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59冊目 東部諸国の冒険者と西部諸国の魔女令嬢


 ピオさんが剣に手を掛けつつ、男と対峙する。

 いつでも抜けるようにしているが、まだ抜かない感じ。


 私も椅子に足を掛けているけど、これを蹴り飛ばすのは向こうが動いてからだ。


「助っ人は構わんが……図書館に火を付けると言っただろ?」

「ハッタリだろ。少なくとも図書館の周囲にも中にも、怪しい気配はなかったと思うしな」


 あー……冷や冷やする。

 私には男の言葉がハッタリかどうかを判断する手段がないからな。


 ……いや、手段はないけど抵抗の意志は見せられるか。


 私は自分の左手に魔本を呼び出し、適当なページを開く。


「その本……どこから出した? いや、それが秘奥ってヤツか?」

「これが秘奥に見えるだとしたら、それは単にお前の知識不足ってだけだよ」


 煽るようにそう返す。

 実際、これはただの魔法だ。


 男もまた魔法に疎い西側諸国(こちらがわ)の人間だからこそ、勘違いをする。


「確かに。秘奥っていうほどのモンじゃないよな」


 横でピオさんもうなずいている。

 東側諸国出身の彼からすれば、この魔本もただ魔法を使うための前段階程度にしか見えないだろう。


 だからこそ、魔本だけ見て、秘奥だと勘違いするような相手を鼻で笑う。


 もちろん、元騎士だというピオさんだって一般人相手にこんな挑発するようなことはしないだろうけど、相手が相手だろうからね。


「おたく、自分自身の世界が狭いな。うちの大将みたいに国を飛び出して世界中――とまでは言わないが、大陸一周くらいはしてみた方がいいぞ。なんなら中央山脈を越えて東側諸国くらいは歩いてみなよ」


 ティーナさんの旦那さんって、王族なのに大陸どころか大陸の外まで漫遊してるの? それはそれですごいな。


「フン。世界なんぞ回ったところで意味などあるものか。

 どいつもこいつもバカばかりなのは、この国だけでも十分理解できた。どうせどこへ言っても俺を愚弄する阿呆しかいないのは目に見えている」

「こっちはそういう態度を世界が狭いって揶揄してるんですがねぇ」


 たぶんもう、あの男にとって理屈じゃないんだろうな。

 拗らせに拗らせたバカの末路というかなんというか……ヘタしたらデュモスもああなりそうだな――想像だけでも嫌になるけど。


「それで、襲って来ないのかい?

 ハッタリがバレて、護衛が増えて、脅しで口を割らせるのも無理となったんだ。そろそろ次の手とか考えがあるなら、その手札……早く切った方がいいぜ」

「…………」

「それとも、オレが思っている以上に考えなしの類いかい?」


 めっちゃ煽るなぁ~、ピオさん。

 いや……わざとか?


 時間稼ぎの意味もあるんだろうけど、煽ってここに釘づけて、襲いかかってくるようならそれを大義名分にして反撃する。


 元騎士だけあって、この状況で自分が出来ることやするべきことを正確に組立てているみたいだ。


 実際、向こうは危害の意志はあれど、武器を抜いてない。

 当事者である私たちはともかく、後から駆けつけた人たちの視点にたつと、私たちが一方的にアイツを攻撃したようにも取られかねない。


 今の情勢や、あいつの性格を考えると、私たちが反撃するやいなや、突然にどこからか思い違いをしながら叫んで回る野次馬とかが現れても不思議じゃないもんな。


 ……ピオさん、そこまで考えて剣を抜かずに煽ることだけに終始してるんだとしたら、相当デキる人だな?


「こっちは人が来るのを待つだけだが、そっちはどうだ?

 ちなみに、オレの仲間がこっちに向かってるのは間違いない。どうする?」

「それこそハッタリだろう? 図書館に来るのは事実かも知れんが、この場所でこんなコトが起きているなど、知りようがないはずだ」


 そう。西側諸国的な考え方ではその通りだ。

 だけど、ピオさんが東側諸国出身で魔法を使えることを考えると、その限りではない。


 なんらかの魔法を用いた遠隔の会話。

 私やあの男に気づかれないように、それを使っている可能性がある。


 そもそもアイツの仲間が図書館にはおらず、火を付けようがない――と断じることができたのも、そのチカラによるものだろうな。


 しかし、魔法という選択肢は恐いな。

 考えるべきことの数が一気に跳ね上がった気がする。


「お前さんがどう思おうが勝手だがね。逃走を選ばなかったのはお前さん自身の責任だ」


 ピオさんがそういった矢先、この場に新たな人が加わった。

 銀髪の、ややワイルドな感じのする美形だ。


 この人も見覚えがある。

 ティーナさんと一緒にいて、彼女にからかわれてた人だ。


「やれやれ。リーダー使いが荒いぞピオ」

「旦那、どうだった?」

「さっきも伝えた通り、いなかった。仲間を使って図書館に火を付けるというのはハッタリだ」


 やっぱり。

 何らかの魔法を用いて遠距離で情報のやり取り合っていたらしい。


「レディ、必要とあらばオレたちであの男を捕まえますけど、どうします?」

「そうですね……周囲に、わざとらしく騒ぎ立てるコトを目的とした仕込み客みたいなのが、いないのであればお願いしたい感じですけど」


 そう告げるとピオさんは小さくうなずき、リーダーさんへと視線を向ける。


 すると、リーダーさんは軽く目を伏せた。直後に小さく風が吹いたと思うと、彼は目を開けて、男を挑発するように笑って見せた。

 

「無用に騒ぎ立てこちらを悪とするようなのはいなさそうだな。

 よしんば居たとしても、そちらの令嬢と、場違いな格好をした野次馬の妄言と、図書館スタッフや利用客がどちらを信じるか――という話になると思うが」


 恐いな。リーダーさん。

 情報のやりとりだけでなく、周囲の人の様子とかも確認できるのか。


 それから、リーダーさんは私に視線を向けて訊ねてきた。


「今のを踏まえた上でどうする? おれの話を信用するかどうかは君次第だが」

「ティーナさんの旅仲間というのであれば信用します。

 それに――このままアイツを逃がすのも厄介そうなので、生け捕りとかお願いできますか? それで問題が生じるようなら、私の名前……いえ、家名で請け負います」

「了解した」


 うなずきながらリーダーさんが浮かべる笑みは、完全に冒険者の笑みだ。

 ……ティーナさんの話が本当なら、この人も王族なんだよな。アムドウス殿下と比べると王族感がないんだけど。


「ピオ」

「いつでも」


 ただ――強いのは間違いない。

 恐らく、魔法抜きでも、単純な戦闘力が二人ともかなり高いように思える。


 同時、二人は私が椅子に足を掛けて、魔法の用意をしていることを理解もしてくれているようだ。


 ならば、まずは男に対して私の圧倒的な優位をアピールしないとね。


「さて……どうするクズ男さん。

 ずっとこちらを睨んでるけど、尻尾を巻いて逃げる気はない?」

「良く言う。この状態で簡単に逃げられるなど、楽観はしていない」


 不機嫌そうにそう言うと、男は懐からナイフを取り出した。


「抜いたな? なら、ここからは正当防衛だ!」


 それを見るなり――


「おらァッ!」」


 ――私は即座に椅子を蹴り飛ばす。


 多少の武を嗜んでいて良かったとこういう時に実感する。


「おてんばがすぎるなッ!」


 私が椅子を蹴るのと同時に、クズ男がナイフを投げた。

 狙いは私――ではなく、椅子と共に踏み込もうとしていたリーダーさん。


 でもリーダーさんはためらわずに、踏み込んでいく。

 同時にピオさんが、飛んでくるナイフに手を伸ばして、刃ではなく持ち手部分を掴んだ。


 ピオさんがナイフを掴むと同時に、リーダーさんの走る速度があがる。


「ちッ!」


 舌打ちして逃げようとする男に――


「砂よ……ッ!」


 ――魔本から、砂の魔法を呼び出して、私は放つ。


 フィンジア様が私に使った拘束魔法だ。

 私の魔本から生まれた砂が鎖のように連なって、男へ向かう。


 砂より先に男に追いついたリーダーさんが、相手を見下すような笑みを浮かべて告げる。


「自分はデキる男のつもりだったのか?」

「クソがッ!」


 リーダーさんは男を追い越し、向き直り、行く手を阻む。

 それでも、男はリーダーさんの横を通り抜けようとして――


「うおッ!?」


 何かに弾かれたように踏鞴(たたら)を踏む。


「なんだ? 急に、風が……!?」

「風に驚いていていいのか。砂に追いつかれるぞ」

「!?」


 慌てたようにこちらへと振り返った男の顔に、砂の鎖がぶちあたり、口元を覆っていく。


「うわっぷ!?」


 口に纏わり付く砂を振り払おうと口元を手で拭うものの、その程度で外れるものではない。


「終わりだな」


 リーダーさんは男の後頭部を鷲掴みするとそのまま足を払って、男と地面をキスさせる。

 めっちゃ痛そうだな……あれ。


「こいつは抑えておく。すまないが、レディはピオの様子を見てくれないか? ナイフを掴んでから様子がおかしい」


 言われて、私がピオさんの方を見ると、彼は片膝を突いて、右手を押さえていた。

 血が出ているだけでなく、右手首から先が不自然に震えているようだ。


「ピオさん!」

「嬢ちゃん、解毒魔法とか使えたりしない?」

「解毒って……毒ッ!?」

「刃に毒が塗ってあったのは分かったんだけど、持ち手を握ると内側から小さな針が飛び出してくるとは思わなかった」

「厄介な仕掛けを……」


 毒づきながら、私は魔本のページをめくる。

 開くページは、サラのも使った治癒の魔法だ。


 自分には使えない代わりに、他者へかけた時の効果は大きいこの魔法には、解毒作用もあったはず。


「解毒作用……効いて……!」


 ピオさんの手に向けて治癒の魔法を使うと、彼は驚いた様子で私を見る。


「本当に解毒魔法とか使えるんだ……っていうか砂の魔法だけじゃないんだ」

「色んな属性の魔法を使えるコトは、別にこの魔法の本質じゃないんで」


 それだけ答えて、私は患部に意識を集中する。

 ピオさんの手の震えが落ち着いていき、血もゆっくりと止まっていく。


「お? おお……? おお! こりゃすごい」


 自分の手を見て、グーパーやりながら、ピオさんが良い笑顔で驚いてくれている。


「まだ完全に治ってないんで、もう少しジッとしててください」

「おっと。すまない」


 でも良かった。

 私のせいでティーナさんの旅仲間が倒れるとか、最悪だったしね。


 安堵したところで、聞き覚えのある声が現れた。


「お前たち、図書館のテラスで何を騒いで……」

「あ、ケルシルト様」

「……イスカ?」


 ピオさんの手に治癒の魔法をかけながら、私が声の主を確認する。


 ケルシルト様はケルシルト様で――


 ピオさんの手を治癒している私。

 あらぬところに転がっている椅子に、ピオさんの近くに落ちているナイフと血痕。

 奥の芝生で、リーダーさんに取り押さえられている男。


 ――テラスを見回しそれらを確認する。


 それから、色々と考えた様子で空を見上げて……ややすると、諦めたように私に訊ねてくる。


「どういう状況なんだ、これ?」


 うん。あまり図書館では見ないような光景だもんね。その疑問はもっともだ。


 ……なんだけど、なんか恐いくらい冷たい声と気配を発してない?



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