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53冊目 辛辣な妹と愚かな幼馴染み


 食事会の帰り道。

 王立図書館に向かう馬車の中で、サラがぽつりと漏らす。


「……ご飯、美味しかったんだけど、難しい話をしながらだったから、何がどう美味しかったのかよく分からなかったな……」


 とても残念そうに口にするのが可愛らしい。

 でも、その感想はとてもよく分かる。


「それは私も同じ。もうちょっと味わって食べたかった」


 美味しかったのは間違いないと思うんだけど、サラと同じで何がどう美味しかったのかに浸っている時間が全然なかった。


 図書館についたので、御者さんに一声お礼を掛けて降りる。

 サラと共に、図書館に入ると入り口のカウンターにいるお姉さんが手招きをしているのが見えた。


「どうかしました?」

「箱姫の使者から司書姫さまへの預かりモノです」

「ありがとう」


 この符牒(ふちょう)は、ティーナさんとのやりとりに使っているモノだ。

 さっきのメモだけでなく、追加の情報でもあったんだろうか。


 それにしても、特に依頼したわけでもないのに情報くれるのは申し訳ないな。

 ……いや、でもティーナさんのことだから、あとで何かしらの代価を要求されそうではあるんだよな……。


 ともあれ、これは隠し部屋に入ったら、確認しよう。


 受け取った手紙をしまい、サラへと向き直ろうとした時だ。

 背後から、あまり聞きたくない声が聞こえてきた。


「おや? イスカナディアではないですか。引きこもりと噂されている割に最近よく会いますね。何やら着飾っているようですが見目の悪さを誤魔化せていませんよ」


 ――デュモス(クソ野郎)が声を掛けてきた。


 即座に私はエフェへと合図をする。

 その合図を受けて、エフェはミレーテへ。ミレーテはサラへと合図を流していく。


 僅かな間に、合図がサラまで届いたのを確認してから、私は面倒くさそうに気怠げに盛大な嘆息を漏らした。


 それから勿体つけるように振り返り、その顔を見てから改めてわざとらしく嘆息して、告げる。


「顔なじみとはいえ――本当に女性への声のかけ方を覚えない殿方ですコト」


 嫌悪感を隠さずにそう口にすると、それを見ていたサラもだいたい彼にとの関係を理解してくれたようだ。


 サラは悪女仕草で私に尋ねてくる。


「お姉様、誰これ」


 それに対して僅かに面倒くさそうに、けれども良い機会だという演技をしながら私は答えた。


「デュモス・リオ・ビブラテス伯爵令息。よくこうやって私に声を掛けてくるのですけど、先日はそれをティベリアム公爵に咎められ、尻尾を巻いて逃げ出した方ですよ」

「ふーん……」


 興味なさげに、それでいてやや嫌悪感を滲ませた視線を向けて、それで終わりだ。

 サラはそれ以上のリアクションをしなかった。まぁわざとだろうけど。


「君に妹が居ただなんて初耳だが?」

「別に貴方に言う理由なんて微塵もありませんし」


 これに関しては本心。

 本当に私とサラと仲が悪かったとしても、私が彼に報告する理由は皆無だ。

 私個人としても、ライブラリア家としても、そもそもそういう情報をやりとりするような関係じゃないし。


「あまり仲良くはないようだな。どうだ妹君。この姉が嫌いなら嫌がらせの協力くらいはしてやるぞ?」


 楽しそうにサラにそう話しかけた瞬間、サラは嫌悪感マックスみたいな顔で、低く呻くように声を漏らした。


「はァ?」


 その背後には、「何か勘違いしてねぇかこのクソ野郎」という文字が見える。

 たぶん、気のせいではなくサラは本当にそう思っているのだろう。


「そりゃあお姉様と仲が良いとはいえないわ。むしろ悪いと言い切ってもいい。

 でもね。相手のコトが嫌いだろうと、女性に対して――ましてや、こういう公の場所で、あんな声かけをしてくるようなバカとは、もっと仲良くできないわ。

 貴方と仲良くしようモノなら、そういう常識のない集まりの一員扱いされてしまいそうですしね?」


 おお。サラってばバッサリ行くね。

 でもまぁ普段の行いからして、マジでこれだと思う。


 外面が良いのか、困ったことに悪い噂はあまりないのだけれど……。

 それどころか、文官としてはそれなりに優秀で、顔も良いので人気があるらしい。それを聞いた時に、ガチで言ってる? と遠い目になったものだ。


 噂に関しては、さておき――

 ここにいるデュモスは、サラの目の前で、私に嫌味全開な声かけをしているのを見せたのだ。


 そんなやつにサラが好意を抱くわけがない。


「つまり、仲が悪いフリでもしてると?」

「は?」


 思わずといった様子でサラが、顔を(しか)める。


「二人とも着飾っているようだからね。一緒に出かける程度には仲が良いのだろう?」


 勝ち誇ったような顔をしてるなぁ……。

 まぁ私たちが仲が悪いフリをしているのを暴いてやったぜ――みたいな気持ちなんだろうけど……。


 ぶっちゃけ、暴き方が温すぎて私とサラには通用しない。


「はぁ~~……」


 心底から馬鹿にするようにサラは息を吐いて、デュモスに半眼を向けた。


「どんだけ仲が悪くても、うちより身分が上の方から姉妹揃って食事に誘われたなら、断るワケにもいかないでしょう?」


 まぁ嘘は言ってないな。

 フィンジア様から誘われたのだから、爵位が上の人に姉妹揃って誘われたのは間違いないし。


「それに――その方の前でケンカでもしようものなら、ライブラリア家そのものの品位も疑われるのですから」


 そんなことも分からないのか――というサラの蔑んだ目はちょっと、横で見ててもゾクゾクする。

 私に対する悪女の振る舞いはボロが出やすくなってきてるけど、他の人に対してはむしろ磨きが掛かっていってるのかもしれない。


「ああ――もしかして、ええっと、デュモス様でしたっけ? 貴方はご実家からその程度のコトも教えて貰えていないのですか?」


 耳に近いとこの前髪を指でくるくると玩びながら、サラが口に端を吊り上げて訊ねる。

 そんなサラに気圧された様子で、助けを求めるようにコチラに視線を向けてきた。


「……イスカナディア。お前、妹に口の利き方を教えてないのか?」

「親兄弟から女性に対する口の利き方を教えて貰えていない貴方がそれを仰るので?」


 実際は教えて貰っているとは思う。

 外面良いみたいだし、私が関わらなきゃこういう態度は取らないのかもしれない。


 でも、私の前ではこういう態度ばかりを取っている時点で、私からしてみれば立ち回りのなってないクソ野郎でしかないんだよなー。


 私の反論に鼻白むデュモスに、サラが追撃をかけていく。


「わたしの言った言葉に反論が思いつかないからってお姉様に当たるのやめてくださる?

 もしかしてですけど、お姉様なら反論が少ないから、言いたい放題出来るとお思いで?」


 まぁ確かに、私はあまり反撃しないからなぁ……。

 しといた方が良さげな場面ではするけれど、基本的にデュモスと話をするのって時間の無駄だから、無視を決め込んだりおざなりな対応したりが多い。


「……ふと思ったのですが――お姉様。確認したいのですけど、この方に反論とかしてます?」

「必要な場面ではね。でも、基本的に何の意味も無い罵倒ばかりだから相手にするだけ無駄だとは思ってるわ。

 デュモス様の言葉に目くじらを立てる暇があったら、本の背表紙とか、何なら壁や天井の模様でもぼんやり眺めてた方がよっぽど有意義ですし」

「やっぱり! デュモス様って、お姉様のコトを滅多に反撃してこない人形のようにでも思ってたんじゃないですか?

 現実は、今の聞いての通り、単に相手にされていなかっただけ。そろそろそんな自分を憐れんで、自分で自分を同情した方が有意義だと気づくべきですよ?」


 ……サラ、だいぶ辛辣じゃない?

 あれ? もしかしなくても、何か怒ってる?


「ハッ! 口も態度も悪い女の妹だけあって、お前も口と態度が悪いようだな」

「それが決め台詞のつもりなら情けないですよね。

 お姉様は確かに口や態度が悪くなる時があるのは事実です。そも、そもそも貴方に対してそのような口や態度になる理由は明白ではないですか」


 あ。やっぱりサラ、怒ってるなこれ。


「もしかして、気になる相手にちょっかいをかける子供のアレをまだやっているので? 好きな子には意地悪をする的な?

 貴方がいつからお姉様と知り合いかは存じませんが、今になってもまだそれをしているのであれば、もはやお姉様に振り向いて貰える可能性はゼロになっているのですけど、そのご自覚はお有りですか?」


 サラってば、遠回しに、言葉も態度もただのガキにしか見えないぞ――って言ってるな。

 いや、実際に私もそう思うけど。


 しかし、イヤもイヤよも好きのうちってか?

 そんなモノはノーサンキュー。


 ……もしサラが言うそれが本当だったら気持ちが悪いから、しっかりと追加の釘を刺しておこう。


「サラの言うコトはありえないわ。だってビブラテス伯爵家って、ライブラリア家に対して敵愾心(てきがいしん)がとても強い家ですもの。

 デュモス様も心の底から私への嫌がらせをしたいだけで、好意なんて微塵も在るワケありません」


 断言しておく。

 聞き耳立ててるギャラリーも多いっぽいから、周知の意味も兼ねてね。


 この図書館でライブラリア関係者である姉妹にケンカ売ってるビブラテス家の人間って構図――だいぶ危ないけどね。デュモスが。


 館長の爺さん辺りが独断で、デュモスへの本の貸し出しを禁止する可能性もある。


「だとしたらますます分からないわ。

 いくらライブラリアが嫌いだとはいえ、こうもあからさまにお姉様へ攻撃するなんて貴族らしくないもの。何か深い事情や、押さえられない感情があるものだとばっかり」


 それは確かにそう。

 サラからしてみればそう思っても仕方ない。


「本当に嫌いなら、必要な場面以外では無視を決め込んだ方がお互いの為になりそうなものなのに」


 ……っていうか、言われてみれば本当にそうだな。

 なんか会う度に嫌味を言ってくる、遭遇したら諦めるしかない突発的な豪雨や竜巻だと思ってやり過ごしてたんだけど……。


 ちょうど良いから本人に聞いてみよう。


「そこのところ、実際どうなんですか? 会う度に私に嫌味を言いながら声を掛けてくる理由とかあるのなら教えて頂きたいのですけれど」


 それに対して、デュモスは困ったような顔をしてくる。


 ビブラテス家側にのみ伝わっているライブラリア家との確執とかあるなら教えて欲しいところなんだけど……。


 でも、お母様やお婆様の代の出来事を思うと、政治的な対立やら嫌がらせやらはあったけど、デュモスほど直接的なのはなかったぽいんだよな。


 それを考えると、こいつが私にケンカをふっかけてくる理由が全く分からなくなる。

 だからこそ、ここで答えが分かると気が楽なんだけど。


 私とサラが身を乗り出すように答えを待っていると、悔しそうな様子でデュモスが漏らす。


「……からだ」

「なんて?」


 声が小さすぎて聞こえなかった。


「……ライブラリアが秘匿している、ライブラリアの秘奥を知りたかったからだ……」


 その返答に、私とサラは表情を取り繕うのを忘れて、思い切り――あ、こいつ本当にバカだったんだ――という顔をしてしまうのだった。



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