35冊目 仲良し姉妹 と 仲良しトリオ
「丸投げなの、サラ?」
「丸投げというか……正確に把握しているのはお姉様だけでしょう?」
「まぁそれもそうか」
ライブラリア家に何か起こっているのか。
正直、ちょっと説明が面倒くさい。
いやまぁ端的に言えば、フーシアの魔法にやられた父がアホな采配を振るっている――以上の説明もないっちゃないんだけど。
貴族としては恥を晒す話だが、フィンジア様相手に語る分には問題ないか。
――などと思考して、それじゃあ説明するかと思った時だ。
「待て。我々にも聞かせてもらおうかッ!」
ばば~んという効果音でも背負っているかのような様子で、アムドウス殿下が現れた。
その後ろには何やら頭を抱えているケルシルト様がいる。
元々、どこかのタイミングで同席する予定だったとはいえ、もうちょっとこう登場の仕方を考えてもらいたいところだ。
「そこの。我々の分の茶を頼む」
「……はぁ。殿下の言う通りにお願いするわ」
「かしこまりました」
殿下に声を掛けられて困っていたメイドへと、フィンジア様が助け船を出す。
主人はフィンジア様だけど、頼み事をしてきたのは殿下だから、困ってたみたいね。
フィンジア様が許可をすれば、彼女は新しいお茶の準備を始める。
「適当に座らせてもらうぞ。ほら。ケルスも座れ」
サロン内にある使われていなかった椅子を勝手に持ってきて、フィンジア様の横へとドカっと腰を掛けるアムドウス殿下。
それを見てケルシルト様は嘆息しながらも、自分の椅子を私たちの横へと持ってきた。
二人とも、部屋の中の従者や使用人たちがめっちゃ困ってるよ。
王族や公爵が、彼らより先に動いて椅子をもってきちゃって、もう……。
「フィン、イスカ嬢、サラ嬢。失礼するよ」
そうケルシルト様が言ってくるけど、私とサラの立場としては断れないので、素直にうなずくだけだ。
それから、アムドウス殿下とケルシルト様のところにお茶が出るのを待ってから、話を始める。
「正直、話すのは面倒なのですけど、内容としては大したコトはないんですよね」
サロン内のメイドさんたちは気になるものの、基本的にはフィンジア様が連れてきた人たちだ。
この話をする相手として、ケルシルト様、フィンジア様、アムドウス殿下の三人であることには問題もない。
どっかから漏れたら漏れた、か。
少なくともこの場にいるメイドたちが真っ先に疑われるだけだろう。
「始まりはお母様――先代当主シュッタイアが女神の御座へと招かれたコトだと思います」
「事故だったかしら?」
「そう聞いてます。調査内容も確認させてもらいましたし、まぁ陰謀とかではなく本当に事故だったんじゃないのかな……とは思っています」
フィンジア様の問いに答えてから、私は続ける。
「当時の私はまだ未成年だったので、中継ぎ当主として婿養子である父がライブラリアを継ぎました。
まぁ密約やそれに関する秘技やお勤めなどは、まったく受け継がれず、あくまでも一般的な土地持ち貴族の当主仕事だけ引き継いだ形ですが」
これに関してはアムドウス殿下も知っているはずだ。
父が家を継いだあと、まだ未成年の私が密約に関わる仕事を請け負っていたのだから。
その辺りを慮ってくれたのか、国王陛下などを筆頭に何人かからは、密約絡みのお仕事の時に、礼儀作法や知識など、当主に必要な勉強を教えてくれたりもした。
「そして喪が明けると、父はフーシアとその娘のサラを家に連れてきました」
「最初はナマ言って調子乗っててすみませんでした」
「反省してちゃんと私のところへ勉強しに来てたんだから問題ないわ」
話の中に自分が登場すると同時に、サラが土下座する勢いで頭を下げてきた。
なんていうか、サラはちょっと気にしすぎなのよね。
「その流れでやってきた妹と仲が良いのはいいのだがな……イスカナディア。
ヘンフォーンは何を考えてそのようなコトをした? 再婚するにしても、お前が家を継いでからでも遅くはなかったはずだ」
殿下の指摘は正しい。
私も最近はまでは本気でその理由がわからずにいた。
だけど、エフェに最近の人間関係を調べて貰っていたら、意図せず色々と見つかったこともあるのだ。
「調べた限りですと、母が存命の頃から、フーシアとは密かな愛人関係にあったようです」
「え?」
驚くサラには申し訳いけど、無視して先に進めていく。
「お忍びで出かけてはフーシアと逢瀬を重ねていたのでしょう」
「だが、だからといって、喪が明けた直後に妻に迎える理由にはならないだろう? アムディの言う通り、君が当主になってからでも遅くはない」
「はい。ケルシルト様とアムドウス殿下の言う通りです。貴族であるならば、それはあり得ない行いでしょう」
調べていくと、どうしてもここで躓くのだ。
お父様の思考が理解できない。何か陰謀や野望があったかのようだが、調べても愛人に関すること以外に――良いのか悪いのか――お父様にはこそこそした動きはない。
貴族としても視点で見ても、平民としての視点で見ても、本当にお父様の動きは理解できないのだ。
しかし、ここ最近になって増えた新しい情報を加味すると、答えはすぐに出る。
「恐らくですが、お父様は私たちが思っているよりも前から、フーシアの魔法の影響を受けていたんだと思います」
みんながハッとした顔をする。
「元々事なかれ主義で、温厚。どちらかといえば善人寄りの父です。
それでいて、当主や貴族としてのプライドのようなものは薄いのですから、きっとあの魔法の効果は覿面に効きます」
まぁ多少の帳簿の改竄とか、着服とかは昔からしていたみたいだけど、父が懐に入れた金額というのは、本格的にそういうことをやっているずる賢い連中と比べたら微々たる額だ。
その程度の金額で満足して余計なことをしなくなるなら――と、私も……恐らくは生前のお母様も、敢えて見逃していたのだろう。
陛下や、父の実家のツォーリトッグ家には報告してあるけど。
なんであれ、帳簿関係で父のしていることは小悪党や小物と呼ぶにも微妙な動きなので、微悪党とか微物とか呼んでもいいかもしれないものだ。
「お姉様……それじゃあお父様が、お母様と再婚した理由って……」
「そうよ、サラ。きっと魔法の影響受けた状態で、フーシアにおねだりされたんでしょうね。本心や、事なかれ主義で優柔不断な部分では、まだ早いと思っていたとしても、お父様にはフーシアのおねだりを突っぱねられるほど、心は強くないのでしょう。
まぁ正直言うと、魔法のあるなし関係なく、お父様にそれを突っぱねるだけの度胸もなさそうだな……とかは思ってしまいますが」
告げると、サラはテーブルに肘をついて顔を覆う。
はしたない行いではあるのだが、この場では誰もそれを咎めない。
「最初に調子に乗っていた時はともかく、その後のわたしもお姉様は良く面倒を見てくれたわね……」
「フーシアに振り回されているだけで悪い子じゃないって気づいたからね。
それに、フーシアが再婚を急いだのは、貴女の為でもあるのよ」
「え?」
「その時点ではまだ、貴女の知っているフーシアがかなり残っていたと思うわ」
私の言い回しを、真っ先に訝しんだのはフィンジア様だ。
さすがは、魔法が珍しくない土地の領主の娘。
「『饕憐』……名前からしてそうだとは思っていましたが、やはり概念属性の魔法なのですね?」
「はい。伝説の概念属性の一つです。伝説に残る内容が本当であれば、魔王軍の幹部の一人が有していた属性だそうですよ?」
その言葉に、みんながギョっとした顔をする。
「お姉様……母さんが残っていたってどういう意味?」
この話はサラに伏せていた。
だけど、ここまで話すんだ。サラにもしっかりと認識してもらった方がいいのだろう。
「概念属性は……使えば使うほど、使い手を、あるいは使い手の周囲を蝕む」
「神話の一節程度だと思っていたのだけれど……イスカ様、本当の話なのですね?」
「はい。恐らく本来のフーシアは、半分以下しか残ってないと思われます」
横に居るサラが、ギュっと手を握りしめた。
「もしやフーシアは自分が蝕まれているのを自覚しながらも、娘の為に魔法を使い続けていたのではないか?」
殿下がサラへと気遣うような眼差しを向ける。
「恐らくそうだと思います。
平民の想像する貴族というのは、贅沢で豊かな暮らしをしているというもの。
そこに責務やらしがらみなどの煩わしいものは、想定されていません」
「つまり、魔法を使って貴族になるコトで子供を幸せにしてやりたい――と、そう判断したワケか」
「私はそう考えています」
ケルシルト様の言葉を私は肯定する。
「少し話が横道にそれたので、うちの家の状況へと話を戻します」
私はチラリとサラを見てから、仕切り直す。
複雑な顔をさせて申し訳ないと思うけど、こういう話をするとなると避けれない話題だしなぁ……。
「フーシアがやってきたあと、父はフーシアに当主夫人としての権限を与えました。
彼女は自分に口答えするようなメイドや使用人をクビにして、自分が連れてきた無能以下の人材を引き入れ始めます」
完全に立ち直ったワケではないのだろうけど、サラも顔を上げると、私の話に補足を加える。
「最初はお姉様をいじめる為の人材だったみたいなんですけど、なんかどんどんと、ダメダメな使えない人材へ変わっていったんですよね」
確かに最初の頃は、私への嫌がらせはすれども、多少は仕事の出来る人材だったはずだ。 気がつくと、サラの言う通り無能以下の使えない人材ばかりになってしまっている。
「その嫌がらせも、フーシアはおろかお父様も止めようとしないので、どんどんエスカレート。正直、身の危険を感じたので領書邸に自室を作ってそっちに引っ越しました」
「今ではお姉様の部屋、不要品用の物置ですからね。
使わないならもう一つの自室にしたいとわたしがゴネて訴えてたのに、気がつくとそうなっていたので、色々諦めました」
姉妹揃って嘆息する。
改めてこうやって話をすると、本当にロクな状況じゃあないな。
「もしかしてサラ様って、イスカ様をいじめるフリをしてずっとかばってらっしゃったの?」
フィンジア様の言葉に、サラはうなずく。
「えーっと、はい。最初の頃は本当にいじめる側だったんですけど、ちょっとしたキッカケでお姉様を守る側に回りました。
お母様や勘違いした使用人たちの、お姉様やそもそもライブラリア家そのものへの不利益な行いは可能な限りその矛を逸らしたり、タイミングをズラしたり、ダメージを軽減するように立ち回って、事前なり事後なりに、お姉様へ報告するような感じですね」
「おかげで勝手に売られそうになった家の宝物とか、図書館の本とかも、かなり守れたんですよ」
うちの妹はすごいんです――と、ばかりに私は笑う。
ついでにサラの頭を撫でる。サラも嬉しそうなのでよし。
……っていうか、実際すごいんだよね。そもそも、私の部屋にいない時のサラは、メイドのミレーテ以外の味方が少ないのだ。
孤立無援とまではいかないものの、四面楚歌に近い状況で、悪辣に振る舞いながら、私や家へのダメージコントロールをずっとやってのけている。
これをすごいと言わずに、何をすごいと言うのだろうか。
「お前……さすがに妹のコトを可愛がりすぎだろ?」
「え?」
アムドウス殿下に言われて、私は首を傾げる。
「ふふ、サラ様も嬉しそうだから良いではないですか殿下」
「……ケルス。貴様のライバルは、もしかしたらヤツの妹かもしれんぞ?」
「……………なんの話だ、アムディ?」
「とぼけ方に無理があるが……ツッコミを入れるのも野暮か」
「まぁ殿下。成長なさいましたね」
「……何の話をしてるんだ二人とも……」
幼なじみだからか、この三人も結構わちゃわちゃやるよね。
まぁ楽しそうだからいいんだけど。
「お姉様、そろそろ撫でるのストップ。髪が乱れちゃう」
「おっと。ごめんごめん」




