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32冊目 口も態度も悪い女と口も態度も悪い幼馴染み


 私、ケルシルト様、陛下、宰相以外の面々を退室させたところで、陛下が面倒くさげに嘆息する。


「これで多少マシになれば良いのだがな」

「やはり、わざと脇の甘い者を集めていましたか」


 ケルシルト様が確認すると、陛下がうなずいた。

 そして、宰相が結論を口にする。


「しかし彼らの様子を見ていて確信しました。

 ああいう良くも悪くも純粋な者たちを、悪意を持って先導している者がいるのは確実でしょう」


 それは私も思った。

 この場にいる四人は、同じように思っていたようでもある。


「それにしても、先導者にとってアンチを煽るのに何の意味があるのでしょうか?」


 私がそう口にすると、陛下たちはしばし思考し、やがて誰ともなく首を横に振った。


「今は分かりませぬが……だが、先導者の思惑はさておき、行いそのものは我が国への謀叛(むほん)のようなものですな」

「宰相の言う通りだな。黒幕の思惑はどうあれ、黒幕の行いは謀叛。そのつもりでこの状況を追いかけた方が良いだろう」


 まぁ王家を支えているとされる二家への攻撃みたいなものだしな。


「ケルシルト殿にはこの件で仕事を多く振ってしまうコトになるが……」

「覚悟はしています」


 宰相の言葉に、ケルシルト様がそう答えると、陛下が驚いたような顔をした。


「怠惰な一族にしては珍しい」


 私もそう思う。

 けれどもケルシルト様はそれに対して、意味ありげに笑みを浮かべる。


「仕事に関しても、サボりに関しても、常に覚悟を持って挑んでおりますので」

「キリっとした顔で言うコトじゃないと思います」


 思わず、私はツッコミを入れてしまった。

 弛緩する空気の中、宰相がコホンと咳払いをして、切り出す。


「それはそうと、オウボーン男爵家の次男はどうしましょうか?」

「うむ。確かに。図書館の利用禁止は男爵家への罰であって、次男個人への罰ではないからな……」


 それを言われると、そうか。

 ただ個人への罰って言われてもピンと来ないな。


 なんて私が考えていると、ケルシルト様が提案を口にする。


「陛下、宰相。それならば、処罰を保留というコトにできないでしょうか?」

「出来なくはないが、何故だ?」

「黒幕が動いた時――あるいは、状況が大きく動くような時に、その処罰を発表する。それによって向こうの出鼻(でばな)(くじ)くのに使えないか、と」

「なるほどな」


 陛下と宰相が小さくうなって考え込む。

 ケルシルト様の案は一理あるかもしれない。


 なので私からも提案する。


「それならば、彼の罪をハッキリ『謀叛』とするか、謀叛にしてはお粗末すぎるので、『王への不敬』程度とするかで、意見が二分されているとでもしておくのはどうでしょうか」

「ふむ。それが確定するまでの保留という扱いか」

「はい」

「それに、その案ならば仮に不敬として軽い罰で済ますにしても、謀叛として扱われる可能性のある行いをしでかしたという形は残るワケですな」


 陛下と宰相がそれぞれにうなずく。


「イスカナディア嬢の案は悪くないと思われますが?」

「うむ。ではケルシルト殿、イスカナディア嬢。双方の意見を採用し、保留としよう」


 そんなワケで、オウボーン男爵を城へ呼び、次男を回収させるついでに、罪が保留となっているので、家に軟禁しておくよう沙汰を下すという運びになった。


 その沙汰は、陛下と宰相がやるので、私とケルシルト様の仕事はここで終わりである。




 会議室から退室したけれど、ケルシルト様は出てこない。

 一緒に退室するつもりだったのだけれど、直前で陛下に呼び止められたのだ。


 そんなワケで会議室の近くで持つことにしたんだけど、会議室前で待機している警備の騎士さんからすると不思議だったのだろう。


「どうかなさいました?」

「……帰りの馬車はケルシルト様が手配してくださることになってまして。

 それに急ぎだったとはいえ、今日は着替えもせず従者も連れずに来てしまっておりますので……一人で城内を歩くのは少々不安で」


 正直、今日はエフェのような従者は連れてないしこの格好なので、あまり一人で城内を動きたくない。

 そうでなくとも、図書館までとはいえ馬車に乗る必要があるので、ケルシルト様頼りなのだ。


「なるほど。確かにご令嬢らしからぬお姿ですものね。

 似合ってはおりますが、知らぬ者が見れば確かにあらぬ言いがかりをされかねないのもわかります」


 私が素直に口にすれば、警備の騎士さんは納得してくれた。


「なので警備のご迷惑でなければ、ケルシルト様が出てくるまでここで待機させて頂いてもよろしいですか?」

「もちろんです。それまでは扉と一緒に私がお守りしますよ」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせて頂きます」


 ペコリとお辞儀をして、騎士さんの邪魔にならない壁際で待機する。


 文官以外の人通りがすくない廊下とはいえ、この格好のまま王城にいるのは本当に落ち着かないんだよな。


 貴族用の服装だけど、あくまで司書仕事がしやすいモノで落ち着いたデザインがされているから、華やかさのない地味になモノのワケで……。

 登城する格好としては、あまり相応しくないってやつなんだけど……。


 金を掛ければ掛けただけ偉いみたいな、豪華さを鼻にかけるタイプの貴族と遭遇すると確実に嫌みをぶつけてくるのが目に見えてるのが余計に……。


 まぁ被害妄想と言われればその通りだけどさ。

 とはいえ、そういうのが想像できちゃう程度には思うところがあるワケで。


 うーむ……ケルシルト様がすぐに出てくると思ったから先に出てきちゃったけど、失敗したかな。


 そんな感じで暇を持て余していると、文官たちの仕事場がある方がから人がやってくる。

 別にこの廊下にいる以上は珍しいことではないものの、状況が状況なので思わず警戒してしまう。


 歩いてくるのは見覚えのある――だけど余り会いたくない顔だ。


 幼馴染みと言えば幼馴染み。

 インテリきどりの気難し屋ばかりの家――ビブラテス伯爵家。

 彼はそこの三男であるデュモス・リオ・ビブラテスだ。


 美男子の類いだが、とにかく私に対する態度が悪い男。


 しかもビブラテス家は、ライブラリア家と因縁があるらしい。

 その因縁とやらの事情を私は全く知らん。お母様も知らなければ、私の幼い頃に神の御座へと還ったお祖母様も知らなかったそうなので大した事情じゃないんだろうとは思う。


 なんであれ、そのよく分からん因縁とやらのせいで、ビブラテス家は妙にライブラリア家に対して当たりの強い。

 何せ、何代か前の当主が、ライブラリアへの当てつけのように、自前の図書館を自分ところの領地に建てるくらいだ。


 本が増えるならそれでいいんだが、連中は図書館も蔵書もステータス程度にしか思ってないのでライブラリアとは相容れない。


 だから、昔からライブラリア家はビブラテス家をあまり相手にしていない。

 逆に言えば、相手にされなさすぎて、拗らせまくっているのがビブラテス家と言えるかもしれない。


 私と同い年である現当主の次男デュモスも、ご多分に漏れず会う度に嫌みを言ってくる。


 ――そういえば、いつぞやのパーティの時に彼の父親であるビブラテス伯爵から、最近はデュモスがこれまで以上に拗れてきていると言っていたな?


 軽く言葉を交わして様子を伺うのもありか?


 そんなことを考えていると、通りすがりのデュモスは私に気づく。


「おや? イスカナディアではありませんか。お久しぶりです。引きこもったと聞いておりましたが随分と見窄らしい格好で城にいるものですね。あまりにも引きこもり過ぎて登城する為の常識を忘れてしまったのですか? 目つきも見目も相変わらず悪いのに頭まで悪くなったのなら大変ですね」


 これだ。

 顔を合わせる度にこの勢いでケンカを売ってくる。

 いつもこれだから、本当に疲れるんだよな。


 あまりにも相手にするのが面倒くさくて無視しているうちに、一度にかけてくる言葉の量がやたら増えて、早口言葉でまくし立ててくるようになったんだけど、それが本当にウザい。


「はぁ――……」


 私はこれ見よがしに嘆息してみせる。

 面倒くさそうに、相手にしたくなさそうに、気怠げに、ちょっと大きめの大袈裟な声をだしながら。


 デュモスに見せる為ではない。横に居る騎士さんへのアピールだ。

 そして、普段よりもやや大きめの声を出した。


「相変わらず早口でまくし立てるだけで相手の出方を窺わない馬鹿なイヤミを飛ばしてばかりなのですね」


 穏やかに丁寧に好戦的な笑みで、私はそう返した。

 明らかにこちらを侮蔑している光を宿す黒に近い濃い灰色の双眸を見返してやる。


 大昔にライブラリアの血が入ったらしく、ビブラテス家には黒に近い色の髪や瞳を持った子供が生まれてくることがあるらしい。


 まさにデュモスがそれだ。

 髪も、光の加減によって黒に見える濃い緑色なのもあって、黒髪黒目に近い。


 まぁだからどうしたって話なんだけどな。


 こちらが真っ直ぐに見返してやると、僅かにたじろぐ。

 昔から私が面倒くさがってあまり反撃をしないかったから調子に乗っているのだろう。


 だからというべきか、だけどというべきか……こうやってハッキリと反意を見せてやると、たじろぐのだ。


 まぁこの程度でたじろぐなんて器が知れるってやつだけど。


「相手の揚げ足を取ってイヤミを言うコトを優先するあまり、物事をちゃんと把握するのが遅いのは、昔からの貴方の悪癖でしてよ?」


 私はやっぱりいつもよりも大きめの声で告げる。

 いくら最近顔を合わせていなかったからとはいえ、私の声が廊下で話をするには大きい声だということには気づくべきなんだけど。


 それに気づかないから、所詮は小物なのよね。デュモスって。


 あ、そうそう。

 小物といえば――コイツって幼少期は同世代よりもかなり背が高かったんだけど、結構早い段階で身長の伸びが止まって、結局は同世代平均よりやや低いところで落ち着いたのがコンプレックスになってるんだよな。


 そこ刺激するとかなりキレるんだけど、まぁそこに触れなくてもいいか。

 騎士の情けってやつだ。私は騎士でもなんでもないけど。


 それに、別に触れなくてもこの場でデュモスを黙らせる手段はいくつもあるワケだし。


「は? 相変わらず態度が悪いなお前は。黒髪黒目で目つきが悪く薄気味悪い白い肌をした呪いの人形みたいな見た目のクセに態度まで悪いんだからな。教会の司祭に一度呪祓(しゅばら)いでもしてもらったらどうだ?」

「……警告はしましてよ?」


 色々言い返したくはあるけれど、別にする必要は無い。

 横にいる騎士さんが明らかに顔を(しか)めて武器に手を掛けかかってるのが見えてないもんな。


「それ以上の愚弄、騎士として見過ごすワケにはいきませんね」

「なんだお前は?」

「陛下直属の近衛ですよ」

「近衛……!? なんでそんな騎士がここに……!?」


 確かにこの騎士さん軽装だけどさぁ……。

 そもそも会議室の前に控えてるって時点で、ある程度の想像はしとけって話よね。


「この会議室に陛下がおりますので、扉の前で警備をしております。またイスカナディア様は、お忍びで町を歩いている途中で急遽陛下に呼び出され、着替える間もなく会議室へとやってきたのです。

 それを愚弄するというコトは、呼び出した陛下を愚弄するのにも似た行いであると知りなさい」


 カッコいいぞ騎士さん。

 こういう風に男性に守ってもらうという機会もあまりないだろうから、変な気分だけどな。


 デュモスもデュモスで、横に居た騎士さんが急に出てくると思ってなかったのか、完全にビビっているようだ。


 だから警告したんだけどな。


 さらに言えば、この扉の向こうには陛下と宰相とケルシルト様がいる。

 だからこそ私は、いつもよりもやや大きめな声で反撃したんだよ。


 ガチャリと会議室の扉が開く。


「…………」


 恐ろしいほど冷たい目をしたケルシルト様が顔を出すと、無言のままデュモスを睨みつけるのだった。



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