62冊目 お忍びする者とされる者
王族らしい雰囲気の名乗りのあと、その気配が霧散して、偉そうだけどどこかお人好しな雰囲気の平民っぽい顔で笑う。
「だが見ての通り冒険者として諸国漫遊中ゆえ偽名を名乗らせてもらっている。必要な場面以外では、ラスク・トールで通させてくれると助かる。
そうでなければ、身分を伏して旅をしている意味がないからな」
その横にいたピオさんも姿勢を正した。
「大将が名乗るなら、オレも名乗りましょう。
フラスコ殿下護衛筆頭騎士ピオーウェン・イルガ・エチオニアスと申します。以後見知りおきを」
ビシっと名乗る姿はまさに騎士だ。
……そう思った矢先、へにゃっと顔と態度を崩して笑う。
「大将同様に、オレも基本的には冒険者のピオで通してるんでよろしくたのみますわ~」
そのへらへらとした軽薄な態度が、エピスタンと被る。実際のところ女好きを含めて同類なんだろうけど。
「それと、この場にはいないんですけどね。
旦那の嫁さんのティーナこと――コンティーナ・カーネ・ルチニーク嬢と、従者筆頭のブルこと――ブラーガ・ジール。
その四人で旅をしてるんです。ご招待頂いた宴にも四人で出るんでよろしく頼みます」
にへらっとピオさんが口にしたけど、さらっとティーナさんの本名も出してきたな。貴族籍を失っている割には三節名をもってるっぽい。
東側であっても基本的に平民は二節名だし、貴族籍を失ってるのだから、家名は名乗れないはず。
うーん、謎は深まる……。
まぁ聞いたところで教えては貰えないだろうし、気にしなくていいか。
あと、まだブルさんとやらには会ったことがないな。どんな人なんだろ?
それにしても、ティーナさん含めて、この人たちはオンオフがハッキリしてる感じだ。
長いこと旅をしているそうだし、その辺の切り替えに馴れているのかも。
うーん、すごいな。このくらいの切り替えを出来るようになると便利そうだ。
「お嬢様も人のコトが言えないくらい貴族の顔と平民の顔の切り替えお上手ですからね?」
「エフェって人の心読める?」
「お嬢様が分かりやすいだけです」
私とエフェが小声でそんなやりとりをしていると、さすがに想定外の相手だったらしい、ジュリウス様とケルシルト様が慌てて挨拶をしていた。
「よもや、東部諸国から訪れている王族の方々を我が国の面倒事に巻き込んでしまうとは……本当に申し訳ございません」
「そのような方とは知らず、失礼な態度を……」
そんな二人に、ラスクさんは苦笑しながら軽く手を振る。
「気になさらないでください。こちらが冒険者と振る舞っていたのです」
それから言葉遣いも態度も、貴族に対する平民の姿勢でラスクさんは笑った。
「そんな我々に礼を尽くされていては、お忍びなど出来なくなってしまうではありませんか」
付け加えるようにピオさんもどこか皮肉げな感じの笑みを浮かべる。
「そうそう。お忍びする貴族って、貴族らしい態度を隠しきれずにバレるコトも多いですが、同じくらいバレた時の周囲の態度の変化で隠しきれなくなるコトもありますからねぇ」
あ。それは分かる。
バレた時に、咄嗟に人差し指を口元に当てたりすると即座に理解してくれる人とかならいいんだけどね。
そういう機微がピンと来ない人は、貴族対応してきたりするのよ。
こっちは平民の装いをしているっていうのにね。
「ジュリウス様は特にお忍びが好きそうですし、わかるでしょう?」
「ピオーウェン殿……いやピオ君にそれを言われるとな」
ジュリウス様は苦笑してから、ケルシルト様へと視線を向ける。
それを受け、ケルシルト様も似たような顔で苦笑した。
「ええ。言わずとも分かっていますよ。女遊びは苦手ですが、お忍びで食道楽はしてますからね」
なるほど。ケルシルト様は食道楽か。
そりゃあ、踊るサウリーパーク亭みたいな良いお店を知ってるワケだ。
「さて、ご納得頂けたところで、冒険者らしく報酬の話をしたいのですが?」
茶目っ気のある顔でラスクさんがそう口にすると、ケルシルト様もうなずく。
「捕縛と拘束の手伝いの報酬。そう言えば額を決めてなかったな」
「そうなのか? ならば、旅の話も聞きたいコトだし、客間へと案内するとしよう」
ジュリウス様も乗り気だ。
「麗しき黒姫はどうするかね? 今代の美しき姫君との語らいにも興味はあるのだが」
だからそんな仰々しく呼ぶのやめて! なんかすごい恥ずかしいから!
いや、さすがにそれを口にするのはためらいがあるから言わないけど!
「お誘いありがとうございます、ジュリウス様。
ですが――ゴート様の発言が少し気になっていますので、私はライブラリアの人間らしく調べ物をしたく思います」
「ふむ。そうか……あの馬鹿が迷惑を掛けるがよろしく頼む。そして厚かましくて申し訳ないが、共有できそうな内容であれば教えて頂きたい」
「もちろんです。ただ内容次第では陛下や、王国騎士団長などとも共有するかと思いますが」
「無論、構わぬ。警備や治安の話になるだろうからな。しかし、図書館からそのようなところも分かるのかね?」
「いえ。図書館では分かりませんよ。なので手っ取り早く、王都の日影町。路地裏のメインストリート。マフィア通りなんて呼ばれている、治安の悪い地区にでも顔を出してきます」
私がそう告げるなり、ケルシルト様が目を見開いた。
「待て! そんな危険な場所に行く気か? それなら俺も一緒に……」
「すみません。ケルス様が来るとかえって上手くいきそうにないのでご遠慮ください」
「え」
ケルシルト様が全てを言い終えるより先に、かぶせるように答えてしまった。
「さっきのお忍びの話じゃないですけど、裏社会の方々は表の人間に敏感です。
ある程度、裏社会に溶け込めるお忍びスタイルを持つ私はともかく、ケルス様は無理ですよね?」
「いやそれは……」
こちらの問いに答えあぐねるケルシルト様。
「ちょっとした仕草や、言葉尻――そういうところでバレますもんねぇ」
話を聞いてたピオさんは納得してくれているようだ。
「うちのお嬢はその辺の擬態が上手いけど……ケルシルトの旦那はそうじゃないでしょ?
倒れてる人、理不尽な暴力――そういうの見て見ぬフリとか我慢とかできます?
あるいは、そっちのお嬢さんが客を取らずとも娼婦のマネをしたり、見知らぬ男に愛人にならないかとベタベタ触られたり……そういう姿を見て、黙ってられます?」
「……前者はともかく、後者は無理だ……」
「なら、やめた方が無難ですよ、旦那。
そっちのお嬢さんのコトを守りたいと思うなら、一緒に行かない方が安全だ」
「……イスカは、そんな風に振る舞うのか?」
「しませんけど」
まぁ確かに、ティーナさんなら娼婦のフリや、愛人に誘われながらベタベタ触られた時にも笑顔で躱したりできそうだけど、私には無理だしな。
娼婦のフリはともかく、ベタベタ触ってくるやつがいたら、魔本呼び出して強化した拳をぶちかましかねん。
「しないのか?」
ケルシルト様の頭の周りに疑問符が飛びかっている。
ピオさんとラクスさんは、むしろ探るような視線だ。
ジュリウス様は――あれは、孫が小娘に翻弄されている感じを楽しんでるだけっぽいな。
「して欲しかったですか? 娼婦のフリとか、愛人の誘いを我慢したりとか」
「して欲しくはないが……いやだが、必要なのだろ?」
「潜入の仕方によっては必要ですけど、私のやり方には不要ですし」
私がそう答えると、ケルシルト様はピオさんに非難がましい視線を向ける。
「とはいえまぁ、ケルス様。
ピオさんの言っていたコトも間違ってないので、不満そうな視線は向けちゃうようならダメなんですって」
「むぅ」
なんか子供みたいにうめいたな。ちょっと可愛いと思ってしまった。
「筋を通す……あるいは、筋を通させる手段があるんだな?」
「はい。ラスクさんの言うとおりです。ただやっぱり裏社会なりの話の通し方なので、ピオさんが言う通り、裏社会の空気に眉を顰める気配を放つような人は連れていけません」
私だって内心思うところはある。
だけど、王都であれ領都であれ、そこの主が潰し切れてないような連中を相手取るワケだ。
犯罪組織というだけで見逃すわけにはいかないが、王侯貴族が手を出し切れないなら、利用して役立てた方がマシという話である。
「ふむ。これは諦めた方がいいぞケルシルト。我々では手が出せぬ領域だ。
やり方は違えど、犯罪組織を利用して情報を集める――という手段は、我々とてやっているのだしな」
「ジュリウス様。言ってしまって良かったのですか?」
「ここにいる者たちはこの話を悪し様に利用するコトはなかろう。
少なくとも、その犯罪組織とやらの利用方法を理解している者だけが集まっている以上、同じ穴のムジナと言っても過言ではあるまい」
いやはや、ジュリウス様は怪物って感じだな。
今の会話のやりとりだけで、その辺りを見抜いて、繋がりを表に出しつつ釘を刺してきた。
「孫もなかなかやれているが、清濁併せ呑むのに、貴族としての濁はともかく、人間としての濁は足りてなさそうだ」
「…………」
ケルシルト様は憮然とした顔をしているけど、特に反論しない辺り自覚があるのかもしれない。
「話もキリが良いようなので、私はこの辺りでお暇させて頂きますね」
「うむ。気をつけていきなさい。機会があれば、少しばかり話をしたい。老人の暇つぶしに付き合ってくれるようなら、声を掛けてくれ」
「はい。ジュリウス様、気に掛けて頂きありがとうございます。ラスクさんとピオさんも、また後日に」
「ああ。つまらぬ男の妨害などに負けるような国ではないところを見せるがいい」
「そういう言い方するんじゃないよ大将。まぁ当日も多少の面倒ごとなら気にしないから、やれるだけのコトをやっとくのは悪くないんじゃないですかね」
わざとらしく不遜な言い方をするラスクさんと、それを嗜めるピオさん。
彼らなりの応援なのだろう。
「ケルス様も、また後日に」
「……ああ」
「情けないぞ孫よ。美しいお嬢さんに、また今度と笑いかけられているのに、ふて腐れた顔で返すなど……貴族どころか男の風上にもおけん」
なんだろう。ジュリウス様の前だからか、ケルシルト様が妙に子供っぽい気がするな。
これはこれで、なんとも言えないおかしさというか可愛さを感じてしまうんだけど。
「お祖父様の言う通りだな……すまない、イスカ」
はぁ――と大きく息を吐いてから、ケルシルト様は真っ直ぐに私を見る。
「君が危険な場所に行くと思うと、どうにも気持ちが落ち着かなくてな。うちの汚点も関わっているというのに、変な態度になってしまった。気をつけて行ってきてくれ」
きらきらと輝くような笑顔で、そう告げられた。
こちらを気遣うような、仕事へ向かう私の背を優しくおしてくれているような、嬉しいのにどこかむず痒くて落ち着かない気分になる。
でも、それがなんだかとても嬉しい。
自分でもよく分からない、だけど間違いなく良い感情だと思う。
だから――
「はい。気をつけて行ってきます」
――送り出してくれるケルシルト様の不安が少しでも晴れますようにと、馴れない笑顔を浮かべて返事をした。
なにやら、ケルシルト様は固まってしまったけれど、ちゃんと笑えてたよね?




