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30冊目 チンピラ風司書姫と貴族風チンピラ


 今日は特に予定がない。やらなきゃいけないことはあれど、すぐにどうこうできるものもないのだ。


 ここ最近は色々と慌ただしい日々を送っていたから、久々の何も予定のない暇な日ともいえる。

 

 サラでも誘ってどこかに出かけようか――とも思ったけど、あいにくとサラの都合はつかないようだ。

 なんのかんのと貴族令嬢として振る舞っているサラには、人付き合いなどもあるのだろう。


 そうなると、やることがない。


 やることがないと困る。

 読書は好きだけど、今日は読書って気分でもない。


 処理しなければいけない書類を片付けつつ、思案する。

 この書類もそう数はないので、これが片付けば夕方まで完全にフリー。


「んあー……」


 最近、物理的にも精神的にも感情的にも忙しすぎて、なんか――時間があるという感覚に変な気分になるな。

 書類仕事を終えて、やることもなくぐで~っと机に突っ伏していると、エフェが苦笑気味に声を掛けてきた。


「お嬢様」

「なにー?」


 身体を起こすどころか、そのまま背もたれにもたれかかって、エフェを逆さまに見るようにしながら返事をする。


「だいぶお疲れのようですし、司書仕事でもされてきたらどうでしょう?」

「……あー……」


 それはありかもしれない。

 私は姿勢を戻すと立ち上がり、クローゼットへと向かう。

 そこから司書仕事する時の衣装セットを手にして――


「着付けは自分が」

「……はい」


 ――有無言わさぬ迫力のエフェに負けたので、素直に着替えさせて貰うのだった。




 領書邸だと自宅感が強くて、司書仕事すらぐだっとやってしまいそうなので、転移して王立図書館へ。


 まずはいつものように、司書長へと声を掛ける。

 そしたらとても心配するような、不思議そうな、なんとも言えない顔をされてしまった。


「お忙しいのでは?」

「そうなの。それで久々に暇だから来たってワケ」

「暇なのにお仕事されるんですか?」

「司書業は仕事って感じじゃないのよね……って言い方はみんなには申し訳ない気がするけど」


 口にしてから少しバツが悪くなって苦笑する。


「貴族や当主としての仕事と違って、やってると気が落ち着くのよ。

 道楽――と言ってしまうと、真面目にやってるみんなに悪いかな?」

「いえ、むしろ司書仕事されるコトで休暇になるのでしたら是非。

 司書姫様がそれで心と身体を落ち着けられるというのでしたら問題はありません。

 お仕事に関してはちゃんとしてくださるコトは承知しておりますから」

「悪いわね。急に離れる必要が発生しても、ちゃんと貴女には声を掛けるから」

「ええ。存じ上げております」


 そんなワケで司書仕事。

 がっつり時間の掛かる本の修復なんかの仕事は、申し訳ないけど、避けさせてもらって……。


 返却された本を元の棚に戻して、乱れた本棚を整えて、ちょっとお掃除とかもして。


 あー……。

 権謀術数(けんぼうじゅっすう)とか、裏の裏だとか、魔法だの政略だの余計なことを考えずに済むのはラクなのよねぇ……。


 本に本棚、図書館とその利用者を考えるだけでいいお仕事は気が休まる……。


 そもそもこうやって本に包まれて、本の香りと、誰かがページをめくる音に支配された空間の中にいるのがとても落ち着く。


 領書邸の自室もそういう環境だったはずだけど、最近は色々とにぎやかになっちゃって……。


 それが嫌なワケじゃ無いけれど、考えることが増えてるっていうのは落ち着かないとこがある。


「やめてください……!」


 ――ったく……人が図書館という空間の静けさに浸って気持ち良くなっていたというのに。なんとも無粋な輩が現れたっぽいな。


 私が声のした方へと向かう。


 本棚迷宮手前の広くなっているエリアで、司書の女性が貴族っぽい男に手首を捕まれていた。


「どうかなさいまして?」


 とりあえず、今は司書なので下手に出つつ、貴族であるとわかる調子で。


「姫様! この方が禁書庫に行きたいと……」

「そうだ。とっとと連れていけというのにこの女が抵抗して……」

「そうですか」


 バカの話は右から左。

 女性の手首を摑んで無駄に力込めているその手を私が強引に振り払う。


「何をする!?」

「それはこちらのセリフです。権限のない人を捕まえて無理矢理連れていけなど、無茶を言われて困ります。

 何より、女性の手首へそれほどチカラを込めるのも紳士ではございませんよ?」

「姫だかなんだか知らないが、ここでそう呼ばれて調子乗ってるのか?

 司書だなんだといっても平民だろうが! 身分を弁えたらどうだ?」


 とてつもなく嫌みな顔でとてつもなく馬鹿なことを口にする男へ、私はこれ見よがしに嘆息して、女性の方へと視線を向ける。


 こっちも貴族だって示すような態度と振る舞いのつもりだったけど、通じてないな。


「ここは引き受けます。館長か司書長にこの件を報告した上で仕事に戻るか休憩するかしてください」

「……はい。失礼します」


 震える声で返事をし、女性はその場から去って行く。

 彼女が私の目に見えないところまで移動するのを見送ってから、私は男へと視線を戻す。


「それで? 禁書庫への閲覧手続きなどはお済みですか?」

「なぜそんなモノをしなければならない」

「決まりだからです。例え王族であろうとも、あそこへ踏み入れる場合は必要な手続きを踏まえた上で、禁書庫案内人の資格を保有した司書を伴わなければ、入れません」

「オレはオウボーン男爵令息だぞ? とっととその案内人とやらを連れてこい」

「王族すら必要な手続きを男爵令息ごときが無視できるとお思いで?」


 そろそろ面倒くさくなってきたな。とっととぶちのめすか?

 正直、こういうのって言葉を交わすよりも拳をたたき込んだ方が理解すると思うんだけど……。


 まぁ司書としても貴族令嬢としても、とりあえずで拳を出すのはよろしくないだろうし、もう少しがんばるか。


「どこで何を聞いたのかは知りませんが、まずは正しい手順と知識を持ち、そして何より図書館ではお静かにというマナーを身につけた上で、顔を洗って出直してください」

「司書ごときが調子乗ってんじゃねーぞ!」


 ワガママが通らないと暴力かよ。


 ああ――ったく、もう……マジ面倒くせぇな。


 振り上げた拳をこちらに振るってくる。

 正直、すっとろい。貴族令息ってことは、多少なりとも武芸(たしな)むもんだろ。

 こんだけイキってるクセに、ロクに嗜んでねぇ動きしてんじゃねぇぞ。


 私はそれをひょいっと躱して、足を引っかけてこかす。


「うおッ!?」


 そのまま尻餅をつく男を下目遣いで見下ろしながら、告げる。


「テメェこそ男爵令息ごときの身分で調子乗ってんじゃねーぞ。貴族出身の司書だっているのを知らねぇのか?」


 完全にチンピラみたいな口調になっちゃったけど問題ない。もう丁寧に対応するの無駄だって分かったしね。


「え?」

「なにを呆けてやがる。こっちが丁寧な言葉遣いをしてりゃあロクに言葉を理解せず調子乗る馬鹿を相手にすんだ。このチンピラ口調じゃなきゃ伝わるモンも伝わらねぇってコトだろ?」

「……!? オレをチンピラ呼ばわりするのかッ!」

「チンピラだろうがよ。司書脅して、許可が必要な場所へ無許可に押し入ろうとしてる時点でよ。チンピラ以外のなんだってんだ」

「オレはオウボーン男爵の次男ブラックだぞ!」

「だから? チンピラが貴族(よそお)ってるみてぇなモンだろオマエの場合」


 尻餅の体勢のまま偉そうに名乗るブラックに私は、下目遣いのまま聞き返す。


「何度も言うけどな? 王族すら正規の手続き無しじゃ入れねぇ場所なんだよ、禁書庫ってのはさ。

 そこに押し入ろうってヤツの身分が男爵令息とか、何の意味があるのかって……こっちはさっきから聞いてんの。とっとと答えろよ貴族ぶったチンピラ未満のクソザコ様?」


 ダンっと、股の間から見える床を思い切り踏みつけてやると、ブラックは表情を青くする。


「き、貴族ぶったチンピラ未満って……!? まるでオレがチンピラより下みたいに扱いやがって……!

 お、お前こそ何なんだ……! さっきから偉そうに! 司書姫とか呼ばれて、本気で王族にでもなったつもりかよ……!!」


 虚勢を張るように大声を上げるブラックに、私はただひたすらに面倒くさなって、これ見よがしに大きな嘆息を漏らした。


 もう面倒だしぶん殴って意識刈り取るか――などと思った時だ。


「君。少し見苦しいぞ」

「……ケルス様」


 恐らくは近くでサボっていただろうケルシルト様が顔を出した。

 ……もしかして、チンピラ言葉使ってたの、聞かれた……?

 ちょっとどころじゃなくて恥ずかしいんだけど……!!


「だ、誰だお前は……!」

「え? マジで言ってる?」


 思わず素でうめく。

 いくら無知でも、ケルシルト様の顔を知らないのはまずいだろ。


 どうみても成人している年齢だよな、ブラック……。


誰何(すいか)されたのであれば答えよう。君は身分というものが大好きのようだしね」


 冷たい笑顔だ。

 内心は一切笑っていないんだろう。

 ただ相手を心胆(しんたん)(さむ)からしめようという意志によって浮かべられた笑顔に見える。


「私はティベリアム公爵家当主、ケルシルト・ミュージ・ティベリアムだ」

「……ティ、ティベリアム公爵……?!」

「イスカ嬢、君は名乗らないのかい?」


 ケルシルト様に問われて、私は答えを言い淀む。


「あー……司書の姿で、司書として働いている時は、可能な限り身分は明かさず司書として振る舞うと決めておりまして……」

「ああ――だから、この馬鹿相手に名乗らなかったのか」


 納得しつつ、ケルシルト様がそう口にしたので、私は肯定した上で、ブラックへ追い打ちを掛ける。


「それにこの程度なら名乗らずとも対処可能でしたので」

「違いない」


 冷たい苦笑を浮かべる。

 私に対して向けられたものじゃないと分かってても、あの冷たい顔を正面から見るのちょっとシンドいな……。


 心が芯から凍てつきそうな怖さがあるし。


「さて、オウボーン男爵令息ブラック殿。何か言いたいコトは?」


 笑みが消えた絶対零度の表情を向けられて、ブラックは顔を引きつらせる。

 まるで助けを求めるようにブラックが私に顔を向けてきた。


 この状況でどうして私がオマエを助けると思ったんだ?


 助ける気なんて当然ないので、私は嗜虐性(サドっ気)百パーセントの笑みを返してあげた。

 家の大掃除をした時に見せたあの顔だ。


 私の笑顔をみたブラックが喉の奥で「ひぃ」と悲鳴を上げてるけれど、何に怖がっているのやら。

 身分を笠にして誰かを敵に回すっていうのは、こういう結末を迎える覚悟が必要なはずなんだけどな。本来は。


「ティベリアム家当主の私でさえ、正規の手続きを踏んでなお許可がでないコトのある禁書庫に、君は何の用があったのかな?」


 あ。それは確かに気になるな。

 誰に何を吹き込まれたことやら……。


 私とケルシルト様に見下ろされ、さすがに観念したのか、ブラックは震える声で答えた。



「み、密約三同盟の……契約書の原本があるって……!

 それがなくなれば、密約によって権力を得てるティベリアムとライブラリアはチカラを失うんだろ……!?」


 瞬間――私とケルシルト様の殺気が大きく膨れ上がり、ブラックに叩き付けられる。


「ひぃ……!?」


 本気で涙目になるブラックを無視して、私は尻餅をついているブラックに視線を合わせるよう、ややチンピラっぽい姿勢で腰を落とす。


 それから、ブラックの下顎を鷲掴みにし、訊ねる。

 いつぞや、使えない使用人にもやったあれだ。


「オマエ、誰にそれを吹き込まれた?」

「だ、誰って……」


 目を落ち着かなくキョロキョロとさせる。

 言えないのか分からないのか。


 まぁいい。それなら別の質問だ。


「契約書の破棄は誰かにやれと命令されたのか? オマエの独断か?」

「ど、独断……です……」

「そうか独断か。良かったな。オマエのやらかしの連座で、オウボーン家はお取り潰し確定になった。家を潰したかったんなら成功だぞ?」

「……あ、が……?」


 私がチカラを込めたのが痛くて口が動かないのだろう。

 それでも、どうして――と首を傾げた様子を見せた。


 ケルシルト様もそれに気づいたのだろう。

 呆れた様子で、彼の為に解説をした。


「少なくとも歴史書において王家が二家との密約を交わしたコトで国は発展してきたとされている。

 その密約を理由もなく、禁書庫に押し入る形で破棄しようとするなど、国家反逆以外の何者でもないだろう」

「そもそも破棄したところで、密約利権なんて言われてるモンが突然テメェのモンになるワケねぇし、密約がチカラを失おうともテメェが突然チカラを付けたりするワケはねぇんだが――」


 ……あ、ケルシルト様の前なのに完全にチンピラ口調のままだった……。


 今更だしまぁいいか。このまま押し通そう。


「――オマエその辺、理解した上でやったんだよな?」


 私の問いに、露骨に視線を逸らすブラック。


「え? マジで破棄すれば自分のモンになると思ってしでかしたの?」

「嘘だろ……」


 さすがに私だけでなくケルシルト様も呆れた声を漏らす。

 思わず私の手も緩んだんだけど、それと同時にまくし立てるようにブラックが口を開いた。


「だ、だって……密約で利権を得ているのズルいじゃないか! そ、それで家を成立させてるから、何もやらずにお金を貰ってるなんて……!」


 これ以上、馬鹿には付き合う必要もないか。

 私は自分の左手に本を呼び出す。


 本は勝手に開くと、パラパラと私が求める該当ページを開く。


「とりあえず――寝とけ」


 そして、ブラックの顎を摑んでいる手から、魔力を放って意識を奪った。

  結構レアな、『夢』属性。この本に登録してあるのは相手を眠らせるだけ魔法だけど、こういう場面では結構役に立つんだよね。


「魔法、使えるんだね」

「ライブラリアでは、図書館を守る為のチカラを得るために簡易魔性式をするんですよ」


 そう答えてから、ブラックを見た。


 眠ったのを確認すると、私は呼び出した魔本を閉じて消す。それからくたりと倒れたブラックをポイっと放り投げてから、立ち上がった。


「この人……どうします?」

「申し訳ないんだが、少し王城に付き合ってくれないか?」


 本当に申し訳なさそうなところ悪いんだけど、一つ確認したいことがある。


「……この格好で……ですか?」


 正直、伯爵令嬢の格好じゃないんだよなこれ。動きやすさや仕事のしやすさを優先した、完全に司書としての仕事着みたいなもんだから。


「充分似合っているので問題ないと思うんだが?」


 そう言われて悪い気分にはならないんだけど、そうじゃない。


「……そういう話じゃないコトは分かってますよね?」

「す、すまない。ただあまり時間を掛けたくないので――申し訳ないのだが、その格好でついてきて欲しい」

「わかりました。とりあえず、突然姿を消すのは不味いので、必要な人たちに声を掛けてきます。そのくらいは構いませんよね?」

「もちろん」


 そんなワケで、私は司書長と館長を探しに動く。

 すぐに司書長とさっきの女性を見つけたので、二人に声を掛けてからケルシルト様のところに戻るのだった。


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