのである。


「では僭越(せんえつ)ながら、コホン」


 もったいつけて咳払いしてからのおちょくりとか、アムディを思い出す!

 そういえば、あいつも人をからかえるタイミングを見かけると全力でからかってくるタイプだった!


 俺の周囲はそんなのばっかりか!!


「や~い、フラれてやんの~!」

「フラれてなどいない! 人聞きが悪いな!?」


 しかし、なんてことを言い出すんだピオは!


「そうか? 明らかにフラれてただろう?」

「お祖父様まで……」

「いやだがなケルス。危ないところへ行くなら自分も一緒に的なコト言おうとして、言い終わる前にかぶせるような形で拒否されたのだぞ? あれをフラれたと言わずになんという?」

「それを言われると……」


 ぐッ、否定しづらいな……!


「ケルシルト殿」

「なんだ、ラスク殿?」

「あなたは彼女に惚れているのか?」

「……ッ?!」


 直球できたな!?

 お祖父様とピオは、むしろその直球を笑ってやがるな……?!


「いや惚れているかどうかは重要ではないが、言っておいた方が良いと思うので言わせてもらうのだが――」

「あ、ああ……」


 真面目そうなラスク殿から、一体なにを言われるんだ……。

 お祖父様やピオみたいなことを言われてしまうのだろうか――そう変な身構えをしている俺だったが、ぶつけられたのは全然違う言葉だった。


「ケルシルト殿は、怒りや殺気の放ち方に注意した方がいい」

「え?」

「ゴード氏を取り押さえていた時、強い怒りの気配がおれにも当たっていただろう?」

「あ、ああ……あの時は申し訳ないことをした。父の顔を見たら、怒りが抑えられなくてな」

「気持ちは分かるが――イスカナディア嬢も怖がっていたのは気づいていたか?」

「…………え?」


 イスカナディアも怖がっていた……?


「ケルシルト殿のそれは、どうにも常人のそれよりも強く、外へと発せられやすいようだ。

 ゴード氏の顔を見る前――図書館のテラスに顔をだした時、ケガをしているピオや転がっているナイフや椅子、落ちている血痕などから、よくないコトが発生したのだと思っただろう?」

「ああ。何が起きているか分からないが、それに知人が巻き込まれていると思ったら、落ち着かなくなってな」


 何が起きているのかはすぐに分からなかった。

 だが、テラスのあの荒れ具合は、明らかに荒事が起きていたのは間違いない。


 そこにケガをしている男と、それを手当てしているイスカナディア。

 どう考えても危険なことが起きていると思って、気持ちがざわついたのは確かなのだが――


「あー……気持ちは分かるんですけどね、ケルシルトの旦那。あの瞬間の冷たい気配は、オレでもわりと恐かったんで、マジで気をつけた方がいいですよ」

「え? いや、別にケガを手当してもらっていたキミに怒ったワケでは……」

「旦那にその気がなくても、冷たい怖さを感じたのは確かですからね。オレも感じてたくらいなんだから、オレの手当をしてくれてたお嬢さんが感じないワケないっしょ?」

「…………」


 そう、なのか……。

 いやしかし、確かにピオが感じていたのであれば、イスカナディアも感じていてもおかしくはない。


 俺が――彼女を怖がらせた?

 その事実に、呆然としているとお祖父様が気遣うように声を掛けてくる。


「ふむ。ケルスよ。当家の教え、覚えているだろうか?」

「教え……?」

「そうだ。うちの家系――というかティベリウム家の人間は、感情起伏がチカラとなって外へと放出されやすい。放出されたそれは、威圧感や恐怖心を煽る作用を持つ。それは理解しているだろう?」

「はい――」


 同時に、うちの一族が気質として怠惰であると同時に、怠惰であろうとしている理由でもある。あまり強い感情をむき出しにすると、周囲を怖がらせたりさせてしまうのだ。

 だから感情の起伏が大きくなりすぎないよう、本能的に怠惰であろうとしてしまう――と言われている。


「――ですが今までは何も……」

「それはそうだろう。アムドウス殿下とフィンジア嬢はお前の幼馴染みであり、ティベリアムの気質についてはお前が口にした上で、理解してくれた者たちだ。当家に勤める騎士や従者なども同様だな。

 しかし、ライブラリアの姫君は違うだろう?」

「……あ」

「気づいたようだな。彼女は当家の気質など知らないし、お前も口にはしておらんだろう?

 ましてやお前は、怒りの感情がもっともチカラとして発露しやすいようだからな。その上で、ゴートの一件まで強い怒りを見せたコトがなかったのであれば、いきなり恐い姿を見せたようなモノだぞ?」

「…………」


 やらかした。

 彼女を、怖がらせてしまったというのは事実のようだ。


「ケルスには、武官よりも文官よりの気質があると分かっていたから最低限の教え方しかしなかったが――やはりもう少し気術(きじゅつ)の制御については教えておくべきだったか」

「当家の秘術と感情に関係があるのですか?」


 ライブラリアに伝わる何らかの秘奥と同じようなものはうちにもある。

 それが、お祖父様のいうところの気術というものだ。


「ある。気術を学び、ある程度使えるようになると、感情に関するティベリアム家の気質が生じやすくなってしまうのだ。その為に、戦闘訓練をせずとも最低限の制御訓練を当主に課せられるワケだが……。

 お前のコトだ、日々の忙しさにかまけ、最低限の制御訓練もサボっていただろう?」


 ……くやしいがお祖父様の言う通りだ。実際、最近は全然訓練をしていなかった。

 今度イスカナディアとあった時には、謝罪しなければならないだろうな。


 はぁ、しかし。

 なんというか、イスカナディアに対しては謝罪してばかりじゃないか、俺?

 そう思うと、何とも自分が情けなくなってくるよ……。


「ジュリウス殿。我々の前でそのような話をしてもよいのですか?」

「構わぬよ。公言はしておらぬものの、特段秘匿しているものでもないからな。誰も探りを入れてこぬだけよ」


 ラスクからの問いは、お祖父様の言う通りだ。

 実際、当主である俺やお祖父様はもちろんだが、当家の信用における騎士たちには、気術を教えている。


 触りを覚えるだけでも身体能力の向上効果が認める気術だ。

 そのおかげで、この屋敷にいる騎士も、領地の騎士たちも、王家の騎士や他家の騎士と比べても、シンプルに強いのだ。


 気術というアドバンテージは、戦力差を覆すに足るものがある。

 そしてこの国で気術について知っているのは当家ティベリアムだけ。

 ――まぁ知識だけならライブラリア家にもありそうだが、イスカナディアが魔法を使えることを思うと、体得しているということはないだろうが。


 ともあれ、そういう意味では、当家は王家を含む他家に対して武力制圧しやすいのだ。


「それに大陸中を回っているであろう貴方がたのコトだ。

 似たような技術をもつ一族や、国なども知っているだろうからな。隠したところであまり意味はなさそうだと判断した」

「まぁ実際、気術はいくつかの武術流派では奥義として扱われているし、とある国では魔法よりも気術の方が主流だったりもしますからね」


 そうか。ラスクたちはそもそも気術について知っているのか。


「ラスク殿やピオは、気術を使えるのか?」


 ふと思って、そう訊ねる。

 だが、二人は揃って首を横に振った。


「気術と魔法。根幹は人の生命力に根ざすチカラという点では同じなんですがね。

 気術で利用しているチカラ――その名の通り『気』なんて呼ばれてますが――。それは魔力とは別口らしい上に、水と油のように混ざらないんですわ」


 ピオの解説に、俺は理解が及びうなずく。


「そうか、つまりはある程度まで魔法が使えるようになってる人間には、そもそも体得が困難なのか」

「そういうコトだな。

 それに儀式やキッカケ次第で即座に沸き上がる魔法と異なり、気術は鍛錬で身につけられるチカラではあるが、一方で指導者がいないと自力で辿り着くのが困難なチカラでもある」

「教える者がいないと、覚えづらい技術であると言われれば、そうだな」


 俺がラスクの解説に納得していると、お祖父様は小さくうなった。


「ううむ。魔力と反発するというのは知らなんだな。

 そうなると、魔法と気術の同時発動などは、存在しえぬのかね?」


 お祖父様の言葉に、ラスクとピオは顔を見合わせたあと、とても苦そうな、理解しがたそうな顔で、うなずきあう。


「いるにはいるのですが……。

 反発するのであれば、そもそも混ざらないように制御すれば良い――という理屈っぽいようで、冷静になってみるとただの脳筋のような理論で成立させた老人が」

「あのジジイども、結果として右手に魔法を纏い、左手に気術を纏って大暴れしやがってましたね……」


 恐らく実物を目の当たりにした二人であっても、理解しがたい光景だったのだろう。

 思い出しながら語る目が、遠くを見ている――


「ん? ジジイどもと言ったか? 一人じゃないのか?」

「ああ。兄弟なんだ。兄弟そろって、同じ理屈で習得していた」


 世の中には、とんでもない兄弟がいたものだ。


「そうだ。元騎士団最強の兄弟はどうでも良いのだが――先ほどのゴード氏に関して、少し気になっているコトがある」


 元騎士団最強の兄弟というフレーズも気になるが、父のこととなるとそうも言ってられないな。


 俺もお祖父様も、ラスクへうなずいて先を促す。


「何らかの魔法に覚醒しつつある兆しがあった。本人を前に口にすると、それがキッカケで本格的に覚醒する可能性があるので黙っていたのだが」

「言われてみると、確かに僅かなだけど妙な魔力の流れはあった気が何となくするが……良く気づいたな、ラスク」

「おれの魔力で作った風の動きに、彼の周囲では常に僅かな違和感を覚える挙動をしていたからな」


 ラスクはピオにそう答えてから、改めて俺とお祖父様を見る。


「強い思いや感情がキッカケとなる魔法は、その精神が反映された妙な属性になるコトが多い。ましてやあの男の感情から生じる魔法だ。

 覚醒してしまったら絶対にロクなモノにはならないだろう。拘置するにしても十分に注意しておいた方がいい」


 真剣な表情のラスクに、俺もお祖父様も礼を告げた。


「魔法の知識の薄い我々への助言、痛み入る」

「本当にありがたい助言だ。その助言のない状態で覚醒されていたと思うとゾッとせん」

「我が国ももう少し魔法について知識を増やした方が良いかも知れませんね」


 出て行った時点で迷惑なのに、戻ってきても迷惑だし、拘束しても迷惑とは、本当にロクな父ではないな。

 言祝(ことほ)ぎの宴まで時間はないが、宴前にどこかで、アムディとフィンジア、そしてイスカナディアを交えた情報交換はしておきたいところだ。


 ついでに、その時にも、威圧を浴びせてしまったことを詫びなければ。



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