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47冊目 慌ただしい日々と急なお誘い


 魔法の砂で作られた猿ぐつわが外して貰えないまま、サラとフィン様は盛り上がっている。

 なので私は魔法で本を呼び出していた。

 自分に掛けられている魔法を本に登録。


 これで、私もこの砂の猿ぐつわが使えるようになるワケだ。


「あら? イスカのそれ……魔法?

 って、ごめんなさい。外すの忘れてたわ!」


 私のことをようやく思い出してくれたフィン様が、ようやく外してくれる。


「外してくれないので、この砂の猿ぐつわについて、私の魔本に書き込んでました」

「……書き込むとどうなるの?」

「この魔法を私も使えるようになります」

「……反則では?」

「自分でもそう思います。まぁ書き込む条件はあるんですけどね」


 それに関してはフィン様にも秘密にする。

 まぁ、条件と言っても自分を対象に使用される。あるいは私の前で何度も使用するのを見せてくれる――程度のモノなんだけど。

 ついでに相手側からの了承を貰えた場合、かなりしっかり記載できるので、完全再現がしやすくなる。


 でも、こういうのはわざともったいぶっておくに限る。


「ムリに条件を聞く気はないけれど、それって『本』属性の魔法というコトでいいのかしら?」

「あってます。ライブラリアの血の影響が強い人が魔性式を行うと、『本』や『記録』などに関わる魔法を発現しやすいみたいなんですよね」

「なるほど」


 ちなみに、ライブラリアの血そのものは大陸各地に散っている。

 ライブラリアがエントテイムの傘下に入るにあたって、本家とそれを支える分家以外の傍系は、だいたい旅に出たそうだし。


 その際、中央山脈を越えた人たちもいたそうなので、血筋そのものは東側にも結構広まっている可能性は高いんだよね。

 東側の色んな国でも、ライブラリア一族は賢者として遇されたという話も聞く。


 ティーナさんの友人にいるという知恵の海を覗ける人も、ご先祖様の中にライブラリアの関係者がいた可能性が高い。知識の海を覗けるくらい影響が濃いのだとしたら、隔世遺伝的なそういう感じかも。


「ともあれ、私の『本』魔法は、条件を満たした魔法を登録する。登録した魔法はあとで呼び出して使用可能というモノです」

「条件はともかく、西側諸国だと使い勝手がイマイチそうね」

「そうなんですよね。登録する機会が少なくて」

「わたしは魔法使えるってだけで羨ましいけどなー」


 ぼそりと口にするサラに、私とフィン様は顔を見合わせた。


「イスカ。ライブラリア式の魔性式って準備できるかしら?」

「出来ますよ。ちょっと時間は掛かりますけど」

「そんなワケでサラ。私とイスカで儀式をしてあげられるけど、どうする?」

「えーっと、それは……」


 羨ましいと口にしつつも、フーシアのことを考えているのだろう。

 魔法を本当に得て良いのか悩んでいるようだ。


「すぐに答えを出さなくて良いわよ。

 でもイスカはいつでもサラが魔性式を受けられるように準備しておいてね?」

「もちろん」

「何でお姉様たちはノリノリなの?」


 そりゃあサラが可愛いから、全力ですよ?

 和気藹々(わきあいあい)とした空気がひと段落すると、フィン様が少し真面目な顔をした。


「魔法の話はともかく――イスカ、一つ確認をしておきたいコトがあるの」

「なんですか?」

「……貴女自身は、ケルスのコトをどう思っていて?

 プロポーズの時の反応を見るに、そこまで悪し様には思ってないだろうとは分かっているのですけど」


 恋バナを茶化す感じの雰囲気じゃないな。

 真面目に答えないといけない感じだ。


 私は軽く深呼吸をすると、真っ直ぐにフィン様を見て答える。


「最近になって自覚したんですけど」

「ええ」

「私は間違いなく、ケルス様に懸想(けそう)しております」


 瞬間、サラの目が輝き――逆にフィン様の表情は曇った。


「だとしたら、私はとても残酷な催しを考案してしまいましたね」

「そうでもありませんよ。これがなければ、自覚も出来なかった気がしますし」


 これは事実だ。

 自覚できたのは、この婚約があったからと言っても過言じゃない。


「その上で、やっぱりケルスはお仕置きしなきゃダメね」


 やれやれと――嘆息する。

 ふぅ……と息を吐く様子もサマになって見えるので、フィンジア様はお得だな。

 

 ――なんてことはさすがに、口には出せないけれど。


「イスカ……今更だけど、婚約は破棄するところまで込みで進めてしまってもいいのよね?」

「本当に今更ですね。この一件はそれで構いませんよ。その上で、何か手がないかは考えます」


 これは割と本心だ。

 今回の一件は、諸々の問題を片付けるのに必須の一手。


 なので、本当にケルシルト様を思った何かをするなら、そのあとでもいいや――と私は考えている。


「私は口も態度も目つきも悪い女です。その上、諦めだって悪いんですよ?」


 冗談めかしてそう言えば、サラもフィン様も笑ってくれた。


「結末がどうあれ、今のこの気持ちに嘘はつかず、最後まで付き合おうって――そう考えています」


 加えて、私がそう口にすると、フィン様は安堵したような、気遣うような声色で――


「そう」


 ――とだけ言って、微笑んだ。


 そのあと、このお茶会は雑談に花開き、やがて時間を迎えると何事もなく閉会となるのだった。





 お茶会から数日後。

 サラは、一人でフィン様に会いに行っている。


 なんでも相談したいことがあるんだとか。

 一緒に行こうかとも言ったんだけど――


「お姉様だって忙しいんでしょ。一人で大丈夫だから」


 ――と、断られてしまった。


 姉としてはちょっと寂しい。


 ともあれ、サラの言うとおり忙しいのは間違いない。

 今日は、婚約式用のドレスの調整の日だ。ついでにウェディングドレスの発注もしなければ。


 使わないのに無駄なように思えるけど――この婚約が、本気であると多方面へ思わせる為に必要なのだ。


 無駄に諜報能力の高い人が敵対勢力に居た場合、そこから綻び兼ねないからね。


「偽装に必要とはいえ、ウェディングドレスの準備もかぁ……白じゃないとダメ?」


 作る理由を理解しながらも、私はそう口にする。


「ダメというワケではないですけど、さすがに黒は難しいですよ?」

「えー……」


 そんなやりとりをしながら、エフェと共に仕立屋へ。

 ここの特別室でフィッティングやらの調整をする。


 わざわざ通常の貴族とは異なる特別室を用意してくれてるのは、私がフーシアと鉢合わせたりしないようにという配慮だそうだ。


 この店に限らず、フーシアに思うところがあるお店は、わざわざ私の為に特別な部屋を用意してくれているのだからありがたい。


 そんな風に私を気に掛けてくれる人たちを守る為にも、私は自分の思いとは別に、婚約式による危険勢力の一掃に尽力して成功させないと――という気持ちになる。


 領民の――それも口の軽くないだろう顔見知りたちには、お父様が領主としてはお世辞にも上手いとはいえない采配を繰り返した結果、しばらく領地がゴタゴタしてしまうかもしれないと伝えてある。


 意外にも「知ってた」という反応をされることが多かったのを思うに、お父様とフーシアは、領民からもあまり好かれていなかったようだ。


 まぁフーシアに関しては、お店なんかで横暴な態度を平気で取ってたようだから、なおさらなんだろう。


 それを注意しない父と、後日に謝罪しに来る私やサラ――ともなれば、領民からの印象も分かるというものだけど。


「お嬢様。分かっていると思いますが――婚約式の前に、公爵閣下とちゃんとお話された方が良いと思いますよ」

「……分かってる」


 フィッティングを終えた帰り道、エフェがそう告げてくる。

 頭では分かってるんだけど、どうにも動けないでいるんだよね。


 こういうところで、父譲りの優柔不断の血が騒いでしまうのかもしれない。


「あれ以来、ケルス様とは直接会ってないもんね……」


 でも正直――どういう顔をして良いのか分からないんだけど……。


 とにもかくにも、ケルス様と会わないとなぁ……。

 でも、どういう理由で会えばいいのやら……。


 こういう時、引きこもり気質で、あまり社交にも出て無かったのが響いてくるな。


 ――そんなことを考えながら、自室へと戻ってくる。

 すると、すぐにサラが私の元へと訪ねてきた。


 どうやら私よりも先に帰っていたようだ。


「お姉様、急で申し訳ないのだけれど、明日フィン姉様が会いたいって」

「本当に急ね」


 とはいえ、フィン様からの呼び出しともなれば無碍にも出来ないか。


「貴族向けの食事処で昼食がてら会いましょうって言ってた」

「分かったわ。エフェ、そのつもりで明日の服を選んでおいて」

「かしこまりました」


 サラから招待状を手渡されたのでそれを確認する。


 場所は王都か。

 馬車は図書館前に用意してくれるみたいだし……。


「返事はどうすればいいの?」

「ダメだったら、迎えの馬車の御者へ言付けてって」

「了解。なら、問題ないわね。サラも行くの?」

「うん。一緒にどうって言われたから、行きますって答えておいた」

「そう。なら、明日は一緒に出るとしましょうか」


 それにしても何の用だろう?

 婚約式の打ち合わせとかだったら、お城とかでやるだろうし……。


 まぁ実際に行けば分かるか。

 今から考えたって仕方がないしね。



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