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61冊目 落ちぶれ婿とお忍び王子


「戻ったか、ケルシルト。あまり仕事をサボるのは感心しないが……む? ずいぶんと大勢の客を連れてきたものだ」


 ケルシルト様のお屋敷に入ると、見慣れないご老人がいた。


「お祖父様、来ていたのですね。少し捕り物に出ておりまして。協力者に同行していただいたんです」


 どうやらケルシルト様の祖父――先代公爵のジュリウス様のようだ。


「捕り物?」


 ジュリウス様の容姿はあまりケルシルト様と似ていない。ケルシルト様は父親似なのだろう。銀髪だけは、お祖父様譲りかもしれないけど。


 一番の違いは、細面なケルシルト様と異なり、ジュリウス様はお年を召してなお、衰えを感じないガッチリとした体躯をしていることか。


「……なるほど。小物相手にしては大仰だが、成果は確かなようだ」


 そして、ケルシルト様が捕り物と称し、捕まえてきた相手の顔を見て、ケルシルト様そっくりの鋭くて冷たい声を眼差しを見せた。


 でも、ケルシルト様のそれと違って、私は何も感じない。

 その辺り、睨み方や怒りのぶつけ方の馴れのようなものの差かも?


「色々と悪意の多い手管を多数取りそろえていたようですので、知り合いの冒険者に頼んで拘束してもらっています。解放すると何をするか分からないので」

「紐で縛っておくだけでは安心できないワケか」

「ええ」


 ケルシルト様がうなずくと、ジュリウス様はそうか――と小さく漏らしたあとで、私を見た。


 冷たくも恐くもない。

 強いて言えば、歴戦の王侯貴族――陛下や宰相などと対面した時の空気を感じるけど、それと比べると緩い。


 ただ、さすがに長いこと公爵家当主を勤めたことのある人だ。

 こうやって見られているだけで、なんとも得たいの知れない威圧感がある。


「そちらの麗しき黒のお嬢さんも捕り物に?」

「いえ、彼女はむしろこの男に目を付けられていたので」

「そうなのかね?」


 ジュリウス様に尋ねられ、私はうなずいてからカーテシーを一つ。


「お初にお目に掛かります。ライブラリア家長女イスカナディア・ロム・ライブラリアと申します。以後、お見知りおきを」

「おお! やはりライブラリアの姫君であったのか。その美しき黒となれば、そうだろうとは思っていたが――いやはや歴代の黒き姫君たちもまた美しかったが、今代も同様かそれ以上に美しいな」

「きょ、恐縮です……」


 なんかめっちゃ褒められたんだけど!?

 ……って、社交辞令か。そうだよね。落ち着け私。


「おっと、名乗ってなかったな。

 ここの先代当主ジュリウス・ファサード・ティベリアムだ。よろしく頼むよ。美しき黒曜の姫君」

「は、はい……よろしくお願いします」


 うひー、やめて!

 なんか堂々と容姿を褒めるようなこと言われると、謎に照れちゃうからやめて!


「お祖父様、女性とみるやとりあえず声を掛けるのやめません?」

「何を言う。女性であればまずは容姿を褒めるのが普通であろう? 容姿を褒められて気を悪くする女性など、そう多くはないのだからな。そうだろう?」


 ……と、ジュリウス様が声を掛けたのは、ケルシルト様のお父様――ではなく、それを拘束しているピオさんだ。


「ふん。女など……」

「あ。おたくに聞いてるワケじゃないと思うんで黙ってて貰えます?」

「ぐあ」


 拘束しているピオさんが何かしたのか、ケルシルト様のお父様がうめき声をあげる。


「……と、失礼しました。どうして自分にそのような質問を?」

「同類であろう?」

「否定はしません」


 ニヤリとジュリウス様が笑うと、ピオさんもニヤっと笑い返した。

 それをケルシルト様とラスクさんは冷ややかに睨んでいる。


 ……こういう時、私はどういう反応をすればいいんだ?


「この手の祖父を持つと大変でしょうな、ケルシルト殿」

「そうなのです。その手の旅仲間を持っている貴方もなかなかでは、ラスク殿」

「全くです」


 やれやれと、お互い嘆息を漏らし合う。

 結構、気が合いそうだなこの二人。

 

「女好きな話はさておくとしてだ。ライブラリアの姫君がどうして、うちの汚点に目を付けられておいでかな?」

「ややこしいのですが、私に対して敵意を持つ者が、そちらの――えーっと……」


 そういえば名前を知らないな。

 名前が出てこなくて困っていると、ジュリウス様が教えてくれた。


「その馬鹿の名であればゴートだ」

「ありがとうございます。当家の秘奥を知りたくて仕方ないお馬鹿さんが、そっちのお馬鹿さんに依頼をしておりまして」


 大馬鹿者のゴートさんね。覚えた。


「どのような内容か伺って良いかね?」

「当家の秘奥を知りたいから聞き出して来いって話みたいですね。

 私が図書館で読書中、お馬鹿さんが声を掛けてきまして……暴力を振るわれたり、図書館に火を放たれたくなければ教えろ、と」

「なるほど。うちの汚点が迷惑を掛けた」

「あまりお気になさらず。そちら事情とこちらの事情が重なっただけに過ぎませんので」


 実際問題、関わりたくて関わったというワケではなく、向こうから近寄ってき大馬鹿者がケルシルト様の関係者だったというだけだ。


「しかしその重なり方は偶然とは思えぬが……」


 小さく口にし、やがてジュリウス様は何かに納得したように一人でうなずく。


「なるほどな……いにしえの密約を持つ家に不満を持つ、反密約同盟と繋がりを作っていたというワケだな」


 困ったものだとボヤきながら、ジュリウス様はヒゲをなで、小さく息を吐いた。


「ともあれ、その馬鹿は当家の騎士たちが引き継ごう。常に複数人いた方がいいだろうな」

「ええ。何をしてくるか分からないので最低二人、いえ三人は付けておいた方が良いかと」


 ジュリウス様とケルシルト様はうなずきあう。そして即座に騎士たちを呼んだ。


「はッ! オレをどうにかしたところで、もう止まらねぇ……。

 王族主催の何かめでたい宴が近々あるんだろう? すごいゲストを迎えるらしいが、ゲストともども酷い目に遭わなきゃ良いな?」


 下卑た笑いを浮かべるゴートさんに、私は大きく嘆息した。

 そのゲストに拘束されてるんだよなぁ……この人。


 なんて思っていると、そのゲスト大本命であるラスク殿下がゴートさんに問いかける。


「調子に乗ってるところ悪いが、そのゲストが魔法使いである可能性は考慮してあるか?」

「は? 魔法なんざあったところでどうにかなるとは思わないがな」

「そうなのか? なら、魔法に対抗できる古代の魔心具でも使うのか? それとも、数にあかせた乱暴な襲撃か? なんであれ、魔法をナメているのであれば止めるコトをすすめるがな」

「所詮、火を(おこ)したり、そよ風を吹かせたりする程度のコトだろ? その程度なら魔心具あれば誰でもできる。偉そうな態度を取れるほどのモノでもないだろうが」

「その魔法にやられて拘束されているお前が言う辺りに説得力というものが欠けていると思うが……まぁお前がそう思っているのであれば、それでいい」


 これ以上は時間の無駄だ――とばかりに、ラスクさんは(かぶり)を振った。

 そのやりとりを見ていたケルシルト様とジュリウス様も、疲れたような様子だ。


 ややして、この家に仕えている騎士たちがやってきて、ゴートさんをピオさんから引き継ぐと、どこかへと連れていった。


 まぁ大きい家にはだいたい簡易的な牢屋だったり、幽閉部屋とかあったりするから、そこへ連れていくのだろう。


「なんというか、一般人すら魔法を使える東部諸国出身のゲストである――ってコトの意味を理解してない感じでしたねぇ」

「まったくだ」


 私がしみじみと口にすると、ケルシルト様も大きくうなずいている。

 ケルシルト様もフィンジア様という知り合いがいるので、魔法一つでどれだけ戦力差が覆るかをよく知っていることだろう。


「今度の言祝ぎの宴には、そのようなゲストが来るのか?」

「あ、はい。表向きはゲストの公表はしておりませんが、お忍びで諸国漫遊をしており、たまたま我が国に滞在中であった東部の王族がお見えになられる予定です」


 ジュリウス様の疑問にケルシルト様がそう口にしてから、何か違和感でも覚えたのか首を傾げ、ゆっくりとラスクさんの方へと首を向ける。


「なるほど。知人の冒険者ではあれど、その正体をお前は知らなんだか。

 しかし、いっぱしの冒険者が知るよしもないだろう話を知っているのは気になるな?」


 うむうむ――とうなずきながら、好奇心に満ちた瞳を向けるジュリアス様。


 その視線を受けて、少しばかりバツが悪そうに頭を掻きながら、ピオさんはラスクさんに訊ねる。


「どうするんです、大将?」

「迂闊なコトをしたのは認めるが、あの確認は我々にとってもケルシルト殿やイスカナディア嬢にとっても必要なモノだっただろう」

「そりゃそうなんだろうけど」


 あー……そうか。

 迂闊なことをしたのは、むしろ私たちの為だったのか。


 何とも言えない空気が蔓延する中で、おずおずとエフェが手を挙げた。


「あのー……こんな状況なので、むしろ気になってコトを確認したいのですけど……」

「どうしたのエフェ? 確認したいコトってラスクさんたちに?」

「はい」


 いいですか? とジュリアス様、ケルシルト様、ラスクさんに視線で問う。

 それに三人ともうなずいたのを確認してから、エフェに質問するよう促す。


「もし間違いでなければ、なのですけど……わたしが従者教育の為に留学していた国があるのですが」

「イスカナディア嬢の侍女は、我が国の従者教育機関エクセレンスの卒業者なのだな。最終成績を聞いても?」

「最難関を突破させて頂きました」

「ほう。異国出身の最難関突破者となると限られている。

 おれが覚えている名としてはファデラ・アイン・パルプナップとエフェ・ソトス・ゼノドスの二名だが……」

「はい。エフェ・ソトス・ゼノドスがわたしです」

「そうか。君にとっては今更かもしれぬが、国内でも突破者の少ない最難関コースを突破しての卒業だ。おめでとうと言わせてくれ」

「恐れ入ります」


 いや待って。

 エフェってそんなすごい経歴もってるの?


 なんでそんな人が、どこのお屋敷にも雇って貰えずにフラフラしてたの!?

 あまりにも誰にも雇って貰えないからって図書館や、市井のパン屋さんとかでバイトしてたらしいんだけど、ありえなくない??


「あのさ、ラスク。最難関ってアレっすよね? 従者やメイドをクビになっても騎士とか諜報員とか殺し屋として各所でいくらでも再雇用されだろうってくらい何でもできるようになっちまうっていう」

「それであってるぞ、ピオ。並の騎士ですら根を上げるほど過酷らしいしな」


 いや、どんな従者教育だよ!


「騎士すら根をあげる従者教育とは?」


 私が思っていたことを、ケルシルト様が思わずといった様子で口にした。

 そりゃあ、思うよね!


「詳細は知らないのだが、いざという時に主を守る為の戦闘技術や情報収集、最悪は主のために他者を殺めるコトを躊躇(ためら)わないようにする為の教育などもされるらしい。まさにオールワークスメイドや、オールワークスバトラーを作るための機関だと聞いている」

「オールワークスとはそういう意味ではない気がするのだがな??」


 ジュリウス様も目が点になっている。

 でもわかる。気持ちはわかる。


 だけど、心当たりある! めっちゃある!

 さらっと情報集めてきたり、さらっと暗殺しましょうか? とか提案してきたりするもんねエフェは。


 私の護衛を兼ねてるのも当たり前のようになってきてたけど、考えてみたら従者の仕事じゃあない。


 ガチですごいところで勉強してきたんだな、エフェ。

 ますます私にはもったいなくない?


 いや、ますます誰にも渡したくなくなったけどさ。


「……と、すまないな。君の話の途中だった。それで確認したいコトとはなんだ?」

「えっと……その――わたしの覚え違いであった場合、大変失礼になってしまうのですが」

「構わん。なんだ?」

「見間違い、見当違いなどでなければ、貴方は――貴方様は、ドールトール王国の第一王子フラスコ・ロップ・ドールトール様であらせませんか?」

「エクセレンス最難関突破者ともなれば、そう隠し事は出来ぬな」


 エフェの問いに対して、ラスクさんは肯定し、その雰囲気を冒険者から王族のそれへと変えながらうなずいた。


「その通りだ。おれはフラスコ・ロップ・ドールトールで間違いない」

 だが見ての通り、冒険者として諸国漫遊中ゆえ偽名を名乗らせてもらっている。必要な場面以外では、ラスク・トールで通させてくれると助かる」


 その名乗りに、ある程度の高位の貴族であると想定していただろうケルシルト様とジュリウス様も、さすがに驚いたような顔をした。


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