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49冊目 星座のお店と正座の紳士


 フィン様に呼び出されての食事会。

 サラと一緒に転移するつもりだったのだけど、フーシアが妙に怪しんでいるので少し誤魔化してくるから先に行っててと言われてしまった。


 何か手を貸したいけれど、私が打てる手も特にはない。

 なのでサラには申し訳ないのだけれど、先に行かせてもらうことにする。



 貴族用の出入り口から出ると、手紙に書かれていた通りの馬車が止まっているのを見つけた。

 エフェに確認してもらえば、それがフィンジア様が指名した通りの馬車だ。


 サラがあとから来る話をすると、御者さんは私をお店へと連れて行ったあとに改めて迎えに来てくれるという。

 それなら安心と、御者さんとしては二度手間になってしまうだろうけれど、お言葉に前させてもらう形で私とエフェは乗せてもらった。


 馬車の窓から外の風景を見ながら、私は首飾りに触れる。

 本と魚に、青い宝石をあしらった銀細工。


 ケルシルト様に貰ったものだ。

 こちらから送ったものを身につけて貰えるかは分からないけれど、せっかくなのだから――と、エフェに薦められて身につけた。


 服装も、これが見映えるモノを選んでくれたみたいだ。


 胸元でこれが揺れているという状況に、嬉しいような恥ずかしいような気持ちがずっとあって落ち着かない。


 そんな気持ちをなんとか落ち着けるように、私は流れる外の風景に目を向ける。


 馬車が向かっているのは、平民街の中でも貴族街に近い場所のようだ。

 平民街のなかでも裕福層が多いエリアである。


 この辺りまでなら気にせずにやってくる貴族も少なくない。

 だからだろう。貴族向けや、裕福な平民向けのお店などが少なからずある。


 まぁ、平民が貴族ごっこするためのお店――などと揶揄されるような、見た目と金額のわりに接客も商品も質がイマイチなところも少なくない。

 そういう意味では、踊るサウリーパイク亭のようなお店の方が接客も質もよっぽど信用できる。


 とはいえ、今日のお店はフィンジア様が指定した場所だ。

 そういう変なお店ではないだろう。


 馬車が止まる。

 到着したお店は、貴族の屋敷を小さくしたような外観のお店だった。


 豪華さよりも可愛らしさを感じる店構えだ。


 店名は『星座描(スターサイン)く蒼玉(・サファイア)』。


 青い石で、文字通り星座を描くようにデザインされた看板も可愛らしい。


「お嬢様」

「どうしたのエフェ?」

「ここ。恐らくですけどフィンジア様が経営されている美容品店の系列かと」

「フィン様、食事処も経営してたんだ……」


 手広くやってるなー……。

 貴族が――それも女が商売に大きく関わるななどしたない……と言われようとも、たぶん気にせず、自分のやりたいことに邁進しているんだとは思う。


 アムドウス殿下もそれを止めるようなタイプではないだろうし、王太子の婚約者とはいえ、結構良い空気を吸って楽しんでるのかも。


 そして、そんなフィン様のお店ならば、変なお店ではないはずだ。


 私が馬車から降りたのを確認すると、御者さんが声を掛けてくる。


「イスカナディア様。私はこれより妹君のお迎えに向かいますので」

「ここまでありがとう。二度手間になってしまって申し訳ないのだけれど、お願いね」

「私のような者にまで丁寧なお言葉ありがとうございます」


 馬車が去って行くのを見てから、私はお店に向き直る。


「さてエフェ。行きましょうか」

「はい」


 中に入ってすぐのところにある受付に声を掛ける。


「伺っております。イスカナディア様。

 ご来店お待ちしておりました」


 受付の男性は丁寧な仕草で挨拶を口にしてから、ベルのようなモノを鳴らす。

 すると、彼の背後にある扉から、お店の制服らしきモノを身に纏った女性が姿を見せた。


「お客様が見えられました。『黒曜の魔女座』へとご案内を」

「かしこまりました」


 女性は受付の男性に一礼すると、私の前へとやってきて一礼する。

 ……待って。お店の制服を着ているし髪型も変えているけど、このピーチブロンドの髪には見覚えが……。


「本日はご来店ありがとうございます。ご予約のお部屋へご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 言いながら、チラっと私を見て、女性はウィンクをしてくる。

 恐らくはエフェからも、受付の男性からも死角となる角度。私にだけ見えるように計算されたものだろう。


 やっぱティーナさんじゃん!!


 そう言えば行ってたな、高級なお店の給仕なんかで仕事をして情報収集とかしてるって……!


 仕草や立ち居振る舞いは、このお店に合わせた敢えて完璧じゃない感じにしてるっぽい――完璧に貴族に寄せすぎると綺麗すぎてむしろ怪しいのだ――ので、こりゃあよっぽどじゃないとバレないぞ。


 案内されながら廊下を歩いていると、何か不安になったのかエフェが小声を掛けてくる。


「あの、お嬢様……この案内をしてくださってる女性……」


 恐らくは、エフェの持つカンというか殺し屋じみた仕草感知能力というか、そういうのに引っかかってるのだろう。

 間違いなく引っかかる人だとも思うけど。


「あー……エフェ。色々思うところはあるかもだけど、敵じゃないから大丈夫」


 私がそう答えると、ティーナさんは空気を弛緩させつつ笑顔でこちらに振り返る。


「でも、イスカちゃん。味方でもないわよ?」

「知ってます。というか話をややこしくするのやめてもらえませんか?」


 ほら! エフェがすごい顔してるじゃないか!


「落ち着きなさいエフェ。顔見知りの情報屋さんみたいな人よ。それで、情報の収集先は私?」

「イスカちゃんとの遭遇に関しては本当にただの偶然。こっちもびっくりしてるくらいなんだから」


 そう口にした直後、弛緩していた空気が締まる。


 直後にだいぶ先の曲がり角から人の姿が見えた。

 あの人がこのままこっちへ向かってくるなら、すぐにすれ違うことになるだろう。


 だけど、ティーナさんはすれ違う前に足を止めた。


「こちらが黒曜の魔女座でございます。

 中に入りますと、奥にお客様用のテーブルが。その手前の扉は、従者の方の待機用の場所となっておりますのでご利用ください」


 足を止めると、ティーナさんがそう案内してくれた。

 先日の情報交換の時に見せられた、元王子妃としての仕草とは違う。作法を完璧に覚えている平民のような動き。


 エフェもそれが作られた仕草だと気づいたのか、驚いた様子だ。


「中には先に到着したお客様も待っております。

 後ほど、お茶をお持ち致しますので、ごゆるりとお過ごしください」


 ティーナさんが開けてくれた扉を潜る。

 すると、彼女は一礼して扉を閉めると、その気配がゆっくりと遠ざかっていった。


 中にはいると、大きなテーブルのところにすでに人影がある。

 誰かが先に到着していると言ってたけど、誰だろう?


 ゆっくりと奥へと進んでいくと、そこにいたのは――


「イスカ嬢?」

「ケルス様?」


 ――どうやら、先に到着したのはケルシルト様だったようだ。


「君もフィンに?」

「はい。急遽、お話ししたいと言われまして」

「そうか。その肝心なフィンは遅れるそうなんだが」

「そうなんですか? うちもサラが来る予定なんですが、出かける前に少々トラブルがあって遅くなるようです」

「ふむ。まぁそういうコトもあるか。それより立ってないで座るといい」

「……はい」


 促されてケルシルト様の正面に座りはしたけど……。


 やばい。

 どうすればいいのこれ!?


 どんな顔して会うべきかとか悩んでいる間に、本人と遭遇しちゃったんだけどッ!?


 とにかくポーカーフェイスだポーカーフェイス。

 我が表情筋よ仕事をサボれ!


「あー……そうだ、イスカ嬢。フィンたちが来る前に……なんだが」

「は、はい……?」


 やっばい緊張する。


「あー、その……何だ――」


 ケルシルト様はどうにも歯切れが悪い。

 何か言いたいようだけど、そんなに言い辛いことなんだろうか。


「その、な……」


 百面相するように言葉を選んでいるっぽいケルス様。

 言いあぐねている様子を見守っていると、やがて意を決したように彼は顔をあげて――


 トントン


 ――その直後に、部屋がノックされた。


「お茶をお持ちしました」

「……ああ。入ってくれ」

「失礼します」


 ティーナさんが中に持ってきたお茶を、入り口近くのテーブルに置く。

 それをエフェが手にして、私たちのところへと持ってきてくれて、前に置く。


 平民向けのお店ならそのままティーナさんが給仕として、私たちのところへ持ってくるだろうけど、ここは貴族向けのお店だからね。

 ケルシルト様みたいに従者をあまり連れ歩かない人の対応をする時はともかく、私には従者であるエフェがいるから、彼女が受け取って、配膳するのだ。


 ……正直、手間が多くて面倒くさいな……とは思うんだけど。


 ともあれ――

 エフェが配膳を終えてティーナさんのところへと戻ると、ティーナさんは一礼して部屋を出て行った。


 そうして、彼女が部屋から出ていったあと、ケルシルト様はもう一度、意を決そうとしてくる。


「あー……思わぬ邪魔が入ったんだが……まぁ、その……なんだ……」


 ……もしかして、人が入ってきたせいで思考が最初に戻ったりしてます?


 ケルシルト様が納悩みこんでいるのを見ながら、私はお茶を口にする。


「いや、このままずっと悩み続けているのも君に対して失礼だし、不誠実だな」


 ……もしかして、浮気?

 ……いや偽装の婚約なんだし、浮気もクソもないんだけど……。


 自覚してなかったけど、私も口や顔にでないだけで、内心はケルシルト様みたくなってる?


「まずは単刀直入だ。イスカ嬢」

「はい……」


 名前を呼ばれ、恐る恐る返事をする。

 それから、ケルシルト様は真っ直ぐに真面目な様子で告げた。


「先日は本当に申し訳なかった」


 テーブルにぶつける勢いで頭を下げてくるケルシルト様。

 それに対して私は――


「えーっと、何か謝られるコトってありましたっけ?」


 ――パッと心当たりが出てこなくて、思わずそんな返しをしてしまうのだった。



 どうでも良いネタですが


 お店の個室名


  白銀の細鯨座 はくぎんのさいげい

  赤熱の蜥蜴座 せきねつのとかげ

  蒼謐の人魚座 せいひつのにんぎょ

  緑風の大樹座 りょくふうのたいじゅ

  砂塵の黄蠍座 さじんのおうかつ

  黒曜の魔女座 こくようのまじょ

  創界の乙女座 そうかいのおとめ


 ――と、なっております

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