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60冊目 冷たい公爵と冷静な冒険者


「どういう状況なんだ、これ?」


 妙に冷たい気配を放ちながら訊ねてくるケルシルト様。

 それに少し戸惑い、やや怖さを感じながらも、私は答える。


「えーっと、その……この人の解毒が終わってからでいいですか?」

「解毒? 穏やかじゃないな……だが、そういうコトなら仕方がない」


 そう言って嘆息し、ケルシルト様が落ちているナイフに手を伸ばそうとした。


「旦那、ストップだ」


 即座に、ピオさんがそれを制する。


「そいつには毒が仕込んである。刃だけでなく持ち手にも。正しい持ち方や手順で触らないと、持ち手から毒針が飛び出してくるみたいでね――オレも、その持ち手の毒にやられちまったんですわ」

「……随分とまぁ悪意のあるナイフだ……」


 触ろうとしていた動きを止め、ケルシルト様が不機嫌にうめく。


「イスカ。あそこで取り押さえられている男が、このナイフの持ち主か?」

「はい」


 ふむ――と、小さく息を漏らすと、リーダーさんのところへと向かう。


 それを横目に、私はピオさんにかけていた魔法を終える。


「どうですか?」


 訊ねると、ピオさんは手を何度かグーパーと繰り返してからうなずく。


「まだ痺れてる感じはするけど、痛みはもうないし、しばらくすれば元に戻るだろうって感じもある。すごいな」

「よかった。お世話になった上に旅仲間を女神の御座(みざ)に還してしまったとなれば、ティーナさんに合わせる顔がありませんから」

「貴族らしからぬ義理堅さのレディだな。だけど、そういうのが君の魅力で、武器なんだろうね」


 そう言ってピオさんは笑うと立ち上がった。


「怪我の治癒と、解毒……感謝します」


 それから真面目な声でそう告げると、ビシっとキレのあるポーズをした。

 恐らくは母国の騎士の敬礼なのだろう。


 私も立ち上がって、笑みを返す。


「こちらこそ。守っていただきありがとうございました」


 正直、ピオさんが居なかったらどうなってたことやら。

 本当に、割って入ってくれて助かった。


 私とピオさんが和やかに笑い合っていると、捕らえた男の元へ向かっていたケルシルト様の、とてつもなく険悪で冷たい声が響く。


「……誰かと思っていたら、貴様か」


 底冷えするような凍える声だ。


「この男へ殺意を向けるのは構わないが、おれまで巻き込まないでいただきたい」

「……っ、申し訳ない。つい……」


 あんな声と殺意に巻き込まれてるのに、リーダーさんは平気なんだな。

 私だったら絶対無理だ。


「誰かと思えばケルシルトか。どうだ? オレから奪った当主の座は楽しいか?」

「奪った? 寝言は寝て言え。お前がウチと実家の双方のメンツに泥を掛けながら姿を消した結果だよ。お前がいなくなったから、予定よりも長めにお祖父様が当主を務めたあと、俺に回ってきたんだ。

 それに、そもそもからしてお前が持ってたのは代行権なだけで、正統な当主後継者は最初から俺だ。

 当時、一人娘の母上しか後継者がいなかったから、お祖父様に何かあった時の為に、中継ぎの婿と子供が欲っしたワケだしな」


 私はそれを知っているし、男に説明する必要はない話だとは思うけど、ケルシルト様はわざわざ言い聞かせるように口にした。


 恐らくは、この場にいるピオさんやリーダーさんに解説する為だろう。


 貴族の醜聞という意味ではあまり公言するべきではないかもしれない。だが、あの男に関してはあることないこと口にしそうなので、ここで正しいことを説明しておくことにしたんじゃないかと思う。


「お前が愛人を作って家から姿を眩ませたあと、愛人に捨てられて、裏社会へと転落していったのは確認している。

 堕落していく途中で、ウチと実家に助けを求めたら門前払いされたコトに逆恨みしているというのもな」

「……この男はバカなのか?」

「ああ。大馬鹿だよ」


 思わず――といった様子のリーダーさんに、ケルシルト様は大真面目にうなずいた。


「はッ! 家族だ実家だの、情や絆だの……どれも嘘だったって話だろ!

 誰もオレを助けてくれなかったんだからなぁッ!!」

「自業自得という言葉を知らないのか? 自分のやらかしのせいで、その情だの絆だのが、途切れただけだろう」


 さすがのリーダーさんも完全に呆れている。

 呆れながらも、拘束は一切緩めないところに、馴れを感じるな。


「途切れた後も立ち回りの仕方では挽回できた可能性もあっただろうが、結局お前はより嫌われる方向へ進んだから、さっさと縁が切られただけだ」


 まぁその通りだと思う。


「そもそもからして――だ。

 お前は情だの絆だのが芽生えるコトを、相手にしてやったコトはあるのか? それを気に掛けて相手に手を差し伸べたコトはあるのか? ないだろう? なら、そもそもからして相手と自分の間にそんなものが希薄だったんだ。誰も手なんて差し伸べてくれなくて当然だろう」


 おおう。リーダーさんズバっといったな。

 ケルシルト様もうなずいているので、同意見なのだろう。

 

「あ? 普段、綺麗事抜かしているヤツらは、そんなのを気にしてんのか?

 無償の愛だの、博愛主義だの言ってるくせに結局あるかないかで判断してるとか、やっぱ世間は嘘つきばかりじゃねーか」


 取り押さえられた状態で犬歯を剥きながら、男が喚く。

 それに、リーダーさんは大きく嘆息した。直後に、男が苦しそうな顔をしたので、拘束を少し強めたのだろう。


「今の話をそう捉えたのであれば、お前に足りないのは広い見識ってやつだろう。

 おれのように海を越えてまで旅をする必要はないが、中央山脈の一つでも超えて、東側でも旅してみたらどうだ?

 世界には様々な価値観があって、自分の居場所にいたままでは何も分からなかったと、そう思えるようになるぞ」

「さっきも似たようなコトを言われたからこう言ってやったよ! どうせどこもかしこもオレに優しくねぇ嘘つきばかりの世界だろうが。結果が分かってるような旅なんざ面倒くさくてできるか!」

「……そうか。お前は自分の世界に閉じこもり、閉じこもった先でなおも、目を閉じ、耳を閉じるコトを選ぶか。引きこもりながらも世界を知ろうとし続けているウチの義妹(いもうと)とは大違いだ」


 小さくうめくように息を吐いたあと、リーダーさんは男の顔を思い切り地面に押しつける。

 うめき声をあげる男を無視して、力強く押し込んでいるようだ。


「これ以上、喋られてもうるさいだけだしな。

 ……と、すまない。貴方に確認せずに、やってしまったな」


 リーダーさんの言葉に、ケルシルト様を首を横に振った。

 そして、諦めたような呆れたような声で答える。


「いやいい。貴方とのやりとりを聞いていて十分に理解したよ。コイツにはもう何を言っても無駄だ」

「だろうな。どうする? 騎士にでも突き出すか?

 彼女に秘密を寄越せと迫り、挙げ句に図書館に火を付けると脅していたんだ。罪状はいくらでも作れるぞ」

「姿形は冒険者だが、発想が貴族のそれなんだな」

「祖国に帰ればそれなりの地位にいるものでね。こういう場面に出くわすと、冒険者の顔を貫けず、ついつい余計な口出しをしてしまうんだ。気を悪くさせたらすまない」


 それなりの地位って……。

 ケルシルト様は気づいてないかもしれないけど、その人がティーナさんの旦那さんなんだよなぁ……。


 つまりは、東部の大国の王子様だ。

 少し調べたら、近々弟殿下が王位を継ぐようなので、いずれは王兄殿下という地位になる人でもある。


 ……なんでそんな人がフラフラ諸国漫遊してんだよ!


「冒険者としての貴方にお願いしたいコトがある。当然、報酬も出そう」

「内容次第だな」

「そいつを家まで連れていくのを手伝って欲しい」

「そういうコトなら付き合おう。ピオ?」

「オレも問題ないよ。毒もこちらのご令嬢のおかげで完全に抜けたしな」


 話を振られたピオさんは、回復をアピールするように手を見せる。


「イスカ、悪いけどこれからウチに来れる?」

「あー……」


 訊ねてる風で、強制的なやつだよねこれ。

 ケルシルト様も少しばかり申し訳なさそうだ。


 でもまぁケルシルト様からすれば、話を聞かずにはいられないんだろうけど……。


 エフェはどうしようかなぁ……。


「お嬢様、ただいま戻りましたけど……えーっと、これは――何かありました?」


 即答できずにいると、エフェがタイミングよく戻ってきた。


「そう。何かあったの。それのせいでケルス様のお屋敷に行くコトになっちゃった。馬車の手配を頼んでおいて申し訳ないんだけど」

「そうでしたか。それなら、馬車はどうされます?」

「あー……」


 私が悩んでいると、ケルシルト様が声を掛けてくる。


「イスカ。その馬車、使わせて貰えないかな?」

「えーっと、エフェ?」

「はい。問題ありません」

「だそうです」


 答えると、ケルシルト様は一つうなずいた。


「よし、なら借りるとしよう」


 それからリーダーさんの方へと振り返り、声を掛ける。


「すまないが、君――ええっと」

「名乗っていなかったな。ラスクと呼んでくれ。そっちのチャラいのは、仲間のピオだ」

「ああ。ではラスク。すまないが……」

「まずはコレをその馬車まで連れていくんだな?」

「頼む」


 リーダーことラスクさんとケルシルト様がそんなやりとりをしている間に、ピオさんは例の物騒なナイフに手をかざしていた。


「集まれ」


 その言葉と共に、芝生の土がナイフを包み込むとガチガチに固まっていく。

 そのまま、小さな岩のようになってしまった。


「よし、これで安全に運べるな」


 ピオさんは息を吐き、それを掴む。


「お嬢さん、あとでこれは渡すから、中身は必要な時はさっきの魔法で砂にしてくれ」


 言われてうなずくも、たぶん私じゃ無理だな。


「……あー、私の魔法だと無理かもです」

「そうなの? なら解除できそうな人に心当たり無い? 土とか石とか砂とか使える人なら、簡単にイケると思うんだけど」

「それなら心当たりありますね」


 フィンジア様にお願いすればいいかな?


「良かった。あのナイフは物騒すぎて持ち運び大変だしさ」


 それは確かにそうだ。

 私とピオさんのやりとりが終わったタイミングで、ケルシルト様が告げる。


「それじゃあイスカ。ラスクにピオ。すまないがウチまで頼む」


 そんなわけで、予定外にケルシルト様のお屋敷へと向かうことになったのだった。



本作と世界観を共有している作品

『引きこもり箱入令嬢の結婚』のコミカライズ8巻が本日(2025/05/29)発売となりました٩( 'ω' )و

ご興味ありましたら、よしなにお願いします!

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