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42冊目 落涙の理由は?


 ティーナさんとお話をした日の翌日。


 王立図書館にある、とある部屋に私は、エフェを伴ってやってきていた。


 関係者用の区画の中にある、貴族の為の区画。

 この場所の時点で、利用客や一般の司書は入って来れない。


 そういう場所にある小さな部屋だ。

 そこにいるのは私たち以外には、ケルシルト様とエピスタンの二人である。


「――そんなワケで東側出身の方と、そういうお話をしたんです」

「なるほどな」


 ティーナさんとのやりとりの報告が一番の目的だ。


「そして、これが預かってきた手紙です」

「失礼する」


 私がテーブルの上に出したモノをケルシルト様が手に取った。

 ケルシルト様の横からエピスタンものぞき込み、二人でその封筒をじっくりと確認し終えて、息を吐く。


「ボス、これは本当に本物にしか見えませんよ」

「俺もだ。参ったな……」


 二人して頭を抱えているのを見ながら、私は告げる。


「密約の仕事の時に陛下と会うコトが多いのでその時に……と考えていたんですが、あまり長期滞在はしないでしょうから」

「そうだな。秘密裏のコンタクトで、可能ならば――という話であっても、向こうも王族である以上は、返事をあまり待たせるワケにもいくまい」


 この理由もあって、昨日のティーナさんとの昼食会のあと、すぐに隠し部屋経由でケルシルト様に手紙を出したのである。


「こちらもすぐに動こう。アムディに渡すよりも、直接陛下の方がいいか?」


 ケルシルト様に問われてエピスタンは少し考えて、うなずく。


「そうですね。その方向で動きつつ、一応アムドウス殿下のお耳にも入れておくべきかとは思います」

「分かった。まったく忙しいな」


 ふぅ――と疲れた様子で息を吐くケルシルト様に少し申し訳なくなる。

 忙しい原因の大半は私だもんなぁ……。


「そんな顔をしないでくれイスカ嬢。別にキミのせいというワケじゃあない」

「ですが……」


 元々忙しくされている公爵閣下が協力してくれている状態っていうのがね。

 いや、大変助かってはいるんだけど。


「俺も俺で必要なコトをしているだけだ。

 その中に、キミへの協力も含まれているんだからね」


 そう言って笑うケルシルト様。

 そうか。必要だから助けてくれているのか。少しは気が休まる言葉かもね。


 ……気が休まる言葉のはずなのに、ちょっとだけ寂しく感じたりもするのは、なんでだろう?


「お嬢様」

「ん?」


 会話がひと段落したところで、エフェが耳元で囁くように声を掛けてくる。


「お渡ししないんですか? 持ってきてるんですよね?」

「…………ぅ」


 いやまぁ、うん。持ってきてはいる。

 例の首飾り。持ってきてはいるんだ。


「急に気恥ずかしくなったとかヘタれてないで、今渡すのをわたしはオススメしますよー」


 さすがエフェ。

 私の心境を完全に読み取っている。


「どうしたイスカ嬢? 何か困りごとか?」

「い、いえいえ! そういうのではなくてですね……!」


 変な顔をしてしまったのか、ケルシルト様が不思議そうに問いかけてくる。

 それと同時に、エフェが私から半歩離れ、何事も無かったかのような顔をした。


 ……いや、一瞬だけエピスタンとアイコンタクト交わしたように見える。


 恐る恐るエピスタンを見ると、彼は私を見ながら興味深そうに、それでいて野次馬根性高めに、ニヤニヤしているようだ。恐らくエフェも内心では似たような顔をしていることだろう。


 ……こいつら、完全に他人事として楽しんでやがるな……ッ!!


 私だって他人事だったら楽しみたいのに……ッ!


 ――とはいえ、確かにエフェの言う通りではあるんだ。

 今が渡すならベストのタイミングなのは。


 いるのは私たち四人だけ。周囲の目は無い。

 変な誤解を受けることもないタイミングというのは間違いなくここ。


「~~~~~~~」


 声にならないうめき声をもらしながら天を仰ぐ。


「……エピスタン。彼女はどうかしたのか?」

「恐らくはボスに言いたいコトでもあるのでしょう。ただそれを口にして良いかどうかで葛藤しているのでは?」

「ふむ」


 エピスタン!

 間違ってはいないけど、正しくもないことを雑に口にして……!


「気にせず言って欲しい。どれほど失礼な言葉であってもキミを嫌ったり、計画から抜けたりするようなマネはしないよ」

「いや、あの、そういう深刻な相談ではないんですが……」


 ああ、もう!

 分かった! 腹を括る!

 私、がんばる!


「えっとですね、ケルス様。お渡し、したいモノが……」


 なんか、がんばるって決意した手前、なんだけどさ!

 すっごい心臓バクバクするんだけど! 何これ!?


「ふむ? この手紙以外でか?」

「はい……」


 ケルシルト様の顔は真剣だ。

 どうやら政治とかお仕事とか、そういう関係の何かだと思っているっぽい。


「あの……えっと、ですね……」


 上手く言葉が出てこないので、私は小さな木箱をケルシルト様へ向けて差し出す。


「これは?」

「その、受け取って、頂けると……」

「ふむ?」


 小首を傾げながら、ケルシルト様は小さな木箱を手に取る。


「開けても?」

「はい。むしろ、開けて、欲しいです……」


 うあー! なんかすっごい恥ずかし!!

 顔がッ! 熱をッ! 持っているッ!!

 真っ赤――ッ!! ……になってる気がするッ!!


 対面にいるエピスタンが、ケルシルト様に見えない位置ですっごいニマニマしてる! 私には見えてるんだよッ!


 あと、私の背後に控えているエフェも絶対似たような顔してるだろッ!

 他人事だと思ってエンタメとして楽しみやがってーッ!!


 私が胸中で大暴れしていると、箱を開いたケルシルト様が驚いたように目を見開いていた。


「これは……」

「その……先日、私も同じようなモノを、注文しまして」

「そうか」

「ちゅ、注文してから、まるで婚約者に、送るような……品物だなって、気づいて……」

「……そ、そうか……」


 ダメだ。なんかケルシルト様を直視できなくなってきた。

 俯いちゃダメだと思いつつ、説明しながら俯いてしまう。


「でも、その……一応、婚約者となる、ワケですし……渡すのも、アリかな、って……」

「…………」


 あ、反応がない。

 顔を上げるのが怖い。


 実はドン引きされたりしてない?


 あの時点ではまだ婚約を利用した計画とかも考えてなかったワケだし。

 そういう時に、こんなものを作るなんて、なんか変な女だとか思われちゃったりしてる?


 ど、どうしよう……。

 なんか重い女とかおかしな女とか思われて、フリでも婚約者にするの嫌だとか思われちゃったりしたら……。


「ボス」

「…………」

「ボスってば」

「……なんだエピスタン」

「ボスが何も言わないから、イスカナディア嬢が不安になってしまってますよ」

「あ」


 そんなやりとりが聞こえてきた。

 沈黙していたケルシルト様は何を考えていたんだろう。


 私は俯いたままで、彼の顔を見れてないから、エピスタンの言う通り、不安なことしか思い浮かばなくなっている。


「イスカ嬢……いや、イスカ」

「は、はい……」

「そんなに怖がらないで。顔を上げてくれ」

「は、はい……」


 恐る恐る顔を上げる。

 ケルシルト様の綺麗な顔は、とても優しい表情を浮かべている。


「ありがとう。とても嬉しい」


 間違いなく本心だと分かる表情と声。

 それだけで、不安がゆっくりと溶けていくのを感じた。


「今回のコトは見せかけの婚約かもしれない。それでも、キミから貰ったこれは、大切にする」


 ……あ。


「これ見よがしに付けてしまうと、問題になりそうだから……コトが終わったあとは、身につけるのは難しいかもしれないが」


 ……そうだ。


 今回の婚約は……あくまでライブラリア家の問題と、問題行動を起こしている貴族達を一網打尽にする為の計画の一部……。


 ……終わってしまえば、婚約は解消される……んだよ、ね……。


 ……あれ?

 私、何でこんなに残念なんだ……。


「それでも、コトが終わった後も、絶対に大切にさせてもらうから」

「……はい」


 あれ、胸が苦しい。

 物理的な感じじゃなくて。


 お母様が女神の元へと還ったと知った時の感覚に似てる。

 まずい。よくわかんないけど泣きそう。耐えなきゃ。


「……お嬢様。そろそろお時間です」

「え?」


 時間? この後に何か予定があったっけ?


「おや? 何か予定があったのですね。では、ボス」

「ん? そうだな。今日はここまでにしようか」


 なにやらエフェの言葉に乗っかるように、エピスタンが言葉を重ねてあれよあれよと話し合いは終わることになってしまった。


「では失礼するよ」

「は、はい……」


 そうしてケルシルト様とエピスタンが先に退室していって――


 私は……何故か立てずに、そのままでいた。

 身体にチカラが入らない。勝手に震えてくる。


 自分でも意味が分からないのだけれど、涙が……堪えられそうに、ない……。


「エフェ」

「はい」

「どうしよう。なんか涙出てきちゃった」

「そんな気がしたので、エピスタン様とアイコンタクトをして会議を終わらせる方向にしたのですよ」

「……うん。そっか。ありがとう……」


 本当に、エフェが出来る従者で良かった。


 理由も分からず流れてくる涙を、エフェが差し出してきたハンカチで拭う。


 そのまま、私の涙が落ち着くまで、私たちはこの部屋に居続けるのだった。




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