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4冊目 暗い女と怖い女


 王立図書館から帰還し、隠し部屋から外へと出る。


 ちなみにこの壁。

 どういう原理か分からないけれど、図書館側から隠し部屋の中を伺うことはできないながらも、隠し部屋側から図書館を見ることができる。


 まるで透明なガラスのようにクッキリと。


 こういう現象や原理について、領書邸でも王立図書館でもない、ライブラリアの秘奥たる秘匿図書館で調べたところ、マジックミラーゴーなる単語にたどり着いたんだけど……。


 調べた当時は、この先の情報は年齢制限が掛かっているとかなんとかで調べられなかったのよね。

 今、改めて調べたら何か分かったりするのかな?


 そんなことをぼんやりと考えながら、二階にある自室へと向かうと――


「あら、ようやく戻ってきたのね。本当にグズなんだから」


 ――伯爵家に嫁いでおきながらロクに品性を磨く気のなさそうな女が部屋の前にいた。


 エフェが本気で面倒くささと困った様子を同居させた気配を放っているので、かなりの無茶苦茶なことを言っていたに違いない。

 私を明らかに見下しているこの女は――父の再婚相手であり、つまりは私の義母にあたる人だ。


 フーシア・オーソン……は平民だった時の名前か。

 今はライブラリア姓を得た上に、父から貴族としての祝福名(しゅくふくな)をもらっていたから――確かフーシア・ヨン・ライブラリアだったはずだ。


 どうでもいいけど、こんな姿と態度でライブラリアを名乗らないで欲しいかな。


 素材そのものは悪くなく、美女と言われればそうだろう。

 だけど、とにかくその素材が全く活かせていない女だ。


 ハデな赤色の髪を全く活かす気のない髪型にした上で、ゴテゴテしい装飾の数々をつけている。

 ドレスもハデなだけで品の欠片も感じない。香水も必要以上にふりかけているものだから、悪臭の塊だ。


 本たちに変な臭いがつきそうだから、正直なところ出禁にしたい。

 少しは横にいる娘を少しは見習えってーの。


 フーシアの横で悪役の似合う笑みを浮かべているのは、フーシアの連れ子のサラ・オーソン。

 彼女も父に貴族としての祝福名をもらっているので、今はサラ・ペーム・ライブラリアという名前になっている。


 サラは丁寧に手入れをしてあるのか、その赤く鮮やかな髪を維持している。

 そして、その髪色を生かした色とデザインの髪飾りをつけていた。


 ドレスも自分の体格に合わせつつ、流行も押さえ、それでいて伯爵家らしい装いの完璧なモノ。

 その見た目や装いは貴族らしくしつつも、王族や侯爵家など、うちより家格が上の方々を上回らないような気遣いさえも感じる。


 香水も穏やかな香りのモノを品良くつけているようだけれど、隣の悪臭の塊のせいで台無しなっているのが可哀想。


「……なんの用ですか?」


 サラはともかく、フーシアに関しては相手にするのも面倒。だけれど、相手にしないともっと面倒なんだよね。ほんとう面倒の擬人化みたいな女だよ。


「あいっかわらず暗い女ね!」


 キンキンと響く声を上げる。

 図書館ではお静かに――なんて、この女には通用しない。


 先ほど、幼く見える笑顔を浮かべながら違いないと笑った男性を見てしまったばかりなので、ついつい比べたくなる。


 思い返して見ると、年上っぽいのに結構可愛い顔で笑う奴だったな……。


 ああいう奴が相手なら、話をしてて疲れないのかもしれない。

 まぁこの女はそもそも論外なんだろうけど。


「母さん。ここはコイツの部屋の前であると同時に図書館よ。

 図書館で無駄に大声をあげるのは、常識を疑われる行為よ」

「だからなに? 私は伯爵夫人なのよ?」

「……そうね。伯爵夫人ね」


 あ。サラが諦めた。

 そこはもうちょっとがんばってほしかったんだけど。


「わかればいいのよサラ。あなたまで面倒くさいコトを言う連中の仲間になったのかと思ったわ」


 その面倒くさいことをちゃんとこなすからこそ、貴族は貴族として認められているのだけれど――まぁ言ったところで通じないでしょうね。


「……それで、何の、用、なんですか?」


 とはいえ、長々と親子のやりとりを見せられても面白くないので、とっとと話を進める。

 ……話を進めたいんだけど、進むかな? 進むよね?


「本を寄越しなさい」

「……ぁ、はぁ?」


 おっと、いけないいけない。

 思わず本気で威嚇(いかく)しそうになってしまった。


「物わかりの悪い女ね、ほんっと!

 こんだけ本があるんだから、一冊や二冊といわず百冊ぐらい私に寄越せといってるのよ。売ってお金にしてあげるんだから感謝しなさいッ!」


 直後、思わずといった様子でサラが私を見て、それから半歩引いた。


 正しい反応よ、サラ。横で涼しい顔しているエフェも若干びっくりしている気配があるから。


 自分でも信じられないくらいの殺気を飛ばしちゃったのかもしれない。


 だけど、それも当然だ。

 ライブラリア家は書を、知を、先人たちの思いや願い、創造や想像――それらの積み重ねを見守ってきた賢者の一族だ。


 石版で、木簡で、巻物で、紙で、あるいはそれ以外で。

 積み重ねられてきた知恵と創造と歴史を蒐集(しゅうしゅう)し、見守ってきた家なのだ。


 それこそ、この国――エントテイム王国建国よりも以前から。


 エントテイム王家はそれを知っているからこそ、建国史において描かれているように、ライブラリア家の為に領書邸と、王立図書館を作ってくれたのだ。


 この国だけでなく、大陸中の、あるいは海の向こうにある別の大陸を含むこの世界の全ての知を集められるように。


 だというのに、仮にもライブラリアの名を背負うことになった女が何て言った?


「最初は目に付いたのを適当に売っ払えばいいと思ったのよ。

 でもサラが恐がりだからね。仕方なくお前に確認しにきてやったのよ」

「いやあの恐がりとかじゃなくて、この図書館には王家や公爵家なんかのうちよりも格上の家から預かっている書物や、近隣諸国から納められた貴重品なども混ざってるって話をしただけなんだけど」


 うん。その通りだ。サラのは正論以前の、当たり前の理屈を口にしている。それは平民でさえ理解できるはずのものである。


「好き勝手やると、王家に怒られたり外交問題なるから、売るなら売るで詳しそうなコイツにちゃんと見てもらうべきでしょって」

「それってようするに王家とか公爵家とか隣国を怖がってるだけでしょう?」

「そりゃ怖いでしょ!? 母さん正気ッ!?」


 サラが思わず声を上げた。

 母親のあまりの理解力の無さに驚いたのだろう。


「だからどうしたのよ、こっちはライブラリア伯爵夫人なのよ?」

「ソーデスネー、伯爵夫人デスヨネー」


 ああ……サラがついに、バカの死角に入って両手で顔を覆っちゃったわ。

 隙間から覗く口が「母さんが別の意味で怖い」と動いている気がするけど、気にしちゃダメよね。


 よくがんばった方だと思うわ、サラ。

 むしろ伯爵夫人だから――という理由だけでごり押しできる範囲を少しも理解しようとしないこの女が悪い。


「…………」


 しかしまぁ、どういう意味で口にしているのかしらね。伯爵夫人って。中途半端にライブラリア家の権力の強さでも知ったのか?


 それはそれとして、私は薄暗い表情を浮かべたまま、女の顔を睨むように見上げる。

 フーシアはそんな私の顔を見て、顔を(しか)める。


「反抗的な目ね。気に入らないわ。

 この図書館に引きこもってロクに仕事もしてない分際で」

「……お父様から仕事を押しつけられていますけど?」

「あの人がお前程度にでも出来る仕事をやらせているだけでしょう? 無駄飯ぐらいは必要ないの」


 ……だとしたらお前が一番の無駄飯喰らいなんだけどな。自覚ないって怖いな。

 一応、最低限の苦言くらいは(てい)しておくか。


「なら……フーシア様も貴族としての責務を果たしてください」


 こっちもこっちで色々と思惑あって好き勝手やらせてるけどさぁ、さすがにちょっと目に余りすぎるのよ。


「してるじゃない。民から吸い上げたお金で贅沢するのが貴族の責務なのでしょう?」


 あー……本当にダメなやつだな、おい。

 うちに嫁いで来てそれなりの時間が経ったのに、貴族の現実が見えていないじゃないか。


「貴族の贅沢は、責務を果たすからこそ許されるモノです。

 今のあなたはただ贅沢をしているだけにしか見えませんが?」


 いつまでも、どこまでも、平民の視点から見る贅沢をする貴族の姿だけをとり続けている。 早々に貴族の現実に気づいて足掻いている(サラ)と比べものにならない。


「生意気よ、アンタ!」


 折り畳まれた扇子で、頬を叩かれる。


 痛ったいなぁ、もう。

 そんな素振り見せると喜ばせるだけだから見せないけど。


「あんただってココで引きこもって貴族の責務なんて果たしてないじゃないの!

 こんな贅沢な図書館。アンタには勿体ないくらいよ!!」


 分かってはいたけど、改めて実感する。もうダメだこの女。根本的に理解が足りていない。性格も悪い。お父様はこんな女のどこがいいのやら。


 とりあえず、社交に出る気はないけど、噂好きのカラスでも使ってサラの印象だけは緩和しておこうかな。


 あるいは、私が動く前に、社交界でのこの親子に対する印象というのは変わってきてる可能性はあるけれど。


「…………」


 あー……ジンジンヒリヒリしてきた。

 でも痛がる素振りは絶対に見せない。

 私は面倒くさげに、わざとらしく嘆息する。


「……見繕ってサラに渡します。

 面倒でもつきあってもらいます」

「ここで私に渡す気はないの?」

「悪臭」

「あ?」

「その全身から漂う悪臭が本についたら、本の価値が落ちますので。今すぐにでも出て行ってほしいくらいです」


 もう一発、閉じた扇子でひっぱたかれた。

 ……泳がせている理由がなくなったとき、覚えておけよ……。


「言われた通り出ていってやるわよ、こんな辛気くさい場所!!

 サラ! ちゃんと受け取ってきなさい! いいわね!!」

「面倒くさいけどしかたないわね。

 でも、母さんだってお金ほしいから本を売るんでしょ? 価値を落とすのは勿体ないじゃない」

「……サラ、最近アンタも生意気よ。誰に感化されたのかしら?」

「その言葉そっくりそのまま返すわ。母さんの無茶に振り回されるあたしの身にもなってよ」

「誰のおかげで贅沢できていると思っているの、サラ?」

「お父様のお金でしょ? もっと言うならライブラリア領民の税金と、そこから支払われるライブラリア家の為の生活費。そこからお父様、母さん、あたし、この女に分割されてお小遣いみたいになってる」


 瞬間、サラの頬をフーシアが叩いた。

 私にしたのと同じように閉じた扇子で。


「……!?」


 目を白黒させたあと、痛みを自覚し頬に手をおく。

 そしてその痛みで涙目になっていくサラに対して、フーシアは怒りの表情で見下す。


「貴族みたいなコトを言って! そんなつまらない話を聞いたんじゃないのよ!」


 直後、一瞬だけフーシア自身の表情もショックを受けたようなモノになったように見えた。

 ……まぁ気のせいだろうけど。


「不愉快だわ。本を持ってくるまで帰ってくるんじゃないわよ、サラ!!」


 プリプリと怒りながら大股でドスドスと足音を立てて去っていく。

 つくづく、はしたない。態度の悪い貴族の女だって、あんなはしたない動きはしないわ。


「……クソババァもあそこまでいくとただのクソよね」


 泣き出す直前のような、泣き出すのを必死に堪えるようなひきつった声で、サラがうめく。


 その言葉に私は全力で同意した。


お昼頃に次話更新を予定しています٩( 'ω' )و

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