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40冊目 冒険者な元淑女 と 図書館暮らしの現淑女


「チキンロースト、頼んでいいかしら?」

「もちろん。一人で頼むには多いな……と思っていたからむしろ助かるわ」


 そうして二人で注文をし、飲み物が届いたところで、少し真面目な話を始めた。


「まずは自己紹介しましょうか。わたしはティーナよ。家名とかは伏せさせてね」


 冒険者としての偽名か、それとも本名か――まぁ深く探りを入れる気はないから、名前だけ知れればそれでいいかな。


「イスカよ」


 そう告げてから、私は周囲を見回し、少し小声で告げる。


「イスカナディア・ロム・ライブラリア。貴女の推測通りの血筋」

「そんなあっさりと明かしていいの?」

「すでに下調べが終わってそうなコトをわざわざ隠す理由もないもの」

「一方的に知っちゃってる感じは、フェアじゃない気がするわね」


 私の言葉に、ティーナさんは少し真面目な顔をしてかたら小さくうなずいて、左耳で揺れる四角い箱のような飾りのついたイヤリングに触れた。


 イヤリングに触れるのはクセなのかな?


「母国の名前は出せないのだけれど、保身も兼ねてちょっとだけわたしの後ろ盾について話すわね」

「後ろ盾?」

「そうそう。今はワケあって貴族じゃないけど、祖国の王家直属諜報機関からスカウトされた経験はあるのよ」


 ……うあ。

 つまり、相応の情報収集能力とかあったってこと?

 ちょっと声かけるのはマズい人だったかな?


「まぁ蹴ったんだけど」

「蹴ったんだ……」


 そのスカウトを蹴れるってすごいな。


「魅力的ではあったけど、スカウトされた頃のわたしは自由を欲してたところなので」

「ああ……なるほど」


 王家直属の諜報組織ともなれば、自由からはほど遠いだろうしなぁ。

 それってつまり、彼女がスカウトされたタイミングは貴族籍を失ったのと同時くらいなんじゃないかな?


 ……令嬢として振る舞いながら、それだけ情報収集が上手かったってことなのかな?

 だとしたらこの人――相当(したた)かで、口上手な可能性あるぞ……。


「ちなみに、うちの国には公爵家が二つあって、二大公爵家とか呼ばれてるんだけどね」

「どっちかが今も後ろ盾になってくれているって話?」


 それだけだとティーナさんの出身候補は絞りづらいけど、東側に限定すると多少は絞れるかな……?


 しかし、二大公爵のどっちかの後ろ盾があるって、もう平民として見てもかなり重要な位置にいるわけよね。


 あ。だから保身か。

 これを事前に口にしておくことで、私が彼女を害した時に宣戦布告になる可能性が出るという……。


「どっちも」

「…………」


 あ、やばい。

 これ……とんでもない人を引き当てちゃったぞ。


 おちゃらけた調子で語ってるけど、その目は嘘を言ってない。

 

 彼女が元貴族で今が平民であるとか関係ない。


 場所が場所だから、彼女は平民として振る舞ってはいるけれど、今この瞬間は、令嬢同士――いや貴族の……それも当主や領主同士の情報交換の場だと言っても過言じゃない。


 油断すると、逆に情報を搾り取られるだけ搾り取られて、何一つ得られずに終わる可能性がある……。


「あちこち冒険してるのって、他国の情報収集を兼ねてる?」

「旦那様が諸国漫遊している理由は世界を知るコトよ。一緒にいる剣士くんと雑用係くんはそのお供」


 ……剣士くんは護衛の騎士。雑用係くんは従者ってことか。

 だとしたら、ティーナさんの立場はなんだろう?


「リーダーの奥様――というだけの立場じゃないってコト?」


 問えば、薄らと彼女は笑みを浮かべると、人差し指を口元に当てて妖艶に笑う。


「その質問、貴女の中にある問題を解決するのに必要な質問かしら?」

「その言い方はズルいな」


 私は両手を挙げて首を振る。

 単なる好奇心だけで踏み込んでくるなということだろう。


 その上で、彼女について踏み込もうとすると、こうやって躱されるのがオチだ。


「わたしのコトは複雑な立場にいる元貴族で、旦那様の諸国漫遊に好きで付き合ってる変な女と思って貰っていいわよ」

「そうですか」


 これは、かなり本心って感じだ。

 本気でそう思って欲しそうだし、自分もそう思って旅してるんだろうな。


「……旅って楽しい?」

「ええ。すっごい楽しいわよ! 貴女には、ちょっと向かないかもだけど」

「それはちょっと自覚あるなー」


 旅とか始めちゃうと、本読めなくなっちゃいそうだし……。


 などと、自己紹介を兼ねた軽いジャブの応酬のようなことをしているうちに、待ち望んでいたものがやってきた。


「チキンロースト、お待たせしましたー」

「きたきた!」

「あ、切り分けてもらってもいいですか?」

「かしこまりました。ナイフ持ってきますので少々お待ちを」」


 軽く頭を下げて厨房へと戻っていく女性店員を見ながら、ティーナさんが首を傾げる。


「切り分け?」

「お願いすると、食べやすく切ってもらえるんですよ。

 冒険者さんたちは好き勝手切って食べるのが好きかも知れませんが、私はお店の人に任せちゃうんです」

「なるほど、そういうコトも頼めるんだ」


 私が答えると、ティーナさんは良いことを聞いたとばかりに笑った。

 ミステリアスさの薄まった快活な笑顔は、冒険者としての彼女の顔なのか、本心なのか……。


 んー、ダメだなぁ……。

 ティーナさんが読めなさすぎて、色んなことを疑ってしまう。


 などと考えている間に、店員さんは戻ってきて、前回同様にお肉の部位について説明しながら切り分けてくれた。

 それを聞きながらティーナさんは楽しそうにしている。


 あんな楽しそうにしているのを見ると、こっちまで楽しくなるってものだ。

 ただ、ティーナさんの場合はそれがポーズであっても不思議じゃなさそうなのが怖い。


 ともあれ、切り分けられたお肉を手で摘まみ、口に運び出したところで、ティーナさんがこちらに訊ねてくる。


「……それで、イスカちゃん」


 もぐもぐ――と、お肉をかじりながら、ティーナさんが言う。


「わたしに聞きたいコトってなに?」


 私も鶏モモを摘まみ、かじりついてもぐもぐと口に動かしながら返す。


「概念魔法って分かります?」

「そりゃあ分かるけど……」


 口に含んでたものを嚥下(えんか)して、ティーナさんは困ったように眉を(ひそ)めた。


西部(こちら)だとあまり魔法の情報が手に入らないんです。

 なので、魔法研究がさかんな東部出身のティーナさんに聞きたいんです」

「それでも、貴女の家なら、なんとかなるんじゃないの?」


 まぁそう言われるのは分かってた。

 だから、多少のリスクは承知で手札を少し明かす。


 この人を相手に全ての情報を伏せた状態で、何かを得ようとするのは無理だからね。


「ライブラリアの書庫で未知なる知識を得ようとすると、頭痛とトレードオフです」

「知識の海ってヤツ?」

「……そこまで知ってるんですか?」


 思わず聞き返すと、ティーナさんはニコっと笑った。


 やられた。

 ティーナさんは知識として『知識の海』については知ってるけど、ライブラリアがそれを保有しているかどうかまでは知らなかったっぽい。


「友達に、知識の海へアクセスできる魔法使いがいるの。

 あ、これ本気で秘匿情報だから胸の(うち)に隠しておいてね?」

「その方も頭痛を?」

「いいえ。友達に頭痛はないわ。ただ、膨大な知識の海を泳ぐようにしながら必要な情報を探り出すように見つけないといけないらしいのよね」

「うちと仕様が違うんですね。こちらの場合、望む知識が直接頭の中に押しつけられるような感じなので」

「それで頭痛か……どっちもどっちねぇ」

「ですねぇ」


 どっちがマシかというと難しい。

 速攻で必要な知識を得られるなら間違いなくライブラリア式の方がいい。でも、頭痛とセットなので、これが結構キツい。


 ティーナさんの知人の方式は、頭痛こそないものの、望む知識を自分で探し当てないといけないという点では、即効性がない。

 知識の海が蓄えてる膨大な情報をかき分けながら必要な情報を得ることは、相当に難しいだろうしな……。


 ……ただライブラリア同等の知識を引き出せる魔法使いが、ティーナさんの国にはいるというのはかなりの情報だ。


 胸の裡に秘めておけというのも、なかなか難しいことを言うなぁ……。


「さて、海に関する談義もいいけど、本命の質問を、そろそろ聞きたいかな」

「あ、そうだった。それでは――」


 お肉を食べ終え、骨だけになったそれを口の中からゆっくりと抜いて、骨入れの器に入れてから、私はティーナさんへと真面目な視線を向ける。


「概念属性に精神を浸蝕された人を元に戻すコトは可能ですか?

 可不可が分からずとも、調べるとっかかりのようなモノとかがあれば教えて頂けないかな、と」


 指についた脂を舐めとりながらそう訊ねると、ティーナさんが難しい顔をして鶏肉を頬張った。


「概念属性……概念属性ねぇ……」


 東側でもあまり研究が進んでないんだろうか?

 ティーナさんは難しい顔をしたまま、お肉を囓っている。


 東側でもあんまり情報が多くないのかな?

 私がそう不安に感じながらお肉を食べていると、ティーナさんはフィンガーボールで指を洗いながら、口を開く。


「改めて確認したいんだけど。それって大昔に、勇者とか魔王とか呼ばれてる人らが保有していたっていう属性であってるわよね?」

「ええ」


 もしかして、東側だと呼び方が違うのかな?

 いやでも、さっき分かるって言ってたな?


 どちらにしろ、こういう確認がされるってことは、言葉の意味は理解されたんだと思うけど。


「とりあえず、一つ。知識の訂正をしましょうか」


 指を拭き、果実水で口を湿し、イヤリングに軽く触れてからティーナさんが告げる。


「概念属性は、特にそういう術者の精神面や周辺環境への影響が強いだけで、全ての魔法属性に、同じような現象はありうるわ」

「……え?」


 概念属性を調べた時に、そんな答えは――

 いや、そうだ。私が調べたのは概念属性に関してだけであって、魔法そのものが精神に影響を与える側面を持っているかどうかなんて調べてない。


「魔法――土地によっては天啓術(てんけいじゅつ)や、念術(ねんじゅつ)神囁術(ブレス)魔神技(アーツ)……などなど、呼び方は様々なのだけれど」


 魔法以外の呼び方もあるのは初耳だ。

 さすがは冒険者というか、あちこち旅しているだけのことはある。


「共通しているのは、七歳以降、魔性式ないしそれに類する儀式によって発現を促す。あるいは、七歳以降にそれこそ天啓や神の囁きのごとくもたらされるコト」

「七歳以降なのは共通なんですね」

「理由は分からないけど、魔法を習得できるのは不思議と七歳以降なのよね」


 それこそ創世の女神のみぞ知る事情でもあるのかもしれない。


「なんであれ、そうして私たちには魔法を手に入れる。

 魔性式なんてモノをしなくても、キッカケさえあればふとした拍子に突然魔法は手に入るの。そこまではいいわね?」

「ええ」


 今更基本的なことを――とは思うけれど、もしかしたら自分の知らない情報が含まれているかもしれないから、私は大人しく話を聞く。


「では、魔法とは何か」

「え?」


 魔法は魔法なんじゃないの?

 ……いやそうか。女神から(もたら)される不思議なチカラ――という考え方のままではなく、もっと根本の原理や理屈の話か。


 正直、魔法を魔法として扱う以上のことを考えたりしてなかったな。

 ……いや、西部(こちら)の場合、そこまで深く考えられるほど魔法が世間に浸透していないというのもあるかもしれないけど。


「最初にもたらされる基本属性に準じた魔法というのは、魔法の卵ではないかという説が最近、東側で提唱されたわ」

「魔法の卵?」

「そうよ。例えば同じ『水』属性を得た人たちでも、最初はともかく使い慣れていくにつれて、得意な使い方が異なっていくように……。

 日常的に魔法を使うような生活をしている人ほど、その魔法の形が変わっていくのよ。よりその人が望む形に、心の有り様を映し出すように」

「つまり、使い手の心が反映されている……?」

「そう考えても不思議じゃないんだとされているわ。

 故に、魔法とは人の心や精神を、属性という形を借りて現実へ投射したモノではないか――という説が生まれたの。

 だからこそ、火が熱になったり、風が音になったりと、属性の変化が発生する。

 いわばこれは大きな心変わりや精神の成長によって、卵だった魔法が羽化へと至るコトによって生じた変化あるいは進化」


 ……なんとなく、見えてきた。わざわざティーナさんがこんな話をする理由が。


「羽化まで行くと、魔法にも人格が宿ると言われているわ。普段は大人しいのだけれど、使い手の精神の影響を受けた人格を持っている……ってね。

 そして魔法に宿った人格を否定するような使い方をすると、反発を見せるそうなの。ちゃんと使えって、叱るように。あるいは拗ねるように。

 概念属性でなくても、そうなると魔法側から人格を浸蝕するような素振りを見せるらしいわ」

「――というコトは……概念属性っていうのは、羽化する前から自分を上手に使えるような精神になるように、魔法側からアプローチしてきている、と?」

「考え方としてはそれであってるわ」


 なんて面倒くさい属性だ。

 女神様は何を思ってこんな属性を作り出したのか、問い詰めたい。


「ただ概念属性は、そういう面が非常に強烈な一方で、やっぱり魔法なのよ。

 その属性の卵を得るだけの適性を持った人の元に発現する。つまり、浸食してくる属性というのは、基本も概念も関係なく属性問わず、もう一人の自分という側面でもある」

「……切り離したり消滅させたりするのは……」

「恐らく無理ね。自分を殺すようなモノだもの。成功しても、残った精神が全うでいられるかは分からないわ」


 迂闊に切り離したり消滅させたりすると、元の人格も一緒に壊れたり廃人化したりする可能性もあるってことか。


 じゃあ、フーシアはもう……。


「ただ、もう一人の自分だからこそ、使い手次第では、和解も可能なんじゃないかしら?」

「……和解?」

「前例はないわ。ただ、反発するのでは無く受け入れて、その上でお互いの言い分の妥協点を見つけ出す。つまるところは、普段人間(わたしたち)がやっているコトを、もう一人の自分とやるのよ」

「……理屈としては分かりますけど……」

「まぁわたしも自分で言ってて半信半疑」

「ですか」


 とはいえ、良い情報は貰えたかも知れない。

 もしかしたら、フーシアには少しはマシな終わりに持って行けるかも……と、思うと少しだけ気分も軽くなる。


 ……そんなことを思っていのだけれど。


「こんな感じで役に立ったかしら?」

「はい。かなり」


 私がうなずくと、ティーナさんはニッコリと笑顔を浮かべた。

 それはまるでサキュバス――だったっけ? 人間を誘惑して心を喰らう美しい女悪魔って――のような笑顔だ。耐性がないと心奪われてしまいそうである。


 そんな笑顔のまま、ティーナさんは告げる。


「それじゃあ、情報料を頂きましょうか」


 ……当たり前だけれど、どうやらタダではなかったようだ。


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