57冊目 怪しい人影とおいてけぼり
「フーシアが、東側の旅人と会ってた?」
「はい。あくまで自称のようですけど」
自室で仕事をしていた私は、エフェからの話を聞いて手を止めた。
エフェには以前、フーシアの人付き合いや、その周辺の人たちについて調べるように頼んでいた。
それ自体は一度報告を受けていたので、終わったものだと思っていたのだけど、エフェが個人的に気になるからと、継続的に色々と調べていたらしい。
「それってティーナさんたちのコト?」
「違うと思います。その頃にはまだ滞在されてないかと」
「……いつの話?」
「サラ様も直接の面識はないそうですが……当時のフーシア様の様子などを伺った上での、色々と推測を重ねた予想ですが――魔法を使えるコトに気づいた前後くらい、少なくとも五年以上前かと」
「五年前か」
その旅人が、フーシアの覚醒の後押しをした可能性はある――のか?
「同一人物かは不明ですが、似たような人物と再婚前にもう一度会ってもいるようです」
「本当に東側の人間かな?」
「お嬢様もやはりそう考えますか?」
「偶然と言うには、フーシアと出会うタイミングが良すぎる」
もちろん偶然であることを完全には否定できないんだけど、どうにもな……。
「エフェ、ちょっと急ぎの仕事になるかもだけど、その正体不明の人物について調べられるかな? 可能なら、婚約発表までに」
「かしこまりました。内容問わず、出発の前日までに一度報告をさせて頂きますね」
「ええ。必要なら隠し部屋の使用も許可するから」
「助かります」
本来はライブラリア関係者以外に、単独で使わせるべきではないかもしれない。
けれど、今はエフェにも使ってもらって情報を集めて欲しいくらいだ。
大図書館を使って件の人の思考を覗く――というのはあるけど、それはリスクが高すぎるからね……。
逼迫した状況ならいざしらず、まだ余裕はあるのだから、無理に使う必要もない。
まぁ、無理するにしても使いたくないんだけど。
そうして、数日もすればエフェは報告をしてくる。
……いやまさかこんな短い時間で調べてくるとは……。
もしかして、ティーナさん辺りに対抗意識燃やしてたりする?
最近、情報収集の時に頼ってる面があるし。
ともあれ。
エフェからの報告によれば、正体までは分からなかったものの、その当時に該当するような人が、王都の宿などで宿泊した痕跡は見つけられなかったらしい。
だとすれば、やはりフーシアに接触した人物は東側からの旅人じゃなさそうだ。
それどころか外国の人でもないだろう。
国内の――それも王都住みか、王都までさほど距離のない領地に住んでいる者。
そうでもなければ、フーシアの行動に合わせて動けるワケがない。
それらを踏まえて考えると――
「お嬢様、完全に私見ですが――容疑者としては……」
「ビブラテス家の連中でしょ?」
「お嬢様も気づいておりましたか」
「個人なのか家ぐるみなのかは分からないけど。
フーシアに接触したのは彼女の魔法を目覚めさせたり、あるいはライブラリアへ送り込む為……ってところじゃない?」
「はい。似たようなコトを考えました。もっとも証拠もなにもない話ですけど」
「ええ。警戒はするべきだけど、必要以上に警戒すると無駄骨の可能性もあるわね」
全くもって面倒な話だ。
やれやれ――と私が息を吐いたところで、この話は一旦終わりだ。
「あ、そうだ。お嬢様、今回はどうやって王都に行きます?」
そういえば、それを考えなければならなかった。
とはいえ、フーシアが落ち着いている今ならば、普通の手段も悪くは無いだろう。
「前回のような問題がなさそうなら、通常通りにお父様たちと馬車に乗っていくわ」
自分でもフーシアの状態は確かめておきたいし。
「危険では?」
「承知よ。フーシアがずっと正気とも限らないしね」
エフェが真っ直ぐに私を見てくる。
それから目を逸らさず、真っ直ぐに見返した。
睨み合うような空気の中で、やがてエフェは諦めたように息を吐いた。
「かしこまりました。そのつもりで準備を進めさせていただきます」
「ええ。面倒かけるけど、よろしくね」
まぁもちろん、出発前にフーシアがなんかやらかして、前回同様に出発できず――ってパターンもあるんだけど。
その時はその時だ。
素直に、隠し部屋から王都にいくだけである。
……って、思ってたんだけど……。
「おーいーてーかーれーたー!!」
いや、予想してたとはいえ、本当に置いてかれるとかッ!
「旦那さまも奥様も、全く声を掛けてきませんでしたねぇ……」
しみじみとエフェがうめく。
「いつ出発するとか、そういう情報共有もないし、まさか想定よりも一日早く出発するとか思わないじゃない!?」
「サラ様もミレーテ先輩もびっくりしたそうです。慌てて準備して馬車に飛び乗ったので、お嬢様にお声を掛けそびれたとか」
これはフーシア――魔法人格の方が動いたのかな?
あの男がこんな意味ありげな動きをできるとは思えないし。
「はぁ……仕方ない。ゼル爺とテネサエラに声を掛けて私たちも出発しましょう」
「隠し部屋からですか?」
「ええ。前乗りして、王都別邸の様子を見ておくわ。
最近、顔を出してなかったし、必要だったら向こうも大掃除をしたいし」
最近、王都へは日帰りばっかりだったしね。
「別邸でお休みできなかったらどうします?」
「素直に帰ってくるだけよ」
「公爵閣下に泣きつくとかどうでしょう?」
「却下」
「絶対喜ぶと思うんですけどねぇ……」
「立場的に出来ないに決まってるでしょう」
まったく……。
エフェも何を言ってるんだか。
「必要なモノの用意は?」
「もう出来ております」
よし。
それなら問題はない。
「じゃあ、必要な人に声を掛けたら、王都へ向かうとしますか」
そんなワケで、私はエフェを伴って隠し部屋から王都の図書館へと向かう。
王都の図書館の隠し部屋から出て、本棚迷宮を出てすぐのところの読書スペースでエフェは足を止めた。
「先に馬車を手配してきます。お嬢様はどうされますか?」
「そうねぇ……」
司書の格好はしていないので、時間つぶしに仕事を手伝うのも難しい。
でも、外の天気は良いし――
「本を借りて、テラス席で読んで待ってるわ」
「かしこまりました。では行ってきます」
「よろしくね」
――何となく、子供向けの本でも読みたい気分だ。
エフェと別れると、私は子供向けの絵本や物語が置いてあるコーナーに向かう。
ここって、対象が対象だからか、他の場所と違って明るく可愛い雰囲気になってるの、何かいいんだよね。
そうして棚を物色していると、目についたのは『木箱の中の冒険』。
東部諸国で流行っているという子供向けの冒険小説だ。ここには七巻まで置いてある。
一巻が発売されたのは随分前のようだけど、西側諸国に流れてきたのはここ数年。
聞いた話によると、東側諸国で発売されている最新巻では、世代交代で主人公の子供が主人公となり活躍しているんだとか。
「とりあえず一巻だけでいいか」
王都にある別邸の馬車を取りに行くだけだから、エフェが戻ってくるまで、そんな時間も掛からないはずだ。
このコーナーからすぐ近くにあるテラスへと出ると、私はそこにある席についた。
飲食禁止な場所だけど、外というだけで普段とは違う気分で読書ができる。
穏やかな風を頬に受けながら本を読むというのも良いモノだ。
エフェが来るまでこの穏やかな時間を堪能したい。
……そう思ってたんだけどさ。
「イスカナディア・ロム・ライブラリアだな?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
そこに居たのは見覚えのない男だ。
平民の出入りを禁止していない図書館ながら、明らかに図書館にいるには場違いな気配を纏っている男。
いかにも真人間とは真逆の雰囲気を纏った、それでいて身なりは悪くない姿。そのことから、裏社会の中でもそれなりの地位にいるようだ。
同時に、裏社会の人間の中にもいる本が好きだったり、図書館を好んで利用しているタイプだったりから感じる、私と同類の本好きの匂いもない。
つまり、本物の場違い。
私は、その――見ているとどういうワケかケルシルト様の思い出す男を見、僅かな間だけ様子を伺ってから、小さく息を吐いた。
そして、息を吐いたあとはとりたててリアクションはせず。
特に何事も無かったかのように、私は読書を再開する。
こんな関わっても問題しかなさそうなヤツを相手にするくらいなら、この隙間時間に読書を堪能した方が有意義ってやつよね。




