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38冊目 テンパり令嬢とここぞという時がきた公爵


 フィンジア様の爆弾発言に思わず椅子から腰を浮かす。

 横に座るケルシルト様も似たような状況だ。


 ――だというのに。


「あ、いい案ですねフィン姉様!」

「でしょう?」

「まぁ悪くはないか」


 どうしてサラと殿下は平然と受け入れているんですかね?

 婚約の当事者じゃないからか? まぁそうだよね。他人事だよねそこは。


「だが、婚約までだぞ?」

「確かにその先に行くには片付けなければならない問題は多いですからね」


 いや、なんでフィンジア様と殿下、その先のことまで話してるんですかね!?


「あの……」


 盛り上がるフィンジア様とアムドウス殿下へ、サラがおずおずと手を上げて訊ねる。


「良い案だとは思うのですが、密約を持つ家の当主同士がくっつくのって大丈夫なんですか?」


 あ。

 あまりのことで頭が働いてなかったけど確かにそうだ。

 私とケルシルト様が婚約するかどうかは別にして、私とケルシルト様という組み合わせは、貴族の勢力図的に少しよろしくない気がする。


「だからこそ婚約までだと、オレは言ったのだ」

「婚約までなら……婚約式のあとでも陛下が『認めると言ってはみたものの、考えてみるとあまりよろしくない組み合わせなので、申し訳ないがやめてくれ』……とテーブルをひっくり返すコトができますからね」

「それって、お姉様とケルシルト様に失礼すぎるのでは……?」

「その分の保証やフォローはもちろんしますよ」

「いや、えーっと……うーん……」


 あー……フィンジア様の考えはとても貴族的だ。

 だからこそ、こういう考え方に慣れていないサラは戸惑うのだろう。


 王のミスである――というていでの婚約破棄ならば、私にもケルシルト様にも(きず)はつかない。

 その上で、フォローもするというのであれば、陛下も私もケルシルト様も、最低限のメンツも保たれるというものだ。


 本来であれば愚かな行いとして、ケルシルト様――というかティベリアム家が怒ってもおかしくはないのだけれど、そのティベリアム家の当主が当事者である。

 ましてや、国を脅かす膿を出す為という大義名分も一応はあるので、密約からのクーデターみたいな話には発展しづらい。というか発展させられないだろう。


「フィンジア様。サラはどうしても根が平民ですからね。

 貴族的なドライさというのは、理解してるし実戦は出来ても、どこか納得いかないのでしょう」

「確かに、必要なコトの為に結婚や婚約を利用し、あまつさえ最後は破棄させる可能性もあるとなると、平民には馴染まない考えですものね」

「……その、ごめんなさい……」


 しょぼんとするサラに、私とフィンジア様は、慌てた弁明する。


「待ってサラ。別にそれがダメって言ってるワケじゃないからッ!」

「そうですよ。そういう感性をなかなか持てない私たちとっては大事なモノですから。ね?」


 そんな光景を見ながら、ケルシルト様とアムドウス殿下が小さくやりとりしている声が聞こえてくる。


「アムディ。サラ嬢は魔性の女だったりするのだろうか」

「女限定の魔性の女の可能性はあるな。本人に自覚があるかは知らんが」

「まぁ魔法とかではなく天性のモノならフィンとイスカ嬢の気の持ちようでどうにもなりそうだから問題はないだろうが」


 そこ、うるさいよ!


「さておき、サラ。

 そういう理由で利用される点に関して、私は別に怒ったりはしないわ。

 貴族として必要な根回しもこの場でされた上での話だからね」

「お姉様が問題ないというならいいんですけど……貴族って難しいですね」


 純粋なサラの言葉に、私を含めた王侯貴族四人は苦笑する。

 その言葉を否定する要素はないのだ。


 ほんと、貴族って面倒くさいのよね。


「さてそういうワケでイスカナディアは問題なさそうだが、お前はどうするんだケルス?」

「彼女が腹を括っているのならば、俺も文句は言わないさ」

「なら、決まりね!」

「わたしも一生懸命お手伝いします!」


 殿下の問いに、ケルシルト様は息を吐きながらうなずく。

 その答えに、フィンジア様は手を合わせて喜び、サラも顔を綻ばせた。


 ……あれ?

 いま、どさくさのまま私が婚約をOKした流れになってない?


 サラへの問題ないって言葉が、仮にそうなっても――って意味だったんだけど。

 いや、でももうこの流れどうにもならんよなぁ……。


「ではケルス様。大事な言葉をお願いします」

「うむ。計画のための題目だとしても、するべきコトはちゃんとしておくべきだろう?」


 フィンジア様とアムドウス殿下の言葉に、ケルシルト様が顔を引きつらせる。

 その様子を、どういうワケがキラキラした瞳で見ているサラ。


 ……ケルシルト様のするべきこと?

 それに、何でサラが目を輝かせてるの?


 ややして、勘弁したようにケルシルト様は息を吐くと、席を立って私の側へとやってきた。


「どうしました?」

「いや、あー……うーん……」


 何やら言い辛そうに、恥ずかしそうに顔を赤くし、らしくなくもごもごするケルシルト様。

 一体、私はこれから何をされるんだ?

 ……なんて思っていると、ケルシルト様はやがて意を決するように、私の前で膝をついた。


「え?」


 戸惑う私の手を取って、ケルシルト様は真っ直ぐに私の目を見上げてくる。


「イスカ嬢……いや、イスカナディア・ロム・ライブラリア嬢。

 初めて図書館でお会いした時より、貴女のコトを目で追わずには居られなくなっておりました」

「あの、えっと……」

「それからお会いするたびに、その美しい見た目だけでなく、会話の端々から感じる聡明さ、家を思う真面目さ、妹君を思う優しさ、貴女を構成する全てに魅せられてきました」

「ぇぅぅぅぅ……」


 ま、真面目にそういうことを言われると、ちょっと恥ずかしいんですけどッ!?

 やばい逃げ出したい。恥ずかしすぎて逃げ出したい。

 でも、サラやフィンジア様や殿下……さらにはこの場にいるメイドの皆さんの目があるから、そんなことできない……!


 っていうか、メイドの皆さんまでサラと同じように目を輝かせるのやめない!?

 恥ずかしさが爆発しそうなんだけど……ッ!


 ああ……ッ!? 

 エフェやミレーテまで……ッ!!


「計画のお題目であるとはいえ、女性にとっては重大なコトであるのは重々承知の上で……。

 イスカナディア嬢。この私――ケルシルト・ミュージ・ティベリアムを、貴女の婚約者となるコトを認めては頂けませんか?」

「ぅぇ……ッ!?」


 思わず変な声が出る。

 でも、ケルシルト様の表情は真剣だ。


 まるで本当にプロポーズしてきているかのような、真摯な顔をしている。

 ケルシルト様は真面目な方だし、こういう形から入るのもしっかりやってるってことなんだけど……。


 わ、私だって、計画に乗る以上はしっかりと形から入らないと、入るべきなんだろうけど……!


 ケ……ケルシルト様の顔が眩しすぎて直視できない。


 何この感情……!?

 恥ずかしいのに嬉しいし、なんか良くわかんなくて叫び出したくて……。


 でもこの場で叫ぶとかできないし、我慢しないと……。


 答えなきゃ。

 貴族らしく、答えなきゃ。


 答えを返すことが、こんなに恥ずかしいのなんで……?!


 胸中でグッと気合いを入れて、ちゃんとケルシルト様の目を見る。

 深海を思わせるよな、吸い込まれそうなその瞳は、真摯な光を湛えたまま、ずっと私の答えを待っている。


 口も頭も上手く働かないけれど、それでも私はしっかりと目を見返して口を開いた。


「い、意外とポンコツな私ですが……そんな私で、よければ……喜んで……」


 なんか変なこと口走ったな私ッ!?

 こんな時に、なに阿呆な言い方を……!


 完全にテンパって変になっている私に、


「完璧すぎるよりもずっと良いです」


 ケルシルト様は笑ってから――


「かりそめの関係ですので、今はこれで」


 ――彼は、自分が手にしている私の手の指に、軽く口づけをするのだった。


 うひゃぁぁぁぁ!?


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