55冊目 美女からのメモ と 美男からのメモ
とりあえず、領書邸に戻る前に、ティーナさんからの手紙を確認するか。
「お姉様、それは?」
「パンにメモを仕込んだ情報屋さんからの追加のメモ」
もしかしたら、用意した順番的にはこっちのメモの方が先かも知れないけど。
「内容的にはパンに挟まってたメモと同じかな。
今回の情報は個人的に思うところがあってのサービスだって補足は書いてあるけど」
「でも不思議だね? 図書館にメモを残しておいてくれたなら、食事会のパンに仕込む必要はなかった気がするけど」
サラはそう言うけど、私は首を横に振った。
「私たちだけで見るのと、ケルス様やフィン様がいる状態で見るのとは、意味が違うでしょう?」
「そうか。その場で相談できるんだ」
「そういうコト。完全にサービスでやってくれたんだと思うわ」
とはいえ、こんな情報を無料で受け取っちゃうのは心が痛いので、何かお返ししたいところだ。
あるいは、あの人のことだから最初から何か狙いがあるのかもしれない。
サービスとは言っているけど無料とは言っていない。なのであとで何かを請求される可能性はある。
それが、私が支払える範囲のモノであってほしいけど……。
「お嬢様、誰が襲ってくる――とかそういう具体的な情報は書かれているのですか?」
エフェが心配そうに訊ねてくる。
それに、私は首肯した。
「一応ね。エフェは私の護衛も兼ねてるし、あとで共有しましょう。
サラは――まぁサラもいいか。襲撃容疑者が誰か分かってても、本人の前でボロ出したりしないだろうし。
そう考えるとミレーテも平気よね。表情はわりと繕えるだろうから」
なら、ここで共有しておこうか。
私はメモに書いてある容疑者の名前を口にしていく。
正直、有象無象って感じだけど。
男爵や子爵が多いかな。伯爵とかになってくると、当主本人よりもデュモスみたいな、次男三男あたりの連中の名前が挙がっている。
「あの、お嬢様――その方々はお嬢様を襲うコトに何の意味を見出しているのでしょうか」
普段のクールな表情を硬い表情に変えて、ミレーテが訊ねてくる。
それに私は軽く肩を竦めて答えた。
「ライブラリア家の今の当主ヘンフォーンは本当の当主ではない。
正統後継者であるイスカナディアを殺せば、ライブラリア家の当主が空白になる。
そうすれば、ライブラリア家を自分のモノにできるかもしれない。
……って、感じじゃない?」
すると、三人はなんだか難しい顔をして私の顔を見てくる。
「何よ、三人して」
「いや何って言うか……」
「改めて説明されても……」
「理解できないと言いますか……」
「理解する必要がないから大丈夫」
よしんば襲撃とやらが成功しても、ライブラリア家が自分たちのモノになるワケがないんだけれども。
そこに対して謎の希望的というか楽観的というか、そんな観測と思い込みをもって、この襲撃を正当化している連中がいるというのは事実である。
それにしても、ティーナさんは旅の途中で、我が国に滞在しているだけのはずなのに、調べている情報の質と量が異常だ。
王家直属の諜報機関にスカウトされたって話、あながち嘘じゃないんだろうな……。
やばいなー……。
この仕事の貸しがどうなるか不安だ……。
「男爵や子爵が多いのもそういうコト?」
「どうかな。そのうちのいくつかは代替わりした直後でデカいコトしたがってるバカが、伯爵や侯爵なんかからの口八丁で丸め込まれて参加してるだけかもね」
「バックにはもうちょっと爵位の高い人もいるってコト?」
「ええ。その可能性もあるかな」
サラの疑問に、私はうなずいた。
以前、王立図書館の館長が言っていた話が、ここで繋がってくる。
まだまだ青い上に考えなしだから、黒幕だろうやつの手の平の上で楽しくダンスを踊ってるワケだ。
ここらで先代とか家令当たりからお説教されて目を覚ませればいいけれど、耳の痛い言葉を発する身内を遠ざけるタイプの人なら、破滅まっしぐら。そういう意味では分水嶺ってやつよね。
ま、よその家がどうなろうと知ったこっちゃないんだけど。
「黒幕気取りっていうのは、表立って動かないコトも多いからねぇ。
まぁ、今回に関しては黒幕とか関係なく独断で動いている家も多いんじゃない?
食事会の時にも少し話をしたけれど――自分を気に掛けてくれる後援の家の為に、ライブラリアを乗っ取ろう的な勢いのやつは間違いなく混じってる」
「もしかしなくても、黒幕的にも良い迷惑な感じ?」
「どうだろう……。まぁライブラリア的にはどっちであれただ迷惑なだけだから、やるコトはあまり変わらないわ」
「キッチリ分からせるってコト?」
「そ。誰にケンカ売ったか教えてあげないとね」
お父様は温い対応ばかりしていたけれど、今回の婚約式からは正式に私が表に立つ。
ケルシルト様との、個人的なお付き合いが今後どうなろうとも、少なくとも何かあるまでは私がライブラリア家の当主だ。
だから、お父様が温いことばかりやってナメられまくってしまっている現状を変えていく。
その為には、襲撃者たちを徹底的に利用してやるつもりだ。
これにはケルシルト様とフィンジア様も乗り気だった。
二人としても、そういう馬鹿なマネをする国内の貴族は鬱陶しいだけなのだろう。
お取り潰しをしすぎると国力が落ちるから、馬鹿なマネした連中には当主の座を降りて貰ったり、何なりの罰を与えるくらいはするつもりだ。
これに関しては、アムドウス殿下も、国王陛下も乗ってくる可能性が高い。
「あ、そうだ。お姉様。これエピスタン様から」
「あら? 何か貰ったの?」
どうやら、ペタペタとつきまとってる時にメモを受け取ったらしい。
……サラとエピスタンの組み合わせ、ちょっと恐くない?
「とりあえず、サラが広げて読みなさい。受け取ったのは貴女なんだから」
「わかった」
そんなワケで、サラが開いたメモには、だいたいティーナさんから貰ったモノと同じようなものだ。
旅の途中で滞在しているティーナさんよりも、地元のエピスタンからの報告なので、一部の内容はより詳細だ。
「私が正しく当主だったら圧力かけれそうな人もいるけど、今は難しいか」
「そればっかりは仕方がありませんよ。お嬢様が今の状態を望んでいたのですから」
「そうね。だからこそ出来ることをするしかないんだけどね」
小さく嘆息する。
無い物ねだりをする意味は無い。
手札にあるカードで立ち回る。それは別に貴族であるかどうかでなく、人間が今を生きていくのに必要なことだ。
「とりあえず、領書邸に戻りますか」
そう口にすれば、三人がうなずく。
私たちは魔法陣へと足を踏み入れ、領書邸へと転移した。
そうして領書邸へと戻ってくると、隠し部屋から出る前にエフェが私たちを止める。
「奥様が領書邸にお見えになられているようですね……。
お嬢様方が二人揃ってここから出るのは止めた方が良いかと」
エフェの言葉に私たちはうなずく。
「お姉様、先にわたしとミレーテが出ます。
図書館には本を借りてきたというコトにしますので」
「分かったわ。私とエフェは十五分ほどここで待機してるから」
その言葉にサラとミレーテはうなずいて、隠し部屋を出て行った。
二人が出て行って間もなく、エフェは暇なのか軽い調子で訊ねてくる。
「そういえばお嬢様。公爵閣下とのお付き合いはどうするおつもりですか?」
「それって、偽装婚約のあとの話?」
「はい」
まぁこのタイミングで聞いてくるなんて、それぐらいしかないだろうけど。
「正直、自分でも分からないわ。
密約同盟の二家が結婚しちゃうというのは、確かに問題あるからね。
考え方次第では王家よりも権力が高まっちゃって、国が二分になる可能性がある」
「政治的な面ではそうですよね。それに、ライブラリアはどうなってしまうんですか?」
「私が嫁入りしても、ケルシルト様が婿入りしてきても、家の状態がどうなるのか――というのは間違いなくあるわね」
変に密約なんて抱えちゃってるせいで――とは思うけど、密約があったからこそケルシルト様と出会えたワケだから、それを嘆くわけにもいくまい。
「そのコトでふと思ったのですけど……結婚の際に片方の家に中継ぎを出して、お嬢様と公爵閣下が、お子様を二人以上作れば解決しません?」
「どういうコト?」
「中継ぎが当主をしている家に、お子様を養子にだすんです。
そうすれば、血筋的にも問題ないので、密約の後継もできるじゃないですか」
「なるほど。確かにそれは一つの方法としてアリかも」
「その為にはお二人が結婚できた暁には、子作りにいっぱい励む必要があるかもしれませんけど」
「まぁ、そのくらいなら……くらい、……あ。えー……うー……」
こ、こづくり……。
さらっと流してたけど、こ、こづく、り……って……!!
「やはり肌が白いお嬢様は、朱が差すと大変くっきりとしまして、可愛らしいですね」
「エ、エフェ……!!」
うわうわうわうわ!
なんか、官能小説のワンシーンが自分とケルス様に差し替わった文章が、脳裏にめっちゃ湧いてくる……。
あうあうあう……。
うわー!!
エフェのばか~~!!
・
・
・
エフェにからかわれて悶えてしまっていたけれど、なんとか立ち直った私は、隠し部屋から出て自室の前へと向かう。
すると、私の部屋の前でサラが立ち尽くしている。その横でミレーテも困っているようだ。
チラリとエフェの方を見ると、問題ないとうなずいてくれる。
「二人とも、どうしたの?」
「その――」
反応したのはミレーテだ。
けれど、どう答えたものかと、答えあぐねていた。
そこへ――小さく、サラが口を開く。
「母さんが、わたしの知ってる母さんだった……」
「……そう」
私は相づちを打つと、エフェへと目配せをして、自室のドアを開けてもらう。
「ここで立ってても邪魔だから、とりあえず中へ入りなさい」
「……うん」
みんなで中に入り、エフェがドアに鍵を掛けたのを確認してから、私はベッドに腰を掛ける。
それから、自分の横を叩いて示し、サラにここへ来るように誘った。
サラは私を見つめたまま、しばらく何か堪えるようにしていたけれど、やがて顔を大きく崩すと、ベッドの横ではなく私の方へと飛びついてきた。
それを私が抱き止めると、サラは堰を切ったように涙と嗚咽を漏らす。
「わたしの知ってる母さんだったの……! 嫌な感じのない、恐くもない……ここに住み始めたばかりの頃くらいの、母さんだった……!!」
ああ――それは、堪えるだろうな。
「もうどうしようもないなら……! せめて……! って、そう思ってたのに……、あんな優しい顔されて、優しく今までごめんなさいって、謝ってきて……ッ!」
サラの覚悟は、魔法人格に乗っ取られたフーシアを断罪する為のものだ。
本来のフーシアが現れて、しかも言葉を交わせば、揺らいでしまうのも無理はない。
「これからはお姉様と仲良くするのよ――って、まるでお別れの挨拶みたいじゃない……!」
それは恐らく……まるでじゃなくて――私がそう口にする前に、サラ自信も言葉の真意は読み取れているようだった。
「母さんは、自分がもう……断罪されるしかないって分かってるんだ……」
「そうね。そうだと思うわ」
「うっ、ううぅ……あああ……」
零れる涙も拭わず、私にしがみつくように、サラは涙を流し続ける。
私はそんなサラの頭を優しく撫で続けた。
かけるべき言葉が分からない。
それに、これは私がどうにかできる問題ではない。
私に出来ることがあるとすれば、それは――ようやく泣き止みだしたサラへと、問いかけをすることだけ。
「どうするサラ。フーシアの断罪から降りる?」
我ながら残酷な質問をしているな――と思う。
こんなことを口にする自分に、自己嫌悪してしまいそうだ。
「…………おりない」
私の胸に顔をうずめたまま、サラは首を横に振る。
「あのお茶会の時の言葉と覚悟に、嘘はないから……最後まで、やるから……。きっと、それが母さんの為だと思うし」
「そう」
サラは強いな。それにカッコいい。
それはフーシアもだ。
状況を理解しながら、魔法による人格浸食に抵抗しながら、サラを気に掛けている。
破滅の未来を自覚しながらも、サラの為に出来ることや、残せることを、今必死にやっているんだっていうのが、私にも分かる。
その親子愛とも言える感情の向け合いが、私には少し羨ましい。
「ごめんなさいお姉様……お洋服、ぐしゃぐしゃにしちゃった……」
「いいわよ。服は洗えばいいだけだもの」
顔をあげて、申し訳なさそうにしょんぼり顔を見せるサラを撫でてから、私はミレーテに視線を向ける。
「泣きすぎて目が赤いわ。ミレーテ、サラの目を冷やしてあげて」
「はい。準備できております」
「だって。ほら、あそこの椅子使っていいから、やってもらってきなさい」
「……うん」
鼻を啜りながらサラはうなずくと、立ち上がってミレーテの元へと向かう。
その背中を見ながら、私はエフェの名前を呼んだ。
「エフェ」
「はい。お着替えですね。こちらも準備できております」
「ありがと」
ささっと着替えをした私は、サラたちの方へと向き直る。
「ちょっと本邸に行ってくるわ。サラは好きなだけここにいていいから」
「何しにいくの?」
「サラを見てたらね。私も最後の確認くらいはしとこうかな、ってね」
「確認?」
首を傾げるサラに、私は苦笑気味に告げる。
「お父様よ。なんだかんだで家族としての情が無いワケじゃないからさ。
サラほど気合いをいれるほどでもないけど、一応……ね」
とはいえ、お父様には悪いけど、切り捨てることに罪悪感みたいなのは、さほど無いのよね。
「あ、そうだ――エフェ。ケルス様から手紙が届いている可能性があるから、適当なタイミングで一度隠し部屋を覗いておいて」
「かしこまりました」
エフェの一礼を背に受けて、私は部屋を後にするのだった。




