43冊目 手紙と衝撃(ケルス視点)
イスカ嬢から、他国の王族からの手紙を受け取った数日後。
俺はアムディに呼び出され、アムディの執務室へとやってきていた。
「ケルス、父上からだ」
「ああ」
王城にあるアムディの執務室で、俺は手紙を三通受け取る。
一つは、イスカ嬢が持ってきた諸国漫遊中の外国貴族――ティーノ嬢一行からの手紙への返信。
もう一つはイスカ嬢宛て。
最後の一つは、俺宛のようだ。
「こっちはここで読んでも?」
「問題ない」
許可を取ってから、俺は自分宛の手紙を確認する。
アムディからペーパーナイフを借りて封を切り、中から手紙を取り出す。
恐らくはティーノ嬢一行宛てに書いた内容と同じモノだろう。
俺やイスカ嬢にどういう内容の返信をしたのかを綴ったもののようである。
せっかくだからティーノ嬢一行を婚約発表会に呼ぶことにした――という内容だ。
破棄する予定の婚約式に、他国の王族を招待するのもどうかと思うんだが……。
必要であれば、王家からイスカ嬢経由でスーツやドレスを提供するとも書いてある。
お忍びでの旅の途中であるなら正装は持っていないだろうと思われるので、その為の配慮だそうだ。
どちらかというと、パーティに招待するという理由で正装をプレゼントすることで、他国の王族に恩を売っておこうという思惑が強いのだろうが。
イスカ嬢の話によると、ティーナ嬢はフィンとサラ嬢を足して二で割らないタイプのように思えたそうだ。
相当に強かそうな感じがするが、この対応で大丈夫なのだろうか?
色々と思うことはあるが、陛下がそう対応すると決めたのであればそれでいい。
俺が読み終わった手紙を整えて封筒に戻すと、アムディが声を掛けてくる。
「正直、旅の客人に対してフーシアが何かやらかしたら最悪だな――とは思ってる」
「同感だ」
すでに内容は知っていたのだろう。
アムディの言葉に、俺は素直にうなずく。
周囲にはアムディ付きの文官たちも仕事をしている。
だが、彼らはある程度の事情を知っている面々なので、俺は気にせずにアムディとのやりとりを続ける。
「そして、そこでフーシアが何かやらかして断罪劇が起きるのであれば、彼らの我が国の恥部を見せるコトになるワケだが――父上は何を考えているのやら」
俺も最初はそう思った。
だが、冷静になってみると少し違うことに気づく。
「いや、違うな。それは何か起きるコト前提となっている我々だけの視点だ、アムディ」
「ん?」
どういうことだ――と視線で訊ねてくるアムディに、俺は答える。
「何も知らない者の視点で見れば、我が国に古くからいる――それこそ今のエントテイムの在り方を作ったといっても過言ではない家同士の婚約式だ。
サプライズゲストというワケではないが、居合わせた他国の王族を招待するコトはさほど不思議ではない」
「言われて見れば、そうか。
よくお前やフィンに注意されるコトをまたやってしまっていたのだな」
バツが悪そうなアムディに俺は首を振った。
「お前の場合、指摘されたら理解して反省するんだから、問題ない」
「当たり前だが――指摘されても理解しないし反省しない者がいるのであったな」
「そっちの方が多いくらいだ。だからこそ、そういう者を考慮した立ち回りも必要になる」
「つくづく面倒な話だ」
「全くだよ」
そういう者たちほど、人の足を引っ張るのが得意であり、不正などの悪事を働くことにあまり罪悪感を抱かないことが多い。
そして、どの立ち位置にいる者であろうと、真っ当な者にとっては邪魔なのに、なかなか排除できない相手だったりするから厄介だ。
お互いに嘆息しあったところで、アムディがこの話を切り上げた。
「ところで話は変わるんだが」
「なんだ?」
仕事の話はここまでで、恐らくはプライベートの話になるのだろう。
何となく、アムディの気配の変わり方がそれだ。
「お前、イスカナディアを泣かせたな?」
「は?」
俺が……イスカ嬢を泣かせた?
「実際に涙を流していたワケではないそうだが、明らかに泣いていたそうではないか」
「待ってくれアムディ。何の話だ?」
「違うのか? エピスタンが教えてくれたんだが?」
あいつ、誰に何を教えてるんだッ!?
いや違うそうじゃない。エピスタンがアムディに何か吹き込んだのも問題だが、それ以上に吹き込まれている内容が問題だ。
「俺がいつイスカ嬢を泣かしたっていうんだ?」
「ティーナとやらからの手紙の受け渡しの時だと言っていたが?」
「……は? いや、別に泣かした覚えは……」
数日前、図書館の一室でやりとりした時のことを思い出す。
「何か変わったコトはなかったのか?」
イスカ嬢を心配しているというよりも、完全に興味と好奇心だけで訊ねてきてるな、これは……。
とはいえ、こちらが気づかないうちに泣いていたらしいイスカ嬢については気になってしまう。
どこで泣かせてしまったのか把握する為にも、少しアムディの戯れに付き合うか。
「これを貰ったんだ」
「魚と本の細工のされた首飾り……なるほど。あしらわれた黒い宝石はオニキスのようだな?」
「ああ……実は以前に、似たようなデザインの青い宝石のモノを送ったんだ」
「それはいつの話だ?」
「……フィンが罪悪の呪いを克服する前だ」
「…………」
アムディの視線が半眼になる。
「待ってくれ。言いたいことは分かるんだが……彼女も宝飾店での依頼に不慣れで、こういう注文をしてしまったそうなんだ。あとで自分がした注文が、まるで恋人や婚約者のようで恥ずかしくなったと言っていた」
「比較的クールで頭も回るイスカナディアらしくないが、そういうコトもあるか」
納得したようなしてないような……なんとも曖昧な顔でアムディがうなずく。
「照れているのか恥ずかしいのか、赤くなりながらこれを手渡してくるイスカ嬢は可愛かった」
思い出してみても可愛らしく、他の女性からは感じない温かいものを感じる顔だった。
「のろけはいい。それで? お前はそれを貰ったあとどういう反応をしたんだ?」
「どうって……とても嬉しかったので、精一杯の感謝を伝えたつもりだが?」
「どういう言葉で?」
アムディの視線が好奇心から不安げなものに変わる。
え? 俺、そんな顔されるような対応したと思われているのか?
心外だな。
ともあれ、あの時のことを思い出して、出来る限りそれに近い言葉を口にする。
「えーっと――今回のコトは見せかけの婚約かもしれなけど、キミから貰ったこれは、大切にする。これ見よがしに付けると問題になりそうだから……コトが終わったあとは、身につけるのは難しいけど大切にする――とか、そういう感じのコトを言ったな」
すると、アムディは深く深く――諦めるようなため息をついた。
「……ダメだったか?」
「ダメだ。むしろダメダメだ。ダメが三つ四つじゃ足りないくらいダメだ」
「そんなにダメなのか……」
即答されて、天井を仰ぐ。
かなり丁寧にお礼を口にしたつもりだったんだが、ダメダメだったのか……。
「コトが終わったあとに言及したのは余計だ。
素直にありがとう、大切にすると口にして、その場で身につけてやればよかった」
アムディはそう告げてから、ふと不安げな顔をして訊ねてきた。
「その場で身につけたか?」
問われて、俺は首を横に振った。
「俺が礼を告げてすぐに、イスカ嬢が次の予定の時間になってしまったので、そのまま解散だった」
何故かアムディが顔を両手で覆って俯いている。
周囲で聞き耳を立てていただろう文官たちまで頭を抱えた様子を見せているということは、俺が何かやらかしたのは間違いない。
ややして復活したアムディが、俺を睨むようにしながら訊ねてくる。
「改めて確認したいのだがな、ケルス」
「な、なんだ……?」
「実際に結婚できるかどうかはともかくとしても――お前、イスカナディアに惚れてるのは間違いないな?」
「……ああ」
それは間違いない。
「イスカナディアもイスカナディアで、お茶会の時の偽りのプロポーズに大なり小なり心を揺るがされていた。
あの反応を見るに、本人に自覚があるかないかはともかくとして、今回の偽装婚約をそう悪いモノとは思っていないだろう。
言うなれば、お前たちは両思いに近い関係だとも言える」
「そ、そうなのか?」
アムディに断言されるも、いまいち実感がなく首を傾げる。
しかし、それが事実であれば嬉しいな。イスカナディア嬢も俺を思ってくれているのか。
ただ、アムディの話が進むにつれて周囲の文官達の顔が険しくなっていくのはどういうことだろうか。
「それを踏まえた上で敢えて言おう。お前の対応は最悪だった、と」
「なん……だと……ッ!?」
とてつもないショックを受ける。
自分では問題ないと思っていたのに。
周囲の様子をうかがえば、聞き耳を立てている文官たちも大きくうなずいているので、みんな同じように思っているらしい。
アムディの個人的な意見ではないという証明を叩き付けられているようで、かなりダメージがデカい。
「そしてイスカナディアが泣いていたというエピスタンの報告が正しいモノだったと理解したぞ」
「そう、なのか……?」
「恐らくだが……イスカナディアに次の予定など無かった。一緒にいた侍女やエピスタンが、彼女の心を慮り、お開きにしただけだ。
お前がいなくなったあとで、泣いたというのは想像がつくな。あの女に涙というのも珍しいモノではあるが……いやそうでもないか。案外涙脆いのかもしれん。まぁそこはどうでもいい」
それは、つまり――
「ともかくだ。幼なじみとして、お前が女嫌いになった理由は理解している。仕方ないとも思う。
だが、惚れた女への正しい対応が出来ていない理由にはならん。後日、フィンからもつつかれるだろうから覚悟しておけ」
――迂闊にも俺は、彼女を泣かしてしまったということだ。
このやりとりのあと、俺は自分がどうやって帰ったかの記憶が曖昧だ。
ただ、帰ったはいいものの、仕事が全く手につかなくなってしまっていて、エピスタンからやたらと苦言を言わたのだけは覚えている。
……泣かせてしまった、か。
……次に会った時に謝ろうとは思う。だが、なんと声を掛ければいいのか……。




