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37冊目 姉妹と友達


 涙を流しているという指摘を受けて驚いている私を、サラが見る。

 サラも驚いていて、何を思っているのか分からない。


 だけど私は、目が合った勢いのままに頭を下げた。


「ごめん、サラ! 私は色々足りてなかった。もっと配慮して動いていれば、サラにそんな顔させなくて済んだかもしれないのに……!」

「お姉様……お姉ちゃん、それは違うよ」

「え?」


 お姉様ではなくお姉ちゃんと呼ぶ。

 敢えて平民の言葉遣いで呼ぶのは、貴族としてのサラも、平民としてのサラも、私を姉だと思ってくれているという意思表示なのだろう。


 サラは、私の両手を取り――片方にケルシルト様の手が乗っていたんだけど、その手をサラは邪魔そうに払った――、真っ直ぐに私を見る。


「本当に嫌だったらゼル爺の領主教育から逃げてるし、教えて貰った秘密の重みなんてモノは気にしない」

「サラ……」

「わたしはちゃんと理解して、受け入れて、覚悟したから。

 お姉ちゃんは、わたしの未来を奪っただとか、無用な覚悟を背負わせた――みたいなコトを考えて泣いたりする必要はないんだよ?」

「でも……」

「お姉ちゃんらしくなーい! だけど、わたしの為に泣いてくれてありがとう、大好き!」


 飛びつくように、抱きついてくる。

 それを抱き返したら、また涙が出てきてしまった。


「私も好きよ、サラ……。

 お母様が死んでから、ちゃんと家族だって思えたの貴女だけだったから……余計な心配や過保護が過ぎて、かえって迷惑をかけてしまっているかもしれないけれど……」

「大丈夫だよ、ちゃんと守ってくれてるって分かってたから。だからわたしもお姉ちゃんを守ろうって思ったんだよ」


 普段とは真逆に、サラが私をあやしてくれる。

 なんだか照れくさいけど、これはこれでいいかもしれない。


「演劇でも見られないような麗しの姉妹愛のシーンだというのに横にいるデカブツが邪魔だな」

「全くです。振り払われた自分の手を見ながら未練たらたら仏頂面してないで少し離れてくださいなケルス」


 ……しまった。みんなと喋っている途中だった。


 私は慌ててサラから離れると、三人に頭を下げる。


「も、申し訳ありません。勝手に泣き出して、妹にあやしてもらって……」


 そんな私を、アムドウス殿下とフィンジア様は軽く制した。


「気にするな。それだけお前も張り詰めていたというコトだろう」

「そうですね。自分では大したコトがないと思っていても、やはり気負いすぎていたのではありませんか?」

「そう……なんでしょうか?」


 自分では分からない。


「そうです。なんたってお姉様は面倒くさがりなクセに根は真面目ながんばり屋で、痛くても苦しくても平気な顔して無理するタイプなんです!」


 あんまりそういう自覚はないのだけれど。


「まぁ、サラが言うならそうかもしれません……」


 なんていうか、それでいいや。

 サラがちゃんと考えた上で背負ってくれたんだと分かったから、それでいい。


 思ってたより張り詰めていたらしいってこととか。

 思っていたよりもストレスがたまっていたのかもしれないってこととか。


 その辺りはまぁ、この場で泣いて清算されたってことにしておこう。


 そうして私が気を改めていると、アムドウス殿下が大変面白いオモチャを見つけた眼差しをケルシルト様に向けている。


「さてライブラリア姉妹の問題が一つ解決したところで、ケルスよ。

 この王族たるオレが、敢えて平民のマネをしてお前にとても貴重な言葉を贈ってやろう」

「……聞きたくないが、なんだ?」

「やーい、ヘっタレ~」

「アムディッ!!」


 勢いよくケルシルト様が立ち上がると、逃げるようにアムドウス殿下も立ち上がった。

 どうしてアムドス殿下がケルシルト様をヘタレ呼ばわりしているのか分からないけど、それに大きく反応する辺り、ケルシルト様も自覚ありそうだな?


「ヘタレという事実を指摘されて怒るとは狭量だぞ?」

「言わせておけばッ!」


 ケルシルト様が手を伸ばすが、それをアムドウス殿下はひょいっとかわす。


「逃げるなんじゃあないッ!」

「そう簡単に捕まらんよッ!」


 ドタバタした始める二人に、フィンジア様は馴れた様子でお茶を一口。


「私たち三人でお茶をする時など、時折お二人は子供のような争いをするのですよね」

「気を抜いてじゃれ合える相手だからじゃないですか?」


 サラがそう口にすると、フィンジア様は納得したようにうなずいた。


「確かに公務以外であろうと、王族や高位貴族であるが故に、気が休まらないコトも多いでしょうからねぇ」

「うちのお姉様だってそうなんだろうし、もっとわたしを構ってくれていいんですからね?」

「サラは暇があるといつも私の部屋に遊びにきているでしょうが」


 そう言うと、サラは「えへへへ~」と笑った。

 ちょっとあざといけど、可愛いのでよし。


「…………ちょっと羨ましいです」

「フィンジア様?」

「アムディとケルスがああやってじゃれ合ってるのを見るたびに、そう思ってたんですが……今日はイスカ様とサラ様を見て、同じコトを思ってしまいました」


 フィンジア様の言葉に、私たちは顔を見合わせてから、小さく笑う。


「殿方二人と同じようにじゃれ合えるかは分かりませんけど、是非とも肩の力を抜いたお茶会の相手として、私たち姉妹を利用してください」


 私の言葉に、フィンジア様が首を横に振る。


「言葉の(あや)かもしれませんが、訂正させてください。利用はしたくありませんので。

 でも仲良く気を抜いてお話するお友達になって欲しいです」

「もちろんです。ね、サラ?」

「はい!」


 こちらがうなずくと、フィンジア様は本当に嬉しそうに笑う。


「肩の力を抜ける場では、敬称はいりません。フィンと呼んでくさだい。私もイスカとサラと呼びたいので」

「わかりました。フィン」

「えっと、わたしはちょっと恐れ多いので……えーっと、そうだ! フィン姉様って呼んでいいですか?」


 サラが訊ねると、フィンジア様は顔を輝かせた。


「フィン姉様……!? なんだか新鮮な響きです! 是非!」

「えへへ、よろしくお願いしますフィン姉様」

「イスカ。サラをお持ち帰りしてもいいですか?」

「ダメです。サラはうちの子なので」


 フィンジア様は上も下も兄弟は男性だけだそうで、姉妹という存在に憧れがあったようだ。

 それなら、サラの可愛さにやられちゃうのも仕方がないよね。


 ケルシルト様とアムドウス殿下がドタバタやっている中、私たちはそんな感じで仲を深めるのだった。


 ……そろそろ二人とも暴れるのやめた方がいいと思うなー……。

 従者さんやメイドさんたちが困ってるじゃん?


 まぁフィンジア様の様子を見る限り、放置してていいっぽいけど。


「そう言えば、どうやってご両親へ反撃するのかは考えているのかしら?」


 フィンジア様に問われて、私は言い淀む。


「正直なところ、実はあまり思いつかなくて」

「そう」


 小さく相づちをうって、フィンジア様は少し目を伏せる。


「根回しの方は?」

「あともう少しで必要な箇所には終わるかと」


 贔屓にしている商会だとか、商店なんかの平民周りはだいたい終わった。

 後ろ盾の貴族界隈には、平民経由で情報を流しているのでちょっと時間がかかるんだよね。


 これに関しては社交をサボっていたせいで、根回し用の連絡ルートがあまり多くない私の落ち度と言えるけど。


「なら、時期はそれが終わったあとの方がいいわね」

「フィン姉様は何かアイデアが?」

「ええ。確実にフーシアが何かするだろう大きめの催しを開催するのよ」


 ナイスアイデアでしょうと言いたげなフィンジア様に、サラが訊ねる。


「でもそもそもお母様はフィン姉様に手を上げたんですよね?

 いちいちイベントの開催なんかしないで、それを理由に裁いてしまえばいいんじゃないんですか?」

「それだと、フーシア様は裁けても、ヘンフォーン様は裁けませんからね」

「あー……」


 フィンジア様の言いたいことが分かった。


「サラ。フーシアだけ裁いてしまうと、お父様がフーシアを切り捨てるだけで、コトが済んでしまうのよ」

「そうは言ってもお父様がお母様を切り捨てられるワケないじゃない」

「サラの言いたいコトは分かるんだけど、実際にお父様が出来るかどうかの話ではなく、そういう方向で話が進むんじゃないかなって話。

 お父様が当主の席に座りっぱなしになっちゃうっていうのはよくないでしょう?」

「そうね。切り捨てたはずのお母様に貢ぐのに、家を潰しかねないかも」


 だからこそ、フィンジア様は催し物を開こうと言っているんだ。


「そういうコト。それで、イベント内で何か仕掛ければフーシアは反応して暴走するだろうし、それを止められないならお父様も同罪で裁かれる」

「そうなればこちらのモノよ。その場なのか別の場になるかはともかく、断罪の場でヘンフォーン様の不正も明かしてしまえば、当主の座から引かざるを得ない」


 お父様に関しては、そもそもが中継ぎの当主なのだ。

 私が成人している以上、そのまま正式な当主として、私が担ぎ上げられることだろう。


「同じように、お母様がフィン姉様に手を上げたコトも口添えされてしまえば、お母様も逃れられなくなるんですね?」

「ええ。そしてその際には、イスカから魔法に関する話をして欲しいの。

 犯してしまった罪を減ずるコトは難しいかもしれないけれど……伝説の属性に目覚めてしまったばっかりに、人格が魔法に浸蝕されてしまったという事実だけは、フーシアの名誉の為にも明かしたいと思うわ」

「……フィン姉様……」


 それには私も賛成だ。

 本来のフーシアの名誉だけは、サラの為にも守ってあげたい。


「話は分かりました。それで、その催しについては何かアイデアがありますか?」

「ええ、とても良いモノが一つありましてよ!」


 うふふふふ――と笑うフィンジア様。

 何というかこう……背筋が震えるというか、本当に聞いて良いのかと不安になる。


「さて、殿方お二人。そろそろ追いかけっこはおやめになって席に着いてくださいませ」


 フィンジア様がそう告げて指を鳴らすと、二人の足下から、突然砂が吹き出した。


「わぷっ!?」

「うげっ!?」


 二人が動きを止めたのを確認すると、フィンジア様は右の人差し指を立ててる。

 吹き出した砂がそこへとあつまって一塊にになっていく。


「『地』属性から派生した『砂』属性ですか?」

「ええ。砂を作り出すコトもできますが、本物の砂があれば魔力の節約ができるので、砂ばかりの地元ではかなり便利な魔法でした」


 うなずくフィンジア様がもう一度指を鳴らすと、砂の固まりが霧散した。

 砂が飛び散ったワケではなく、魔力で構成された砂が、本当に消えてしまったのだろう。


「自分の身体を砂に変えて砂漠を移動するコトもできるのですよ」

「それはなかなかに便利そうですね。言い方は悪いですけど、諜報や暗殺に使えそうです」

「ふふ、そうなのですよね」


 あ。

 これ、マジでそういう使い方してるやつ?

 フィンジア様の独特の声質も相俟って相当アレな使い方されているのでは?


 王妃さまがそれやっていいの?

 あるいは、密約ほど明確なモノでなくとも、フィンジア様の実家であるラデッサ家自体が、裏では王家からそういう仕事を請け負ってる魔法使いの一族という可能性もあるか。


「わざわざ魔法を使うな、フィン!」

「うわー……口に入った砂は消えてくれない……」


 文句を言いながら、二人が戻ってきて席に着く。


「さて、お二人が戻ってきたので、私の考える大きめの催しについてお話ししましょう」

「ん? なんの話だフィン?」

「いきなりそう言われても話についていけないんだが?」


 そりゃあ、アムドウス殿下とケルシルト様は聞いてなかっただろうしね。


「経緯と詳細はあとで説明しますわ。ザックリと言えば、ヘンフォーン様とフーシアが出席せざるをえない大きな催しを開きたいという話です」


 二人がそれにうなずいたところで、フィンジア様は私に視線を向ける。


「イベントの話をする前に、イスカ。貴女は婚約者とかおりまして?」


 なんだ急に?

 まぁ別にそれを答えることになんの問題もないけれど。


「特にないですね。そもそもそういう話はお父様とフーシアが握りつぶしてたでしょうし」

「真面目な話――イスカナディアが邪魔なら、婚約と称して他家へ売り飛ばした方が確実だった思うのだがな」

「それをやる度胸がないのがお父様です。あとそれをやってしまうと家や領地の維持なんかの仕事が捌ききれないと思ったのではないかと」


 いやほんと、アムドウス殿下が言うとおり、それが一番有力な手だったんだけどねぇ。


「イスカに婚約者がいないのであれば、やはりこの手段が一番確実でしょう」

「フィン姉様、何をする気なの?」


 姉様?――と、アムドウス殿下とケルシルト様が首を傾げるのを無視して、フィンジア様は人差し指を立てて告げる。


「ズバリ。婚約式です。イスカの」

「は?」

「なんだとッ!?」


 訝しむ私の横で、ケルシルト様がすごい顔して驚いている。

 いや、何で私よりも貴方が驚いているんですかね?


「相手はそうですね……ケルスがいいのではなくて?」

「は?」

「ええええッ!?」


 今度はさっきと逆に、ポカンとしたケルシルト様の横で、私が大声を上げてしまうのだった。



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