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36冊目 姉の涙 と 妹の覚悟


「――そんな感じで、仕事以外のうちの実権はほぼフーシアが掌握したワケですね」

「裏ではお姉様がほぼ実権を握っていたので、お母様は好き勝手やっている気になっていただけともいいますが」


 そこで、三人が訝しむ。


「仕事以外の実権と言うが……仕事は誰が?」


 三人を代表するようにケルシルト様が訊ねてくる。

 それに、私が答えた。


「表向きは父です。実際、半分くらいを家令のハインゼル。残りの半分を私がやってました」

「ならばヘンフォーンはただ書類を見て可不可の判断をしていただけか?」


 アムドウス殿下の言葉に、私はそっと視線を逸らす。

 彼は目を(すが)めて私を見つめ――やがて、何かに気づいたように目を見開いた。


「まさか……それすらもしていなかったのか?」

「いえ、させてましたよ。でも内容を確認してなかったんじゃないですかね」

「含みがあるぞイスカ嬢」


 ケルシルト様も追求するように私を見る。

 まぁ隠すのは無理だよね。


 私は観念するように両手を挙げて、苦笑した。


「本気で重要な案件。密約に関する案件。父に見せたくない案件。

 パターンは色々ありますけど、ひっくるめて父に判断を任せるのが危険な案件は、私が責任を持って処理していました。

 書類関連も最初に家令のハインゼルが目を通すので私に振り分けてくれてましたしね。

 これらに関しては、フーシアからの嫌がらせや父からの仕事丸投げが酷くなってきた頃、密約案件で国王陛下にお会いした際に相談した上で、許可を頂いています」


 そんなワケで、うちの実情に関しては国王陛下は承知だったりする。

 だから――というワケではないけれど、そこまで焦らずに根回しをしていたり、のんびり司書を楽しんでたりしたワケなんだけど。


「フーシアは偉ぶってはいますが、貴族については疎い。サラと違って勉強したり、知ろうとする気概もありません。ただただ平民の認識における貴族足らんとするばかりでした。

 そして父はそれを注意するまでもなく流しており、その父も当主はおろかイチ貴族としても、様々な面が疎かです。仕事のほとんども私たちに丸投げしているから、書類に細工しても気づきません」

「おかげで、私とお姉様がいくらでも暗躍ができるんですけどね」


 二人でそう笑うと、三人は少し難しい顔をして唸った。


「ライブラリア家の評判が下がるのも折り込み済みだったのか?」

「そこに関しては正直どっちでもいいと思っていた……が正しいです」

「どういうコトだ?」


 訝しむケルシルト様に、私は少し思案してから答える。


「ケルシルト様じゃないですが、黒髪黒目色白の私を見てライブラリアに結びつかない木っ端とかはどうでもいい……みたいな感じですかね」

「それでも、下位の者たちからも見下されるような状態が続くのは良くないのではないかしら?」


 まぁフィンジア様の言うことも一理はあるんだけど……。

 根本からして考え方が違うというか、前提条件が違うのよね。


「極端な話、ライブラリア家は――というか私個人の考えとしては……が正しいかもですが――密約さえ果たし続けるコトが出来ればそれでいいんです。

 王家という後ろ盾があり、密約という関わりがある以上、うちは潰れませんしね。あまりにも悪質で過剰な攻撃にさらされるなら、それこそ王家が動くでしょう?」

「確かに……陛下への根回しさえ出来ていれば、表向きの多少な失墜なんて、差異と言ってもいいかもしれませんね」


 フィンジア様が大きくうなずく。


「そう言われてしまうと返す言葉もないな。

 話を聞く限り、うちと違って、君のところの密約は王家がライブラリア家を守る代わりに、ライブラリア家が王家に利益を与えるようなものなのだろう。

 それなら確かに、周囲からの悪評判に慌てる必要もないかもしれないな」」


 ケルシルト様も、理解してくれたようだ。


「一応補足しておきますと、それでもエントテイム王国の貴族に名を連ねている以上、そちらの責任も果たせる範囲で果たしていきたいとは思っていますよ?」

「ならば評判も維持して欲しいのだがな」


 アムドウス殿下がそう言うので、私は薄らとした笑みを浮かべて返す。


「自分の利益の為に相手を害すコトを責任というのなら、密約もここまでという話です。

 ましてや、自分の利益の為に相手を害した時、その結果に責任も持たない貴族たちの面倒まで見たくはないですし」


 目先の利益ばかりで、長期的な視点もなく、家の存続や、国益も意識してないような貴族の攻撃で評判が下がったところでどうでもいい。

 むしろ、それを御せてない王族もどうなのかしら――なんてことを暗に言ったりする。


 だいぶ不敬だとは思うけど、このメンツの中で言う分には怒られないだろう。

 ついで――というワケでもないけど、ちょうど良いので、私はちょっと本音を口にする。


「何より――というのも変な話ですが、密約絡みの領地仕事もありますから、うちが潰れて困るのはうち以上に王家なんですよね、たぶん」


 アムドウス殿下が大きく顔を引きつらせた。それに対して、ケルシルト様が不敵で冷酷な笑みを浮かべる。


 そのままクールを通り越したアイシクルな流し目を、アムドウス殿下に向けた。


「そうなった場合、うちは密約によりクーデターを起こすだろうな。何ならライブラリア家と結託するし、ライブラリアとの密約利益も貰うぞ?」

「今の王家に国を管理する資格ナシってやつか? 冗談では無い……ッ!」


 待って。

 ティベリアム家の密約って、そんな極端なものなの!?

 ……いやでも、不甲斐なかったら乗っ取ると言っていたと書いてあったな、本に。


 青ざめるアムドウス殿下に追い打ちするように、フィンジア様も神妙に告げた。


「でも確かにライブラリア家との密約は、その内容を推察するに、国を富ませるのに必要なモノではありませんか。

 それを迂闊にも喪失してしまうのであれば、国を管理する資格ナシとティベリアム家に判断されても仕方ないのでは?」

「お前まで一緒になって脅してくるなフィン!?」

「その場合、ラデッサ領と領民はティベリアムの傘下に入るか、ライブラリアと手を組みますね」

「……フィン、それは……ッ!?」

「ライブラリア家の危機のようで、王家の大ピンチだなぁ、アムディ?」


 あ。これは二人してアムドウス殿下をからかうのが楽しくなってきてるやつだな。


「冗談はともかくだ。これらを考えるとアムディ、お前がイスカナディア嬢をパーティに呼んだのは些かマズかったのではないか?」

「そうですわねぇ……パーティまではともかく、ご両親の前でお役目の話をしてしまったのは、イスカ様が描いていた絵に、塗料をぶちまける所業だったかもしれないわ」


 ケルシルト様とフィンジア様に視線を向けられるも、アムドウス殿下はぷい――と、そっぽを向く。


「……だが、仕方ないだろう。それを知る術がオレには無かったのだ」


 そうか。

 ある程度の事情を分かっているアムドウス殿下から見れば、母が女神の元へと還ってから、やたらと悪し様に言われるようになったライブラリア家が、心配にもなるか。


 ヘソを曲げた子供のようなリアクションだけど、あのパーティもアムドウス殿下なりにこちらを心配し、配慮したモノだったのだろう。


「あー……すみません殿下。陛下にだけ事情を説明して、殿下に説明してなかったせいで、余計な心配をおかけしてしまいました」

「良い。こちらとしても迂闊な面は多々あった。互いに落ち度があったのだと、水に流そう」

「はい」


 素直じゃないアムドウス殿下だけれど、必要だと感じればちゃんとこうやって謝罪してくれるのよね。

 この辺り、ただ権力を笠に着て横暴やってる貴族たちとは違うんだなぁって思うわ。


 そこで会話はひと段落だ。

 それぞれにお茶やお菓子を一口含んで一息つく。


「イスカナディア。ライブラリア家の状況は把握した。

 その上で問うぞ? お前はこれからどうするつもりだ?」


 カップを傾けていると、アムドウス殿下からそう訊ねられる。

 私はカップをソーサーに戻し、口の中のものを飲み込んでから、彼を見た。


「私かサラのどちらかが、正しく当主となります」


 これまでの仕事ぶりから、父に当主を務めるだけの実力がないのは明白。フーシアも同様だ。


「その言葉の意味を理解しているか?」

「もちろんです。父がその席を私たちに譲る気がないのというのであれば追い落とすだけのコト。その上で、父とフーシアをうちから追い出します。

 サラに関しては遡って母シュッタイアが私に万が一があった場合の予備として迎えた養子というコトにするから問題ありません」

「サラ様はそれでいいの?」

「はい。お姉様から事前に聞いていましたし……魔法のせいとはいえ、二人とももう取り返しのつかないところまで来てしまっているようですから」


 フィンジア様の問いにサラはうなずく。

 その瞳が潤んでいるのは誰の目から見ても明白だ。それでも泣く素振りもなく気丈に振る舞っている以上、誰も指摘することはない。


 そんなサラへ難しい顔を向けていたアムドウス殿下は私に向き直る。


「状況を考えると、ヘンフォーンは実家のツォーリトッグ侯爵家に帰れるかもわからんぞ。

 勘当され、貴族籍を失う恐れがある。それどころか、フィンに手を上げた愚かな女の夫として、共に厳しい処罰を受ける可能性すらあるのだが、分かっているか?」

「父に関しては仕方がありません。小物以下の行いとは言え、領地のお金に関して不正を働いていたのも事実ですしね」


 気負うことなく私がそう告げると、アムドウス殿下はサラに顔を向けると、やや言いづらそうに訊ねた。


「フーシアは、魔法の影響があったとはいえ王族であるオレの婚約者に手を出した以上、厳しい罰を受けるコトとなる。

 そしてお前たち姉妹が実権を取るに当たって両親を切り捨てた場合、サラ――お前自身は無傷のまま、処罰を受ける母の姿を見るコトとなるぞ?

 その罪悪感は、想像を絶するモノとなるだろう。母がどれだけ魔導に堕ちても、なお母を愛するお前にとっては、死した罪人が赴くとされる裁きの庭での責め苦を、生きたまま味わうほどの辛さかもしれぬぞ?」


 これは、アムドウス殿下なりの優しさと気遣いだ。

 事実を告げて、考え直すのならば今だ――と、私とサラに促してくれている。


 そんな殿下の言葉を聞きながら、サラがテーブルの下でギュっと拳を握った。

 私がその手に触れようとするけれど、サラは私を見て首を横に振る。


 だから私は、手を引っ込める。

 だけどその手は完全に戻しきれず、テーブルの下で所在なさげに動かしてしまっていた。


「わたしは……もう貴族です。望む望まないに関わらず、貴族となってしまいました」


 やや俯き気味だったサラは、そこで一度言葉を切ると、顔を上げて真っ直ぐにアムドウス殿下を見る。


「ライブラリアの秘術も、一つだけとはいえ教えて貰ってしまった以上、平民に戻るコトも難しい状態です」


 ますます所在が無くなった私の手。

 だけどその手を、私の横にいたケルシルト様が取った。


 思わず横を見ると、彼は何も言わずに優しい目をして私を見ていた。


 まるで私を守るように握られた手と、ケルシルト様の温度。

 優しいはずのその感触に、なぜか無性に悲しさがこみ上げてくる。


「そして、わたしは当主か当主代行にならざるをえない状況にいます。

 それは平民の出だからなんていう出自を言い訳にできない立場です。

 先ほど、お姉様とフィンジア様が言っていました。時には罪悪感を抱こうとも一を切り捨て百を取らねばならぬのが、人の上に立つ者だと。それが貴族の矜持であると。

 母がその切り捨てるべき一であるというならば、罪悪感を抱いたまま、それでも前に進まなければなりません」

「サラ、貴様にその覚悟があると?」

「……はい!」


 力強くサラがうなずく。


 あ……。


 サラのその姿に、私は自分の胸が苦しくなった気がした。

 こみ上げていた悲しみの正体を理解できた気がする。


 その覚悟を強いたの私だ。

 本来はサラに必要のない覚悟だったけれど、私がサラに背負わせてしまった覚悟の一つだ。


 最初は軽い保険のつもりだった。

 隠し部屋や転移装置を教えたのも、あの状況ではそれが一番良い手だと思ったからに他ならない。


 けれど、事態が動き出してしまった今、サラにとっては、その保険をとても重いモノとして背負わせざるをえなくしてしまったのだ。


 私は父に何の感情もなかったけれど、サラは違う。

 アムドウス殿下の言うとおり、サラは変じてしまってもなお母親(フーシア)を思っている。


 そんなサラに、私はとても残酷な覚悟を背負わせてしまったことになる。


 そのことに――今更ながら気づいてしまった。

 私の浅慮と配慮のなさが、サラに酷な選択をさせてしまった。


 信頼の重さが、背負うモノの重さだと苦笑していた時のサラの心境を、私は少し軽く見過ぎていたんだ。


「覚悟があるならば何も言うまい」


 サラとの問答を終えたアムドウス殿下は、ふぅ――と小さく息を吐いてから、私を見た。


「故に泣くな、イスカナディア。

 貴様が巻き込んだ以上、その涙は妹の覚悟を侮辱するものであるぞ」

「……え?」


 ああ――そうか。言われるまで気づかなかった。

 私、涙を流しているのか。


 いつから泣いていたのかわからないけれど……。

 私は今、はらはらと、涙を流していた。


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